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出会い~始まりと終わり~

サブクエストコンプリート

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 日が傾き始め、俺の目は自然と開いた。
 体を上げ、腕に巻かれた血だらけの包帯を見て、自分が怪我人だと気がついた。

 ここはどこだろうか。
 薬と血の臭いがやたらする。血の臭い俺からではなく、カーテンの向こうのベッドから流れてきているようだった。

「死んだのか?」
「ええ、きちんと」

 机の前には女が座っていた。
 黒い髪は夕日で照らされ、眼鏡越しに本を見つめる目は細められている。
 長いまつげと整った顔立ちはそれだけ美しいのに、夕日に照らされて幻想的に思えた。
 光に惹かれるものならば、間違いなく目を離せないだろう。

 女はゆっくりと本を閉じると、ため息を付いた。
 その見つめる先には、カーテンで仕切られたベッドがあった。

「サブクエストクリアってところかしら?」
「ああ。おかげでメインは失敗だ…くくく、あははははは」

 笑いが止まらない。
 まさか入学二日目で、これだけの大物を仕留められるとは思わなかった。

「あまり大声を出さないでください。怪しまれますよ」
「おっとすまない。今の俺は怪我人だったな」

 またにやけそうになる顔を必死に抑えた。いかんいかん。
 今の俺は怪我の痛みで苦しみ、ルームメイトの死に悲しまないといけないんだった。

「それで真崎、俺はいつまでここにいたらいい」
「本来ならば目を覚ますのが早すぎるぐらいね。あと24時間は寝ていてほしかったかしら」
「それはすまない。闇の帳で自然と目が覚めてしまった。聞こえるんだよ、『死』を嘆く悲しみの声の数々が」

 影は俺の体の一部。
 つながっている分だけ。たくさんの情報が入ってくる。

「上は何か言っていたか?」
「出来るだけ早く出向するようにと」

 机に積み上られた書類の中から、一枚の紙が渡された。
 内容は、レイモンドの一件についてだ。

「申請内容だ。間違っていたら教えてくれ」
「いや問題ない。手が早くて助かるよ」
「ありがとうございます」

 真崎は立ち上がると、俺に向かって頭を下げた。
 彼女は魔法学園を探らせるために派遣されているスパイだ。学園では俺にとっての唯一の味方である。

「それで、俺はいつギルドに向かえばいい。流石に今日の明日では怪しまれそうなものだが」
「では明日で」
「今の俺の話を聞いていたか?」
「もちろん。むしろ明日、何気ない顔をして登校している方が不自然かと。ルームメイト兼クラスメイトが目の前で死んだのですよ?」
「ふ、ふふふ…あはははは。それもそうか。俺はどうかしていたようだ」
「それでは手筈は整えておくわ」
「よろしく頼むよ」

 ☆☆

 保健室を出ると、まっすぐ寮に帰ることにする。
 渡された松葉杖を使って前に進もうとするが、存外に歩きにくい。
 怪我をするとはこれほど不便なものなのか…寮に戻る間だけでも治してしまおうか。

「あれ、あなたっ、黒沢よねっ」

 後ろから声がして、足音が近づいてくる。
 ちっ、こんなときに誰だよ。

 黄色のポニーテールが俺を追い抜いていき、数メートル進んだところで一回転して立ち止まった。

「レイモンドと一緒に大怪我をしたって聞いたけど、大丈夫なの?」

 可愛らしい顔立ちの少女が無邪気な笑みで見つめてくる。 
 赤と青。色違いの2つの目はとりわけ存在感を放つ。
 この目はなんだ?体中をかきむしられるような嫌な感じがする。
 
「その反応、誰だって思ってる?まあそうよね、1日でクラス全員の顔なんて覚えれないわよね。私はエリカよ。貴方のクラスメイト。よかったら送っていくわ」
「いや、大丈夫だ」
「だって怪我をしているのでしょう?」

 腕の下の潜りこんできて、俺は肩を預けるような格好になった。
 これでは逃げられない。
 
「わかったよ…」

 無理やり抜け出すことは出来るが、今は得策ではない。
 諦めてされるがままになっておく。

 校舎を出ると、校庭にも誰もいなくて、俺たち二人の影だけが伸びていた。

「ねえ、黒沢くん。どうして貴方は助かったの?」

 エリカは笑みが消え、感情のない目が俺を見つめてくる。
 おいおい、傷心しているであろう相手にそんなことを聞くかよ普通。

 それともこいつも普通じゃないのか?

 俺はあえて答えず、目線を下に向けた。

「ごめんなさい。目の前で人が死んだ子に聞くようなことじゃなかったよね」

 開いている手で、ごめんと謝ってくる。

「俺が助かったのは、あいつが守ってくれたからだよ。本当に強かった」

 そう、生かしておけば脅威になるほどに。
 ため息交じりに言うと、エミリは空を見上げた。

 夕日は消え、真っ暗になっていた。

「そっか、主席だもんね。私達の中で一番強いはずよね」
「そうかもな」

 ふと顔を上げると、はっとした。
 赤色の目が俺を見つめていた。
 やはりこいつは俺を疑っている。

「じゃあどうして貴方は、自分より強い人の死を目の当たりにして、平然としているの?」
「そんなに睨まなくてもいいじゃないか。俺だって平気なわけじゃない。だたさ、実感がないんだ。さっきまで話していたやつがもういないなんて」

 エミリは前を向くと、今度はにっこりと笑った。

「そういうことにしておいてあげるわ、タイムリミットみたいだし。それじゃあ黒沢、また明後日会いましょう」

 エミリは俺を放り投げると、走り去っていた。
 あいつ、本当に俺を怪我人だと思っているのか?

 って、あれ?

 夕日の中、ポニーテールを揺らして走る少女の影に既視感を覚える。
 何年も昔、毎日見ていたような不思議な感覚だった。
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