178 / 222
第五章
ライム二号
しおりを挟む
オークとの戦闘は然程大変なものではなかった。何せオークは頭が悪い、基本の戦闘方法は力技のごり押しで、何の捻りもなく真っ直ぐに突っ込んでくるので躱すのも簡単だ。
三年前の僕はたった一体のオークに捕まり弄ばれた訳だけど、今となっては『何故?』と思わざるを得ない。
まぁ、あの時の僕は経験も覚悟も装備も足りてなかったからな。
僕の右前方、アランが二体のオーク相手に取っ組み合いの戦闘が始まった。一方で左隣のルーファウスは普段あまり使う事のない杖を取り出し、何やら詠唱を唱え始めている。
攻撃魔術の詠唱には少々時間がかかる、僕は僕達の方へ突っ込んでくるオーク三体の足止めにかかった。
「土壁!」
僕の詠唱と共にオークの足元の土が盛り上がり、先頭のオークがそれに躓き派手にこけた。けれど残り二体のオークはそれに構う事なく、こけたオークを踏みつけるようにして僕達の方へと突進してくる。
やはり魔物というべきか仲間の心配など全くしないのだな、と僕は些か苦笑してしまう。
目の前のオーク達は普通にその辺にいる魔物達とは違い連携が取れているように見えたので、もう少し組織だった動きをするかと思ったのだけれどそんな事は全くなく、やはりオークはオークだった。
そんな中でそんな五体のオークの動きをじっと観察しているオークジェネラルの態度はやはりオークの中では異質だと思わざるを得ない。
オークジェネラルは動かない。まるで僕達の力を見極めようとしているかのように微動だにしない、それが何だか恐ろしくもある。
詠唱の完了と共にルーファウスの杖先から炎が吹き出し目の前のオークを焼き尽くした。
ああ、そういえばオークの弱点は火だったなと苦い記憶を思い出す。あの時は僕を弄ぶオークをルーファウスは紅蓮陣の一撃で骨の一本も残さずに焼き尽くしたのだ。
魔物を見ただけですぐにその魔物の弱点を見極め攻撃魔法を出せるのはやはり経験の差なのだろう。
そんな事を思っている間にも僕達の前方ではアランが個別撃破したオーク二体が地を這っていた。首があらぬ方向を向いているので恐らくこちらも既に息はないだろう。強いな。
オーク五体を撃破して僕達が一息吐いた刹那、オークジェネラルが嫌な響きの咆哮をあげた。それはかつて経験した事のあるオークの雄叫び。その咆哮は空気を伝って振動となり脳を揺らす。
「ぐっ……」
思わずという感じでアランが頭を押さえて膝をつくのが見えた。かく言う自分も鼓膜がどうにかなってしまったのか周りの音が聞こえづらくなり立ち竦んだ。
ただでさえ薄暗い洞の中、まだ燃え続けているオークの身体から立ち昇る炎で洞の中はうっすら明るくなっているけれど視界は決して良いとは言えない、そしてそんな中で音が拾えないというのは恐ろしく感じ、僕は周りを見渡した。
そして、ふと気付く。先程まで横に居たはずのルーファウスが居ない。
「あれ? ルーファウス?」
「…………!」
微かに誰かが何かを叫ぶような声が聞こえた、気がした。だがその声はまるで音に幕を被せたように明瞭には聞こえてこない。
「ルーファウス!?」
僕の呼び声にオークジェネラルの唸り声が重なる。それはまるでお前の相手は自分だと言わんばかりのその声に僕はルーファウスを探すのを諦め前を向いた。
目の端に頭を振って立ち上がるアランの姿、けれどオークジェネラルの視線は彼には向かわず、じっと僕を見据えている。
これはアレか、獲物として僕が一番倒しやすそうだと判断されたのかもしれないな。
