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42.スポーツジムの水死体①(怖さレベル:★★★)

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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
『40代男性 大矢さん(仮)』

今から、だいたい三年くらい前だったですかねぇ……。

膨らんできた腹に、運動不足。
不摂生な生活リズムに、油もんばかりの食生活。

オマケに、ちょいと走れば筋肉痛と、
年を重ねるに伴って太ってきた己の身体に、
これはなんとかしなければ、と危機感を覚えまして。

ちょうどファミレスでもらっていた入会金割引のチラシを見つけ、
これはいい機会だと、近所のジムに通うことを決めたんです。

とはいっても、最初はホント、
情けないくらいなんにもできなくって。

学生の頃だって、体育の授業なんて大の苦手で、
成績だって手心を加えてもらって、ようやく平均の3、くらいのレベル。

体験入会の期間でどうせ終わってしまうかな、
なんて諦めモードで通い続け、一か月。

意外や意外、案外これが楽しくて。

何ていうんですかね……授業のように強要されるわけでもなく、
自分のペースでできるそれは、誰にも何も言われない代わりに、
自分で自分をコントロールしなきゃならない。

でも、そんな孤高の戦いが、案外やる気に火をつけて、
私はモチベーションを落とすことなく、通い続けることができたのです。

そのジムは、都会へのベッドタウンという、
微妙に田舎の安い土地を存分に生かした広さで、

鍛錬用のマシーンが置かれたフロアの他に、
ちょっとしたスパ施設のような入浴施設、
それに、水泳用のプールが併設されていました。

筋トレに慣れた半年後、ようやく身体に少々の自信が付き始めてきた私は、
そろそろプールに挑戦しよう、と思い立ったのです。

「うお、広い……」

最初の施設案内の時にチラ見しただけだったそこを、
改めて水着姿で眺めれば、なかなかの広さを誇っています。

長さは25mですが、レーンがだいたい9つくらい。

奥の数レーンは、時間帯によってフィットネス教室として使用されるらしく、
使用できない場合があると注意書きが記されています。

しかし、そこ以外は個人で自由に遊泳できるとあって、
けっこうな人数の人たちが、代わる代わる泳いでいるのが見えました。

「……よし! 泳ぐぞ」

自らに気合いを入れ、なんとか人様に見せても
みっともなく思われぬくらいに凹んだ腹を引き締め、
プールレーンを確認します。

いくらレーンの数が多いとはいえ、平日の夜は込み合っていて、
なかなか人の切れ目がありません。

(何人か泳いでるトコに入れてもらうしかないな……)

と、仕方なくため息をつき、
どこに入れてもらおうか様子見をしていると、

「……あれ? 人がいない」

中ほどにある、6レーン目。
そこだけ、なぜかガランと空っぽなのです。

(何かで使う? それとも誰かが貸し切ってる?)

周囲が込み合っているのに、そこだけポッカリ開いているのが不思議で、
うーんと首を傾げていると、

「そこ、泳がないんですか?」

と、若い青年から声がかかりました。

「あ、えぇ……なんか、他に誰も使ってないから、良いのかなぁと」
「ここ、教室用じゃないから良いんじゃないですかね?
 他がいっぱいだし……先、泳いで良いなら、オレ行きますけど」

爽やかにニカっと笑みを浮かべた青年に、
私は先を譲りました。

「ああ、どうぞ。私は泳ぐのも遅いから、お先に行って下さい」
「そーですか? じゃ、遠慮なく」

青年は元気よく返事をして、
美しいフォームで6レーン目に飛び込んでいきました。

(ハァ……なにためらってんだ。彼の言う通り、
 他は混んでるんだし、ラッキーじゃないか。せっかくだし……泳ごう)

妙に怖気づく自分自身を叱咤し、ゆっくりと
足先をプールの水に浸した時。

「痛……ッ」

不意に、頭の側面に頭痛が走りました。

(なんだ、急に……)

先ほどまではなんともなかったのに、
まさか、プールの塩素か、もしくは水圧で?

と、わけがわからず頭を押さえた私の視界に――
突如、妙なものが目に入りました。

チャプ、チャプ……トプンッ

6レーン。
25mプールの、ちょうど真ん中。

そこに、水中から何か生えています。

「……ひ、えっ」

引きつった声が喉から零れます。

そこに現れたのは、男の上半身。

しかし、健康的な人間ではありえないほど、
ぶよぶよと肌が伸びきり、血の気の失せた――人の。

(なんだ、なんなんだアレは……っ!!)

プールに入る前までには、あんなもの、
まったく目に入りませんでした。

誰一人、ここには人がいなかったし、
あの若い青年だって、こんな。

と、そこまで考えたところで、ハッと気づきました。

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