童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

聖なる泉で

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 エルフの里は夜になってもいつもほんのり明るいのだが、今日は新月で月光はほぼ届かない。常に輝いて見える聖樹もなんとなく光が抑えられているように見えて、辺りはいつもより薄暗い。
 闇夜に足を取られないようにランプに僅かに灯りをともし、僕達は暗闇の中、里を抜けた。
 里の外へ出て多少の声なら絶対里には届かない距離まで来て、ようやく僕達は詰めていた息を吐いた。

「緊張しましたね、誰にも遭遇しなくて良かった」
「そうですね、私もとてもドキドキしました。こんな経験は生まれて初めてです」

 そう言ってフレデリカ様は両手で胸の辺りを抑えて「初めて里の掟を破ってしまいましたが、後悔よりも興奮の方が勝っていて……ふふ、まるで幼い頃、初めて里の外に出た時のようにワクワクしています」と、笑みを浮かべた。
 僕は夜間に里の外へ出たのは今日が初めてだった。何故なら僕が里の外に出るのにはフレデリカ様の許可と監視役が必ず必要になるためだ。
 けれど、今僕の隣を歩いているのは許可をおろす役割のフレデリカ様で、監視役も兼ねている。まぁ、それは建前上のものでしかないのだけれど。
 エルフの里ではよほどの事がない限り夜間の外出は禁止されている。それは森には魔物が出て危険だから。これは厳格に決められた里の掟なのだ。

「森の中って思っていたよりも明るいんですね」
「そうですね、この辺の樹々は聖水を糧に育っているので」

 ああ、そう言えばそうだった。僕がここへ来る前にいた地下道の中、そこでも魔力をため込んだ苔が光を放っていて、それをライムが美味しそうに食べていたのだった。
 実際里の外へ出てからライムが僕のローブのポケットから出てきてソワソワと辺りを見回している。

「ライム、もしかして葉っぱ食べたい?」
『うん、でも、怖いから』
「怖い?」
『ボクも食べられちゃう』

 魔物の世界は弱肉強食。攻撃手段をほとんど持たないスライムはどちらかと言えば魔物の世界においては捕食される側の生き物だものな。
 ライム一号が規格外の力を誇っていたので忘れていたけれど、ライム二号は普通のスライムだ。最近少しだけライム一号のやっていた事を教え込んでいるけれど、ライム一号程のパフォーマンスはまだ見られない。
 そもそもライム一号が特別過ぎて、あれを真似させようとする事自体が間違っている可能性も否定できない。

「あとで一緒に摘んで食べような」

 僕がライムを撫でてそう言うと『ホント? やったー!』と、ライムは身体を伸び縮みさせて喜びを表してくれた。
 森は禁域に近付くほど明るさを増していく。それはまるで僕達を導くように魔力の光は道を照らしていく。
 けれど禁域に近付くにつれフレデリカ様の足は重くなっているようで、禁域の僅か手前、ついには立ち止まってしまった。

「フレデリカ様? どうかしましたか?」
「私、本当に良いのでしょうか? 今日だけで私は幾つも里の禁を破っています。私の行いで、もし里が災厄にでも見舞われたら……」
「災厄って何ですか?」
「災厄は災厄です。私は里を治める里長です、そんな私が里の事も考えずに私情で禁を破るなんて……許される事ではありません」