複数の敵が目の前に立ち塞がった場合、一番最初に倒すのは倒しやすそうな一番弱い雑魚敵からというのは定石だ。だけど、僕だってそう簡単にやられてなどやらない。
僕はローブから杖を取り出しオークジェネラルへと向けた。いつもならライムが僕の傍に居て魔術の威力を増幅してくれるから有利に事を運ぶ事が出来ているのだけれど、今現在僕の傍らにはライムが居ない。そう思うと少しばかり不安が募るが、だからと言って既にもう逃げる事は不可能だ。
オークジェネラルが僕を目がけて突進してくる、アランがそれに気付いたようだけど、たぶんもう間に合わない。
オークの弱点は火、だったら勿論オークジェネラルの弱点も火なのだろう、僕は杖を構えて詠唱を……そこまで考えてはたと気が付いた『そういえば今、僕、火魔法使えない……』と。
一瞬の判断ミス、迫るオークジェネラルはもう目の前で僕の頭は真っ白にフリーズした。まるで走馬灯のようにこちらへやって来てからの記憶が頭を巡る、これはもう完全な現実逃避だな、と衝撃に備え目をぎゅっと瞑った。
オークジェネラルに捕まったらどうするか、弾き飛ばされたらどうするか、そんな事を考え衝撃を待っていたのだが、いつまで待っても衝撃はやってこず僕は恐る恐る目を開けた。
「え? あれ??」
目を開けると、杖を握りしめるようにして立ち尽くしていた僕の前にオークジェネラルはいなかった。
まぁ、それはいいとしてどうやら周りの様子もおかしい。僕達は薄暗い地下道を進み、洞の中で敵と遭遇したはずだった。
けれど今、何故か僕は生い茂る木立の狭間に一人ポツンと立っている。木立の隙間からは青空が覗き、ピピピと平和で呑気な鳥の囀りさえ聞こえてきて僕は本当に意味が分からず辺りを見回した。
ここは何処だ?
「アラン、ルーファウス、どこ?」
恐る恐る声を上げても二人からの返事はなく、聞こえてくるのは木立を渡る風の音と、そんな風に煽られる葉擦れの音だけ。
一体何が起こったのか全く分からない僕は身動きが取れない。まさかと思うが敵の術中に嵌まっているのか? 無闇に動けば危険かもしれないと一歩も動けずに周りの気配を探るのだが、周りに生き物の気配はない。
訳の分からない状況で一人ぼっちになってしまった僕は途方に暮れる。
この世界に来てからずっと僕の傍にはずっと誰かが居た。アランやルーファウスはもちろん従魔のライムとは常に一緒に行動を共にしていたのに、今の僕は完全に一人ぼっちだ。
どうしよう……
とりあえずこの場からは動いた方がいいのか、留まって様子を見た方がいいのか分からない。
その時、草葉の陰でかさりと何かが動く気配を感じた。咄嗟に杖を向けて気配を探ると草葉の陰からごそごそと一匹の魔物が現れた。その姿は薄緑色をした一匹のスライム。
「ライム!」
僕は思わずスライムに駆け寄り抱き締めて「良かった」と安堵の声を漏らしてしまった。だってここにライムが居るという事は少なくとも僕は一人じゃない。そしてアランやルーファウスも近くにいる可能性は高い。
けれど、そんな事を考えたのも束の間、いつも可愛らしく賑やかなライムが一言も返事を返さない。
僕は俄かに不安になって「ライム?」と再び声をかけると、大きく伸びをするようにして『ボクの名前?』と返事が返ってきた。それは少し不思議そうな声音で僕は腕の中のライムを見やりある事に気付く。
このスライム、王冠を被っていない。
なんて事だ、僕はまた間違えたのか! つい先程もライムに似た個体を見付けて間違えたばかりだというのに、どうやら僕はまた間違えたらしい。
