童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

禁域って、もしかして……

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 アンジェリカ様はとても軽いノリで「タケル、今日は禁域の方へ行くぞ」と、そう言った。

「禁域って立ち行っちゃダメだから禁域って言うんじゃないんですか!? 余所者の僕なんか連れてっちゃダメですよ!」
「? タケルは何をそんなに慌てている? 私は禁域の方へ行くと言っているだけで、禁域に立ち入ろうって話ではないのだから別に良くないか?」

 ああ、この人、何が問題なのか全く理解していない。

「あのですね、アンジェリカ様、その禁域っていうのはエルフの人達にとってとても大事な場所なんですよね? その場所を護るためにフレデリカ様は防御結界を張り続けなければいけない程に大切な場所! なのにその禁域の場所をホイホイ余所者に教えたら駄目でしょう? 僕が本当に悪い人間だったら仲間に情報漏洩して攻め込んで禁域を奪ってしまうかもしれませんよ!」
「タケルはそんな事しないだろう?」

 僕を信用してもらえているのは有難いけど、そういう話じゃない!

「タケルは子供のくせに頭が固いな、まるで長老達を相手にしているみたいだ」

 長老というのはこのエルフの里でも更に長寿の者達で、僕が発案した防御結界陣への出入りのための紋印を身体に刻むのを嫌がった人達でもある。彼等はまだ僕を信用していないのか近寄ってすらこないので交流はほとんど持っていないのだけれど、年寄というのはえてして頭が固いものだ。そして僕も人間としては『頭の固い大人』の括りに入る年齢なのだから仕方がない。
 だが大人は頭が固くなるとは言うが、それは積み上げてきた経験がそうさせるのだと僕は思う。それをしたら悪い事が起こるかもしれない、もしくは実際に起きた事があるという経験を詰んでいるから「駄目だ」と言うのだ。
 失敗も経験のひとつ、それも学びだからと子供の成長を失敗込みで見守るのも大人の対応だけれど、それが己の生活を脅かすような事象に関しては頑なに反対するのが『頭の固い大人』という生き物だ。
 ちなみに僕が禁域に行くのを嫌がる理由はエルフの長老たちに同調してのものではない、はっきり言ってそちらの事情はまるで知らないのでどうでもいいのだけど、禁域に僕が赴く事で僕のこの里への拘留期間が延びる可能性が高いので、できれば遠慮したいだけである。

「アンジェリカ様が何と言おうと僕は禁域には行きませんからね! というか、フレデリカ様だって禁域付近への立ち入りまで僕に許可してないでしょう? せいぜい里周辺での魔術の練習を許可するくらいだと思いますけど?」

 明らかにアンジェリカ様が瞳を逸らした。ほら、やっぱりだ。

「でもさ、せっかく魔術の威力が上がったんだから、いつもより強い魔物を狩ってみたいと思うのは当然だろう!?」

 へぇ、禁域の周りの魔物って強いんだ? まぁ魔力の籠った聖水が湧く泉があるそうだから魔物が集まってくるのも分からないでもないけれど。実際ライムも魔力を充分に蓄えた草を美味しいと飛び出して行ったくらい……で。
 あれ? 魔力の泉? 魔力……溜まり? 
 魔力溜まりで魔力飽和すると魔物の大暴走スタンピードが起こる、それは100年周期で起こっていて、女王様の選定は100年に一度。
 え? ちょっと待って? 何か符号が合い過ぎない?

「あの、魔物の大暴走スタンピードって知ってます?」
「? 何だそれは?」

 アンジェリカ様が小首を傾げる。僕はその場にいる全員の顔を一通り見回すのだけれど、全員が全員「?」という顔をしている。
 この時代には魔物の大暴走スタンピードはまだ起こっていないという事か。確かに僕が聞いている話でもスタンピードは過去3回100年周期で起きているという事だけだ。
 最初のスタンピードを鎮めたのはグランバルト王国の初代勇者とその伴侶であるタロウさん、そして3回目は子供の姿の魔王。2回目の情報はあまりちゃんと聞いていないけれど、少なくともこれからこの地では3回の魔物の大暴走スタンピードが起こるのだ。
 でも何故だ? 現在この里に暮らしているエルフ達はそんな事が起こるだなんて誰一人知らない風で、エルフの里は平和そのもの。
 けれど、スタンピードは必ず起こるはずで、それが起こり始めるのには何かしらのきっかけがあったはずだ。

「禁域の周辺の魔物って強いんですか?」
「強いというよりは『特殊』だな。禁域付近の魔物は他の場所の魔物と種類は同じでも何かが違っている。タケルが連れているスライムも色が違っていただろう?」

 アルバートさんが僕の質問に的確に答えてくれる。確かにライムは他のスライムとは色が違う、これは単なるライムの個性かと思っていたのだけれど、どうやらその認識は間違っていたのかもしれない。

「さっきからタケルは何を考え込んでいる? 禁域に何か思うところでもあるのか?」

 ペリトスさんが少しだけ険しい顔で僕の顔を覗き込む。
 僕が人族からの間諜スパイであるという疑惑はまだ完全に拭いきれている訳ではない、僕が何か悪さをすればその罪はペリトスさんの物にもなってしまう、彼は僕のこの里での『保護者』であるけど、同時に『監視役』でもあるのだ。

