童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第七章

閑話:青年ロイドの想いの行き先(中編)

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 突然知らない土地へと飛ばされて、やむにやまれず受けた依頼は簡単な薬草採取とこれまた何処にでもいる魔物の討伐依頼。
 街の外の草むらの大体どこにでも自生している薬草の採取はコタローに任せる事にして、俺はそんなコタローに危険が及ばないように周りを警戒しつつ周囲を窺う。
 討伐依頼はこれまた何処にでも生息している小物の魔物ホーンラビットの討伐だ。ホーンラビットは気性的には大人しく一見可愛く見える魔物だが、肉食なので腹を空かしている時に近付くと人間相手にでも攻撃を仕掛けてくる危険な魔物でもある。
 ただこのホーンラビット、攻撃力は然程高くない上にそのふわふわした体毛には装飾品としての需要がある。肉も食べられるので売って良し、食べて良しのお得な魔物なのである。
 毛皮に傷を付けずに捕獲できたら更に良い値で買い取ってもらえるのだけれど、と俺が考えているとそれを知ってか知らずかひょこひょこと目の前にホーンラビットが現れた。
 弱い魔物は得てして群れを作る事が多い、辺りを見回すと更に数匹のホーンラビットを見付ける事が出来た俺はそれを手早く狩っていく。
 剣一突きで簡単に仕留める事が出来るので、こいつは今までも俺の主食だった。旅の中では食用にする事がほとんどで、皮などの要らない部位は捨て置く事も多かったのだけれど(なにせホーンラビットは数が多いので毛皮が売れるとは言っても買取単価が低い)今はそんな少額でも大事な儲けだ、無駄には出来ない。

「おーい、コタロー。ちょっとこいつ等お前のアイテムボックスに入れてもらってもいいか?」
「え? あ、は……ひっ!」

 長い耳を鷲掴み、コタローの目の前に死んだホーンラビットを差し出せば、コタローは小さく悲鳴を上げる。
 おかしいな、コタローも既に俺の狩ったホーンラビットは何匹も食っているはずなんだが。
 いつもタケルが調理したものを食べているだけなので、ホーンラビット=食べていた肉というのがよく分かっていなかったのか「これは生肉、美味しい生肉」とブツブツ呟きながらアイテムボックスにしまっていた。

「採取の方はどうだ?」
「あ、響が手伝ってくれたので、思っていたよりたくさん採取できました」

 コタローの傍らでヒビキと呼ばれたスライムが伸び縮みを繰り返している。これは恐らく褒めてほしいのだろう。
 俺が「二人ともよく頑張った」とコタローとヒビキの頭を撫でると、コタローはほんのり恥ずかしそうに頬を染め俯き、ヒビキは嬉しそうにぴょんぴょんとその辺を跳ね回り始めた。
 従魔は飼い主に似るとはよく言ったもので、ヒビキを見ているとコタローの分かりにくい心の機微が見えるような気がする。
 タケルの従魔であるライムが俺に寄ってくる事がなかった事を思うと、それが俺とタケルの距離だったのだろうなと、気付かなくてもいい事にまで気付いてしまった。
 いや、もう今更今更。そんな事でいちいち落ち込んでいる時ではない。
 それから日が暮れるまで、俺達は依頼をこなしつつ冒険者ギルドに戻って成果を積み上げてやると受付の男は愉快そうに呵々と笑った。

「坊主、なかなかやるな」
「当たり前だ。この道で俺が何年食ってると思ってんだ」

 俺の返答に「へえ」と男は片眉を上げる。

「冒険者なんてのは子供のやる仕事じゃねぇだろう、親はいないのか?」
「うちは両親も冒険者だ。ついでに俺はもう子供じゃねぇ! 見れば分かんだろう!」
「はは、悪い悪い。言っちゃ何だが冒険者ってのは危険な仕事だ、あんた等みたいな小綺麗な若いのがわざわざ選択する職じゃねぇ。覚悟がないならさっさと退散してもらおうと思ったんだが、生まれた時からの生粋の冒険者じゃあな、もう仕方がねぇや」

