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37.片足だけのハイヒール①(怖さレベル:★☆☆)

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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

アレは、私がひどく仕事に疲れ切っていた頃の話です。

手に職がつくからと勧められるがままに
情報系の専門学校に入学し、
流れるがままにSEとして中小企業に就職しました。

しかし、他人に流されるがままに人生を決めてきたツケが回ってきたのか、
勉強しても勉強しても追いつかないプログラミング言語への理解と、
残業しても生活水準ギリギリの給与。

それでも辞められぬ人員不足がありまして、
私は心も体も、ヘロヘロに疲れ切っていました。

自分が蒔いた種とはわかっていたものの、
そんな半ばグロッキーな状況で働いていたがために、
私はあんな体験をしてしまったのかもしれません、



その日、深夜までかかった仕事を終え、
夜道をカツカツと歩いていました。

ダルい重さの残る肩を回しつつ、
希望の見えない目が、
ジッと足元のアスファルトばかりを見つめていました。

(……辞め時、かな)

うつ病、とまではいきませんが、
指導員もつけられず、
ひたすらあいまいな仕様のプログラムを押し付けられ続ける毎日。

そのうえ、なんとか苦労して整えたそれを、
ひたすら上司にこき下ろされるという繰り返しに、
いい加減心は折れかかっていました。

トロトロと、
心もとない足取りで自宅までの
道のりをゆっくり歩いていると、

「……黄色?」

少し先。

四つ角の中央に、
鮮やかな黄色いなにかが存在していたのです。

なんとはなしに近づいてマジマジと観察すれば、
それは、片足だけのハイヒールです。

靴のかかとのゴムが擦り切れ、
黄色い布地にわずかに残る砂汚れ。

靴の先がとがった、
いわゆるアーモンドトゥと呼ばれる
オーソドックスな形状のものです。

しかしそれが、まるで
脱いだものをそのまま地面に放置したかのように、
道のド真ん中にポツン、とそれが落ちていたのです。

「……なんで、こんなところに」

思わず、そんな疑問が口をつきました。

よく道端に、手袋やタオルが落ちていることはありますが、
靴であれば洗濯物というわけでもないでしょうし、
片方だけ道に置き去るものとしても不自然です。

「まぁ……いいか」

とはいえ、無造作に打ち捨てられた
誰のものともしれぬそのハイヒール。

拾うのも少々ためらわれ、
私はその横をそっとそ知らぬふりで通り抜けました。

自宅まではもう少しあるし、わざわざ捨てられたのかも、
置き去ったのかもわからぬものを、交番に届けるのも面倒でしたし。

そんな妙なできごとはあったものの、いつもの通り、
重い身体を引きずって、細い道から大通りへと出ました。

ここまでくれば、自宅まではあと少しです。

ため息をこぼしつつ、いつもの往来にあるコンビニの前を
通り過ぎようとした、その時です。

(あ……れ?)

目の端に、黄色いなにかがよぎりました。

反射的にそちらに目を向けると、

「……あ」

コンビニの広い駐車場。

その、何台も車が置かれたそのアスファルトの片隅に、
ポツンと一足、靴が落ちているのです。

「……同じ……?」

そう、それはさきほど目にした、
あの少し汚れた黄色いハイヒールと、非常によく似ているのです。

もしかして、さっきの片割れか、と思ったものの、
さっきの場所からはそれなりに距離が開いています。

(えっ……片足ずつ、脱ぎ捨ててったってこと……?)

私は意味のわからない現象に、
少しだけ不気味なものを感じました。

同じような、少し擦り切れた黄色のハイヒール。

それも二足ともバラバラの位置で。

偶然か、それとも作為的なものか。

例えば、何かに追われていて
ハイヒールを脱ぎ捨てた?

それとも、故意のいたずらで、
不要な靴を別々の位置に捨てた?

(あー……考えるの、止め止め。どうせ私には関係ないし)

途中まで巡らせた思考は、
肩にどっしりのしかかる疲労によって遮られました。

さっさと早く帰って休みたいのに、
訳の分からぬ現象に足止めされるなんてバカらしい。

そう思い、私は肩に背負ったカバンをかけなおし、
スタスタとコンビニの前を素通りしました。

大通りの歩道の横を通り過ぎる車の通過音をBGMに歩いてしばらく。

一人暮らしの自宅アパートがようやく見えてきました。

「はぁ、やれやれ……ん?」

ホッと息をついた私の目に、またもや映った黄色いなにか。

「……なに、なんなの」

自分の声が震えているのがわかりました。

そう、私の住む四階建てアパートの前。

歩道とアパートへの通路の間に、
黄色いハイヒールが無造作に打ち捨ててあったのです。

(……イタズラ? でもいったい、なんの目的で?)

今朝、ここを出た時には確かに無かったはずです。

たいして近所付き合いが無い為、ここの住人の誰かの落とし物、
と思えなくもありませんが、
私の通ってきた道順にバラバラと落ちているのが、
なんとも気持ち悪く感じました。

「…………」

気色悪さを押し殺し、
そっと靴の脇を通り過ぎてアパートの階段を上ります。

自室は二階の中ほど。
さすがに、アパートの廊下にはなにも異物は落ちていません。

小さくため息をついて、そっと自宅へと入りました。

「なんなんだろ……もう」

只でさえ疲労困憊なのに勘弁して欲しい、
と思いつつ、バサッとカバンを床に置きました。

――コン。

「……ん?」

軽い音。

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