でもだって、スライムってぱっと見は全員等しく同じ形なんだよ……
『ライムってボクの名前? やったぁ、ライム、ライム、ボクの名前~』
けれど僕の戸惑いをよそに腕の中のスライムは無邪気にはしゃいでいて今更間違えましたなんて言える雰囲気ではない。
『でもあるじ、ライムってどういう意味?』
唐突に投げかけられる質問、僕は瞬間言葉に詰まる。
「えっと、スライムからスを抜いてライム……なんだけど、一応君の身体がライムグリーンをしてるから、それでライムってそう思って、安直、かな?」
僕がライムにこの命名をした時、一番最初に返された返答が『あんちょく~』だった事が思い出されて、つい弱気に返してしまうと腕の中のライム二号は『あんちょくって何?』と身体をくねらせた。
同じスライムでも持っている語彙力は違うのか、ライム二号はその名前に不満はないらしい。
ついでに思い立ってライム二号の鑑定をしてみたら鑑定結果はライムと全く同じで、やはり最古のスライムの一片となっていた。唯一違っているのが♡の中の色くらいでライム二号の好感度はまだ淡いピンク色、恐らく「ちょっと好き」くらいの色をしていた。
それにしても最古のスライムの欠片達は揃って体の色がこの薄緑色をしているのだろうか、だとするとこの色をしているスライム達は全員元はライムの兄弟……いや、同一個体という事になるのだろうか? スライムの謎がさらに深まってしまったな。
とりあえあず、このライム二号と一号が邂逅したらどんな反応を見せるのか気になる所だが、今現在僕はそんな事を気にしている場合ではないのである。
「ねぇ、ライム、聞きたいんだけど、ここって何処なのかな?」
『森の中だよ』
「えっと、森の名前とか……」
『? わかんな~い』
そっかぁ、分んないかぁ……
って、どうするんだよこれ、僕完全に迷子なんだけど! ライム二号を従魔にした事で少しだけ心細さは減ったけれど、それでも今現在僕の置かれた状況がどうなっているのかはさっぱり分からない。
あんな大きな図体のオークジェネラルは何処行った!?
いや、でも冷静になって考えれば僕の居る場所自体が洞の中ではなく森の中という時点でオークジェネラルが消えた訳ではなく、もしかして僕があの場所から消えたのか?
そしてひとつ思い出される魔術がひとつ、それは言わずもがなな転移魔術だ。
僕は確かに転移魔術の練習をしていた。けれどそれはまだ練習段階で小さな物を別の場所に飛ばす練習をしていただけで自分自身を転移させた事は一度もない。
本来転移魔術というのは行った事のある場所にしか行く事ができないと聞いている、けれど僕は恐らくこの場所を知らない。
これは自分で転移魔術を使ったというよりは、誰かに飛ばされたというのが正しい気がする。けれど、そんな事が出来そうな心当たりといえばルーファウスのみな訳だけど、僕の傍にルーファウスが現れる気配はない。
そもそもあの時、ルーファウスは僕の傍にはいなかった。確かにほんの少し前まで僕の隣で戦っていたはずなのに、あの瞬間彼は僕の傍らには居なかったのだ。
こんな時に焦っても恐らく自体が上向く事はない、僕は落ち着いて考えを巡らせる。とりあえずここが何処だか分からないのが現在一番の問題だ。
今、目の前にいるのがライム一号だったら小太郎君とスライム通信で連絡を取る事もできたのだろうけれど、面識のないスライム同士ではそれもできない。
そこで、僕ははっと思い立つ。そうだ、龍笛!
