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145.鏡の知らせ②(怖さレベル:★★☆)
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「……え?」
ぐわん、と目が回りました。
いや、目眩、じゃありません。
文字通り、目の前の洗面所の鏡の中の、
私の目玉が――グルッ、と裏返ったんです。
「はわ……わわ、わ」
情けない声を上げながら、私は後ずさりました。
鏡の中の自分は、驚いた表情を浮かべたまま、
同じように、洗面台からジリジリと下がっています。
でも、その目玉だけがギュルン、とひっくり返っていて、
私はこれが夢が現実か、一瞬、わからなくなりました。
怯える私の鼻に、ふと、チリッ、と焦げたような匂いを感じました。
髪の毛が燃えたときのような、なんともいえない、イヤな匂い。
ハッとした私が鏡を凝視すると、裏返った私の眼球の周りが、
どんどん黒ずんで、ブスブスと煙を上げだしたのです。
肌がひび割れ、髪が焦げ、首から、肩が、どんどん黒く、
焦げて真っ黒に、炭化していく――。
ドタンッ、バタンッ
あまりの異常な光景に、私は思わず、その場で腰を抜かしました。
「……ど、どうしたの、お姉!」
すると、激しい音に驚いたのか、
妹が慌てて洗面所に飛び込んできたのです。
「か、か、かがみ……鏡……!!」
震える指で洗面台を指さすと、
妹はおっかなびっくり近寄ってきて、鏡をのぞき込みました。
「うーん? ……別に、なにも変なところはないけど」
「そ、っ……そ、そんな……」
私は後ろにあった洗濯機を支えにして、よろよろと立ち上がり、
妹と肩を並べて、おそるおそる鏡をのぞき込みました。
「……なにも、ない」
そこには、おびえた顔をした私と、
不思議そうに首をかしげている妹の姿が映されているだけ。
そういえば、あの鼻をつくような焦げ臭い香りも、
いまはすっかり消えてなくなっていました。
幻覚――いや、白昼夢?
違う。絶対に、今のは見間違いじゃない。
私がなにも言えずにガタガタ震えていると
「なに? 虫でも出たの?」
「いや……ううん、なんでもないよ……」
あのコンパクトミラーを使っていないのに、どうして?
私の頭の中には『呪われたかもしれない』という言葉が、
えんえんとグルグル回り続けました。
それからは、もう、とても鏡なんて見られません。
あのミラーでなくとも、変なものが見える。
そう思うと、鏡に自分を映すのが、恐ろしくて仕方がなくなったのです。
でも、仕事に行くために髪型を整えたり、
お化粧をしたりする都合上、まったく見ない、というわけにもいきません。
だから私は、髪はまとめてしばった上で、
顔はメガネとマスクで覆うという方法をとりました。
社内の人には、急にアレルギーにかかってしまって、
しばらくこの状態になる、という言い訳で通しました。
でも――それでは、根本的な解決にはなりません。
それに――たしかに、鏡を見なければ妙な現象は起きないものの、
急に肩が熱くなったり、突然背後から焦げ臭いにおいがしたりと、
明らかに、不可解な現象が増してきたんです。
それは、一人きりの風呂場だとか、
会社のトイレの個室など、決まって人の少ない場所で起きました。
私は精神が疲弊してきて、職場でも覇気がなくなり、
家族にも体調を心配されるほどになってしまったんです。
さすがに、これはまずい。
以前の、洗面所での取り乱し具合を知っている妹に進められて、
私は会社を休み、病院と、ついでに神社にお祓いに行くことになりました。
病院では、精神的な疲れによる幻覚、と想定通りの診断。
その次に向かった神社でのお祓いも――なんというか、
あっけないほどアッサリと終わりました。
直前の心療内科の待ち時間よりも早い、お祓い。
正直、こんなので呪いが祓えるのか? と不安になるくらいに。
神主さんも『幽霊が憑りついている』とかそういう話はなく、
『お祓いはキチンとさせて頂きました。大丈夫です』とほほ笑まれて終わり。
正直、医者も、神社も、私の疲れ切った精神をどうにかしてくれることはなく、
ヘロヘロで家へ戻った私に、
「何言ってんの。ちゃんと行って祓ってもらってきたじゃない。大丈夫だよ!」
と、妹は強気に背中を叩いてくれました。
