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52.大雪の日の獣②(怖さレベル:★☆☆)

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(ま、まさか僕を狙って……? い、いや、そんなわけない。
 ただ、酔っ払いかなにかがウロウロしてるだけだろ)

雪が降る予報だったから、窓はキッチリ締めてあるし、
玄関も当然、戸締りはバッチリだし――と、そこまで考え、
ハッとしました。

(ベランダ……!)

そう、そういえば、昨日雪のようすを見るのに昼間出た後、
果たしてカギを閉めていただろうか。

なにせ、ほとんど無意識の行動です。
もしかしたら、そのままだったかもしれない。

僕は慌ててキッチンから居間を挟んだベランダに近づきました。

「う、寒ッ……」

さすがに窓に近づくとひえびえとした冷気が襲ってきます。

とにかく急がねばと、
カーテンをめくってカギの確認をしようとしたその時。

ザン、ザン、ザン

音が。

凍えるような音が、すぐ近くから。

「……ッ!?」

遮光カーテンを透かしたその向こう。

そこに、わだかまる影がありました。

「う……あ……」

ヒューヒューと、掠れ声が喉を震わせ、
ガタガタと恐怖が身体を振動させます。

その影は一見、犬のようにも見えました。

四つん這いの、大型犬。

しかし犬にしては、
妙な点がいくつもありました。

犬の四足歩行であれば、いくら一階とはいえ、
ベランダの柵を越えられるでしょうか。

それに、カーテンを透かしてうっすら見えるその影。

それには、犬のような外向きの耳も、
尻尾らしきもすら見当たりません。

当然、目に入っていないだけ、の可能性もあります。

ありますが……それは、私には……四つん這いの姿をした、
人のように見えたのです。

ザン、ザン……ガチャン!!

「ひぃ……っ!」

それが、突如ベランダの窓に飛びつきました。

ガタンガタンと揺れるガラス扉。

幸い、カギは閉まっていたようですが、
例の何かは、ガンガンと容赦なく戸を揺すってきます。

(も、もし、ガラスが割れたら)

あの影だけの異形が、この家の中に入ってきたら?

僕はその恐怖に、パニックに陥りました。

アレが入ってきたら、
あのタヌキのように食い殺されるのか?

そもそも、これは――この外にいるのは、
いったいなんなんだ?

恐慌と疑問がごちゃ混ぜになり、
ガンガンと目前で揺さぶられるガラス戸とカーテンを、
ただただ見つめることしかできません。

ガタガタ、ガチャッ

――と。

あまりに激しく扉が揺さぶられたからでしょう。
そのガラス戸のカギのフックが上がった音がしました。

(ヤバい!)

僕は、咄嗟に全力でカーテンごと扉を押さえました。

(ヤバいヤバい……! これが、開いたら)

ぐらぐらと戸が揺らいでいます。
戸を押さえるのに全力で、再びカギを下ろそうとしても、
激しい振動に、上手くカギをかけられません。

ガタガタ、とガラス戸を動かす力は尋常でないほど強く、
このまま押さえていても、いずれ力負けしてしまう。

「く、そっ」

僕は焦りと恐怖と混乱と、すべてがこちゃまぜになり、
内側から、ベランダに続くガラス戸を、思いっきり蹴飛ばしてしまったのです。

――ガン!!

扉全体が激しく揺さぶられ、衝撃でぐわんと窓がたわみました。

「わ、ヤベぇ……っ」

割れてしまったらどうしよう、と僕が戦慄していると、

ザンザンザンッ

と、どこか焦ったような足取りで、
何かが逃げ去っていくのを感じました。

「……え?」

ザンッ……ズボッ、ズボッ……

音はどんどん遠くなり、
いつの間にか、あの全身を襲っていた震えも消え去っていました。

「……なん、だったんだ」

おそるおそる。

ベランダを覗くカーテンを引くと、その積もった雪の上には、
血の気が引くほど、動き回った痕がありました。

「……うわ」

しかも、その場所には。
ベランダにの外に出しっぱなしであった僕のサンダルと、
貰い物の鉢植えが、見る影もなく破壊されていました。

(もし……中に、入られていたら)

バラバラに引きちぎられていたのは、
もしかしたら俺自身であったかもしれません。

数日して、うちに回ってきた回覧板には、
野生のイノシシが近隣を荒らしまわっているので注意するように、
などという旨が記載されていました。

どうやら、カラスや猫などの死骸が、
ここのところものすごく多い、のだとか。

果てしてそれは……本当に、イノシシの仕業であったのでしょうか。



幸い、うちの地方はあまり雪の積もらない地域である為、
あの日の大雪以来、地面を覆うほどの雪原を見ることはありません。

それゆえにか、あの不気味な影を見たのは、
アレ一度きりです。

……でも、今年の冬は、
今までにないくらいの寒い冬、なんだそうですね。

六年前の大雪か……それ以上の雪が、降るかもしれないと。

……僕は、恐ろしくてなりません。

もし再び、アレに目をつけられてしまったら。

あのタヌキや、うちのサンダルのように、
跡形すらもなく、バリバリと食い殺されてしまう。

そんなバケモノが、また現れるのではないか――と。
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