オロチに貰ったこの龍笛は吹けば何処に居てもオロチの耳に届く不思議な笛だ。吹けば何処へなりとも駆けつけると約束してくれたその笛を僕は取り出し吹いてみる。
龍笛の音色は特殊な音波であるようで、僕には相変らず音が鳴っているのかすらよく分からないのだけど、これできっと大丈夫……なはず。
僕は耳を澄まし気配を探りオロチの到着を待つ、けれど10分待っても20分経ってもオロチがやって来る気配がない。
僕はまたしても不安になってくる。
『あるじ~大丈夫? お腹すいた?』
ライムが身体をくねらせ心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。本当に君が傍に居てくれて良かったよ、一人は寂しい孤独は辛い。
ライムのささやかな気遣いにほっとしている自分に気付き僕はライムの頭を撫でた。
「僕は大丈夫だけど、ライムはお腹すいた?」
『ん~とね、すいた~!』
この森にやって来てまだ一時間やそこらではあるのだけれど現在恐らく昼食時、腹が減っては戦はできぬ、というか、ぶっちゃけ何かをしていないと不安ばかりが湧いてきて仕方がない。
僕はマジックバッグの中を探りライムのおやつと自分用の非常食を取り出した。非常食は簡単に摘まむ事ができるクッキーのようなもの、一応作り置きの食事もバッグの中にしまわれているけれど、いつ何時魔物が襲ってくるかも分からない状況で食卓を広げるのは躊躇われた。
ライム二号におやつを渡すと最初は不思議そうにしていたのだが、恐る恐るそれを取り込みライム一号に初めておやつを上げた時のように胎内が粟立った。
『あるじ、これすっごく美味しい!』
歓喜の声はライム一号と変わらず可愛らしい。僕は思わず満面の笑みでライム二号を撫でまわしてしまった。
「そういえばライムはスライム結界ってできる?」
『すらいむ結界? って、なぁに?』
「え~と、魔物が襲ってきても跳ね返しちゃうような透明な魔力の壁を作る感じかな」
ライム二号は考え込むように数度伸び縮みを繰り返し、しばらくするとムクムクと膨らんで『これでいい?』と僕に問う。
それは僕を包み込むような物ではなく己を護る魔力の壁で、それを指でつつくとライムの身体はいつもより少しばかり硬質になっている。
「この中に僕も入れて欲しいんだけど、できる?」
『ん~とね、できるけど、あるじ溶けちゃうよ』
どうやらライム二号のできる事はライム一号とは異なるようで、今まで普通に出来ていた事でも出来ない事があるのだなと僕は少し考え込んでしまった。
三年前の僕はたった一体のオークに捕まり弄ばれた訳だけど、今となっては『何故?』と思わざるを得ない。
まぁ、あの時の僕は経験も覚悟も装備も足りてなかったからな。
僕の右前方、アランが二体のオーク相手に取っ組み合いの戦闘が始まった。一方で左隣のルーファウスは普段あまり使う事のない杖を取り出し、何やら詠唱を唱え始めている。
攻撃魔術の詠唱には少々時間がかかる、僕は僕達の方へ突っ込んでくるオーク三体の足止めにかかった。
「土壁!」
僕の詠唱と共にオークの足元の土が盛り上がり、先頭のオークがそれに躓き派手にこけた。けれど残り二体のオークはそれに構う事なく、こけたオークを踏みつけるようにして僕達の方へと突進してくる。
やはり魔物というべきか仲間の心配など全くしないのだな、と僕は些か苦笑してしまう。
目の前のオーク達は普通にその辺にいる魔物達とは違い連携が取れているように見えたので、もう少し組織だった動きをするかと思ったのだけれどそんな事は全くなく、やはりオークはオークだった。
そんな中でそんな五体のオークの動きをじっと観察しているオークジェネラルの態度はやはりオークの中では異質だと思わざるを得ない。
