運命に花束を

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君と僕の物語

もうひとつの鍵、共に歩む者

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 爆音に僕は城を見上げる。
 城の窓の至る所から煙が上がっていて、本当にもうこの城は墜ちるのだとそう思った。
 見上げた城の一室、人影が見える。

 あぁ、あそこにいる。

 いつもの窓にメリア王の背中が見える、誰かと話してでもいるようでその背中は見え隠れしているが、ふと一瞬彼が振り向き、目が合った気がした。

「アジェ!」

 エディの声に僕は彼を見やる。
 大好きな人が目の前にいて、僕の名前を呼んでくれているのに、僕はその窓が気になって仕方がないのだ。
 僕をここまで導いてくれた女性とエディの2人はなんの躊躇もなくここを飛び降りろと言うが、そのテラスは決して低くはなく、一般人でたいした運動能力もない僕はどうしても躊躇ってしまう。
 その戸惑いに気付いたのだろうエディは僕の瞳を覗き込んだ。

「アジェ、俺が先に行って下でお前を受け止める。絶対落としたりしないから、俺を信じて飛び降りろ!」

 「いいな」と念押しをして彼は軽々とそのテラスを越えて行く。
 黒髪の彼女は僕が行ってから飛び降りるつもりでいるようで、僕の肩を軽く撫でた。
 僕はもう一度城を見上げる。
 メリア王のいた部屋の窓が開いた。

「さぁ、早く」

 下ではエディが腕を広げて待っている、黒髪の女性は僕の背を撫でるように押した。
 怖い、こんなの怖くない訳がない、でも……
 僕の身体が宙を舞う、纏う服がふわりと広がってまるで鳥にでもなったような気分だ。
 けれどそんな事を思ったのも一瞬で、僕はエディの腕の中に収まっていた。
 衝撃を和らげるように少しばかり振り回されて、最終的にエディ共々転がってしまったのだが、それでも彼は僕を離しはしなかった。

「エディ、大丈夫?」
「いってて……お前こそ怪我してないか?」

 自分の腰を撫でながら、それでも気遣うのは僕の事ばかり。

「僕は大丈夫だよ」

 エディの上から退いて、城を見上げると開いた窓から人影が見えた。
 窓の外に向かって何か叫んでいるようにも見えたのだが、その姿は一瞬で、その後もうその窓からは誰も見えなかった。
 気付けば傍らには黒髪の女性が手を差し伸べていて、僕達はそのまま城外を目指す。
 振り向くと城の城壁は至る所が崩れており、そこからはもくもくと煙が上がっていた。


 城から出ると城門の外には大勢の民衆が集まり、歓声を上げていた。
 その中には城を見上げて呆然としている兵士もたくさんいて、僕はどちらの感情も分かってしまい複雑な気持ちだった。
 手を引かれるままに僕達が向かったのは宿屋の一室で、そこにはクロードさんとお腹の大きな少女が2人でなにやら話し込んでいた。

「あれ? ルネは?」
「あぁ、エディそれにアジェも無事に帰ってこられたようで良かったです。ルネーシャ様ならレオン様に会いに行くと出て行ってしまいましたよ」
「あの馬鹿、また勝手に……」

 エディは額に手を当てる。

「ねぇ、エディ、レオンさんってルネちゃんの『運命』なんでしょう? どういう人?」
「あぁ、あの人はメリアの『三番目サード』で、正統な王位継承者ですよ」

 『三番目』それは即ちメリア王やグノーの弟という事だ。
 メリア王はグノーがサードと手を組んだと言っていたのだが、そういう事か。
 ルネーシャがファルスの姫でレオンがメリアの王子、これほど似合いの組み合わせもない。
 外からはまだざわざわとした歓声が聞こえてきていて、僕は窓の外を見やった。
 メリア王はどうなったのだろう? グノーは? ナダールさんは?
 僕たちをここまで導いてくれた女性は「まだ仕事が残っているから」と城へと戻って行った。

