童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

フォレストドラゴン

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 エルフの里にドラゴンが番相手を求めてやって来た。
 現れた深紅の鱗を纏ったドラゴンは自分の事を炎龍フレイムドラゴンだと名乗り、エルフの里に居座って、あろう事か僕に求婚プロポーズをし続けている。

『どうだタケル、そろそろ私の番になる気になったか?』
「なりません」
『お前も大概強情だのう、そういう所がまた良いのだが』

 第一印象は寡黙なドラゴンだった炎龍だが、僕と意思疎通ができると分かった途端にとてもフレンドリーに、まるで僕を揶揄うように毎日求婚を続けてくる。そして僕はそれに対して「はいはい、うるさいよ」と毎日断りの言葉を返すのが日常の風景になりつつある。
 エルフの里の者達はドラゴンを恐れはしないのだが、積極的な交流はしてこなかった事もあり、僕と炎龍の交流には戸惑いの表情を浮かべている。
 それと同時に僕はドラゴンと会話ができるという事が知れ渡り、いっそう好奇の視線を向けられるようになってしまった。
 ただでさえエルフ達の知らない魔術の知識を持っているという事で里の中で特別視されていたのに、ますます浮いた存在になってしまった僕は能天気な炎龍を横目に大きな溜息を吐いた。

「僕には恋人がいると何度も言いましたよね、いい加減しつこいですよ」
『姿を見せない本当に居るのかどうかも分からない恋人とやらに遠慮する必要を感じないからな。そんなに言うのなら私の前にその恋人とやらを連れてこい、話を付けてやる』

 僕は炎龍の言葉に黙りこむ。
 連れて来れるものならもうとっくに連れて来ている、でもどうしようもないではないか、この時代ルーファウスはまだ生まれていないのだから。

『お主はまただんまりか、本当は恋人なぞいないのだろう? 嘘を吐くのはいい加減やめたらどうだ』
「嘘じゃありません」
『だったらここへ連れてこい、なんならこちらから出向いてやっても良いのだぞ』
「それは……」

 時間軸を捻じ曲げて炎龍が僕を未来へと連れて行ってくれるというのなら僕だってその提案に乗りたい所だけど、この炎龍そもそも時空魔法を持っていない。
 炎龍はその名が示す通り炎を操るドラゴンで、それ以上でもそれ以下でもない存在だ。炎龍はドラゴン族の中でも上位種という括りに入るのだと本人が言っていたけれど、だからと言ってできない事はやはりできないのだ。
 そういえば炎龍と対話を続ける事でなんとオロチの龍種が判明した。
 オロチの龍種は『フォレストドラゴン』直訳で『森林龍』とでも言えばいいのだろうか、ドラゴンのようでいてドラゴンの括りに入らない『土龍アースドラゴン』が飛べるようになってドラゴンの括りに入ったような存在で、ドラゴン族の中では最下種にあたるらしい。
 オロチがフォレストドラゴンだと判明した理由としてはまずは鱗の色、オロチの鱗の色はくすんだ灰色で、その色は上位種ではあり得ない色なのだと炎龍は言った。
 そうは言ってもオロチの鱗の色はぱっと見でそう見えるだけで、角度を変えて陽に当たると色々な色が映し出されるオーロラのような鱗の色をしているのだけれど、炎龍は『それは特化した龍種を得られなかった敗者の色だ』と断言した。
 瞳の色が赤という事で『近しい血縁に火竜もしくは炎龍辺りが居るのだろうが、その龍種は継げなかったのだろう。理由は分らないがな』と炎龍はとてもどうでも良さそうに僕に告げる。
 オロチ、そうだったんだ……確かにオロチは自分の龍種を言いたがらなかったし、子供に関してもやけに『格』を気にしている風でもあった。恐らく自分の龍種に劣等感があったのだろう。
 『同胞の匂いがしていたから警戒しておったが、フォレストドラゴンでは私の敵ではないな』と炎龍は笑う。だけど僕は笑えない。
 オロチは卵の時に放り出されて親に抱卵される事もなく育っている。
 育てたのは古老のドラゴンだと聞いているけれど、その生育過程に苦労があったのは話の端々に感じていた事なので、例えオロチの龍種がドラゴン族の中では軽んじられる存在であったとしても、笑うなんて論外だ。
 むしろ龍種でオロチを見下すような発言をする炎龍の方が余程嫌な奴だと思ってしまい、僕の炎龍への好感度は更に下がった。
 そしてもう一つ、僕は気付いてしまった事がある。オロチが僕の従魔だと一目で分かるように与えた赤いリボン、オロチはそれを角に巻き風にたなびかせ満足そうに笑っていたのだが、それは炎龍が時折見せる姿によく似ているのだ。
 炎龍は魔力を使う際、身体中に火のエレメンタルを宿し炎を纏う。その時の姿が赤いリボンをたなびかせたオロチの姿に重なって見える。一体どういうファッションセンスなのかとあの時は思っていたのだけど、それが分かってしまうと、たぶんオロチは炎を纏うドラゴンのその姿に憧れていたのだろうなと理解してしまった。

