童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

聖樹の加護

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 エルフの里にも夕闇が広がり、今日も一日が終わろうとしている。今朝は魔王城に乗り込むという事でやや緊張した出発であったのに、夜になったら宴会の中歓待を受けているだなんて、誰が考えると思う?
 文明とは隔絶した場所にあるらしいエルフの集落では「人族」自体がとても珍しいようで、僕は客というよりはまるで珍獣扱いで集落の人達からは遠巻きにされている。
 現在僕を歓待してくれているのはこのエルフの集落の長であるフレデリカ様とその付き人達。ちなみに一人を除いて全員女性です。
 おかしい、何故かここへ来てハーレムのようになっている。
 僕の前には貫禄の美女フレデリカ様が興味深げに僕を眺めている。その手には相変らずワイングラスがあって、その中には昼にも見かけた黄金色のキラキラした液体が満たされていた。
 あれはお酒なのだろうか? だとしたら少し飲みすぎなのではないかと他人事ながら心配になってしまう。
 まぁ、現在僕は人の心配などしている場合ではないのだけど。
 というのも、僕の周りは現在美女で固められていて、その美女達の視線がどうにも居たたまれない僕は居心地が悪く落ち着かない。だって仕方がない、僕は女性との交流経験が前世含めてほぼないと言っていいのだから。
 接待以外で女性のいるお店に行った事もないし、いざ対面して女性と何かを話せと言われても気の利いた話題のひとつも出す事ができない僕は、しどろもどろで女性陣に囲まれている。

「それで、お前が暮らしていたというそのグランバルト王国というのは一体どのような国なのだ?」

 フレデリカ様に尋ねられて僕は自分の知りうる限りの情報を彼女に伝えたのだけれど、やはり彼女はそのような王国に心当たりはないと首を振った。
 まぁ、予想していた事だ。僕の予想が正しければグランバルト王国はまだこの世界に誕生すらしていない、そんな存在しない国の事を知っている人が居ないのは当然の事なのだから。

「アルバートから聞いたが、お前はずいぶんと魔術に精通しているのだそうだな、ここは余興のひとつに何か魔術のひとつもお披露目してはくれぬかの?」

 お願いのような体をしているけれど、これはもうやってみろという命令なのだろうな、僕はどうしたものかと思いつつ「分かりました」と頷き立ち上がった。僕は歓待の席を離れて一人前へ進み出る。
 魔術を見せるという点で言えば一番派手なのはやはり火魔法なのだけど、現在僕は火魔法を使えない。無属性魔法も使えるけれど、これはあまり人には知られない方がいいと言われているし、水・風・土の三つの属性魔法の中なら何が良いかと考えて、僕は「水球ウォーターボール」と短く呟く。
 大気の中から溢れ出てくる水分を集め掌の上で大きな水の塊を作っただけで、あちこちから驚嘆の声が上がったのだけどフレデリカ様は口角を僅かに上げただけで何も言わない。
 まぁ、水球を作るのなんて水魔法の一番の初歩だからな、この程度でフレデリカ様が満足してくれる訳がない。

「散」

 掌の上でくるくる回っていた水球が僕の一声で無数の水滴に変わる。散らばった水滴は微動だにせず空中に留まり、聖樹からもたらされる光を取り込んでキラキラと輝いている。

「この地に揺蕩たゆたいし水よ、鏡となりて像を結び、幻の如き夢を見せよ、水鏡幻影ミラー・イリュージョン!」

 詠唱と共にその水滴は辺りを漂い始め、様々な形に変化しつつエルフ達の上空を乱れ飛ぶ。それは飛ぶ鳥のようであり、優雅に舞う蝶のようでもあり、自由に泳ぐ魚のようにも見えたはずだ。
 エルフ達の口からは「わぁ」と歓声が上がった。
 これは敵に目くらましをする魔術で攻撃力という点ではあまり役には立たないのだけれど、見た目が派手で僕は意外と気に入っている。
 僕は数分に渡り幻影を操り、疲れてきたところで幻影を霧散させた。