「……あの2人、遅いですね」
「あぁ、そうだな……」

 言葉は少ない、まだすべてが終わった訳ではないという緊張感がそこにはあった。

「グノーとナダールさんはやっぱりメリア王を……?」
「そうですね、あの人は最初からそのつもりで動いていましたよ」

 瞳を伏せた僕に気付いたのか、エディが心配そうにこちらを見やる。

「あの人が返り討ちなんて事はありえないので、大丈夫ですよ」
「え? ……あぁ、そうだね。グノー強いもんね」

 そもそもあの王様はグノーに殺される事を望んでいた、きっと計画は完遂されていると思う。それでグノーの心は救われたのだろうか? メリア王は?
 あの時、僕が城を見上げた時、彼はなんだか笑っている気がした。

「報告します、メリア王殺害は遂行されました。ただグノーが大怪我を負って現在意識不明の重体です」

 何処からか、たぶん天井裏から声が降ってきた。

「重体? え? どうしたの? ねぇ、大丈夫なの?」
「大丈夫だとは断定できません、何せ出血多量で予断を許さない状況です」
「怪我? 傷は深いの?」
「彼は……片足を失いました」

 声にならない恐怖に身体が震えた。

「崩れてきた城壁に足を挟まれ、その足を切断して脱出してきたそうです。現在治療を行っていますがなんとも……」

 目の前が暗くなる、自分も貧血を起こしているのだとなんとなく分かった。

「アジェ、大丈夫か?」

 背中を支えてくれるエディの腕に支えられてどうにか僕は立っていた。
 怖い、なんでこんな事になっているのか分からない。
 僕にもっと力があればこんな事にはならなかったのに、もっと2人の話を聞いていたらもっと違った結末があったかもしれないのに……

「エディ……」
「お前は何も心配するな。疲れてるだろう、少し休もう」
「でも……」
「この先はもう俺達の出る幕じゃない」

 メリア王が死に、この国は変わっていくのだろう、そしてそこに僕たちの役目はない。

『もう帰っていいぞ、アジェ』

 唐突に思い出されたメリア王の言葉。
 部屋を出て行けという意味かと思っていたが、よく考えればあの時彼はすでに自分の死を予感していたはずだ、だとしたらあの言葉は……

「エディ……僕はメリアの王様が好きだったよ……」
「なんで今そんな事を……」

 エディが明らかに困惑しているのが分かる。

「もっと時間があれば友達になれたと思うんだ。こんな結末じゃない、もっと幸せな未来だって描けたかもしれないのに……僕には力が足りなかった……」
「それは俺も同じだな。力が足りない、一人じゃ何もできなかった……俺達はまだまだ子供でできる事は限られてる、だから一緒に大人になろう。一緒に歩いて行こう。俺はお前の隣で一緒に生きていきたいんだ」

 エディの静かな言葉に僕は黙って頷いた。
 こうして僕とエディの長い長い一年は終わりを告げた。


  ※  ※  ※


 僕達はファルスへと戻る事になったのだが、自分の『運命』であるレオンと離れたくないルネーシャはそれを嫌がりエディは渋い顔をしていた。
 同時にクロードさんの番であるマリアさんが産気づいてしまい、結局僕達は子供が生まれるまでメリアに足止めをくらう事になった。
 足を失ったグノーは意識を取り戻すことはなく、容態が安定した所でナダールさんと黒装束のブラックさんの配下の人達と共に家に帰ると帰っていった。
 その「家」というのはどうやらランティス国内ではないようで僕は首を傾げた。

「場所はエディ君が知っています。グノーの意識が戻ったらまた連絡しますので、良かったら遊びに来てください」

 ナダールさんは満面の笑みとはいかなかったがそう言って笑みを見せた。
 眠るグノーの髪を撫でるナダールさんの瞳は優しくて、グノーが愛されている事はすぐに分かった。

「そういえば2人はまだ番になっていないんですか?」

 グノーの首に嵌るチョーカーは一年前と変わらずそこにあって、ナダールさんは少し瞳を伏せた。

「このチョーカーの鍵が結局見付かりませんでしたからね。あの人の持っていた鍵がそれなのだと思っていたのですけど、よく見れば鍵の形状が明らかに違うんですよ……どちらにしてもグノーの意識が戻るまではどうにもできませんし、これからの事はこれから考えます」
「鍵……」

