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39.眠るタロットカード①(怖さレベル:★☆☆)
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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)
あたし、昔、喫茶店をやっていた時がありましてね。
喫茶店と言いましても、今みたいに小洒落たモンじゃなく、
食堂に毛が生えたみたいな、小さな店です。
でも、今のこのご時世、
バイトも雇わず一人で細々と経営していても、
なかなか業績が厳しくなってきて。
消費税が上がる、っていうのを機に、
店を畳んでしまうことにしたんですよ。
ところでその喫茶店――
つまりうちの店ですが、
ここの壁にはタロットカードを飾っていまして。
年季が入った装丁のわりにどれもこれも綺麗で、
ガラスケースに入れて、ずっとうちの店の守り神だったんです。
これもまた、あたしがそこを始める前、
リサイクルショップで購入したモノで。
住宅街のなかにひっそりあったその店を見つけたのはホンの偶然。
いかにも個人経営という感じの中古の卸問屋、
という外見に、あたしは少々気後れしたものの、
アンティークな食器でもあれば、
とあまり期待もせずにその店に入ったのです。
汚げな外装とは裏腹に、
意外にも中は整頓されていて、
調度品もホコリ一つなく並べられています。
「へぇ……けっこう良いじゃない」
あたしは知らず独り言をもらし、
ゆっくりとひと気のない店内を見回っていたのですが、
「あ……コレ」
ひっそりと。
展示台のすみに、まるで隠すように置かれた
小箱が目に入ったのです。
「わ……お洒落」
パカリとフタを開けると、
中に収められていたのが、
例のタロットカードであったのです。
「お気に召すものがあったかい」
「うわっ」
ひょい、と背後から声をかけられ、
あたしは思わずとび上がりました。
「ああ、驚かせてすみませんねぇ。私はこの店のモンだよ」
ぺこり、と頭を下げたのは、
かなり年配の――そうですね、
すでに八十歳は超えていそうな老婆でした。
ムラサキ色のエプロンを着けて、
右手に古びた電卓を持った彼女は、
本人の言った通り、この店の店主のようでした。
「あっ……その。すみません、勝手に触って」
てっきり、それを怒られるのだろうと身を縮めると、
「いやぁ、べつに構わないよ。
……ん? あんた、それ……」
豪快に手を振った老婆が、
ハッとその骸骨のように落ちくぼんだ眼を見開きました。
「えっ……あ、これ、売り物じゃないんですか」
フタを開けてしまっていたタロットカードを
慌てて元の位置に戻すも、彼女は少しだけ固まった後、
ゆるく首を振りました。
「いいや……あんたそれ、欲しいかい?」
「えっ……ま、まぁ」
妙な彼女の様子に気後れしつつ、
それでも一つ首肯すれば、老婆はフッと小さく息を吐きました。
「あんた……これで占いでもするつもりかい」
「占い? あ……そっか、これ、タロットカードですもんね」
あたしはそれの本来の用途をすっかり失念していて、
申し訳なさそうに付け足しました。
「あの……あたし、店をやろうと思っていて。
これ、調度品としてガラスケースにでも入れて飾ろうかと」
と正直に答えた後、嘘でも占いに使う、
と言えばよかっただろうかと後悔したのですが、
「飾る……か。ふむ、だからか」
逆に、なぜか老婆は機嫌が良くなり、なんども一人で頷きました。
「良いよ。あんたになら譲ろう」
「え……い、良いんですか」
てっきり、占いに使わないならお断り、
くらいのことを言われるかと思っていたので、
逆に驚いて食い気味に尋ねました。
「ああ。タダで良いよ」
「えっ、タダぁ!?」
「ってのはウソだが。……1000円で良いよ」
「は……はぁ」
この老婆に遊ばれている感がありはしたものの、
安く譲ってもらえるならば僥倖。
私はきっちりと提示された金額を支払い、
その店を後にしたのでした。
そして、老婆と話した通り、
そのタロットカードを一枚一枚きちんと額縁に入れて、
この喫茶店を閉めるまでの約十五年間、
この店の守り神としてずっと共に働いてきていたのです。
「しかしこれ……どうするかねぇ」
店を辞めるする、となれば処遇にこまる調度品。
他のイスやらテーブルやらはそうそうに引き取り手が決まったものの、
このタロットカードばかりは、閉店三日前となっても、
未だどうするかを決めかねていました。
「あの……」
と、閉店時間ぎりぎりに残っていた一人の女性が、
タロットカードを前に悩むこちらを見て、声をかけてきました。
「そのタロットカード……貰い手いないんですか」
そう上目遣いで尋ねてきた彼女は、年齢にして三十代半ばの女性です。
常連というほどでないにしろ、
時折うちの店を訪れてくれていて、名を白山と言いました。
なんでも絵描きをしているらしく、
珈琲片手に、いろいろな画集を開いていたのが印象的な方です。
「ええ……なかなか貰ってくれる人がいなくて。
もうあと三日で閉めてしまうので、参っていたんですよ。
……ご興味がおありですか?」
と、もしかして欲しいのだろうか、と期待を込めた目で見つめると、
彼女は一、二もなく頷いて、
「も、もしよろしかったら……頂けませんか?」
と、食い気味で目を輝かせました。
「ええ、貰っていただけるのなら大歓迎ですよ」
あたしとしても、ただ無為に処分してしまうのは忍びないくらいの
思い入れがあったので、笑顔で彼女の言葉に頷きました。
「良かった。このタロットカード、ずっと素敵だなぁって思ってたんです」
白山は夢見るようにふわふわと笑いました。
そして三日後、彼女にそれを受け渡すことを約束し、