 何だか少し話がおかしい。確かに男の言う通り冒険者という仕事は危険と隣り合わせなのだが、ギルドの仕組みがしっかりしているので子供にでもできる仕事だって斡旋している。
 最低限読み書き計算ができないと依頼書すら読めないので冒険者になるには試験を受ける必要はあるけれど、この男にそこまで心配される程の職業ではないはずだ。
 なんなら何処へ行ってもやっていけるように冒険者の資格だけは持っておこうと試験だけは受けておくという人間もいるくらいなのに、どういう事だと疑問が浮かんだ。
 そういえば依頼書には本来あるはずのランク分けすらされてなかった事にも気付いて俺はますます首を傾げる。

「あんた出身は?」
「あ? シュルクだけど」
「なるほど、なるほど、どうりでな」
「ああ、なんだよ?」
「シュルクと言えばダンジョンだろ。あそこに集う冒険者はこの辺とは質が違うとは聞いていたが、なるほど確かに」
「シュルクに……ダンジョン?」

 俺はそんな話を聞いた事がない。
 シュルクは平和で呑気な田舎町で、ダンジョンがあるだなんて聞いた事もない俺は混乱する。

「それは本当にシュルクの話なのか? メイズのダンジョン城の話ではなく?」
「メイズ? ダンジョン城ってなんの話だ?」

 男と話がまるで噛み合わない、本格的に何かがおかしい。

「ロイドさん……」

 不安げな瞳が俺を見やる。
 ここで俺が狼狽えるとコタローの不安感はさらに増すだろう事は火を見るよりも明らかだ。俺は努めて冷静を装って、何でもないと首を振り、とりあえずこの辺りの地図を男に求めた。
 少々値段を吹っ掛けられたが、それでも手に入れた地図を広げて見てみれば、現在地はどうやら俺達の知るグランバルト王国の王都近くで間違いない。ただ不思議な事に現在グランバルト王国という国自体が存在していないのか、その名前は何処を見ても記載の欠片もなかった。
 俺の生まれ故郷であるシュルクの街とリブル湖は存在していたので、俺達が別の訳の分からない世界や土地に飛ばされた訳ではないという事だけは分かる。
 コタローに意見を求めてみると「よく分かりませんが、平行世界とか? 過去や未来の可能性とかもあるのかも? この世界には魔法が普通にありますし、僕もこの世界に来て早々に三年飛ばされてます。そういう魔法があって、ボク達は飛ばされたと考えるべきなのかも?」と、簡単に言われて困惑した。
 平行世界ってなんだ? しかも魔法があるからと言ってそんなホイホイと過去や未来に行けてたまるか。俺は転移魔法すら使えないんだぞ。
 そこで思い出されるのが俺の腰に大人しく収まっている聖剣グランバルトの存在だ。