「なかなか面白い見世物だったぞ小僧」

 満足してもらえたと思って笑みを浮かべて女王様に向き直った僕の目に映ったのは口元だけ笑みを浮かべたフレデリカ様。

「だがその力、少々危ういな」

 見世物としては上出来だったと思ったのに、フレデリカ様からかけられた言葉はあまり芳しいものではなく僕は戸惑う。

「危うい、ですか?」
「そのように派手な魔力の使い方をしていたら早晩お前は死ぬぞ。ただでさえ人は短命だというのに、若いみそらで生き急ぐ必要もあるまいに」

 はて、僕はそんなに生き急いでいるように見えるだろうか? そもそも今見せたのは水魔法の中の中級魔術で初級よりは消費魔力量は大きいとはいえ、僕にとっては大した魔力消費ですらない。
 心配してくれるのは有難いけれど、全然大丈夫なんだけどなぁ。

「そういえば、お前は魔術を使う際に何事か呟いていたな、アレは何だ?」
「え? ああ、詠唱ですよ」

 先程見せた術の詠唱はルーファウスに教えて貰った通りのものだ。
 実際に戦闘中などに使う時はもっと短く『水鏡幻影ミラー・イリュージョン』の一言だけで術を発動させてしまうのだけど、本来それは正しくないやり方になるらしい。
 ルーファウスから人前ではなるべく詠唱を唱えるように口を酸っぱくして言われているので今回はきちんと唱えたのだけれど、何かおかしかっただろうか?
 こう言っては何なのだが実際のところ、詠唱の文脈の部分は言っても言わなくても魔術の威力はほとんど変わらない。僕がルーファウスに教えてもらった魔術の基本発動方法は長文詠唱なのだけれど、何というか文脈がいちいち厨二っぽいというか、ぶっちゃけ恥ずかしくて勝手に短くしてしまう事がほとんどだ。そして、やってみたら別段問題なかったので僕の詠唱は非常にシンプルで短いものになっている。
 本当は僕は無詠唱でも術の発動が出来る。実際ルーファウスも詠唱の省略をする事がない訳ではない。それは簡単な魔術に対してで、詠唱の有無は個人の判断に任されるらしい。けれど高等魔術に関しては発動に詠唱は必須という決まり事ルールがあるので、それをせずに魔術の発動をすると周りからかなり奇異の目で見られてしまう。
 僕はその理由をよく分かっていないのだけど、ルーファウスが駄目だと言うので僕は何となく体裁を整えるために詠唱をしているだけだったりするのだ。

「詠唱……それは呪文のようなものか?」

 フレデリカ様の問いかけに僕は「え? ああ、まぁそうですね」と言葉を濁す。だけどそう改めて問われると詠唱と呪文の違いってなんだ? 言葉に力を乗せて放つという意味では詠唱も呪文も一緒だけれど、違いって何なんだろうな?
 詠唱の『詠』の字は歌うという意味があるし、直訳すると『詠唱』は歌い唱えるという意味になる。思えばルーファウスに教わった長文詠唱は歌に近い気がしなくもない、そう考えると現在の僕の詠唱はただの呪文だと言えるのかもしれないな。

「詠唱、詠唱か……」

 フレデリカ様が何事かぶつぶつと呟いている。呪文か詠唱かって、そこまで考え込むような違いはないと思うのだけど、何か違いがあるのだろうか。
 こんな時、ルーファウスが傍に居てくれたら「それはこう違うのですよ」と簡潔に説明してくれただろうに、僕は首を捻るばかりだ。