 先程までワクワクと子供に返ったような表情をしていたフレデリカ様がここにきて己を顧みてしまったのだろう、里長の顔に戻っている。

「今更何を言っているんですか、彼はもうすぐそこに居るんですよ」
「ですが、私は……」
「お前は相変らず真面目ちゃんだな、フレデリカ」

 聞こえた声にフレデリカ様がぱっと顔を上げた。そこに居たのは薄暗い闇の中、少しだけ困ったように眉を下げたペリトスさん、その脇にはアルバートさんも立っている。

「お前が会いたいって言ってこいつ等に俺を無理やり連れ出させたくせに、肝心の俺に会わずに帰るつもりか?」
「あ……っ、う」

 フレデリカ様の視線はペリトスさんから離れない。まるで夢でも見ているかのように声も出ないのだろう、彼の名前を呼びもしない。

「それともやっぱりこんな所までのこのこお前に会いに来た俺をあいつ等と一緒に笑い者に――」
「違います!」

 声を上げたと同時に彼女はへたりとその場に座り込み「違う違う違う」と何度も首を振ってぽろぽろと涙を零し始めた。

「違うの、本当に、私は……」

 ペリトスさんが無言で彼女に歩み寄り、彼女の前にしゃがみ込んで「分かってるよ」とぽんっと彼女の頭を撫でた。それにフレデリカ様の涙腺は完全に決壊してしまったのだろう、わぁんと大きな声を上げてペリトスさんに抱きついて大きな声でわんわんと泣き始めた。
 あまりの勢いで抱きつかれた反動でペリトスさんは尻もちをついてしまったのだけれど、泣き続けるフレデリカ様を慰めるように彼は腕の中に彼女を抱きとめ背中を撫でる。なんだかこちらまでもらい泣きしてしまいそうだよ。
 それは今まで見た事もない彼女の姿、そこに居るのは里長でも女王様でもない、一人の女性の姿だった。

「驚いたな、まさかあの人が本気で兄さんに会いたがってるなんて思わなかった」

 いつの間にか僕の傍に寄って来ていたアルバートさんがぽつりと零す。
 アルバートさんは最後の最後まで半信半疑のまま兄をここへ連れて来たのだ、驚くのも無理はない。

「だから何度も言ったじゃないですか、無事に会えて良かったです。ペリトスさ~ん! お二人で積もる話もあると思うので僕達一旦席を外しますね~向こうの方で待っているので落ち着いたら声をかけてください」
「えっ、ちょっと待て! さすがにそれは不味いだろう!?」

 何故か慌てるペリトスさん。
 なんでだよ? むしろ一緒に居る方が気まずいだろ? 僕は人の恋路の邪魔をして馬に蹴られるのなんてごめんなんだけど?
 フレデリカ様は僕達の会話が耳に入っているのかいないのか、潤んだ瞳でぼんやりとペリトスさんの顔を見上げている。まだ夢でも見ているような気持ちなのだろうな。
 うん、無理。やっぱり馬に蹴られそう。

「ライムに美味しい草をご馳走する約束してるんで、それじゃあ!」

 僕は僕の隣でやはりぼんやりしていたアルバートさんの腕を掴んで「行きますよ」と引っ張った。

「え? 私もか?」
「お兄さん達のラブシーン見たいんですか? 出歯亀ですか?」
「え、えっと『でばかめ』って何だ?」
「色事を覗き見する行為の事ですよ。ほら、僕はこの辺の地理が分らないんですから案内してください」

 アルバートさんが「色事、覗き見、出歯亀」と、僕の隣を歩きながら呆然とぶつぶつ呟く声が聞こえる。そして内容が脳に届いたのか彼はぼっと顔を赤らめた。なんだこの反応、初心ウブすぎる。

「ちょ……え? 私達はあの二人の逢引きの手伝いをしたって、これはそういう事なのか?」
「まぁ、結果によってはそうなるんじゃないですか? そこは僕達が口を挟む事ではないので、二人でちゃんと話し合えるといいですね」
「お前はなんでそんなに落ち着いているんだ! これは大変な事だぞ!」

 大変な事、まぁ、うん大変な事かな? 言ってしまえばこれはフレデリカ様の不倫のお手伝いだった訳だし。
 でもさぁ、二人の関係は長い間熟成させきった純愛なのだから、そのくらい目を瞑ってくれても良い気がするんだよなぁ。
 心の浮気も不倫になるというのならフレデリカ様の心は今までだって常にペリトスさんにあった訳で、むしろ後から出てきた人達の方が間男側だろ? フレデリカ様の意思を無視して5人もの夫を持たせた事の方が余程酷い仕打ちだと僕は思う。

「アルバートさんはペリトスさんが幸せになるのに反対ですか?」
「そんな事は言ってない! というか、あの女とどうにかなって兄が幸せになる未来なんか全く見えないんだが!?」
「そうですか? 好きな人同士が結ばれるのって幸せな事でしょう?」
「里長のハイエルフ以外との婚姻は禁じられている、これは里の掟だ」

 里の掟、ねぇ……正直僕にとってはその掟、守って意味があるものだと思えないんだけど?