「これはまた、お前の仕業なのか?」

 もちろん剣は何も応えない。
 色々疑問は残るけれども、当面は生活をして食っていく事が最優先だ。こうして俺達は成り行きのまま二人で生活する術を考え始めたのだった。


 ◆  ◆  ◆


 生活費を稼いでいる間、コタローに俺の知りうる範囲の魔術を教えれば、コタローはその知識を綿が水を吸い込むような勢いで吸収していった。
 実際コタローは冒険者に向いているのだろう、手先も器用で教えた事はすぐに飲み込み実践し、閉ざされた扉の鍵の開錠の仕方なんかもいつの間にか俺よりも完璧にマスターしていた。
 タケルと同じでひょろりとした体型をしているので力仕事には向かないものの、そこを魔術で補う術もすぐに身に付けた。
 ただいつまでも変わらないのはコタローの気の弱さで、何でもやればできてしまう癖に、いつも「ボクなんか」と俯いてしまうのだけは俺を苛つかせた。
 たぶんコタローは俺より余程優秀だ、自分より下だと思っていた人間が自分より才能豊かで、軽々自分を超えていくというのはタケルで既に経験済みではあるけれど、それでもやはり思う所がない訳ではなかった。
 まあ、そんな感じでも俺はコタローを見捨てる事は出来なかったし、コタローは自分の優秀さを鼻にかけるように増長する事もなく、俺を頼りにまるで子犬のように「ロイドさん、ロイドさん」と付いてくるので、俺達は何とかうまくやっていけていたのだと思う。
 俺達は数か月の間、王都であったはずの街で生活費を稼ぎ、ある程度生活費に余裕ができた所で俺の生まれ故郷でもあるシュルクに旅立つ事を決めた。
 冒険者ギルドの受付の強面の男性は――実はギルドマスターでもあったらしいのだが――俺達の旅立ちをずいぶん残念がってくれた。
 それでも「冒険者ってのは冒険してこその冒険者だからな」と、温かく見送ってくれた。

 シュルクへの旅路は時々危険な場面もない事はなかったけれど、概ね平穏に旅ができている――と、俺は思っていた。
 けれどある時、魔物との戦闘後コタローの様子が急におかしくなった。自身の魔術のコントロールが利かないのか、何もない所に攻撃魔法を撒き散らし、コタローはそれを止めようとしているようなのだが、止まらずもがき苦しんだ。
 無闇に放たれる攻撃魔法に俺は彼に近寄る事もできなくて、コタローは苦し気な息を吐きながら俺に「逃げて」と懇願した。
 だが逃げろと言われても、逃げてどうする? コタローが目の前で苦しんでいるのに放って一人で逃げろと? コタローは今となっては俺のたった一人の仲間だというのに、そんな彼を置いて逃げろだなんて、そんな事が出来る訳がない。

「コタロー、これは誰かからの攻撃なのか!?」
「ちが、っ……魔力の、制御が……できな、っっ、はやく……逃げ、てっ……てば!」
「そんなん、できる訳ないだろっ!!」

 俺は撒き散らされる魔力と攻撃魔法の中に飛び込んでコタローの身体を掻き抱く。
 俺には魔術の才能はあまりない。なので魔法や魔力に関してあまり詳しくはないのだけれど、コタローから漏れ出ている魔力の禍々しさが肌に刺さる感覚に怖気だった。
 これは一体何なんだ?
 俺の腕の中でコタローは何かに耐えるように息を荒げ、苦悶の表情を浮かべながら歯を食いしばる。その瞳は通常とは違い瞳孔が紅く瞬いていた。
 コタローの身体から迸る刺々しいその魔力はコタロー自身をも傷付けて留まる事がない。

「落ち着け、コタロー、深呼吸だ」
「っ、ふっ、ぅ――」
「大丈夫……大丈夫だからな」

 何が大丈夫なのか自分でも分かってはいない、けれどここで俺が逃げ出したらコタローはこのまま死んでしまうのではないかと、俺はそれが怖くて仕方がなかった。
 とめどもなく溢れる禍々しい魔力、けれど俺が「大丈夫だ」と繰り返す度にその禍々しさは徐々に薄れ、しばらくするとコタローの身体が弛緩すると共にその魔力は霧散した。
 腕の中のコタローがピクリともしなくなった事で、まさか死んでしまったのかと焦ったが、口元に掌をかざせばきちんと息をしている。ただその顔色はとても悪く、俺はコタローを抱えて近場の宿場町まで走った。
 そこからコタローは発熱し丸二日眠り続けたのだが、目を覚ました時にはコタローは元のコタローの姿に戻っていた。俺はそこでようやく心底安堵した。

「ここ、は?」
「街道の宿屋」
「ボク……は」

 慌てて起き上がろうとするコタローを制して「もう少し寝ていろ」と頬を撫でる。どうやら熱も落ち着いたようだったけれど、瞬時に頬に赤味がさしたので、また熱が上がるのかと不安になった。