「僕の友人を貶すような人を、僕は好きにはなれません」
『本当にお前は生意気で可愛げがない。私にそんな口を利くのは、お前くらいのものだぞ』
「そう思うのなら僕の事なんかさっさと諦めて、別に可愛いお嫁さんを見付けたらいいじゃないですか! 僕だって迷惑です!」
『ああ言えばこう言う』
「言っておきますけど、わがまま言ってるのは僕じゃなく、そっちですからね!?」

 炎龍はぎろりと僕を睨むように凄んでみせるのだが、そんな脅しで人の感情をどうにかしようとするのは間違っている。

『ふん、まぁいい。私は気は長い方であるからな、お前の気持ちがこちらに向くまで気長に待たせてもらうとしよう』

 「待つだけ無駄」だと言い返しそうになって、僕は敢えて口を噤んだ。それを口にすればまた口論が激化するのは目に見えていたからだ。
 話は変わるが、先程も述べた通り炎龍がこのエルフの里に居ついてから僕の生活はまた少しだけ変化した。なにせ炎龍は僕にあからさまな好意を寄せてくるので、エルフ達はその辺の気配を察知してますます遠巻きに敬われるようになってしまっているのだ。
 あまり特別扱いは嬉しくないのだけど、炎龍と直接の意思疎通をはかれるのが僕だけなのでやむを得ない。
 エルフ達はドラゴンと共存しているけれど、基本的には交流を持たない生活をしている。ドラゴンはプライドが高く群れを作らない。そんなドラゴンのプライドに触れるような行動をする者はエルフの里にはおらず、炎龍は現在野放し状態になっている。
 この里の成り立ちは一人のエルフの女性と一匹のドラゴンが番になった事から始まっているのだと聞いた。
 この里のエルフにとってドラゴンは遠い親戚のような存在で、無下にはしないが積極的に関わる事もしないというスタンスのようだ。
 エルフ達はドラゴンの扱いに慣れている。それはかつてドラゴンと共に暮らしていた名残なのだろう、ドラゴンの嫌がるような事はせず居心地の良いように生活をさせているのだが、それが炎龍を増長させるのだ。
 この里を形成したドラゴンははまだ健在であるらしいのだが、番のエルフが死んでからは里に戻る事がなくなり、残されたエルフ達は聖樹を護り、こうして時折やって来るドラゴンを見守るような暮らしをしている。
 けれど、こんな我が儘なドラゴンを好き勝手させておいていいのか、と僕は思わなくもない。そもそも最初のドラゴンにとってここは縄張りでもあるのだろうに、好き勝手され放題で大丈夫なものなのだろうか? と僕は首を傾げてしまう。
 けれどそんな僕の素朴な疑問に「まぁ、ドラゴンだって自分の子供には甘いって事だろ」と、何でもない事のように答えてくれたのはアルバートさんだった。
 僕は驚いて「あの炎龍、最初のドラゴンの子供なんですか!?」と問うと「それは分らん」と、あっさり首を横に振られてしまう。
 曰く、ドラゴン族は数が少なく全てのドラゴンが何処かしらで縁は繋がっているのだとか。けれどエルフより寿命の長いドラゴンの血統など分かるはずもなく、あの炎龍が子であるのか孫であるのか、はたまた別家系の縁者であるのかまでは分からないらしい。
 そもそもエルフ達はドラゴンを個別に認識していない、唯一区別しているのが最初のドラゴンだけで、そのドラゴンは普通に会話ができる事で区別ができているのだとか。
 そしてそんなドラゴンの系譜の情報はそのドラゴンが語り、エルフの里に残された数少ないドラゴンに関する知識であるらしい。