「理由は?」
「え?」
「里長がハイエルフ以外との婚姻が禁じられている理由ですよ、そこまで言うんですから何か余程大層な理由があるんですよね?」
「理由……」

 アルバートさんが黙りこむ。即答できないという事はそこにはそれほど大層な理由はないという事では?
 里長は次代の里長を儲けるためにハイエルフを求めているというのは分かる。ハイエルフは魔力量が多い。それはこの里及び森を護る魔法による防御壁を築くためには必要な事だったのだろう、今までは。
 けれどこれからは違う、僕はこの里に魔法陣で防御壁を作ると決めたのだ。それは誰か一人の犠牲の上に護られる平和になんてさせないために。
 嗚呼、ルーファウスの言う事は正しかったよ。
 僕は自分が犠牲になる事は無意識に良しとしていた部分がある、けれど自分を犠牲にする人を間近に見ていると見ている方も辛いのだ。それが大事な人ならなお一層だろう。
 ルーファウスにもう一度会えたなら、ちゃんと謝らなければなと僕は思う。
 まぁ、そうは言ってもルーファウスのように僕を助けるために他の人を犠牲にするのも厭わないという考え方はやはりどうかと思うけど。

「アルバートさんは恋に落ちた事がありますか?」
「え?」
「僕はこの世界に来て愛される事を知りました。人を愛する事を知りました。恋って言うのは『する』ものではなく『落ちる』ものなんだそうですよ。昔それを聞いた時には意味が分からなかったんですけど、本当の恋って言うのは気付いた時にはもう抜け出せない落とし穴なんです。ずいぶん魅惑的な落とし穴ですけどね」
「意味が分からない」

 アルバートさんが腕を組み、眉間に皺を寄せる。

「きっとそのうちアルバートさんにも分かりますよ。たぶんアルバートさんが恋に落ちる相手はこの里の人ではないと思うので、もう少し先の話になるかもしれませんが」
「は? どういう意味だ?」

 僕は唇の前に指を立てて「内緒です」と笑みを浮かべた。
 アルバートさんは少なくともこの里で二人の子供の父親になる、けれど恐らくより愛していたのはルーファウスの母親である人族の女性だったのではないかと思うのだ。
 彼は次代の里長と婚姻を結ぶ事になっていて、そこに愛など存在しないのだから、これは当然の帰結だ。

「ほ~ら、ライム、たくさんお食べ、美味しそうな草がたくさんあるよ」

 僕の肩に乗ってソワソワしていたライムに声をかけると『わぁい、これ全部食べていいの?』と、ライムは飛び跳ね草地に着地した。

「お腹壊さない程度にね」

 僕の言葉にライムは身を粟立たせてふるりと震えると一回り大きくなって、ものすごい勢いでほんのり輝く草を身に取り込み始める。
 それはまるで食い溜めをしているような勢いで僕はちょっと驚いてしまう。

「お、おい、あのスライム大丈夫なのか? なんか一回り大きくなったぞ」
「スライムっていうのは大きさは自由自在なのでサイズは別にどうと言う事もないですけど……」

 まるで吸引力の変わらない掃除機のように草を取りこんで行くその食いっぷりの方がちょっと心配だ。
 ライムの様子を目で追っているとその先にひときわ輝く何かが見えた。それはちらちらと光を孕んで輝いている。

「あれって……」
「あそこが聖なる泉だよ。あのスライム、まさか聖水を飲み干したりしないだろうな?」
「それはさすがにないと思いますよ」

 思うけど、うん、大丈夫……なはず。
 僕がライムに視線を戻すとライムも泉に気付いたようで泉にぴょこぴょこ寄って行く。そしておもむろに泉にぽちゃんと飛び込んだ。

「ちょ、ライム!?」

 慌てて泉に駆け寄りライムを泉から掬い上げるとライムはプルプルと体を震わせて『このお水、すごく美味しい!』と、また泉に飛び込んでいく。
 ライムが聖水を飲み込んでいくとライムの大きさは膨らんでいく……これは大丈夫なのか? それともやめさせた方がいいのだろうか?

