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53.公民館のトイレ②(怖さレベル:★★☆)
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「はぁ、はぁ……」
「な、なんだったんだ、あれ?!」
「わ、わっかんねーよオレにも!」
公民館の入口で息を切らしながら、
友人と怒鳴り合うようにして喚いていると、
「おお、どうした?」
師範の助手である若い先生がそれを聞きつけたのか、
懐中電灯を持って現れました。
「あ、先生。その……男子トイレの、手洗いんところが」
「ああ、使用禁止になってただろ? それが?」
「なんか……急に汚ねぇ水みたいなのが出てきて……」
状況を説明すれば、先生は笑って、
「ああ、君たちがトイレを使ったから、
それで水道管のつながりで水が出てきちゃったんだろう」
なんて笑いつつ、一応確認しに行く、と言いました。
「え、先生……その、あとでいいよ」
「水が出っぱなしになっちゃってるってことだろう?
じゃあ、一応止めてこないとね。あ、二人とも、帰っていいよ」
そうにこやかに先生は笑うものの、
水漏れの原因を作ったかもしれないという罪悪感があった手前、
オレだけ先生についていくことにしたのです。
ひと家のない薄暗闇の公民館は、その寒さもともなって、
どこか不気味さを増していました。
早くもついてきたことを後悔した、その時です。
ジャアァァァ。
男子トイレの方から、水の音が聞こえました。
しかし、それは水漏れの音ではなく、
誰かが水洗トイレを流す音に聞こえました。
「あれ? まだだれか残ってたのか」
先生は平然とそんなことを言いましたが、
自分と友人がトイレに入った時、
既に他の生徒は誰もいなかったはずなのです。
ゾっと粟立つ肌をさすりながら、
ズカズカとトイレに入っていく先生の後を恐る恐るついていきました。
「おーい。用が終わったなら早くでろよー」
男子トイレの個室は一つだけ締まっていて、
カギが閉まっていることを示す赤いマークが点いています。
それにオレは、ヒリつくような嫌な感じを受けました。
「さて、故障中の蛇口、っと。……ああ、これか。
たしかにちょっとサビてるな」
まったく動じていない先生だけが心の支えで、
くっつき虫のように先生の傍でキョロキョロと周囲を見回します。
アレだけの勢いで噴射されていたさび水は、
今はポタポタと滴る程度でした。
「やっぱ壊れてるんだよなぁ。
あとで事務局の方にも改めて言っておくからさ」
「よ……よろしくお願いします」
キュ、とためらいなく先生は蛇口を締めて、
先生はニコッと笑って男子トイレを出ようとノブに手をかけました。
そして直前で、ハッと思い出したように声を上げました。
「ああ、そうだ。公民館のカギ閉めるから、
そこのトイレのヤツ、一緒に帰ろう。もう出られるだろ?」
「え……せ、先生」
彼は、不意に閉まったままの個室の前へと踏み出したのです。
シン、
と室内は静まりかえり、物音ひとつしません。
「なんだ、もしかして恥ずかしいのか?
大丈夫。先生もコイツも、個室入ってたからって笑わないから」
男子の間にありがちなそれは、
しかし個室の中の何かとは無縁のものにしか思えず、
オレはじわじわと後ずさりました。
「どうした? ……ああ、付き合わせて悪かったな。
先生、コイツと一緒に帰るから、お前は先に帰っていいぞ」
オレの動きを早く帰りたいものと勘違いしたらしく、
先生は爽やかに笑って手を振りました。
「わ……わかりました。
先生も早く帰ってくださいね」
「おお、ありがとな」
オレはとてもその空間にとどまっていることなどできず、
逃げるように――いえ、まさに逃げ出したんです。
そのあと、オレは大学進学の勉強に専念するためと言って、
アレほど打ち込んでいた剣道に参加することはなくなりました。
あのトイレの手洗い台は台座ごと外されて、
蛇口も取り払われて完全に使用不可となっていました。
あの公民館にも、あの出来事があって数回顔を出したくらいで、
もうほとんど行っていません。
ああ……そう、先生のその後、ですよね。
先生は……翌週から、
教室に来なくなりました。
なんでも、
特殊な事情で実家のある北海道に帰らなくてはならなくなった、
というのがオレたち生徒に知らされた内容でした。
でも、オレ。
本当の理由は違うと思うんです。
だって。
オレ、見てしまったんです。
あのトイレから逃げ出す寸前、
先生の目の前で、例の個室の扉がゆっくりと開いていくのを。
先生は、きっとそのなにかを目の当たりにして、
それで――きっと、狂ってしまったのではないでしょうか。
剣道教室は、
まだあの公民館で開催されています。
「な、なんだったんだ、あれ?!」
「わ、わっかんねーよオレにも!」
公民館の入口で息を切らしながら、
友人と怒鳴り合うようにして喚いていると、
「おお、どうした?」
師範の助手である若い先生がそれを聞きつけたのか、
懐中電灯を持って現れました。
「あ、先生。その……男子トイレの、手洗いんところが」
「ああ、使用禁止になってただろ? それが?」
「なんか……急に汚ねぇ水みたいなのが出てきて……」
状況を説明すれば、先生は笑って、
「ああ、君たちがトイレを使ったから、
それで水道管のつながりで水が出てきちゃったんだろう」
なんて笑いつつ、一応確認しに行く、と言いました。
「え、先生……その、あとでいいよ」
「水が出っぱなしになっちゃってるってことだろう?
