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98.社員寮の女②(怖さレベル:★★★)

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「ひっ……あ、お前……」
「おい、なにかあったのか?」

怯えたようにこちらを伺う堀口。

普段の威勢のいい姿とはかけ離れたそれは、
あまりにも異様でした。

「い、いや……その、なんでもないんだ」
「……ほんとかよ?」
「は、はは……いや、酔ったせいか、幻覚を見たんだ。それだけ……だ」

ウロウロと目をさ迷わせる彼は、
おれの追及に応える気はないようでした。

まぁ、お互いに薄い関係性。

プライベートなことが起因しているのなら、
話したくないのは頷けます。

「わかったよ。風呂あいたから、入るんならどうぞ」
「あ……あぁ……悪い」

生気を失ったような憂鬱な表情のまま、
堀口はトボトボと浴室へと向かいました。

(……なんなんだ? あいつ)

ひどく殊勝なその様は、よほど恐ろしい目に遭ったかのようです。

(まさか、な)

チラ、と玄関の扉に目が行きました。
そして思い返される、寮下の女性。

浴室へ消えようかという彼の背中に、つい、声をかけました。

「堀口……あのさ、外の生け垣のトコに、おん」

ガタッ、バタンッ!!

体勢を崩すような激しい音と共に、勢いよく扉が閉められます。

「おっ、おい、大丈夫か!?」

思った以上の反応に、動揺したおれが扉越しに声をかけると、

「……その話は、やめろ」
「えっ?」
「その話はすんなって言ってるんだ!!」

裏返るほどの大声で堀口はがなり立てました。

「あ、わ、悪い……」
「…………」

ザーッという水音が、気まずい沈黙を誤魔化しました。

(やっちまった)

おれはわずかな罪悪感を抱きつつ、自室へと向かいました。

過剰なまでのあのリアクション。
おまけに、あの恐れっぷりと秘密の抱え込み方。

過去の女か、ストーカーか。
それとも、実在しない存在、とか――?

(いや……止めとこう)

今までも、互いのプライベートな問題には干渉せずに過ごしていました。

今日のアレだって、興味本位で聞いたものの、
あれだけの態度をとるということは、きっと訳ありなのでしょう。

「…………」

ひょっこりと首を覗かす女の姿。
それはしばらく消えることなく、瞼の裏で揺らいでいました。



「あー……いつまで続くんだよ、これ」

翌週のことです。

おれはまたもや、営業の先輩にあちらこちらに引きずりまわされ、
夜十時の帰宅となっていました。

ここのところ、あいさつ回りや社会経験という名目で、
明らかに関係のなさそうな居酒屋や飲み屋街に連行されてばかりです。

自分などは寮の門限という切り札を使って逃れていますが、
一人暮らしの同期などは、可哀そうなことに離してもらえないようでした。

ある意味、社会人になった洗礼、とも言えるのでしょうか。

スッパリ断れる心の強さが欲しい、などと思いながら、
螺旋階段をトボトボと上ります。

(だっる……明日休みだったらなぁ)

ぐったりと重い身体を引きずり、一階、二階と足を進めます。

タン、タン、タン……

革靴が床を踏みしめる、冷えた音が響きました。

(あー……ほんと、エレベーター欲しい……辛い……)

内心そんな弱音を吐きつつ、
いつぞやのように、三階の踊り場で一呼吸ついていると。

……ガサッ

「……ん?」

寮の下方、生け垣のある方向から物音がしました。

小動物にしては、やけに大きな音。
それはまるきり、一週間前と、同じ。

(え……おいおい、まさか)

背筋にゾワゾワと悪寒が走りました。

(もしかして……またあの女の人?)

生け垣からひょっこりと顔を突き出していた、
あの不気味な姿を思い返し、ゾクリと身を強ばらせます。

(ま、まぁ……もしそうだとしても、ちょっと……
 その、怖いけど。きっとただの、人間だし……)

と、自分の心に必死に言い聞かせました。

視線はまっすぐ真正面に固定し、
余計なことを考えぬように、一心に階段を踏みしめます。

ガサッ……

「……う」

しかし、そんな努力をあざ笑うかのように、
再び物音が聞こえてきます。

このまま無視して五階の部屋に入ってしまおう。

冷静な自分はそう囁くのですが、それはそれで、
きっとモヤモヤした気持ちを残すことになるでしょう。

(ちょっと。……ちょっと、見てみるか)

もしあの女性だったら、別に知り合いでもないし、
目があったり気づかれたりしたって、なんの問題もありません。

だから、ちょっと確認をするだけ。
大丈夫、なにも心配ない。

そう自己暗示をかけ、おれはそうっと階下を覗き込みました。

「……あ、れ?」

しかし、見下ろしたそこには、なんの影もありません。

(なんだ……気のせい、か?)

もしくは、風で草木が揺れたのが耳についただけだったのでしょう。

先週も同じようなことがあったから、
少々過敏になっていただけ、かもしれません。

「はー……まったく。さっさと帰ろ」

ドッと疲れが増した気がして、ノロノロと四階へ上がると、
自分の部屋のカギを開けました。

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