「体調は? 気持ち悪かったりしてないか?」
「えっと、たぶん、平気……かな?」
「そうか」

 言葉が出てこない。とりあえずアレが何だったのかを聞かなければいけないと思うのだが、それよりもコタローの体調の方が心配だった。

「ボク、なんでこんな事になってるんでしたっけ?」
「覚えてないのか?」
「えっと……確か魔物に襲われて、それでとっさに攻撃魔法を……ああ、そっか」

 コタローが自身の両腕を持ち上げて掌を見やる。

「魔力の制御が、できなくて。怖くて、どうしていいのか、分からなくて……」

 魔力暴走という単語が頭を過る。
 魔力暴走というのは魔力量が多く生まれついた魔術を扱えない幼い子供が、その魔力を制御できずに起きる稀な現象だと聞いている。
 そもそも魔力量は成長と共に増えていくものであって、生まれつき扱いきれない程の魔力を保有している子供という存在自体が稀なので俺は実際にそれを見た事は無かった。

「コタローのそれは、もしかしたら魔力暴走なのかもしれないな」
「魔力暴走?」

 俺は己の知っている範囲の知識で魔力暴走の説明をしたのだが、コタローはそれにはあまり納得していない表情を見せた。
 なにせコタローは魔力暴走を起こしやすいと言われている魔術を扱えない幼い子供ではなかったし、何より既に中級程度の魔術を自在に扱えるようになっていた、もちろん魔力の扱いにも長けているのは俺だって理解している。
 けれどそれ以外にコタローのあの状態に説明がつかないのだ、あれはどう見ても魔力の暴走だったと俺は思う。
 実際にコタローはそれからもたまに魔力暴走を起こすようになって、その都度彼は酷く落ち込んだ。
 そしてそれがただの魔力暴走ではないと判明したのは俺達が無事に俺の生まれ故郷シュルクに到着し、ダンジョン攻略に赴くようになってからの事だった。

 迷いの森のダンジョンには既にたくさんの冒険者達が集い、ダンジョン攻略に励んでいた。
 俺の生まれ故郷は俺の記憶の中の街と同じ所もあれば違っている所もあり、どうにも不思議な感覚だったが、活気あふれる街の様子は少しテンションが上がる。
 なにせ俺の知っているシュルクの街は規模こそそこそこ大きくはあるけれど、所詮は田舎町と呼ばれる場所だった。なのに今はどうだ、街中が活気にあふれていてまるで王都にでも居るような気分だ。
 子供は決して足を踏み入れてはいけないと口を酸っぱくして言われていた勝手知ったる迷いの森には本当にダンジョンが口を開けていた。
 迷いの森には精神を混乱させる闇の魔力を持った魔物がいる、迷いの森は恐ろしい森だから決して近寄るなと言われていたのに、今となってはそんな森には冒険者が溢れている。
 恐ろし気な名の付いた森ではあったけれど、俺が暮らしていた頃には誰かが森で魔物に襲われただとかそんな話はそういえば聞いた事がない。
 あれはそう言われているから気を付けろという程度の認識で、大人たちは平気で森に入っていたのだ。
   ダンジョンの中には屍人グール夢魔ナイトメア骸骨スケルトン系の魔物もわんさか闊歩していて、なるほど確かに闇の魔力を持った魔物で溢れていた。
 俺はと言えばそんな魔物を見やり、そういえばメイズのダンジョンでも戦ったな、なんて少し懐かしくなってしまったくらいだ。
 はっきり言ってその辺りの魔物には慣れきっていた俺は「兄さん、新顔にしては闇の魔物に慣れてんな」なんて、ダンジョンに入った早々から他の冒険者達から注目を浴びてしまい、少し居心地の悪さを味わったりもした。
 けれど実際に俺は闇属性の魔物に慣れていたのだ。俺はこいつ等を倒してDランク冒険者へとランクアップしたので、こいつ等は慣れ親しんだ俺の因縁の相手でしかない。