 そういえば僕はメリア王に鍵を貰った。この鍵がもしかして……?
 僕はポケットの中を漁る、あの日からその鍵は肌身離さず持っていた。

「これ……」

 小さな鍵だ、薄っぺらくて特殊な形をしている。

「これは?」
「王様が僕にくれたんです。どこの鍵かはすぐに分かるって……」
「それ、借りてもいいですか?」

 僕はナダールさんにそれを手渡した。
 手渡された鍵をしげしげと見詰めて、ナダールさんはグノーのチョーカーにその鍵を差し込む。
 それは誂えたようにぴったりで、その鍵がこのチョーカーの鍵だったのだとすぐに分かった。

「この鍵ですね……」
「チョーカー外さないんですか?」
「この人の意識が戻らない以上、勝手に外して番契約なんてできません。意識が戻ったら同意の上で外させてもらいます。この鍵、貰ってもいいですか?」
「え……あぁ、そっか……」

 今となっては彼の唯一の形見となってしまったそれをあげてしまうのには少しだけ抵抗があり、僕は逡巡した。

「でも、そう思うとあの人が持っていた鍵はどこの鍵だったのでしょうね……?」
「王様は他にも鍵を?」
「えぇ、首から提げていた鍵を回収して貰ったのでそれで間違いないと思っていたのですけど、違ってがっかりしていたのですよ。まさか君がこれを持っているとは思わなかった」
「王様が持っていた鍵って……?」
「あぁ……これですよ」

 ナダールはグノーの眠るベッドのサイドボードの引き出しからチェーンに通された鍵を取り出した。
 そのチェーンには2つの鍵が通されていて、その鍵はどちらもよく似ていたが、少しだけ形が異なっていた。

「これ……」
「サイズからいって何処かの部屋の鍵でしょうかね」

 部屋の鍵……だとしたらもしかするとひとつはあそこ、グノーの私室の鍵なのではないだろうか? そしてもうひとつ……

「どうかしましたか?」
「ナダールさん、この鍵、僕貰ってもいいですか?」
「? 別に構いませんけど……」

 僕はグノーのチョーカーの鍵と交換する形でその鍵を手に入れた。
 城は崩壊してしまっている、今となってはもう確認する術も無い、けれどその鍵のもうひとつは僕が暮らしていたあの部屋の鍵なのではないかとそう思ったのだ。
 彼は僕の部屋の鍵を持っていた、そして僕の部屋にやって来た。たった一度の事だったが、それでも僕は少しでも彼の慰めになれたのだったら、少しでも彼の心に寄り添えていたのなら……僕は鍵を握りしめる。
 この想いは墓まで持っていく、誰にもエディにも言う事はないだろう。


  ※  ※  ※


 アジェを助け出してから、彼の様子がおかしい事には気付いていた。
 俺に対していつもと変わらぬ笑みを見せるアジェだったが、その笑みはどこか寂しげで、それは何故なのかと何度聞いても彼は「なんでもないよ」と首を振った。
 アジェはこうと決めたら俺には何も言わない。だから俺は彼が言う気になるまで何も聞かない事にした。
 一度ファルス王国イリヤに戻り、そこから俺達は故郷へと帰る予定だ。
 ランティスから様子伺いの使者が来たりもしたが、アジェはやはり笑顔で「自分は平気だから、メリアとは争わないであげて」とメリアの民主化を後押ししていた。
 これで終わったのだ、全て終わった。
 アジェは俺の腕の中に戻って来て、番になった俺達は公私共に誰に憚る事もないパートナーになったはずなのに、何故か俺達2人の間には未だに微妙な距離がある。
 ファルスへと戻る帰路、俺達は船に乗ってのんびりとイリヤへと向かっているのだが、デッキの上でぼんやり海を眺めるアジェが人魚姫のように泡になって消えてしまうのではないかと少し不安になる。