「いえ……」

 全く興味がないと言えば嘘になる。僕達はその魔力溜まりを封じるために魔王領へとやって来たのだ。
 まさかエルフの禁域がその場所だとは思っていなかったけれど、確かに言われてみればそれ以外に考えられない。
 魔力溜まりの魔力飽和、それがこの時代に起こっていないのは何故だ? 僕のいた時代とこの時代での違いはなんだ?
 考えても考えても僕が分かる事は一握りでしかない、けれど決定的に違っている事で分かっている事がひとつだけある。それは聖樹の有無だ。
 この里を護るように聳え立っているこの聖樹が僕達の時代では別の場所へ移動している、何故そんな事になってしまったのか僕にはそれが分からない。
 聖樹が輝いているのはこの魔力が豊富な土地から大量の魔力を吸い上げているからなのだろう、そして聖樹が魔力を吸い上げる事で魔力溜まりの魔力飽和を防いでいるのではないか?
 けれど何かの理由で聖樹は失われ、そして魔力溜まりの魔力は溢れ、そして魔物の大暴走スタンピードへと繋がるのだろう。
 まだこれは僕の仮説でしかない、けれど理屈は通っている気がする。
 こうなってくるとスタンピードが起こるのが100年周期なのと、エルフの女王の選定が100年毎なのにも何か関連がある気がしてならない。
 フレデリカ様は防御結界を張っておかなければ里が大変な事になると言い、その後は言葉を濁した。もしかして大規模ではないにしても100年毎にスタンピードのような事は起こっているのではないか……?
 そして、もしかしてそれを彼女筆頭に歴代の女王様が一人で防いでいるのだとしたら、女王様のこの里への献身は計り知れない。

「あの、ひとつ聞きたいんですけど、女王……里長って引退したらどうなるんですか? 代替わりして普通の生活に戻るんですか?」

 その場にいた全員が全員、わずかに僕から瞳を逸らした。
 そういえばこの里でフレデリカ様の事を『女王様』と呼ぶのはペリトスさんだけで、里の者はフレデリカ様の事はそのまま名前に様付けで呼ぶか『里長』と呼ぶ。
 意味があるのか分からないその呼称、けれどペリトスさんはフレデリカ様と自分の関係を『女王様と下僕』という間柄に収めたがっているような気がしてならない。
 二人の間にある距離感、拒否しているのは恐らくペリトスさんの方で、フレデリカ様はそれを仕方がないと諦めているように僕は感じる。

「タケル、それを聞いてお前はどうする?」

 ペリトスさんが作ったような笑みで僕に問うた。

「単純な好奇心ですよ。そういえば『あの人が元里長だ』とか、そんな方を紹介された覚えがないので……」
「先代は自宅で臥せっていて外へは出られない、それより前は私も知らない。それがどうした?」

 アンジェリカ様がいつもの能天気な態度ではなく、少しだけ神妙な声音で答えをくれた。
 でもそうか、先代は臥せっているのか……それもそうだよな、ギリギリまで自分の身体を酷使して、言ってしまえば聖水でドーピングしたような状態で何百年も里を護り続けるのだ、身体を壊しても不思議ではない。

「代々里長はハイエルフですよね? ハイエルフはエルフの中でも長命だと聞いています、それに精霊の加護に聖樹の加護も持っている、それでも――」
「それだけその立場は重い、という事だ。里長のほとんどはハイエルフとは思えない程短命で命を落とす。里を護り子孫を残す、そんな重責を背負わせているから里の者は彼女達に逆らわないんだよ」

 なるほど、確かにその責任の重さを理解している者は彼女達に逆らおうなんて思わないだろうな。

「だけどフレデリカ様は、子孫を残していないじゃないか。里長としては半人前だ」

 そんな事を言うのはアルバートさん、いやいやちょっとその言い分はどうなのか? フレデリカ様は過分に里を守護している、元々アルバートさんはあまりフレデリカ様を好いている感じではなかったけれど、その言い方はあんまりだ。
 そんなアルバートの言葉にはさすがにペリトスさんも眉を顰めて「アルバート!」と語気を強めた。

「だってそうだろう? 今までの里長は任期中最低一人は子を産んでいるって聞いている、だけどフレデリカ様は任期が長い割にまだ一人も産んでない。無理やり俺みたいな若いハイエルフの男を囲い込むくらいならその任務は果たしてもらわないと。百年も自由を拘束されるのが確定してるこっちだって割に合わない」
「言っておくが、里長が子供を産む事に関して100年毎に交代で配偶者を置く事を決めたのは里の男達の方だぞ。ただでさえ里長ってのは大変な仕事だっていうのに男達は我が儘だ。子供を産むのだって命懸けだって事分かってんのか?」

 アンジェリカ様が憤懣やるかたなしという感じでアルバートに食ってかかる。でも、あれ? ペリトスさんと言っている事が違うな? 子を儲ける事に関して決定権は女の方にあって、男は働き蜂のようなものだって言っていた気がするのだけど?

