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彼女と彼の旅は終わる
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彼が青年になっても、彼女の容姿は変わらなかった。
彼が大人びていくにつれて、兄妹に間違われることも増えていった。
いや兄弟ならまだいい方で、時には親子に間違われることもあった。
何十回、いや何百回間違われたのかはもう分からない。
だけど彼は、間違われるたびに否定した。
彼女は妹でも子供でもないと。
彼女の薬指には指輪がある。
それを見せると勘違いした相手も納得した。
ロリコンとか言ってくる相手もいたが、彼は全く気にしなかった。
誰かのちょっとした一言で揺れるほど、ふたりの関係は軽いものではなかった。
一緒にいればいるほど関係は深まり、彼の口からは婚約の儀をする話も出始めた。
海の見える場所がいいだろうか。
それとも空気がいい山がいいだろうか。
彼は彼女にあれこれ尋ねる。
だけど彼女は首をかしげるばかりで、答えはなかなかでない。
彼女は決して拒否しているわけではない。
はじめてのことで、彼女自身もどうしたらいいのか分からなかったのだ。
彼女が答えを探している間にも3年の月日が流れた。
200年以上生きてきている彼女にとって、3年はほんの一瞬のできごとだ。
だが彼は違う。時間に限りがあることを知っている。
自身の体の成長はその証だし、成長に合わせて周りが変わっていくことも知っている。
ギルドに入った時にいた受付嬢は結婚し、寿退社をした。
子供を連れて歩いているところも見かけた。
ギルドに入った時にいたトップ冒険者はもういない。
ある者は冒険中に死に、ある者は加齢による衰えで引退した。
ギルドに入って8年が経ち、ほとんどのことが変わった。
たったひとつ変わらないのは、彼の隣には彼女がいるという事実だけ。
そのことに不満があるかと聞かれれば、むしろ逆。
彼女さえいてくれればいいと彼は思っていた。
そう思うからこそ、周囲からの好奇の目から彼女を守りたくもあった。
いつしか彼の冒険の目的は変わっていた。
彼女が婚約に納得する場所を見つけること。
それが彼の冒険の目的になった。
海に山に草原。
行ったことのない場所を知れば、彼はどこにでも行った。
彼女はどこがいいと答えはしなかった。
だが彼の気持ちを否定することはない。
それどころか、向けられる気持ちがとても嬉しかった。
この旅が長く続いてほしい。
そう思うからこそ、答えられずにいたのかもしれない。
彼女はそんな自分がズルいということにも気づき始めていた。
そしてそんな感情を抱く自分に対して、驚きと戸惑いを感じ始めていた。
イエスの返事をするきっかけを欲しいと思い始めていた。
だけど長い間答えずにいたせいでタイミングを失ってしまっていた。
そんなある日、あるアイテムの存在を知ることになる。
それはポーションで、飲んだ者に永遠の命を与えるというもの。
そのアイテムの存在を知った時、彼はほしいと思ってしまった。
だってそのアイテムを……いや、永遠の命を手に入れれば、彼女との関係を気にする必要もなくなるから。
そのアイテムは、砂漠の宮殿にあるという噂だった。
道のりは険しく、たどり着いたものはいない最凶の砂漠。
向かった者は誰も帰ってきていない。
その宮殿はいわくつきと噂まみれで、本当に存在しているのかも分からない場所だ。
「やめておいたほうがいい」
彼女はいつものように話をした。
だが彼は、はじめて彼女の提案を断った。
彼は強く欲してしまっていた。
彼女といられる永遠の時間を。
彼女も分かってしまっていたからそれ以上強くは言えなかった。
正直、宮殿があるかどうかはどうでもよかった。
無事に帰って、彼に返事をするきっかけがほしい。
彼女はそう望んでいた。
話は進み、彼と彼女は砂漠に向かった。
砂漠には何度も行ったことがあるが、この砂漠は噂に違わぬ別次元の場所だった。
砂が吹き荒れる時間が長く、出会うモンスターも気性が荒い。
サソリは出会い頭に襲ってくるし、表面は硬くてハサミは大きい。
危険な地形に合わせて、モンスターも進化していたのだ。
砂漠に踏み入れて3日が経った。
時間の感覚を失い、彼は砂漠から出ることを決意する。
その時には、彼の方向感覚はすでに失われていた。
彼女だけは来た道が分かり、なんとか引き返すことができた。
あまりに無謀な挑戦で、危険な砂漠地帯から抜け出せたのは本当に奇跡だった。
あまりに奇跡過ぎて、思わず気が抜けていたのだろう。
普段なら決してハマることのないようなトラップに引っかかった。
道のど真ん中にあるスイッチ式の爆弾。
彼女はそれを踏んでしまい、彼は爆発から彼女をかばって地面に飲まれた。
ほんの一瞬の出来事だった。
さっきまで隣にいたはずの彼はもういない。
物理的な距離感だけではなく、生命的にもいなくなった。
見えるのは砂の中から伸びた腕だけ。
砂の中の彼がどうなっているのかは想像もつかない。
もしかしたら生きているかもしれない。