じゃあ、一応止めてこないとね。あ、二人とも、帰っていいよ」
そうにこやかに先生は笑うものの、
水漏れの原因を作ったかもしれないという罪悪感があった手前、
オレだけ先生についていくことにしたのです。
ひと家のない薄暗闇の公民館は、その寒さもともなって、
どこか不気味さを増していました。
早くもついてきたことを後悔した、その時です。
ジャアァァァ。
男子トイレの方から、水の音が聞こえました。
しかし、それは水漏れの音ではなく、
誰かが水洗トイレを流す音に聞こえました。
「あれ? まだだれか残ってたのか」
先生は平然とそんなことを言いましたが、
自分と友人がトイレに入った時、
既に他の生徒は誰もいなかったはずなのです。
ゾっと粟立つ肌をさすりながら、
ズカズカとトイレに入っていく先生の後を恐る恐るついていきました。
「おーい。用が終わったなら早くでろよー」
男子トイレの個室は一つだけ締まっていて、
カギが閉まっていることを示す赤いマークが点いています。
それにオレは、ヒリつくような嫌な感じを受けました。
「さて、故障中の蛇口、っと。……ああ、これか。
たしかにちょっとサビてるな」
まったく動じていない先生だけが心の支えで、
くっつき虫のように先生の傍でキョロキョロと周囲を見回します。
アレだけの勢いで噴射されていたさび水は、
今はポタポタと滴る程度でした。
「やっぱ壊れてるんだよなぁ。
あとで事務局の方にも改めて言っておくからさ」
「よ……よろしくお願いします」
キュ、とためらいなく先生は蛇口を締めて、
先生はニコッと笑って男子トイレを出ようとノブに手をかけました。
そして直前で、ハッと思い出したように声を上げました。
「ああ、そうだ。公民館のカギ閉めるから、
そこのトイレのヤツ、一緒に帰ろう。もう出られるだろ?」
「え……せ、先生」
彼は、不意に閉まったままの個室の前へと踏み出したのです。
シン、
と室内は静まりかえり、物音ひとつしません。
「なんだ、もしかして恥ずかしいのか?
大丈夫。先生もコイツも、個室入ってたからって笑わないから」
男子の間にありがちなそれは、
しかし個室の中の何かとは無縁のものにしか思えず、
オレはじわじわと後ずさりました。
「どうした? ……ああ、付き合わせて悪かったな。
先生、コイツと一緒に帰るから、お前は先に帰っていいぞ」
オレの動きを早く帰りたいものと勘違いしたらしく、
先生は爽やかに笑って手を振りました。
「わ……わかりました。
先生も早く帰ってくださいね」
「おお、ありがとな」
オレはとてもその空間にとどまっていることなどできず、
逃げるように――いえ、まさに逃げ出したんです。
そのあと、オレは大学進学の勉強に専念するためと言って、
アレほど打ち込んでいた剣道に参加することはなくなりました。
あのトイレの手洗い台は台座ごと外されて、
蛇口も取り払われて完全に使用不可となっていました。
あの公民館にも、あの出来事があって数回顔を出したくらいで、
もうほとんど行っていません。
ああ……そう、先生のその後、ですよね。
先生は……翌週から、
教室に来なくなりました。
なんでも、
特殊な事情で実家のある北海道に帰らなくてはならなくなった、
というのがオレたち生徒に知らされた内容でした。
でも、オレ。
本当の理由は違うと思うんです。
だって。
オレ、見てしまったんです。
あのトイレから逃げ出す寸前、
先生の目の前で、例の個室の扉がゆっくりと開いていくのを。
先生は、きっとそのなにかを目の当たりにして、
それで――きっと、狂ってしまったのではないでしょうか。
剣道教室は、
まだあの公民館で開催されています。
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