ある幸せな家庭ができるまで

矢の字

文字の大きさ
54 / 113
閑話:熊さんの昔話

踊り子

しおりを挟む
 その店は店員が言う通りに客層は歳のいった高齢者が多く静かで穏やかな店だった。綺麗に着飾ったスタッフにちやほやされながら食事をし楽しく飲む、それがこの店のルールらしい。
 傍らに座ったスタッフの太腿を撫でたり、逞しい胸元に顔を埋めたり、その辺は客によってそれぞれ楽しみ方は違うようだが、なるほどこれが『おさわり喫茶』というものなのか。出てくる料理もとても美味しいし、スタッフは全員口の回る褒め上手で気分もいい。
 しばらくそんな店の様子を楽しんでいたら、店の奥に設置された舞台に灯りが灯り、客が全員そちらを向いた。

「あなた運が良いわよ、今日はミニーがお出ましだもの」
「ミニー?」
「うち専属の踊り子さん。本名も年齢も分からないミステリアスな子よ」

 それは一体どんな奴が現れるのかと好奇心から舞台を眺めていたらしずしずと舞台に上がってきたのは狐の仮面の獣人、こんな店のショーだというのだからもっとセクシーな衣装を纏っていてもいいと思うのだが、全身一部の隙もなく着込まれた衣装は何処かエキゾチックであまり見かけない装束だった。
 舞台の上の狐面の獣人の表情はまるで読み取れない。そもそも仮面で顔が見えない、けれどその背中に揺れる尻尾に心当たりがあり過ぎる俺は唖然と言葉を失くした。

「ミレニア……」
「え?」

 いや馬鹿な、ミレニアがこんな場末の風俗店で踊り子だなんてあり得ない。これは完全に他人の空似、同じようなもっふりとした尻尾の持ち主ならばきっと他にもいるはずだ。
 扇子を持って踊り出す仮面の踊り子、だがそれはこんな場所には似つかわしくもなく、それはもう美しい舞だった。客も皆うっとりとその舞を見やり、賑やかな喧噪が急に静かになった。確かに『ミニー』の舞いは他の客にとっても特別なのだろう。
 何曲かを舞い終わりミニーがぺこりと頭を下げるとわっと拍手と歓声が上がる、客から舞台におひねりが投げ入れられて、ミニーはその光景をただ眺めていた。

「拾わないのか?」
「後で全部回収するわよ、だけどアレが全部ミニーの懐に入る訳ではないからね」
「そうなのか?」
「当たり前でしょう? これはあくまで余興であってミニーの一人舞台ではないのだから、衣装代やらショバ代を引かれて手元に残るのなんて僅かなものよ、それでもいいとミニーが言うからこうやって舞台に立たせているの。お店としては良い客引きになっているけど勿体ないわよね、あんなに綺麗な舞なのに」

 確かに投げ入れられるおひねりなど然程の金額にはならないだろう、そこから諸経費を引かれてしまうのだとしたらミニーが手にする金など微々たるものだ。俺は思わず立ち上がりつかつかと舞台に進み出て佇むミニーに手を伸ばそうとしたら「踊り子さんはお触り禁止よ」と止められた。

「触ろうと思ったわけじゃない、俺はただミニーに金を手渡したかっただけだ」

 小銭ならば舞台まで投げ入れられるが、札はそこまで飛んでいかない。ミニーに対する賛辞の評し方がこの投げ銭だと言うのなら、俺はそれをミニーに手渡すしかない。
 俺の前に無言ですっと扇子が伸びてきた。何だと思ったらその扇子は目の前でひらひらと揺れる。

「これは店のルールだ、客は踊り子に触れてはいけない。渡したいなら金をその扇子の上に置け」

 客の一人にそう言われ、俺はその扇子の上に札を乗せた。それはこの国における一番大きな高額紙幣、瞬間店内がざわっとどよめいた。

「これはまたなかなか豪気だな。あんた一体何処の坊だい?」
「別に何処だっていいだろう? それだけの価値があると思ったから支払っただけだ」

 俺の言葉に客も納得したのか、顔を見合わせるようにしてミニーに金を差し出す。その日の売り上げは過去最高金額だったとのちに聞いたが、別に俺の功績ではないと思う。

    
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...