その日は終わりました。
>>
あたし、昔、喫茶店をやっていた時がありましてね。
喫茶店と言いましても、今みたいに小洒落たモンじゃなく、
食堂に毛が生えたみたいな、小さな店です。
でも、今のこのご時世、
バイトも雇わず一人で細々と経営していても、
なかなか業績が厳しくなってきて。
消費税が上がる、っていうのを機に、
店を畳んでしまうことにしたんですよ。
ところでその喫茶店――
つまりうちの店ですが、
ここの壁にはタロットカードを飾っていまして。
年季が入った装丁のわりにどれもこれも綺麗で、
ガラスケースに入れて、ずっとうちの店の守り神だったんです。
これもまた、あたしがそこを始める前、
リサイクルショップで購入したモノで。
住宅街のなかにひっそりあったその店を見つけたのはホンの偶然。
いかにも個人経営という感じの中古の卸問屋、
という外見に、あたしは少々気後れしたものの、
アンティークな食器でもあれば、
とあまり期待もせずにその店に入ったのです。
汚げな外装とは裏腹に、
意外にも中は整頓されていて、
調度品もホコリ一つなく並べられています。
「へぇ……けっこう良いじゃない」
あたしは知らず独り言をもらし、
ゆっくりとひと気のない店内を見回っていたのですが、
「あ……コレ」
ひっそりと。
展示台のすみに、まるで隠すように置かれた
小箱が目に入ったのです。
「わ……お洒落」
パカリとフタを開けると、
中に収められていたのが、
例のタロットカードであったのです。
「お気に召すものがあったかい」
「うわっ」
ひょい、と背後から声をかけられ、
あたしは思わずとび上がりました。
「ああ、驚かせてすみませんねぇ。私はこの店のモンだよ」
ぺこり、と頭を下げたのは、
かなり年配の――そうですね、
すでに八十歳は超えていそうな老婆でした。
ムラサキ色のエプロンを着けて、
右手に古びた電卓を持った彼女は、
本人の言った通り、この店の店主のようでした。
「あっ……その。すみません、勝手に触って」
てっきり、それを怒られるのだろうと身を縮めると、
「いやぁ、べつに構わないよ。
……ん? あんた、それ……」
豪快に手を振った老婆が、
ハッとその骸骨のように落ちくぼんだ眼を見開きました。
「えっ……あ、これ、売り物じゃないんですか」
フタを開けてしまっていたタロットカードを
慌てて元の位置に戻すも、彼女は少しだけ固まった後、
ゆるく首を振りました。
「いいや……あんたそれ、欲しいかい?」
「えっ……ま、まぁ」
妙な彼女の様子に気後れしつつ、
それでも一つ首肯すれば、老婆はフッと小さく息を吐きました。
「あんた……これで占いでもするつもりかい」
「占い? あ……そっか、これ、タロットカードですもんね」
あたしはそれの本来の用途をすっかり失念していて、
申し訳なさそうに付け足しました。
「あの……あたし、店をやろうと思っていて。
これ、調度品としてガラスケースにでも入れて飾ろうかと」
と正直に答えた後、嘘でも占いに使う、
と言えばよかっただろうかと後悔したのですが、
「飾る……か。ふむ、だからか」
逆に、なぜか老婆は機嫌が良くなり、なんども一人で頷きました。
「良いよ。あんたになら譲ろう」
「え……い、良いんですか」
てっきり、占いに使わないならお断り、
くらいのことを言われるかと思っていたので、
逆に驚いて食い気味に尋ねました。
「ああ。タダで良いよ」
「えっ、タダぁ!?」
「ってのはウソだが。……1000円で良いよ」
「は……はぁ」
この老婆に遊ばれている感がありはしたものの、
安く譲ってもらえるならば僥倖。
私はきっちりと提示された金額を支払い、
その店を後にしたのでした。
そして、老婆と話した通り、
そのタロットカードを一枚一枚きちんと額縁に入れて、
この喫茶店を閉めるまでの約十五年間、
この店の守り神としてずっと共に働いてきていたのです。
「しかしこれ……どうするかねぇ」
店を辞めるする、となれば処遇にこまる調度品。
他のイスやらテーブルやらはそうそうに引き取り手が決まったものの、
このタロットカードばかりは、閉店三日前となっても、
未だどうするかを決めかねていました。
「あの……」
と、閉店時間ぎりぎりに残っていた一人の女性が、
タロットカードを前に悩むこちらを見て、声をかけてきました。
「そのタロットカード……貰い手いないんですか」
そう上目遣いで尋ねてきた彼女は、年齢にして三十代半ばの女性です。
常連というほどでないにしろ、
時折うちの店を訪れてくれていて、名を白山と言いました。
なんでも絵描きをしているらしく、
珈琲片手に、いろいろな画集を開いていたのが印象的な方です。
「ええ……なかなか貰ってくれる人がいなくて。
もうあと三日で閉めてしまうので、参っていたんですよ。
……ご興味がおありですか?」
と、もしかして欲しいのだろうか、と期待を込めた目で見つめると、
彼女は一、二もなく頷いて、
「も、もしよろしかったら……頂けませんか?」
と、食い気味で目を輝かせました。
「ええ、貰っていただけるのなら大歓迎ですよ」
あたしとしても、ただ無為に処分してしまうのは忍びないくらいの
思い入れがあったので、笑顔で彼女の言葉に頷きました。
「良かった。このタロットカード、ずっと素敵だなぁって思ってたんです」
白山は夢見るようにふわふわと笑いました。
そして三日後、彼女にそれを受け渡すことを約束し、
その日は終わりました。
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※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
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