 ダンジョンの低階層は俺にとってはランクアップ試験と同じようなもので、あの時は20階層まで単独踏破が試験内容だった。けれど今回は傍らにコタローがいる、俺にとってはこの迷いの森のダンジョンの低階層はかなり楽勝であったのは言うまでもない。
 そして少しずつ魔物が強くなっていく中階層、そして更に奥の最深部に到達する頃にはさすがに俺達二人で進むには厳しいという話になり、俺達は仲間を募る事になった。
 ダンジョン攻略の為に仲間にしたメンバーは3人、盾役のタンクが一人、サポート役が一人、そして最後に回復役が一人の計3人だ。
 元々この3人はパーティーで、他にも仲間の戦士がいたのだが、ダンジョン攻略の際に怪我を負い、しばらくの間静養のために抜けるという事だったので、これ幸いと声をかけてみたのだ。結果パーティーのリーダーでもある盾役の男は快く俺達の仲間になってくれた。

 それにしても、と、この頃になって俺は思う。
 俺達の元々のパーティーはアランさん、ルーファウスさん、タケルに俺という4人パーティーだったのだが、魔術での遠距離攻撃、仲間のサポート、ついでに回復役まで務めていたタケルはかなりオールラウンダーだったのだと思わずにはいられない。
 ライムを操る事によって盾役までもこなしていたのだから、はっきり言って破格の才能だ。
 そんな彼が当たり前に傍に居たので俺はうっかりしていたのだが、本来はそこまでの役割を一人でこなすのは不可能なのだと改めて認識を改めざるを得ない。
 そもそも回復役やサポート役は補助メンバーであり、守ってやらなければすぐにやられてしまうのだという事すら俺の頭から抜けている事に、仲間を増やしてから気付いた俺はかなりのダメ人間であったと思う。

「あんた、今までよくこんな猪突猛進な男と二人きりでやってこれたな。こんな戦闘の仕方じゃ命が幾つあっても足りないだろ」

 なんてコタローは盾役の男に同情的に言われていて、それに対してコタローは曖昧に笑っていた。
 
「なあ、もしかして……俺は今までコタローに無理な戦わせ方を、していたか?」

 そんな俺にコタローは少し困ったような表情で「今までも何とかなってたし、大丈夫だよ」と、なんのフォローにもなっていない返事をくれた。
 これは今までコタローに相当無理をさせていたのだと俺はその時になって初めて気付いたのだ。
 コタローはタケル程ではないにしろ、やはりかなりのオールラウンダーだった。タケルのように度肝を抜くような事はしないけれど、一般的にはかなり優秀、けれど今まで傍に居たタケルが優秀過ぎたせいで、俺はそれが普通なのだと思い込んでいたのだ。そんな事ある訳ないのに。
 コタローは回復やサポート役をする必要がなくなり魔術師として攻撃に専念できるようになると、目覚ましい程の活躍を見せるようになった。近接戦闘でも短刀の扱いは俺よりも余程優れている事に気付いたのはこの頃だ。
 それでもコタローの態度はやはりいつも自信無さげで頼りないものではあったので、その本人の真価が周りには伝わりにくいのだと気が付いたのもこの頃だった。

「私、あの人嫌いなんだよねぇ」

 休憩中ふと耳にした会話を盗み聞きしてしまったのは不可抗力。回復役の女がサポート役の女に零す愚痴のような台詞は最初誰の事を言っているのか分からなかった。
 彼女は最初からやたらとボディタッチの多い女性で、豊満な肉付きから男受けは良さそうだったが俺は正直少し苦手なタイプだった。
 それというのも彼女は少し我が儘で、怪我をすれば回復はしてくれるけれどやってくれるのはそれだけで、それ以外はまるでお姫様のように振舞うからだ。
 回復魔法を使える者の数は少ない、おまけに美人でスタイルもいいときたら周りからちやほやされるのは分かるけれど、その回復だってタケルの回復魔法に比べたら大した事なくて、コタローと同程度にしか回復できないのに、それはどうなのか? と思わずにはいられなかったのだ。
 コタローはそれにプラスしてサポートも攻撃もできるのに、彼女はそれ以外はからっきしで、自分で自分を護る事すら満足にできないのに態度だけは大きいのがどうにも好きになれなかった。