オークジェネラルは動かない。まるで僕達の力を見極めようとしているかのように微動だにしない、それが何だか恐ろしくもある。
詠唱の完了と共にルーファウスの杖先から炎が吹き出し目の前のオークを焼き尽くした。
ああ、そういえばオークの弱点は火だったなと苦い記憶を思い出す。あの時は僕を弄ぶオークをルーファウスは紅蓮陣の一撃で骨の一本も残さずに焼き尽くしたのだ。
魔物を見ただけですぐにその魔物の弱点を見極め攻撃魔法を出せるのはやはり経験の差なのだろう。
そんな事を思っている間にも僕達の前方ではアランが個別撃破したオーク二体が地を這っていた。首があらぬ方向を向いているので恐らくこちらも既に息はないだろう。強いな。
オーク五体を撃破して僕達が一息吐いた刹那、オークジェネラルが嫌な響きの咆哮をあげた。それはかつて経験した事のあるオークの雄叫び。その咆哮は空気を伝って振動となり脳を揺らす。
「ぐっ……」
思わずという感じでアランが頭を押さえて膝をつくのが見えた。かく言う自分も鼓膜がどうにかなってしまったのか周りの音が聞こえづらくなり立ち竦んだ。
ただでさえ薄暗い洞の中、まだ燃え続けているオークの身体から立ち昇る炎で洞の中はうっすら明るくなっているけれど視界は決して良いとは言えない、そしてそんな中で音が拾えないというのは恐ろしく感じ、僕は周りを見渡した。
そして、ふと気付く。先程まで横に居たはずのルーファウスが居ない。
「あれ? ルーファウス?」
「…………!」
微かに誰かが何かを叫ぶような声が聞こえた、気がした。だがその声はまるで音に幕を被せたように明瞭には聞こえてこない。
「ルーファウス!?」
僕の呼び声にオークジェネラルの唸り声が重なる。それはまるでお前の相手は自分だと言わんばかりのその声に僕はルーファウスを探すのを諦め前を向いた。
目の端に頭を振って立ち上がるアランの姿、けれどオークジェネラルの視線は彼には向かわず、じっと僕を見据えている。
これはアレか、獲物として僕が一番倒しやすそうだと判断されたのかもしれないな。
複数の敵が目の前に立ち塞がった場合、一番最初に倒すのは倒しやすそうな一番弱い雑魚敵からというのは定石だ。だけど、僕だってそう簡単にやられてなどやらない。
僕はローブから杖を取り出しオークジェネラルへと向けた。いつもならライムが僕の傍に居て魔術の威力を増幅してくれるから有利に事を運ぶ事が出来ているのだけれど、今現在僕の傍らにはライムが居ない。そう思うと少しばかり不安が募るが、だからと言って既にもう逃げる事は不可能だ。
オークジェネラルが僕を目がけて突進してくる、アランがそれに気付いたようだけど、たぶんもう間に合わない。
オークの弱点は火、だったら勿論オークジェネラルの弱点も火なのだろう、僕は杖を構えて詠唱を……そこまで考えてはたと気が付いた『そういえば今、僕、火魔法使えない……』と。
一瞬の判断ミス、迫るオークジェネラルはもう目の前で僕の頭は真っ白にフリーズした。まるで走馬灯のようにこちらへやって来てからの記憶が頭を巡る、これはもう完全な現実逃避だな、と衝撃に備え目をぎゅっと瞑った。
オークジェネラルに捕まったらどうするか、弾き飛ばされたらどうするか、そんな事を考え衝撃を待っていたのだが、いつまで待っても衝撃はやってこず僕は恐る恐る目を開けた。
「え? あれ??」
目を開けると、杖を握りしめるようにして立ち尽くしていた僕の前にオークジェネラルはいなかった。
まぁ、それはいいとしてどうやら周りの様子もおかしい。僕達は薄暗い地下道を進み、洞の中で敵と遭遇したはずだった。
けれど今、何故か僕は生い茂る木立の狭間に一人ポツンと立っている。木立の隙間からは青空が覗き、ピピピと平和で呑気な鳥の囀りさえ聞こえてきて僕は本当に意味が分からず辺りを見回した。
ここは何処だ?
