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第21話 夜食パーティ
しおりを挟む深夜0時近くの帰り道。ビルのガラスに映る私の姿は、思った以上に疲れた顔をしていた。
「はぁ……」
鞄を持ち直しながらため息をつく。打ち合わせ、収録準備、スケジュール確認。少し前なら当たり前にこなしていたことが、今は体の奥で重く響く。
でも――
「セラさん、お疲れ様です!」
スタッフが渡してくれたキャンディを口に含むと、少しだけ甘さが染み込んで、笑ってしまった。
疲れた顔をしていたくせに、私はまだこうして甘さに救われる自分がいることに気づく。
タクシーを降りて寮の玄関に着くと、外の風が少し冷たくて心地よい。
階段を上がり、寮の廊下を歩く。もう寝ている時間だろうと思ったのに、食堂から灯りが漏れているのが見えた。
「……こんな時間に?」
ドアに手をかけ、そっと開ける。
途端に、温かい出汁の匂いと笑い声が夜の静寂を破った。
⭐︎⭐︎⭐︎
「深夜の夜食パーティー、始めるよー!」
ひまりが笑顔で宣言する。
朝ごはんのために規則正しい生活をしているナヅキは半分寝ぼけながらも、ちゃっかり箸を握っている。
俺は冷凍うどんを鍋に入れながら苦笑した。
「だから、こんな時間に夜食は太るって言ってるだろ」
「そんなん言って、コンビニで唐揚げを最初に注文してたのは誰だー?」
「それは……」
言い訳できず、視線を逸らす。
そこへ、
「……何をしているの、あなたたち」
振り返ると、雪代さんが少し呆れたように立っていた。薄手のコートの裾を握りながらも、その瞳は少し笑っている。
「お疲れ様です、雪代さん」
「こんな時間に夜食なんて……」
呆れ声のわりに、彼女の肩が少しだけ緩んだ気がした。
「雪代さんもどうですか? 美味しいですよ!」
ひまりが紙皿を差し出す。
「夜中よ?」
「深夜だはんでめんだ……」
眠そうにしていたナヅキが急に会話に参加する。
「ナヅキん、眠すぎて方言が全開になってるよー♪」
ひまりは笑いながら「多分、深夜だから美味しいってことだと思います♪」とナヅキの表情からの雰囲気で翻訳する。
雪代さんは小さくため息をつきながらも、ひまりの差し出した皿を受け取った。
「……少しだけよ」
そう言いながら口に運んだ瞬間、少し目を細めて笑う。
「……美味しいわね」
その笑顔が、なんだか少し子どもみたいで可愛かった。
「辛っ! これ唐辛子入れすぎ!」
「わだしのせいだべ……」
ナヅキが申し訳なさそうに俯き、ひまりが慌てて水を飲む。
「深夜テンションでの夜食は危険だって……」
呆れつつ、俺は蜂蜜入りのホットミルクを作り、ひまりに手渡す。
「ありがとう……」
ひまりは泣き笑いのような顔で受け取り、雪代さんはその様子を見て声を上げて笑った。
「奏太さん、こういう時だけ頼りになるのね」
「失礼ですね、いつも頼りになりますよ」
「……ふふ、そうね」
肩を震わせて笑う雪代さんを見て、夜中なのに胸が少し温かくなる。
そこで、ふと思い出す。
「そういえば、雪代さん」
「ん?」
「前に買ったワイン、また買っておきました。少しだけ、どうですか?」
棚から小さなワイン袋を取り出すと、雪代さんは一瞬目を丸くしてから笑顔になる。
「本当に少しだけよ? ふふ……」
「……わたしも」
「うちも一杯だけ!」
「ひまりはまだダメだって!」
ぶーぶー言うひまりを宥めつつ、小さなグラスに少しずつ注ぐ。
雪代さんが小さな声で、
「……かんぱい」
と言って、グラスが軽く合わさる音が夜の空気に響いた。
「こうして笑うのが、少し怖かったのかもしれないわ」
飲み終えた後、雪代さんがぽつりと呟いた。
「え?」
「こうして笑うと、またそれを失うのが怖くなるのよ」
夜の空気が少し冷たく、窓の外で風が落ち葉を揺らす音だけが響いた。
「でも……こういう時間も、悪くないわね」
雪代さんはそう言って微笑む。その笑顔は、いつもの“作った笑顔”ではなくて、深夜だからこそ素直になれた笑顔だった。
⸻
「そろそろ寝る時間ですね」
「ええ、そうね」
雪代さんが立ち上がる。
帰り際、廊下に出る直前に振り返り、
「次は私が、美味しいワインを買ってくるわね」
少し頬を赤くしたまま、そう言ってまた笑った。
扉が閉まり、夜の静寂が戻る。
でも、寮にはほんの少し甘くて柔らかい匂いが残っていた。
この夜が、雪代さんにとって小さな光になってくれればいい――俺はそんなことを思いながら、テーブルを片付け始めた。
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