「風を束ねよ幾重にも、空より来るもの、地を這うもの、この地へ来るあまねく害悪を我に教えよ――」

 フレデリカ様の詠唱、最後に唱えた術名が聞こえなかった。何故ならフレデリカ様の詠唱と共に彼女の魔力が一気に膨れ上がり、魔力の波動となって僕達の傍らを抜けていったからだ。
 魔力は風を孕んでいて僕は風圧に吹き飛びそうになったし、実際に目を丸くして転がっている人もいる。その風はエルフの里を抜けて外までものすごい勢いで広がっていったのだろう、森の樹々からは眠りにつこうとしていただろう鳥が何者かの襲撃かと慌てるように樹から飛び立ち、獣たちも落ち着かない様子であちこちから遠吠えのような獣の鳴き声が聞こえてきた。
 ただその風は攻撃するようなモノではなく、あくまで僕達の周りを吹き抜けただけだったので、そんな騒ぎもしばらくすれば落ち着いて、森はまた静寂を取り戻した。
 それにしても僕はこの魔術を知っている、というかフレデリカ様の唱えた詠唱を聞いた事がある。けれどその魔術はこれ程の魔力を乗せて放つものではない、これでは攻撃と変わらない。

「これは凄いな……」

 唱えて魔術を放った本人であるフレデリカ様自身も何故か驚いたような様子で、どういう事だと僕は混乱するばかりだ。

「あの、フレデリカ様、今のって探索サーチですよね。術にあんなに多くの魔力を乗せては相手にも気付かれてしまいますし、あそこまでしなくても対象物は探知できるかと……」

 いや、でも、あれだけの魔力を乗せれば探知できるエリアは広がるかもしれないし、この森全体を見ようと思ったらあのくらいは普通なのか? だけど、もし本当に侵入者がいた場合これは威嚇にはなっても、こっそりと相手の居場所を掴むという事は難しくなる。
 そもそも「探索サーチ」は風魔法の中でも初級魔術で、こんな使い方はしないものだ。
 フレデリカ様がにこりと笑みを浮かべて困惑している僕を手招き、僕がおずおずとその手招きに応じるとがしっと腕を掴まれ彼女の横に強制的に侍らされた。
 嫋やかな容姿とは裏腹に意外と彼女の腕力は力強くて、僕が目を白黒させていると「お前、千里眼を使えるのか?」と耳元で囁かれた。

「え? 千里眼?」

 確かそれはフレデリカ様だけが使える特殊能力ではなかったか? 僕が知っているのはあくまで風魔法の初級魔術である「探索サーチ」であって千里眼ではない。
 けれどフレデリカ様の顔は笑っているのに瞳はじっと僕を見据えたまま微動だにしない。美女が凄むと迫力が増すというか、ぶっちゃけ怖くて逃げ出したい。

「先程の魔術、お前も使えるのだな?」

 耳元で妖艶な唇が僕にだけ言葉を紡ぐ、それは傍目には彼女が僕を誘惑しているようにも見えたかもしれないけれど、実際のところはただの詰問だ。

「つ、使えますけど、それが何か?」
「そうか、お前は私が考えていたよりも余程危険人物、という事だな。幼げな容姿に危うく騙される所だったわ」

 フレデリカ様の指先が僕の頬を撫でながら顎にかかり、彼女は更に顔を寄せてくる。美人はアップで見ても美人だけど目が笑ってないんだよ、怖いからホントやめてくれ。

「ここでお前を殺しておくべきか、だがお前のその類稀な魔術の知識は得難いものだ」

 フレデリカ様の瞳が怪しく光る。魔物の中には『魅了チャーム』という技を使ってくるものもいる。それは力の弱い魔物がほとんどで、相手を魅了し惑わす事で敵を捕食する厄介な魔物だ。それは精神攻撃の一種で闇魔法に分類されるのだけれど、フレデリカ様の瞳にはそんな魅了の魔術が宿っている。

「申し訳ないですけど、僕に魅了チャームは効きません」
「な……」

 僕の魔法耐性値は高い、ついでに言うなら闇魔法と対になっている聖魔法のスキルレベルが高いので闇魔法の精神攻撃には耐性があるのだ。魅了チャームはかかってしまえば抗い難い魔法であるけれど、気付いてしまえば対抗できる、なにせ僕自身魅了スキルが高いのだ。
 僕がにこりと笑みを浮かべればフレデリカ様は眉間に皺を寄せてふいっと瞳を逸らした。