例のコンパクトミラーも、神社では引き取ってくれず、
結局お祓いだけしてもらって返ってくる始末。
次の日、まだしばらくはひっつめ髪&メガネマスクだなぁ、
なんて思いつつ夕飯をとっていると、不意に、私の携帯に連絡が入りました。
「え……会社で……火事が……!?」
そうなのです。
私が医者に神社にと行っていたその日、
勤め先の会社では大火事が発生し、建物すべてが全焼していました。
原因は、休憩室に古くから置かれているコンセントの漏電。
ホコリの溜まっていたロッカーの裏側からの発火だったそうです。
当然、会社はしばらくの休業。
ただ、幸い、火傷を負った社員こそいるものの、
重傷者も死亡者もださずに済んだようでした。
――でも、もし今日、私が出社していたら。
私は、あのコンパクトの見せた映像のように、
真っ黒こげになっていたかもしれません。
他の職員たちは男性ばかりで、
昼食は外に出ることが多く、休憩室を使うのはいつも私だけ。
出火したのは、ちょうどお昼。
いつも、私がそこにいる時間です。
事情を軽く話していた妹は、開いた口がふさがらないといった感じで、
他の家族も、私の取り乱しっぷりに驚いていました。
ええ……今、思うと。
あの鏡はきっと、教えてくれていたのでしょう。
私の身に起きたかもしれない危機を。
あの日、会社に決して行ってはならないと、
私が体調を崩すくらい、徹底的に追い込んで。
あれから何度か、家の洗面台や、
例のコンパクトミラーもおそるおそる使ってみましたが、
あの時のような恐ろしい映像は、もう見ることはありませんでした。
だからこれは、曰くつきの鏡――ではなく、
祝福の鏡だったのだと、今は思います。
あのコンパクトは、私を救ってくれたものとして、
今でも肌身離さず持っていますよ。
まぁ……わがままを一つ言えるとしたら、
あんなホラー染みた伝え方じゃなくて、
もっと優しく、火事に気をつけろ、
と言ってもらえてたらありがたかったんですけどね……。
おかげで、私が鏡に抱く感情は、正直とっても複雑です。
もちろん、ものすごく感謝はしていますけどね。
ええ――鏡は、怖いことばかりじゃないんです。
いや、怖くて、恐ろしくて――でも、優しいところもある、といった感じでしょうか。
私の話を聞いてくださって、ありがとうございました。
ぐわん、と目が回りました。
いや、目眩、じゃありません。
文字通り、目の前の洗面所の鏡の中の、
私の目玉が――グルッ、と裏返ったんです。
「はわ……わわ、わ」
情けない声を上げながら、私は後ずさりました。
鏡の中の自分は、驚いた表情を浮かべたまま、
同じように、洗面台からジリジリと下がっています。
でも、その目玉だけがギュルン、とひっくり返っていて、
私はこれが夢が現実か、一瞬、わからなくなりました。
怯える私の鼻に、ふと、チリッ、と焦げたような匂いを感じました。
髪の毛が燃えたときのような、なんともいえない、イヤな匂い。
ハッとした私が鏡を凝視すると、裏返った私の眼球の周りが、
どんどん黒ずんで、ブスブスと煙を上げだしたのです。
肌がひび割れ、髪が焦げ、首から、肩が、どんどん黒く、
焦げて真っ黒に、炭化していく――。
ドタンッ、バタンッ
あまりの異常な光景に、私は思わず、その場で腰を抜かしました。
「……ど、どうしたの、お姉!」
すると、激しい音に驚いたのか、
妹が慌てて洗面所に飛び込んできたのです。
「か、か、かがみ……鏡……!!」
震える指で洗面台を指さすと、
妹はおっかなびっくり近寄ってきて、鏡をのぞき込みました。
「うーん? ……別に、なにも変なところはないけど」
「そ、っ……そ、そんな……」
私は後ろにあった洗濯機を支えにして、よろよろと立ち上がり、
妹と肩を並べて、おそるおそる鏡をのぞき込みました。
「……なにも、ない」
そこには、おびえた顔をした私と、
不思議そうに首をかしげている妹の姿が映されているだけ。
そういえば、あの鼻をつくような焦げ臭い香りも、
いまはすっかり消えてなくなっていました。
幻覚――いや、白昼夢?
違う。絶対に、今のは見間違いじゃない。
私がなにも言えずにガタガタ震えていると
「なに? 虫でも出たの?」
「いや……ううん、なんでもないよ……」
あのコンパクトミラーを使っていないのに、どうして?