彼女はそっと手を伸ばす。
そして、彼女の儚い望みは、彼の手に触れた瞬間に打ち消された。
その手は冷たくて、彼女が触れているのにピクリともしない。
ただわずかに魂が残っていることだけは、不思議と理解できた。
けれどそれも長くは続かない。
体に宿った魂は確実に消えていっている。
彼女が死に携わるのはこれがはじめてではない。
以前関わった冒険者も彼女の目の前で死んでいった。
その前は……なにかあった気がするが、彼女は思い出せない。
今の彼女を支配しているのは、彼を失った喪失感だけ。
そうこうしているうちに分かってしまった。
もうその体には、彼の魂が残っていないのだと。
その理由が指輪だと気が付くのにはそれほど時間はかからなかった。
青く透明だった指輪は、彼女の感情に反応するかのように赤く光っていた。
魂の指輪。
彼女がそのアイテムの正体を知るのはずっと後のことで、指輪が光った意味を考えるほどの余裕は彼女にはなかった。
彼女はその場から立ち上がり、安全な場所を目指した。
彼がいたらきっとそうすると感じて。
町についた彼女の足はギルドに向かっていた。
それはとても無自覚な行動で、ギルドについてはじめて、彼女は自分がそうしていたのだと気が付いた。
「どうしたのお嬢さん? ここは君のような少女が来るような場所じゃないよ」
話しかけてきたのはギルドの受付嬢だった。
ギルドには何度も来ているのに、話しかけられるのははじめてだ。
だっていつもは彼女ではなく、彼が話をしていたから。
「誰か人を探しているのかな?」
受付嬢の声はとてもとても優しかった。
迷子の少女に声をかけるかのように。
それで少し冷静になった。
もう彼はいない。
これからは自分一人で生きていかないといけない。
ずっと忘れていた感情に彼女は出会ってしまった。
悲しみで、目からあふれる涙がとまらない。
彼女は思い出してしまった。
時間は永遠ではないことを。
人は死ぬということを。
「死んだ人間の魂はどうなりますか?」
彼女の言葉に受付嬢の表情が固まった。
たったひとことですべてを察したのだろう。
騒がしかったギルドはいつの間にか静まりかえっていた。
ギルドの冒険者は知っている。
人が死ぬということを。
人が死ぬ悲しさを。
彼女の姿を見て、その場にいた冒険者も涙を流した。
彼らも思い出していた。
過去に失った家族を、友人を、仲間を。
その日、彼女ははじめて人間の感情に触れた。
喜怒哀楽。
当たり前にある感情の中でもっと悲しい感情に。
それでも、彼女は肉体的に死ぬことはできない。
ひとりで生き続けるしかない。
長い長い拷問のような時間がまたはじまった。
彼が大人びていくにつれて、兄妹に間違われることも増えていった。
いや兄弟ならまだいい方で、時には親子に間違われることもあった。
何十回、いや何百回間違われたのかはもう分からない。
だけど彼は、間違われるたびに否定した。
彼女は妹でも子供でもないと。
彼女の薬指には指輪がある。
それを見せると勘違いした相手も納得した。
ロリコンとか言ってくる相手もいたが、彼は全く気にしなかった。
誰かのちょっとした一言で揺れるほど、ふたりの関係は軽いものではなかった。
一緒にいればいるほど関係は深まり、彼の口からは婚約の儀をする話も出始めた。
海の見える場所がいいだろうか。
それとも空気がいい山がいいだろうか。
彼は彼女にあれこれ尋ねる。
だけど彼女は首をかしげるばかりで、答えはなかなかでない。
彼女は決して拒否しているわけではない。
はじめてのことで、彼女自身もどうしたらいいのか分からなかったのだ。
彼女が答えを探している間にも3年の月日が流れた。
200年以上生きてきている彼女にとって、3年はほんの一瞬のできごとだ。
だが彼は違う。時間に限りがあることを知っている。
自身の体の成長はその証だし、成長に合わせて周りが変わっていくことも知っている。
ギルドに入った時にいた受付嬢は結婚し、寿退社をした。
子供を連れて歩いているところも見かけた。
ギルドに入った時にいたトップ冒険者はもういない。
ある者は冒険中に死に、ある者は加齢による衰えで引退した。
ギルドに入って8年が経ち、ほとんどのことが変わった。
たったひとつ変わらないのは、彼の隣には彼女がいるという事実だけ。
そのことに不満があるかと聞かれれば、むしろ逆。
彼女さえいてくれればいいと彼は思っていた。
そう思うからこそ、周囲からの好奇の目から彼女を守りたくもあった。
いつしか彼の冒険の目的は変わっていた。
彼女が婚約に納得する場所を見つけること。
それが彼の冒険の目的になった。
海に山に草原。
行ったことのない場所を知れば、彼はどこにでも行った。
彼女はどこがいいと答えはしなかった。
だが彼の気持ちを否定することはない。
それどころか、向けられる気持ちがとても嬉しかった。
この旅が長く続いてほしい。
そう思うからこそ、答えられずにいたのかもしれない。
彼女はそんな自分がズルいということにも気づき始めていた。
そしてそんな感情を抱く自分に対して、驚きと戸惑いを感じ始めていた。