「全く、度し難い。抗わなければ命を縮める事もないものを……」

 フレデリカ様が僕の両肩を掴み、押しやるように身を逸らせると同時に彼女の魔力がまたぶわりと膨らむ。しまった、怒らせたかと自身に防御結界バリアを張ろうと思ったのだが、如何せん相手は目の前で間に合わない。
 僕の両肩を掴むフレデリカ様の両手から直接攻撃を仕掛けられ、僕の意識が揺らいだその時、フレデリカ様の両手が何かに弾かれたように僕から離れた。

「っ……なに!?」

 フレデリカ様が僕から距離を取るように後ろに飛びのいて、異変を察知したのだろう周りの女エルフ達が僕と彼女の間に割り込んでくる。
 一方で僕の身体からは何やら眩い程に光る魔力が溢れ出し、僕を包み込んだ。

「え、なにこれ?」

 背中が仄かに温かい、まるで誰かの腕の中に包まれているかのように光の魔力が僕を包み込んでいる。

「そんな馬鹿な、これは、聖樹の、加護……?」
『タケル』

 何処からかルーファウスが僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。
 ああそうか、これはまだ一度も発動した事のなかったルーファウスが僕の背中に施した守護印の……

「大変申し訳ございませんでした」

 フレデリカ様が僕の目の前に土下座せんばかりの勢いで跪いて首を垂れた。そのフレデリカ様の態度に周りも動揺を隠せないようでおろおろと立ち竦んでいる。

「ちょ、やめてください。皆さん驚いてますよ」
「まさか貴方様が聖樹の加護を受けた神子みこであったとは、聖樹を祀る一族の長としてそんな事にも気付けなかった己が不甲斐なく、こうなっては我が命を差し出し代償とするしか……」
「待ってください! 命とか要りませんし、そもそも僕は神子ではありません!!」

 突然の成り行きに僕だけではなく周りも驚き、フレデリカ様に倣うように周囲の者達も僕に跪き首を垂れる。だけど待って! 僕は本当にただの冒険者で神子なんかじゃないんだよ!

「あの、今のは多分僕の背中に入っている守護印が発動しただけで、僕の力じゃないんです! だから聖樹の加護とかそういうんじゃないと思います!」
「守護、印?」

 僕はままよとばかりに髪を持ち上げ服をはだけると背中を晒す。そこには自分ではちゃんと見た事がない守護印が刻まれているはずだ。
 フレデリカ様は恐る恐るという感じで顔を上げ、僕の背中に刻まれた紋印をまじまじと見やる。確かそこには白い線で樹のような紋様が描かれているはずだ。

「これは、やはり聖樹ではないですか」
「え?」
「この紋印、一体誰が貴方に刻んだのですか? これは、この紋様は我が一族の紋印です。そしてこの意匠は間違いなく聖樹を模したものに違いありません」
「これを入れたのは僕の魔術の師匠のルーファウスです」
「ルーファウス?」

 フレデリカ様が怪訝な表情を見せる。恐らく名前に聞き覚えがないのだろう。ああ、なんかもうこれ完全に詰んだ気がする……この紋様はこのエルフの里の紋印で、これを刻んだのはルーファウス。つまりはルーファウスはこの里に属するエルフだという事だ。
 だけどこの里にはルーファウスの痕跡がない、そもそもルーファウス程の魔術師を排出したにしてはこの里の人達の魔術の知識が乏しすぎる。
 落ち着いて考えて、もしかしたら僕の早とちりだったらいいのになと思っていたのだけど、うん、これもう間違いようがない。

「あの、フレデリカ様にだけ内密にお話したい事があるのですけど、少しだけ僕のお話聞いていただけますか?」
    
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