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26.スズメの報復①(怖さレベル:★☆☆)

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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

あの、自慢するわけじゃあ無いんですけど……
うち、昔ながらの日本家屋で。

やたらと庭が広いので、
野鳥とか、ちょっとした獣が紛れ込んだりとか、
よくあって。

特に、うちは母が余ったお米粒とかを庭に撒いたりして、
スズメとか、名前のわからないような鳥とかが、
よくおこぼれに預かろうとやってきていました。

僕も小学生ながら、そんな母のお手伝いで、
米粒を撒いたり、麦をあげたりして、
小鳥たちのことを一緒に世話をやいていました。

中でも、そのスズメの群れの中に、
真っ黒い子が一匹だけ紛れていて、
クロという単純な名前を付けて、
特にかわいがっていたんです。

しかし、ある日のこと。

朝目が覚めて、母に言われていつも通りに
ご飯を庭へ撒いたのですが、
その日はやけに鳥たちの集まりが悪いのです。

おかしいなぁ、なんて思いながら空を見上げていると、
ようやくいつものスズメたちがやってきたのですが、

「あ……クロ!」

真っ黒いその羽の端っこ。
そこに滲む赤い色。

フラフラと飛んでいる何匹かのスズメたちは、
皆、どこかケガを負っているのです。

「お……お母さん!」

僕が慌てて母を呼ぶと、
難しい顔をした母が、
庭でうずくまっている鳥たちの様子を見て、

「これ……たぶん、襲われたんだよ。
 鳥にか、人にか……わからないけど」

と言い、どこかの施設へ連絡し始めたのです。

僕はといえば、傷つきながらも必死で
エサをついばむスズメたちの姿に、
ギュッと胸を締め付けられるような痛みを覚えました。



その後わかったのは、
あの鳥たちは、
人によって傷つけられたらしい、ということです。

最近、夜間などに近所の窓ガラスが割られたり、
犬や猫がケガをしたりという事件がちょいちょい起こっていて、
おそらく同一犯であろうと。

飛んでいる鳥をどうやって傷つけたのかといえば、
犯人はBB弾の銃を使用して、
鳥たちを撃ったのだというのです。

窓ガラスや、動物たちも同様の手段で傷つけられており、
見回りなどを強化しようという話が出ていたというお話でした。

学校の登下校時にも、
十分注意するようにと校長先生の話が出て、
クラスのみんなもザワザワと怖がっていました。

でも、僕の気持ちは真逆で。

今となってはバカだったと思いますが、
犯人を見つけてとっちめてやろう、
と思ってしまったのです。



僕はそれから、
うちの倉庫に放置された木刀を片手に
自称パトロールを始めました。

犯人は深夜に活動しているといわれているのに、
僕が動けるのはせいぜい日が暮れるまで。

今思えば無謀だし、子どもというのは
本当に怖いものなしです。

学校では相変わらず注意喚起がなされ、
放課後に警察官らしき人の姿も増えていましたが、
親にも秘密にしながら、
僕の放課後パトロールは続いていました。

「……わ、もうこんな時間だ」

木刀を背負って町中を歩き回り、
何の収穫もなく、その日も太陽が沈もうとしていました。

「……ぜんぜん、仇取れそうにないな」

うちにやってきていたスズメたちは、
保護しようと近づいてもすぐにどこかへ飛んで行ってしまって、
あれから何度エサをばらまこうとも、
クロたちの姿すら見かけなくなってしまいました。

母は「きっとどこかで生きてるよ」なんて慰めてくれましたが、
いくら小学生といえど、そんな慰めがウソということくらい、
よくわかっていました。

アレだけのケガを負った野生の鳥が、
いったいどうなるのか、なんて。

「……ッ」

僕は、ギュッと木刀の柄を握りしめ、
唇を引き結んで、少し速足で駆け出しました。

涙が浮かぶ目を瞬かせ、
勢いそのままに曲がり角を曲がろうとしたその時。

「わっ」
「う、っ」

歩いてきた男の人にぶつかってしまったのです。

「あっ、ご、ごめんなさい」
「チッ……気ぃつけろ、ガキが」

舌打ちをし、冷たい目つきでこちらを睨んだその人を
身を竦ませながら恐々と見送ってから、ハッとしました。

目を落とした足元に、バラつくBB弾。

その特徴的な黄色い玉は、
さきほどまでの地面には確かに無かったものです。

「……あ」

もしかして。

僕の脳裏に浮かんだ想像は、単純なものでした。

僕はまるで警官にでもなったかのつもりで、
そっと去っていった男の後ろ姿をつけていきました。

黒いパーカーを目深にかぶったそいつは、
一瞬見えた顔を見るに中年のおじさんです。

そのおじさんは、細い道を通って、
どんどん暗い路地裏へと入っていきます。

そして、ある狭い空き地へ入ったところで、
彼はピタリと動きを止めました。

僕は慎重に(といっても小学生の慎重さなんて
たかがしれていていますが)男の後を追いかけ、
ドキドキしつつ彼の様子を見守りました。

――ニャァ。

猫。

狭い路地の塀の上から、
闇に紛れる黒猫が、
ふてぶてしくおじさんを見下ろしていました。

彼はジッと猫と目を合わせると、
ゆっくりと手を伸ばし――
ぽん、とその頭を撫でました。

「……なんだぁ」

僕は隠れたゴミ箱の隙間から、
小さくため息を吐きました。

てっきり彼がウワサの襲撃犯で、
猫を襲うのではないかと木刀に手をかけて
ヒヤヒヤしていたところだったのです。

人違いとわかり、僕はホッとしたと同時に、
帰る時間がすっかり過ぎていることを思い出しました。

(うわ……お母さんに、叱られる!)

慌てて踵を返し、
小さなその空き地を後にしようとした、
その時。

――パスッ、パスパスッ。

聞いたことのある発砲音が、
離れかけた足を止めました。

「あーあ。……チッ、
 猫なんて触るもんじゃねぇな」

生ごみにでも触れたかのように左手を振り、
未だピクピクと痙攣している猫を目前にして、
彼は更に残酷な言葉を吐きました。

「醜く鳴かねえのは褒めてやるよ。
 ま……これ以上繁殖しねぇように、楽にしてやる」

カシャン。

まだ息のある黒猫に、
冷たい銃口が向けられました。

――ニャァ。

力ない鳴き声が、
耳に届いたその刹那。

「止めろぉお!」

僕は、木刀を持って
彼の背中に飛びかかってしまったのです。

「なっ、この、ガキッ!」

パシュッ。

「う、あっ」

振りかぶった木刀は、
彼に当たることなく地面に転がりました。

「い、痛ッ……!」

たかがBB弾。

当たっても大したことない、なんて思っていたのですが、
何らかの威力アップの改造でも施されているのか、
かなりの衝撃を持って、こちらの手をしびれさせました。

弾の当たった右の手首を握って、
僕はキッと目前の男をにらみつけます。

「あーあ。……チッ、見つかっちまった」

男は、さきほどまでの焦った表情はどこへやら、
ニヤリと歪な笑みを浮かべました。

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