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第2章~ヴァルキリーを連れ出せ~

迷いが一つ、なくなりました

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 エミールと話を終えると、レティがくっついてきた。背中越しに手を前に回し、腹の辺りをつついてくる。

「どうしたのシグルズ。難しい顔をして」
「俺のやったことは本当に正しかったのかなって」

 ヴァルキリーを連れ帰る。俺ひとりの想いだけで、なん十、いやなん百という人数で被害が出てしまったのだ。分かっていたこととは言え、戸惑いは拭えない。

「後悔してるのかしら?」

 そう聞かれると、俺のやったことはは違ってもいない気がする。あのままレティたちをクランに残してきた方が、よっぽど後悔していたたずだ。

「私はシグルズが笑っていられれば他はどうでもいいわ」
「レティはそうだろうな」

 彼女のなりの励ましだったと気づいたのは、レティが不満そうな顔を浮かべたからだった。とっさにフォローをしようとすると、メルロが言い放つ。

「皆の未来を心配しているのなら、不相応というものだと思うぞ」

 右手すっと前に伸ばすと、半円を描いてその場で回った。自然と俺の視線はその手を追い、その先には何人もの冒険者が見えた。

「彼ら彼女らは苦しんでいるように見えるか?」

 困った顔や苦笑いががいくつも見える。だけどその一つ一つが、楽しそうに見えた。
 どうしてだ?この先は真っ暗なはずだよな?
 さっき俺がクランの件を保留にしたエミールの横顔ですら、輝いて見える。

「なあエミール」

 声をかけると、輪から抜けてこっちに来てくれた。

「悪いな。邪魔したか?」
「そんなことはありません。それよりもどうされましたか?」

 とても雑談中とは思えなかったが、嫌な顔ひとつ浮かべない。

「一つ聞きたいことがあってな」
「なんでしょうか」
「気のせいか、クランがなくなってみんな楽しそうに見えるんだけどなんでかわかるか?」

 エミールは暫く考えると、ぽんと手を叩いた。

「他のメンバーはわかりませんが、私達はこれからどんなクエストを受けようか考えていました」

 レッドラグーンではクエストや仕事は自動で割り振られ、成果に応じて報酬が出る。
 だけどこれからは違う。自分達で受けるクエストを選ぶ必要がある。失敗しても誰も助けてはくれない、厳しい世界が待っている。さぞかし不安なことだろう。

「それは初めてのことです」
「まじか」

 冒険者になったばかりならまだしも、エミール1年半は冒険者を続けている。
 自分でクエストを受けたことがないなんて驚きだ。

「私だけではありません。同じような者は他にも多くいます」
「そんなことがあり得るのか?」
「ヤマト様はご存知ないかもしれませんが、最近冒険者になった者の多くは、ギルドに登録してすぐにレッドラグーンに所属するのが基本です。クランに入るための試験もありませんので、手軽に仕事を得る手段としては最適だったのです」

 まるで高校だな。必ずしもいかなくてもいいけど、中卒では社会の目は冷たく、会社にも入りにくい。とりあえず卒業して高卒の称号を取っておくだけで、その後の働き方は大きく変わってくる。

「これからは自分ですべてを決めないと思うと」

 不安だろうな。俺だったら笑っていられないかもしれない。

「不思議とワクワクしますね」
「え?」

 思わぬ言葉に耳を疑った。

「冒険者とは本来こういうものなのでしょうか?自分で目標を決め、あちこち旅をする。ヤマト様ならご存知なのですよね。このクランが出来る前の冒険者ですので」

 言われて思い出す。この世界に来て、ハヤテ達に出会ってギルドに行き、ウルフと戦ったときの事を。戸惑うことばかりだったが、思えば楽しかった。
 その足でセイラの眠る洞窟に足を運び、契約もした。その後は冒険の中でアンナ、ラガナ、メルロ、ユミネ、カリンそしてレティとも出会い、契約していった。道中で見た山や川、砂漠に海。そのすべてが新鮮で、寝る時間さえもがもったいなく感じていた。そんな時期が間違いなく俺にもあった。

「ああ、そうだな。それが冒険だ」

 レッドラグーンができた当初は、間違いなく冒険が続いていた。限られた人数でどうやってクエストを攻略するのは試行錯誤する日々だった。
 それがいつからだろう。人数が増えてきて、クエストを事務的に処理するようになっていった。

「ヤマト様、冒険が見せてくれる世界に期待してもいいのでしょうか?」

 本来ならば即答するところだが、今の俺には出来ない。いいことばかりではなく、悪いことも間違いなくある。

「今の気持ちを忘れなければ大丈夫だと思うぞ」
「そうですか…ありがとうございます!」

 エミールは笑顔を浮かべると、駆け出していった。
 ありがとうと言うのは俺の方だ。だいぶ気持ちが軽くなった。

 元の場所へと戻ると、レティとメルロが笑顔で迎えてくれた。

「スッキリした顔をしているな」
「ああ。どうやらクランは潮時だったようだ」

 外に出ると、来氷漬けだった世界は晴れ渡っていた。

「それじゃあ帰ろうか」
「あら、もう行き先は決まっているのね」
「ああ。二人に紹介したい場所があるんだ」

 レティをお姫様抱っこすると、背中に翼を生やす。真っ白で汚れのない光は、迷ってばかりの俺には似合わない。それでもレティは、手をのばすと、大事なものに触れるように手を触れた。

「私もたまにはそのように輸送されてみたいものだ」

 メルロは背中に翼を生やした。俺のなんかよりも澄んだ白は、凛々しい佇まいにとても合っていて、ゲームに想像するザ・ヴァルキリーって感じだ。

「感謝しているよ。メルロがいなかったら俺は、空なんて飛べないからな」
「そうか。そういうことにしておこう」

 メルロは顔をそむけると、先に飛んでいった。翼の先端がほのかに赤く染まり、空に軌跡を描いていく。

「待てって」

 置いていかれないように、空に飛び立った。ちょっとスピードを出しすぎたかとも思ったが、腕の中のレティはゆったりと座っていて、気持ちよさそうに目を細める。

「大丈夫か?」
「ええ、ちょうどいいわ。空のお散歩なんてロマンチックじゃない」

 生身の体で、全力で空を飛ぶ鳥以上の速さの風を受けているのに、レティは平然としている。

「それじゃあもっと飛ばすよ!」

 更に速度を上げると、レティの腕にもさすがに力がこもった。それでも変わらず涼しい顔をしていて、目が合うと、いつものように微笑んだのだった。
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