「そのドラゴンは喋れるんですか?」
「私はそう聞いている」

 アルバートはそのドラゴンには会った事がないらしい。そもそもそのドラゴンがこの里へ最後に訪れたのが数千年前なのだそうで、そのドラゴンの年齢が一体幾つなのか気になる所だ。
 そういえばオロチの祖父である古老のドラゴンは人語を話す事ができていたなとふと思い出す。
 これは憶測の域を出ない繋がりなのだが、もしかしたら炎龍がオロチのかなり近い血縁である可能性を否定できない。まぁ、確認しようがない事だから何も言うまい。
 それにしても態度も図体も大きなドラゴンは一緒に居ると邪魔で仕方がない。僕は何の気なしにもっと小さくなれないのかと炎龍に問うと、炎龍は『できる訳がないだろう』と鼻白んだ。

「あなたが散々馬鹿にしていたフォレストドラゴンはサイズも自在に変化する事ができましたし、亜人の姿になる事もできていましたけど? あなたは出来ないんですか?」

 敢えて少し馬鹿にするような感じに僕が告げると、炎龍はやはり少々機嫌を損ねたような顔で『する必要がない事を何故しなければならない?』と語気強く反論してきた。

『そもそもドラゴン族の純血ならば亜人の姿なぞ恥ずべき姿だ、敢えてその姿を晒すなぞ己の価値を下げるだけ。目の前に居るのが番相手ならば別の話だがな』

 ちらりと意味深に炎龍が視線をくれるが僕はその視線は華麗にスルーした。

「亜人の姿は『恥』なんですか?」
『ドラゴン族としてはな! 亜人の姿はドラゴン族以外の種族を番に選んだ場合に相手を模した姿に変化する事で交流を図る術であって、普段から変化するものではない』
「あなたは僕と番いたいんじゃなかったでしたっけ? 交流を図りたいとは思わないんですか?」
『また屁理屈を!』
「あなたのそういう所ですよ。口では僕を好いているような事を言いながら、結局は自分のプライドが一番で、僕のことを知ろうともしないその姿勢に誠意がまるで感じられない。その点僕の恋人は僕に対して好意を隠しもしないし僕への愛情がダダ洩れですからね、あなたに勝ち目なんてないですよ」

 炎龍がぐっと黙りこみ、しばらく考え込んだ後大きな大きな溜息を吐いた。

『だがお前の恋人はここにはいないのだろう。一体何処で何をしている? 私はそいつと戦ってお前を奪い取ると何度も言っているのだが?』
「力尽くで奪うとか野蛮すぎてごめんこうむりますね。その際には僕もあなたと戦う心づもりですし、どうにもならないのなら自害します」
『お前は何が気に入らないのだ!』
「そうやって自分の意見だけを一方的に押し付けようとする所ですよ! 確かにルーファウスも好意の押し付けをするような所がありましたけど、それは僕を想っての事だった、一番に寄り添おうとしてくれた! だけどあなたにはそんな想いはないでしょう! 一方的に自分の損得しか考えてない相手と添い遂げたいなんて僕は思いません!」