「アラン、ルーファウス、どこ?」
恐る恐る声を上げても二人からの返事はなく、聞こえてくるのは木立を渡る風の音と、そんな風に煽られる葉擦れの音だけ。
一体何が起こったのか全く分からない僕は身動きが取れない。まさかと思うが敵の術中に嵌まっているのか? 無闇に動けば危険かもしれないと一歩も動けずに周りの気配を探るのだが、周りに生き物の気配はない。
訳の分からない状況で一人ぼっちになってしまった僕は途方に暮れる。
この世界に来てからずっと僕の傍にはずっと誰かが居た。アランやルーファウスはもちろん従魔のライムとは常に一緒に行動を共にしていたのに、今の僕は完全に一人ぼっちだ。
どうしよう……
とりあえずこの場からは動いた方がいいのか、留まって様子を見た方がいいのか分からない。
その時、草葉の陰でかさりと何かが動く気配を感じた。咄嗟に杖を向けて気配を探ると草葉の陰からごそごそと一匹の魔物が現れた。その姿は薄緑色をした一匹のスライム。
「ライム!」
僕は思わずスライムに駆け寄り抱き締めて「良かった」と安堵の声を漏らしてしまった。だってここにライムが居るという事は少なくとも僕は一人じゃない。そしてアランやルーファウスも近くにいる可能性は高い。
けれど、そんな事を考えたのも束の間、いつも可愛らしく賑やかなライムが一言も返事を返さない。
僕は俄かに不安になって「ライム?」と再び声をかけると、大きく伸びをするようにして『ボクの名前?』と返事が返ってきた。それは少し不思議そうな声音で僕は腕の中のライムを見やりある事に気付く。
このスライム、王冠を被っていない。
なんて事だ、僕はまた間違えたのか! つい先程もライムに似た個体を見付けて間違えたばかりだというのに、どうやら僕はまた間違えたらしい。
でもだって、スライムってぱっと見は全員等しく同じ形なんだよ……
『ライムってボクの名前? やったぁ、ライム、ライム、ボクの名前~』
けれど僕の戸惑いをよそに腕の中のスライムは無邪気にはしゃいでいて今更間違えましたなんて言える雰囲気ではない。
『でもあるじ、ライムってどういう意味?』
唐突に投げかけられる質問、僕は瞬間言葉に詰まる。
「えっと、スライムからスを抜いてライム……なんだけど、一応君の身体がライムグリーンをしてるから、それでライムってそう思って、安直、かな?」
僕がライムにこの命名をした時、一番最初に返された返答が『あんちょく~』だった事が思い出されて、つい弱気に返してしまうと腕の中のライム二号は『あんちょくって何?』と身体をくねらせた。
同じスライムでも持っている語彙力は違うのか、ライム二号はその名前に不満はないらしい。
ついでに思い立ってライム二号の鑑定をしてみたら鑑定結果はライムと全く同じで、やはり最古のスライムの一片となっていた。唯一違っているのが♡の中の色くらいでライム二号の好感度はまだ淡いピンク色、恐らく「ちょっと好き」くらいの色をしていた。
それにしても最古のスライムの欠片達は揃って体の色がこの薄緑色をしているのだろうか、だとするとこの色をしているスライム達は全員元はライムの兄弟……いや、同一個体という事になるのだろうか? スライムの謎がさらに深まってしまったな。
とりあえあず、このライム二号と一号が邂逅したらどんな反応を見せるのか気になる所だが、今現在僕はそんな事を気にしている場合ではないのである。
「ねぇ、ライム、聞きたいんだけど、ここって何処なのかな?」
『森の中だよ』
「えっと、森の名前とか……」
『? わかんな~い』
そっかぁ、分んないかぁ……
って、どうするんだよこれ、僕完全に迷子なんだけど! ライム二号を従魔にした事で少しだけ心細さは減ったけれど、それでも今現在僕の置かれた状況がどうなっているのかはさっぱり分からない。
あんな大きな図体のオークジェネラルは何処行った!?
いや、でも冷静になって考えれば僕の居る場所自体が洞の中ではなく森の中という時点でオークジェネラルが消えた訳ではなく、もしかして僕があの場所から消えたのか?