 聖水を飲み込むごとにライムのサイズは膨らんで、今度はうにょりと分裂する。瞬く間に辺り一面に薄緑色のスライムが溢れてしまい、僕はさすがにこれは不味いと分裂体の一匹を捕まえて「ライム、戻って!」と命令する。

『戻るの? ご飯おしまい?』
「ライムがこの辺のご飯を全部食べ尽くしたら他の子達が困るだろ!」
『そっかぁ……』

 そう言うと分裂していたライムの複製体は僕の手元のライムに合体していき、最終的には僕の手元に元の姿で戻ってきた。僕はほっと胸を撫でおろす。
 なにせここは禁域で、そんな場所の草木を根絶やし、しかも聖なる泉の聖水を飲み干されでもしたら、それこそ里の者達に何を言われるか……
 そこからはアルバートさんと他愛もない雑談をしたり、ライムのおやつになりそうな草を詰んでみたりして小一時間後「タケルすまん、ちょっといいか」と、暗闇から声がかかった。
 どうやらペリトスさんとフレデリカ様の積もるお話は終わったようだ。
 僕が声の方へ足を向けると、そこにはくったりとペリトスさんの首に抱きつくフレデリカ様と、それをお姫様だっこするペリトスさん。

「え? フレデリカ様大丈夫ですか!? まさか体調が悪くなって?」

 慌てて駆け寄る僕にペリトスさんは気まずげな表情で「いや、たぶんそうじゃない」と、腕の中の彼女を抱き直した。
 んん? 体調が悪い訳じゃない? 確かに体調が悪くて彼女が倒れたのならばペリトスさんももっと慌てても不思議ではない。けれど彼の様子ではそんな雰囲気ではないな?
 っていうか、なんかフレデリカ様の綺麗に結い上げてあった髪の毛、乱れてる? よくよく見ればペリトスさんの服にも幾らか土や草が付着しているような……
 あれ? ただ話をしただけでこんな事になるか? なに? 何があった? 魔物でも出たのか?

「兄さん、さすがにそこまでやるのはどうかと……」
「すまん、加減が分からなくてな。初めてだし、どうしていいかも分からなくて」

 ??? え? なに? なんでペリトスさんとアルバートさんは分かり合ってるの? 僕だけ蚊帳の外やめて。
 困惑して僕が兄弟を交互に見やると、アルバートさんが「なんでお前がそんな意味が分からんって顔してんだよ」と、くしゃりと己の髪をかき混ぜる。

「こうなるのは最初から分かってただろう? お前だって色事だ、覗き見だと言っていただろうが」

 確かに言ったよ、言いました。
 お互い色々話し合って、和解してキスのひとつくらいするかもしれないと僕だって思ってたよ!? だけどさ、ちょっと待ってよ、まさか、まさかこんな短時間で事にまで及ぶと思う!? 普通思わないだろう!??
 僕はようやく状況を理解して「嘘でしょ!?」と、声を上げた。

「フレデリカの体力が落ちてるのは本当だったな、まさか倒れるとは思わなかった」
「えっと、まぁ、そうだね」
「回復できるか?」
「するよ、しますよ! このままじゃ帰れないし!」

 僕がぐるぐると混乱したままフレデリカ様に回復魔法をかけると、くったりとしていたフレデリカ様が目を覚まし、ぽっと頬を朱に染める。
 いやぁ、そのお顔ずいぶん艶っぽくて結構な事だけど、童貞には色々キツイ、勘弁して! ついでにリア充爆散しろ!!

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