 炎龍はまたしても黙りこみ、しばらくすると『難しいな』と呟き、地に身体を伏せると『お前は面倒くさい』とふて寝の態勢に入ってしまった。
 だけど本当にそういう所だよ、結局思考も交流も放棄して自分を改めようとしないその姿勢、それがドラゴンという生き物なのかもしれないけれど生涯の伴侶としてはどうかと思う。
 まぁ、茉莉ちゃんのような例もあるので、炎龍には炎龍を本気で愛し、立てて尽くしてくれるようなお相手が現れる事を祈るばかりだ。


 ◆  ◆  ◆


 その日、僕はフレデリカ様の神殿に足を運んでいた。僕は最近毎日のように彼女の元へと通っている。
 里を覆う防御結界陣の構築は炎龍の来襲により変更を余儀なくされ、現在まだフレデリカ様に変わって森に結界を張るという僕の目標は果たせずにいる。
 それに関してフレデリカ様は薄く笑って「そうやって気遣ってくれるだけで充分ですよ」と言うのだが、その顔色は日増しに悪くなっていく一方で僕は気が気ではない。
 次代の女王選出まで残り一年、その一年を乗り切りさえすればと彼女が考えているだろう事は明白で、彼女は自分の体調を顧みない。僕はそれが心配で仕方がないのだ。
 彼女は僕の母に似ている。
 母は家族のためにと働き続け、いつでも気丈に笑って見せた。けれど全てが終わった時に急に気が抜けたように本人が倒れて、その後はあっという間だった。
 祖父母に関して僕は自分にできる精一杯の事をして見送ってあげられたと思っている、けれど、こと母に関しては後悔の気持ちばかりが湧いてくるのだ。
 僕の稼ぎがもっと良ければ母に余計な負担をかけずにいられたのではないか? 僕がもっと母の体調を気遣っていれば母が倒れる前にできる事がもっとあったはずだ。
 幾つもの後悔が後から後から湧いてきて僕の気持ちはかき乱される。だから僕は目の前に居る憔悴しきった女性をどうしても助けたいのだ。
 これは僕の自己満足に過ぎない、それでも僕は母によく似た彼女を放っておく事なんてできなかった。
 僕には聖属性の魔法がある。聖魔法は万能ではないけれど、彼女の消耗した体力を回復させる事はできるのだ。
 一日一回僕は彼女の体力を回復させる、その瞬間だけは彼女の顔は色を取り戻し、少しだけ健康的に見える。けれどそれも本当に一日だけの事だ。
 フレデリカ様は「タケル様のお陰で聖水を飲む量が減りました、ありがとうございます」と礼を述べてくれるが、聖水に頼らなくてもいい生活にはほど遠い。僕はそれをどうにかしたくて仕方がないのだけれど、今の僕の聖魔法のレベルではどうしてあげる事も出来ないのが実情だ。
 僕はこの世界にやってきた時、神様にチートで無双は性に合わないとお断りしている。
 神様は僕のステータスを適当に弄って生活に困らないレベルに調節してくれた。それに関して僕に否やはないけれど、ここにきて僕は自分にもっと力があればと思う事が増えてきている。
 僕はこの世界に来て自由に自分の新しい人生を謳歌してきた。それは僕の望んだ生活で、自分の伸ばしたい資質だけを伸ばしてそれで何の問題もなかったのだ、今までは。
 けれど、使えるはずのスキルを使ってこなかった事で、そのスキルを使いたい今、全く使えていない事がこんなにももどかしいなんて……
 前の人生では己を殺して生き、虚しさばかり抱えていた。だから今世では後悔のない人生をやり直したいと思っていた。だけど人生は重ねれば重ねるほどやはりどうしたって後悔は後から湧いてくるのだと思い知る。
 だけど僕は今を生きている、僕はもう自分の人生を諦めないと決めたのだ。僕は今、自分にできる精一杯を人生に積み上げていくつもりだ。

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