私の頭の中には『呪われたかもしれない』という言葉が、
えんえんとグルグル回り続けました。
それからは、もう、とても鏡なんて見られません。
あのミラーでなくとも、変なものが見える。
そう思うと、鏡に自分を映すのが、恐ろしくて仕方がなくなったのです。
でも、仕事に行くために髪型を整えたり、
お化粧をしたりする都合上、まったく見ない、というわけにもいきません。
だから私は、髪はまとめてしばった上で、
顔はメガネとマスクで覆うという方法をとりました。
社内の人には、急にアレルギーにかかってしまって、
しばらくこの状態になる、という言い訳で通しました。
でも――それでは、根本的な解決にはなりません。
それに――たしかに、鏡を見なければ妙な現象は起きないものの、
急に肩が熱くなったり、突然背後から焦げ臭いにおいがしたりと、
明らかに、不可解な現象が増してきたんです。
それは、一人きりの風呂場だとか、
会社のトイレの個室など、決まって人の少ない場所で起きました。
私は精神が疲弊してきて、職場でも覇気がなくなり、
家族にも体調を心配されるほどになってしまったんです。
さすがに、これはまずい。
以前の、洗面所での取り乱し具合を知っている妹に進められて、
私は会社を休み、病院と、ついでに神社にお祓いに行くことになりました。
病院では、精神的な疲れによる幻覚、と想定通りの診断。
その次に向かった神社でのお祓いも――なんというか、
あっけないほどアッサリと終わりました。
直前の心療内科の待ち時間よりも早い、お祓い。
正直、こんなので呪いが祓えるのか? と不安になるくらいに。
神主さんも『幽霊が憑りついている』とかそういう話はなく、
『お祓いはキチンとさせて頂きました。大丈夫です』とほほ笑まれて終わり。
正直、医者も、神社も、私の疲れ切った精神をどうにかしてくれることはなく、
ヘロヘロで家へ戻った私に、
「何言ってんの。ちゃんと行って祓ってもらってきたじゃない。大丈夫だよ!」
と、妹は強気に背中を叩いてくれました。
例のコンパクトミラーも、神社では引き取ってくれず、
結局お祓いだけしてもらって返ってくる始末。
次の日、まだしばらくはひっつめ髪&メガネマスクだなぁ、
なんて思いつつ夕飯をとっていると、不意に、私の携帯に連絡が入りました。
「え……会社で……火事が……!?」
そうなのです。
私が医者に神社にと行っていたその日、
勤め先の会社では大火事が発生し、建物すべてが全焼していました。
原因は、休憩室に古くから置かれているコンセントの漏電。
ホコリの溜まっていたロッカーの裏側からの発火だったそうです。
当然、会社はしばらくの休業。
ただ、幸い、火傷を負った社員こそいるものの、
重傷者も死亡者もださずに済んだようでした。
――でも、もし今日、私が出社していたら。
私は、あのコンパクトの見せた映像のように、
真っ黒こげになっていたかもしれません。
他の職員たちは男性ばかりで、
昼食は外に出ることが多く、休憩室を使うのはいつも私だけ。
出火したのは、ちょうどお昼。
いつも、私がそこにいる時間です。
事情を軽く話していた妹は、開いた口がふさがらないといった感じで、
他の家族も、私の取り乱しっぷりに驚いていました。
ええ……今、思うと。
あの鏡はきっと、教えてくれていたのでしょう。
私の身に起きたかもしれない危機を。
あの日、会社に決して行ってはならないと、
私が体調を崩すくらい、徹底的に追い込んで。
あれから何度か、家の洗面台や、
例のコンパクトミラーもおそるおそる使ってみましたが、
あの時のような恐ろしい映像は、もう見ることはありませんでした。
だからこれは、曰くつきの鏡――ではなく、
祝福の鏡だったのだと、今は思います。
あのコンパクトは、私を救ってくれたものとして、
今でも肌身離さず持っていますよ。
まぁ……わがままを一つ言えるとしたら、
あんなホラー染みた伝え方じゃなくて、
もっと優しく、火事に気をつけろ、
と言ってもらえてたらありがたかったんですけどね……。
おかげで、私が鏡に抱く感情は、正直とっても複雑です。
もちろん、ものすごく感謝はしていますけどね。
ええ――鏡は、怖いことばかりじゃないんです。
いや、怖くて、恐ろしくて――でも、優しいところもある、といった感じでしょうか。
私の話を聞いてくださって、ありがとうございました。
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