「はぁ!? そんな話聞いた事ねぇし!」
「だったら知っとけ! 里長は魔力の強い女がなる。これは何故か昔から女の方が男より精霊に好かれやすいからだ。同時に里長は短命にもなりやすいからその能力や魔力を継ぐ子を儲けなければ里自体が危ういって言うんで、子作りを強制されてんだよ! せめて選択肢が増えればこっちだって許容できるが、ハイエルフってのは元々ほとんど生まれないんだ、好きでもない男との間に子供を作らなきゃならん里長の気持ちも考えろ! ついでに私だってお前との間に子を儲けるなんて虫唾が走るほど嫌だと思っているが、もし私が次の里長に選ばれたら強制的に結婚だ。お互いそんな感情で子なんか儲けられるか? ああん?」

 一気にまくしたてるアンジェリカ様にさすがのアルバートさんも一歩引いて黙りこんだ。まぁ、お互い言い分はあるよなぁ。
 どちらか片方の言い分だけを鵜呑みにするのはやはりよくないという事をしみじみと感じた僕は考える。
 ペリトスさんはエルフの里は女性優位だと言っていたけれど、話を聞く限りそればかりでもない気がしてきた。

「あの、アンジェリカ様、もしかして里長になるのって精霊の加護と聖樹の加護を持っていて、魔力が高ければ男性でもなれるのでしょうか?」
「大昔にはいた事もあったって、ばっちゃが言ってた」

 ばっちゃ? と首を傾げたらセルジュさんが「先代様ですよ」と、さりげなく耳打ちしてくれる。気がきくな、さすが未来の執事。
 でもそうすると、臥せっている先代様は恐らくアンジェリカ様の祖母、という事か。元里長の言う事なら信憑性は高い気がする。
 そもそも僕のいた時代、エルフの里の里長は男性だった。アルバートがグランバルト王国の大臣で、その兄であるルーファウスの伯父が里の長……ん?
 って、ちょっと待て、何故今まで気付かなかった!?
 ここが過去の世界だと気付いた時に一緒に気付くべきだった! 僕のバカ!
 普通に知っている事実を繋げたら、僕のいた世界のエルフの里の里長ってペリトスさんの事じゃないか!! 何がどうしてそうなった!?
 そもそも里長になる基準がアンジェリカ様の言う通りだとしたら、ペリトスさんが里長になる可能性なんてどう考えてもゼロなのに!

「すみません、ひとつ質問なんですけど、ペリトスさんとアルバートさんって他にも兄弟いたりします?」
「? それは一体どういう質問だ? 脈絡が無さ過ぎだろう。だがまぁ一応、他に兄弟はいないはずだが?」
「はず?」
「母方はいない、父方はよそで種を蒔いていたら分からん。兄さんの方の父親は人族でもうずいぶん前に死んでいるから兄弟がいたとしても既に鬼籍だろうが、私の方はどうだろうな? 聞いた事がないから分からん」
「俺もそんな話を聞いた記憶はないな、たぶんいないと思う」

 そうか……そういえばペリトスさんとアルバートさんも異父兄弟だったな。エルフは長命なだけにそういう関係も多いのかもしれない。
 でも、他に兄弟がいないのだとしたらやはり僕の時代のエルフの里の里長はペリトスさんの事なのだろう、どうしてそうなるのかさっぱり分からないけど。
 ペリトスさんは『ハーフエルフは普通のエルフより短命でいつ死ぬか分からない』ような事を言っていたけれど、少なくともあの時はまだ生きているはず。
 ずるい、やっぱりエルフは長生きだ。
 僕がペリトスさんの顔をじっと見つめると彼は戸惑ったような表情で「なんだよ? 何か言いたい事でもあるのか?」と、僕の視線から瞳を逸らした。
 恐らくだけど、この人もこの里の変革の何かに関わっている、僕の直感がそれを告げている。

「アンジェリカ様、禁域の方へのお出掛けはペリトスさんも一緒でいいなら僕もお付き合いします」
「「はぁ!?」」

 複数の驚きの声が重なった。驚きの中身は個人でまちまちなのだろうが、綺麗にハモったな。

「なんでだよ! 俺は嫌だぞ! あの辺の魔物は本当に特殊なんだ、俺なんかが付いて行っても足手纏いにしかなれない!」
「では今回のお話は無しという事で」

 僕の返答に今度はアンジェリカ様が渋面を隠さない。

「一体それはどういう交換条件だ? そんな奴を連れて行く必要がどこにある?」
「ペリトスさんは僕の監視役ですよ、僕は言いつけは守るタイプの人間なので彼と一緒に行動するのは当たり前なのでは? それに僕にはやらなければいけない事がたくさんあります。その為に早く里を自由に出入りできるようになりたいので嫌疑が深まるような行動はなるべく避けたいんです」

 僕の答えにアンジェリカ様はしばらく唸るように考え込んで、そのうちに「分かった」と頷くと「そいつも連れて行くから一緒に行こう」とそう言った。
 ペリトスさんは心底困ったような表情で「嘘だろ」と、肩を落とした。

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