イエスの返事をするきっかけを欲しいと思い始めていた。
だけど長い間答えずにいたせいでタイミングを失ってしまっていた。
そんなある日、あるアイテムの存在を知ることになる。
それはポーションで、飲んだ者に永遠の命を与えるというもの。
そのアイテムの存在を知った時、彼はほしいと思ってしまった。
だってそのアイテムを……いや、永遠の命を手に入れれば、彼女との関係を気にする必要もなくなるから。
そのアイテムは、砂漠の宮殿にあるという噂だった。
道のりは険しく、たどり着いたものはいない最凶の砂漠。
向かった者は誰も帰ってきていない。
その宮殿はいわくつきと噂まみれで、本当に存在しているのかも分からない場所だ。
「やめておいたほうがいい」
彼女はいつものように話をした。
だが彼は、はじめて彼女の提案を断った。
彼は強く欲してしまっていた。
彼女といられる永遠の時間を。
彼女も分かってしまっていたからそれ以上強くは言えなかった。
正直、宮殿があるかどうかはどうでもよかった。
無事に帰って、彼に返事をするきっかけがほしい。
彼女はそう望んでいた。
話は進み、彼と彼女は砂漠に向かった。
砂漠には何度も行ったことがあるが、この砂漠は噂に違わぬ別次元の場所だった。
砂が吹き荒れる時間が長く、出会うモンスターも気性が荒い。
サソリは出会い頭に襲ってくるし、表面は硬くてハサミは大きい。
危険な地形に合わせて、モンスターも進化していたのだ。
砂漠に踏み入れて3日が経った。
時間の感覚を失い、彼は砂漠から出ることを決意する。
その時には、彼の方向感覚はすでに失われていた。
彼女だけは来た道が分かり、なんとか引き返すことができた。
あまりに無謀な挑戦で、危険な砂漠地帯から抜け出せたのは本当に奇跡だった。
あまりに奇跡過ぎて、思わず気が抜けていたのだろう。
普段なら決してハマることのないようなトラップに引っかかった。
道のど真ん中にあるスイッチ式の爆弾。
彼女はそれを踏んでしまい、彼は爆発から彼女をかばって地面に飲まれた。
ほんの一瞬の出来事だった。
さっきまで隣にいたはずの彼はもういない。
物理的な距離感だけではなく、生命的にもいなくなった。
見えるのは砂の中から伸びた腕だけ。
砂の中の彼がどうなっているのかは想像もつかない。
もしかしたら生きているかもしれない。
彼女はそっと手を伸ばす。
そして、彼女の儚い望みは、彼の手に触れた瞬間に打ち消された。
その手は冷たくて、彼女が触れているのにピクリともしない。
ただわずかに魂が残っていることだけは、不思議と理解できた。
けれどそれも長くは続かない。
体に宿った魂は確実に消えていっている。
彼女が死に携わるのはこれがはじめてではない。
以前関わった冒険者も彼女の目の前で死んでいった。
その前は……なにかあった気がするが、彼女は思い出せない。
今の彼女を支配しているのは、彼を失った喪失感だけ。
そうこうしているうちに分かってしまった。
もうその体には、彼の魂が残っていないのだと。
その理由が指輪だと気が付くのにはそれほど時間はかからなかった。
青く透明だった指輪は、彼女の感情に反応するかのように赤く光っていた。
魂の指輪。
彼女がそのアイテムの正体を知るのはずっと後のことで、指輪が光った意味を考えるほどの余裕は彼女にはなかった。
彼女はその場から立ち上がり、安全な場所を目指した。
彼がいたらきっとそうすると感じて。
町についた彼女の足はギルドに向かっていた。
それはとても無自覚な行動で、ギルドについてはじめて、彼女は自分がそうしていたのだと気が付いた。
「どうしたのお嬢さん? ここは君のような少女が来るような場所じゃないよ」
話しかけてきたのはギルドの受付嬢だった。
ギルドには何度も来ているのに、話しかけられるのははじめてだ。
だっていつもは彼女ではなく、彼が話をしていたから。
「誰か人を探しているのかな?」
受付嬢の声はとてもとても優しかった。
迷子の少女に声をかけるかのように。
それで少し冷静になった。
もう彼はいない。
これからは自分一人で生きていかないといけない。
ずっと忘れていた感情に彼女は出会ってしまった。
悲しみで、目からあふれる涙がとまらない。
彼女は思い出してしまった。
時間は永遠ではないことを。
人は死ぬということを。
「死んだ人間の魂はどうなりますか?」
彼女の言葉に受付嬢の表情が固まった。
たったひとことですべてを察したのだろう。
騒がしかったギルドはいつの間にか静まりかえっていた。
ギルドの冒険者は知っている。
人が死ぬということを。
人が死ぬ悲しさを。
彼女の姿を見て、その場にいた冒険者も涙を流した。
彼らも思い出していた。
過去に失った家族を、友人を、仲間を。
その日、彼女ははじめて人間の感情に触れた。
喜怒哀楽。
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ひとりで生き続けるしかない。
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