「アジェ……」
「エディ、どうしたの?」

 どこか遠くを見詰める彼がまた何処かにいってしまいそうで、思わず掻き抱くように背後から抱きしめた。

「もうどこにも行くな」
「変なエディ……僕はどこにも行かないよ」

 微かに笑う彼の笑みは儚げで、一年前とは何かが変わってしまったような気がする。
 抱いた腕を撫でるようにして、俺に身を預けてくるアジェは何も変わらず可愛いのに、この不安感は一体なんだ?

「ねぇ、エディ『運命の番』って結局なんなんだろうね」
「それは……俺とお前みたいな人間の事をいうんだ」
「うん、そうだね。でもエディはなんで僕を『運命』だと思ったの?」
「お前の匂いは鮮明で、お前の匂いだけが俺を狂わす」
「……でもさ、ルーンの町にはΩなんてほとんどいなかった、もしもっとたくさんのΩがエディの周りにいたら、エディは僕を選んでいたのかな?」
「何を……」

 アジェが何を言いたいのか分からない。

「僕には匂いがほとんど分からない。エディの匂いですらここまで近寄らなきゃ分からないんだよ」
「それはお前の体質みたいなものだろう?」

 アジェはまた瞳を伏せる。

「僕はエディが好きだよ。でも、もしエディに僕よりも惹かれるΩの人ができたら僕に教えてね」
「そんなのある訳無いだろう! お前はまだそんな事を言うのか!」
「もし……もしね、出会う順番が違っていたら変わっていた『運命』だってあったかもしれない。僕にとってはエディが『運命』だけど、そうじゃなかった可能性だってあるよね。もし僕が王家に捨てられてなかったら、僕はエディと会えてなかった可能性だってあるんだよ」
「そういう偶然も必然も全部ひっくるめて『運命』だ。どういう過程を辿ったとしても俺は必ずお前を見つけ出してた。俺達はそういう『運命』なんだよ」
「エディは強いなぁ……」

 腕の中でアジェが笑う。
 視線の先に見えた項の噛み跡に舌を這わす。

「ちょっ、エディ!」
「なんだ? 別にいいだろう? 俺達はもう番なんだから」
「そうだけど……そうだけどさぁ! もう!」
「子供ができたら結婚なんだろう? だったらさっさと子供も作らないとな」

 しれっとそう言うと、彼の顔は見る間に朱に染まって腕の中で暴れだした。

「なんだよ、嫌なのか?」
「い……嫌じゃないけど! 時と場所! こんな真昼間からする事じゃないからね!!」

 そこは他の乗船客もいる船の上で、デッキには誰も居ないが陽はまだ高い。
 それにしても、さっきまで大人しく腕の中に収まっていたくせに、何故今更抵抗するのか分からない。

「俺は存外しつこいと言っておいたはずなんだがな」
「そのしつこさ、家出する前に見せて欲しかったよね!」
「安心しろ、もう遠慮はしない」
「もう! 分かった、分かったから、部屋戻ろう。こんな所じゃ嫌だよ」

 なおも抱きすくめようとするその腕から抜け出だして、アジェは真っ赤な顔で「エディは両極端過ぎるよ! 馬鹿!」と踵を返した。
 俺がその後を付かず離れず付いて行くと、立ち止まったアジェがやはり真っ赤な顔で手を差し出した。

「ん?」
「一緒に歩いて行こうって言ったよね。歩くんなら隣に来てよ」

 俺はその手を取って口付けると「そうじゃない!」と彼はまた顔を真っ赤にするのだが、分かってる、手を繋いで一緒に行こう。
 まだまだ人生は長くて、迷う事も多いけど隣にお前がいればなんだってできる気がするから。

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