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117.人を呪わば②(怖さレベル:★★☆)

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ボクが、なかば呆然自失状態で、フラフラと車に近寄って行くと、
ふと、足元になにかが落ちているのが見えました。

「……レシート?」

薄く白いそれは、位置から考えても彼女が落としたものと思われました。
すいよせられるように手が伸びて、そっとそれを拾い上げ、

「…………!!」

その内容に、全身が沸騰しました。

印字されている内容。
それは、ホテルに宿泊したという証明のレシートでした。

店名は、かつて自分たちが利用したことのあるラブホテル。

日付は、昨日の深夜。
つまり彼女は、自分とさんざんビデオ通話した後、
何者かと、ラブホテルに泊まりこんだ、ということです。

(……殺す。殺す、殺してやる!!)

信頼していた彼女に裏切られたショックと怒りで頭がまっ赤になり、
脳内には『殺す』という単語以外、浮かび上がらない状態でした。

そのままの勢いで彼女の部屋に向かおうとして――
ここだけは妙に冷静な意識が、ふと問いかけてきました。

(殺すにしても、なにも道具がないんじゃないか?)

自分が持っているのは携帯電話、それに財布くらいです。
いくらふいうちとはいえ、二人相手に丸腰は厳しいでしょう。

(……包丁、必要だな)

徒歩で歩ける距離に、たしかホームセンターがあったはず。
脳内をまっ赤に燃やしたまま、ボクは足早に目的地へと向かいました。



「いやっ……だから、これはうちで使うんで」
「だったら、そんな何本も必要じゃないでしょう?」

しかし、その計画は購入の段階でつまづいてしまいました。

というのも、念には念をいれて包丁を三本ほど購入して店から出ようとしたところ、
巡回中の警察官に声をかけられてしまったのです。

「それにこれ、おんなじ出刃包丁でしょう。
 見たところ、職人さんじゃないみたいだし」
「いや……まあ、そう、ですけど」
「ほんとに家で使うの? ……人を殺そうとか、思ってるんじゃないの?」
「えっ……こ、殺しません、って」

喉が引きつったのが自分でもわかりました。
そんなこちらを、警察はジロジロとぶしつけに眺めまわし、

「じゃ、一応個人を証明できるモノを見せてくれるかな」
「は……はい」

しぶしぶ運転免許証を見せると、警官はなにかにそれを書きつけて、
それまでのきびしい表情をわずかにくずしました。

「やめときなさい。……後悔、するだけだから」
「えっ……いや、その」

ボクが戸惑うように後ずさったのを見送って、
さらに彼は優しく続けました。

「もう、うち帰って寝な。……それがいい」
「は、はい……帰ります」
「うん。……約束、な」

そういうと、警官はふたたび巡回に戻って行きました。

ボクはといえば、まさか警察官に声をかけられるなんて思ってもみず、
まっ赤に染まった頭が、ジワジワと冷静さを取り戻していきました。

(後悔……)

殺したら、後悔するでしょう。
身内にも、もちろん迷惑がかかります。
妹は、今年受験生。兄が殺人者になったら、今後の人生どうなるか――。

さきほどまでの、本能に支配されつくした殺意は、だいぶ和らいでいました。

(…………)

愛していた彼女のアパートへ行って浮気を知って。
このまま包丁をもって乱入して、彼女と同僚を殺害して。

自分が殺人者になり、家族に肩身の
せまい思いを味合わせて、それで本当にいいのか?

正常な理性が、怒りに燃えていた脳内に訴えかけてきます。

「……帰ろ」

なんだか、もうなにもかもがどうでもよくなってしまって、
ボクは包丁三本を抱えたまま、実家へと帰ることにしました。



そのまま、彼女には「仕事が忙しくなった」とウソをつき、
一週間ほど、魂を抜けたような状態が続きました。

本社研修も終わり、四国の出張先へもどってからも、
数日間はなにもかもやる気がおきず、
仕事には惰性で向かっているような、まさに抜け殻状態。

ゾッコンだった彼女が、かつてのライバル、
そして今の同僚にうばわれた。

その事実が四六時中頭のなかをめぐって、
脳内には『死』の文字すらチラついていました。

そんな、ある日。

めっきり連絡をとらなくなった携帯に、
一通のメッセージが入ってきました。

宛先をよく確認せずに開いて――ドッ、と心臓が脈打ちました。

『連絡なくてさみしいよ。
 今、どうしてるの?』

それは、彼女からのメッセージ。
その一言に、深く心に沈殿していた感情が、ブワッと発火しました。

「……殺してやる」

自分は男と浮気しておきながら、さみしいと。

なかなか会いにいけなかった自分にも落ち度はあるかもしれないけれど、
それでも毎日ビデオ通話して、欠かさずメッセージも入れていたのに!

一度心の奥深くにしまいこんだ殺意が、
ふたたび嵐のように吹き荒れました。

殺す。
あいつともども、殺してやる!!

その勢いのまま部屋を飛び出そうとして、
正常な理性が、ふと待ったをかけました。

(バカやろう。あの時考えただろ?
 殺したその後は? 完全犯罪なんて、ボクにはむりだ)

冷静な思考にさとされ、ボクは包丁をにぎりしめていた片手を下ろしました。

しかし、頭ではわかっていても、
裏切られた憎しみはたえず心のなかにくすぶっていて、
ボクはままならない現実に、カタカタと体を震わせました。

(このままなにもしないなんて……でも、
 殺すなんて現実にはできない。どうしたら……)

混乱した視線が、流されっぱなしだったテレビに向きました。

『驚愕! 呪いのスポットと化した廃神社』

オカルト特集なのでしょう。
おどろおどろしいテロップがテレビ画面に浮かび、
リポーターとアイドルらしき数名が、夜の神社に突入しようとしていました。

(呪い……!)

その瞬間、まるで雷のように脳内に天啓が舞い降りました。

(そうだ……呪い! あの二人に、呪いをかければ……!!)

理性と本能のはざまで、ボクはたぶん、狂っていたんでしょう。
今考えれば突拍子もないような、そんなアイディアが浮かんだのです。

(呪い……神社。丑の刻参り……)

一度考え始めると、それはとてもすばらしいアイディアに思えました。

呪いが成就しても、自分が疑われることはない。
そして、もし成就しなかったとしても、少しは自分の気をはらすことができる。

(……殺す。殺す。呪ってやる……)

そうして。
ボクは買い込んだ包丁を片手に、それを実行することにしたのです。

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