「それに比べてロイドはカッコいいから好きよ。なんであの二人組んでるんだろうね? いっそロイドだけうちに加入してくれたらいいのに。あの二人コンビ解消してくれないかなぁ、そしたらロイドだけ勧誘できるじゃない。え? コタローも凄い魔術師だ、って? アハハ、あんなの偶々偶然攻撃が当たっただけじゃない、要らない要らない」

 その時、俺のすぐ背後にはコタローが立っていた。
 彼女の少し甲高い声はダンジョン内によく響き、その声はコタローにも聞こえていたと思う。

「だってあの人見栄えが悪いし、なんだか気持ち悪いんだもん」

 血の気が引くとは正にこの事で、彼女の悪意がもろに伝わってきて気持ちが悪い。
 彼女は愛想がいいのでコタローにも普通に接しているように見えていた、確かに俺に対するようなボディタッチはあまりしていないように感じていたが、心の中ではそんな事を考えていたのか、とその悪意に怒りが湧く。
 抗議しようと思わず一歩を踏み出すと、そんな俺の腕を掴んで引き止めたのは俺の後ろにいたコタローだった。コタローは無言で首を横に振る。

「こういうの、慣れてるから。気にしないで」
「なっ……」

 冷静すぎる程に静かな声で慣れていると言うコタローに俺の方が言葉に詰まる。

「ここのダンジョンを攻略する為には彼等の助けが必要だろう? また今から別の人達を探す方が手間だよ」
「それは! そうかもしれないけど……」

 つい声を荒げた俺の声に気付いたのか、女性陣二人は「何かあったの?」と俺達二人に寄ってくる。それはもう何事もなかったかのように。
 それに対してコタローも「何でもないよ」と答えていて、俺の気持ちのやり場がない。
 寄って来たついでにさりげなく回復役の女が俺の腕に腕を絡ませようとしてきたので、気持ち悪くて俺は思わず一歩引き「悪い、ちょっと花摘みに」と踵を返した。
 コタローが何も言わない以上、俺が彼女にとやかく言う権利はない。それでも怒りは治まらない。その怒りを発散させるために思わず無心で素振りを始めたら、コタローが俺を探しに来た。

「ロイドさん」

 俺に呼びかけるコタローの声。いつまで経っても他人行儀なその呼び方があんな奴等の戯言に繋がるのだ。
 タケルもそうだったがコタローの言葉遣いはいつでも丁寧で、それは誰に対しても一歩引いているように感じさせる。それは俺に対しても同じだ。
 思えばタケルもアランさんやルーファウスさんは呼び捨てだったのに俺の事だけはいつまでも「ロイド君」だった事を思い出す。

「ロイド!」
「え?」
「これから俺の事はロイドって呼び捨てで呼べ」
「え、えっと……いいの?」

 戸惑い気味なコタローの返答。良いに決まってんだろと、俺は真っ直ぐにコタローを見やる。

「俺はコンビ解消なんて絶対にしないからな」

 目をぱちくりさせているコタローの表情はどこか幼げで、言葉を咀嚼したのだろうコタローはしばらくの沈黙の後、へにゃりと笑って「ありがとう」と小さく礼を述べた。
 いつもどこか脅えたような表情でおどおどしている彼の手放しの笑顔は珍しい。その笑顔はとても可愛らしくて、思えば俺はこの時にコタローに落ちたのだと思う。
 単純な男だと、笑いたければ笑えばいい。

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