そしてひとつ思い出される魔術がひとつ、それは言わずもがなな転移魔術だ。
僕は確かに転移魔術の練習をしていた。けれどそれはまだ練習段階で小さな物を別の場所に飛ばす練習をしていただけで自分自身を転移させた事は一度もない。
本来転移魔術というのは行った事のある場所にしか行く事ができないと聞いている、けれど僕は恐らくこの場所を知らない。
これは自分で転移魔術を使ったというよりは、誰かに飛ばされたというのが正しい気がする。けれど、そんな事が出来そうな心当たりといえばルーファウスのみな訳だけど、僕の傍にルーファウスが現れる気配はない。
そもそもあの時、ルーファウスは僕の傍にはいなかった。確かにほんの少し前まで僕の隣で戦っていたはずなのに、あの瞬間彼は僕の傍らには居なかったのだ。
こんな時に焦っても恐らく自体が上向く事はない、僕は落ち着いて考えを巡らせる。とりあえずここが何処だか分からないのが現在一番の問題だ。
今、目の前にいるのがライム一号だったら小太郎君とスライム通信で連絡を取る事もできたのだろうけれど、面識のないスライム同士ではそれもできない。
そこで、僕ははっと思い立つ。そうだ、龍笛!
オロチに貰ったこの龍笛は吹けば何処に居てもオロチの耳に届く不思議な笛だ。吹けば何処へなりとも駆けつけると約束してくれたその笛を僕は取り出し吹いてみる。
龍笛の音色は特殊な音波であるようで、僕には相変らず音が鳴っているのかすらよく分からないのだけど、これできっと大丈夫……なはず。
僕は耳を澄まし気配を探りオロチの到着を待つ、けれど10分待っても20分経ってもオロチがやって来る気配がない。
僕はまたしても不安になってくる。
『あるじ~大丈夫? お腹すいた?』
ライムが身体をくねらせ心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。本当に君が傍に居てくれて良かったよ、一人は寂しい孤独は辛い。
ライムのささやかな気遣いにほっとしている自分に気付き僕はライムの頭を撫でた。
「僕は大丈夫だけど、ライムはお腹すいた?」
『ん~とね、すいた~!』
この森にやって来てまだ一時間やそこらではあるのだけれど現在恐らく昼食時、腹が減っては戦はできぬ、というか、ぶっちゃけ何かをしていないと不安ばかりが湧いてきて仕方がない。
僕はマジックバッグの中を探りライムのおやつと自分用の非常食を取り出した。非常食は簡単に摘まむ事ができるクッキーのようなもの、一応作り置きの食事もバッグの中にしまわれているけれど、いつ何時魔物が襲ってくるかも分からない状況で食卓を広げるのは躊躇われた。
ライム二号におやつを渡すと最初は不思議そうにしていたのだが、恐る恐るそれを取り込みライム一号に初めておやつを上げた時のように胎内が粟立った。
『あるじ、これすっごく美味しい!』
歓喜の声はライム一号と変わらず可愛らしい。僕は思わず満面の笑みでライム二号を撫でまわしてしまった。
「そういえばライムはスライム結界ってできる?」
『すらいむ結界? って、なぁに?』
「え~と、魔物が襲ってきても跳ね返しちゃうような透明な魔力の壁を作る感じかな」
ライム二号は考え込むように数度伸び縮みを繰り返し、しばらくするとムクムクと膨らんで『これでいい?』と僕に問う。
それは僕を包み込むような物ではなく己を護る魔力の壁で、それを指でつつくとライムの身体はいつもより少しばかり硬質になっている。
「この中に僕も入れて欲しいんだけど、できる?」
『ん~とね、できるけど、あるじ溶けちゃうよ』
どうやらライム二号のできる事はライム一号とは異なるようで、今まで普通に出来ていた事でも出来ない事があるのだなと僕は少し考え込んでしまった。
14
あなたにおすすめの小説
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる