Wanderer’s Steel Heart

蒼波

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一章

白亜のレイアルフ 前編

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15分の道程を越え、俺達はバラッジの整備店に戻った。



バラッジはマハトガを載せた輸送車両を後退しながらガレージに入れ、車両から降り、作業用の手袋を身に付けると、



「よし、これから損傷部を念入りに調べる。今朝入れたやつで良けりゃ、薬缶に茶が入ってるから、飲んで待ってな。」



と告げた。好意に甘えてと事務所に入って、コンロに置かれていた薬缶から、金属製のカップに茶を注いだ。薬缶にはまだ温もりがあり、カモミールの香りが広がった。



少し温くなったカモミールティーを啜りながら、バラッジに訊ねた。



「どのくらい掛かりそうだ?」



「そうだな…状態としてはざっと見た感じ、機体本体は小~中破ってとこだな。しかし、言うまでもなくコクピットブロックは駄目だろうな…爆破のダメージをモロに喰らってる。とにかく30分で総点検を済ませる。期待はするな。」



そう言うとバラッジは事務所とガレージを隔てるドアを閉め、作業に取り掛かり始めた。

正直、待っていられない気持ちも有ったが、強き心臓ストレングス・ハートの整備工として屈指の腕を誇るバラッジでさえも難色を示しているのなら、あのマハトガとは別れを告げる時が来たという事だろう…



「早過ぎる…早過ぎるな…」



俺はコップの金の水面を見つめてポツリと呟いた。

あのマハトガをM2JB重工から買い上げたのは3年前の事だった。あの日の事を未だ鮮明に、昨日の事のように思い出せる。莫大な費用と1年の歳月が掛かったが、それまで廃品を売り捌き、飯を食う金も惜しみ、雑用紛いの依頼を受けて貯めた金で漸く勝ち取った傭兵としての第一歩、初めての愛機あいぼうだった。苦しかった生活はかなり豊かになり、貯えも増した。マハトガに出会った事で、強き心臓ストレングス・ハートに乗って世界が変わった。叶う事ならあいつと共に、再び戦場へ…



壁にかけられた時計の針が11時を指した頃、バラッジは厳しい面持ちで告げた。





「やはりコクピットブロックはもう駄目だ。内部の命令系統系が完全にイッちまってる。本体だけなら急ピッチで半日で終わる。だがコクピットは取り替えになる…新しくコクピットブロックを注文するか、互換性の有るものを流用せざるを得ない…だがマハトガに使える様な代物となると現実的じゃねぇ…」



やはり淡い期待は容易く砕かれた。

だが、バラッジは続けた。



「…だが、お前の言うように第三者によって発破された形跡がある。コクピットブロック内部に、「2-CdTUpTNT、過励起アプト雷汞」という物質と無線レシーバーの基板片が見つかった。つまりは、強力な爆薬として用いられるアプター粒子系化合物の成分と、その発破に用いられたであろう遠隔爆破装置の残骸だ。…自爆を装うにしては爆薬が強力過ぎる。」



「…!畜生…ッ…畜生がッ!!」



遣る瀬無さのあまり、地団駄を踏んだ。

そうして頭を抱え項垂れる俺にバラッジは或る提案を持ちかけた。



「一応、うちの店は2年前まで認定整備業者としてM2JBと提携関係を結んでた。幅広く受け入れる為にこちらから提携を一時中断したが、その時の担当者にまだコネがある。何とかあちらの方で見てもらえるよう、紹介状を書いといた。一度、自爆と判定されたとしても、俺の名前とこの分析結果を出せば再検討してくれるだろうさ。」



バラッジは数有る業者の中でも屈指の整備工だ。

現に爆薬の成分だって特定ができてる。

例え、ガードメカからデータが送られていたとしても、そのデータを覆し得るだろう。



「ウェイド、今回に限って金は取らん。もう既に無一文みてぇなもんだしな。」



そう言うとバラッジは分析結果を記した書面と紹介状を封筒に入れ、バシっと俺の胸に押し付けた。



「…有り難う。いつか借りは返す。」

日頃こそ、マシンガントークが止まらないが、この男は腕だけでなく、義理を通す器量が有る。この男に整備を任せてよかったと改めて思う。



「この件はどうも妙だ。M2JBはどうか知らないが、ガードメカ…その管理元が触れるのを避けたように思える。俺よかガードメカの方が解析は速くて正確なはずだからな。それに、Z.A.K.O.の自爆も無関係とは思えん…」



とバラッジは顎に手を当て、私見を述べた。



「…俺はどうすれば?」

とバラッジに問う。



「このマハトガはウチで預かる。もしも重工側がマハトガを寄越せと言ってきたら輸送してやる。ともかく、お前は重工にマハトガが爆破された事を伝えて、この書類を提出しろ。」



それを聞き、俺は封筒を腰のポーチへ収めた。



「ウェイド!」



バラッジは俺の名を呼ぶと神妙な面持ちで



「…気をつけろよ。もしかすると、俺達は企業らの裏側、暗部に触れているかもしれない。」



と忠告し、



「それと、話が付いたらコイツで連絡を寄越せ。」



と付け加え、上部にスクリーン、下部にキーボードを搭載した6インチ程の黒い直方体を投げ渡してきた。右側面上部にはアンテナ、下部にはイヤホンジャックが見える。左側面にあるスイッチをスライドすると青白い光を放って無数の文字の羅列が瞬く間に表示され、文字が全て消えると、



"MURAKUMO-OS Ver.6.6x[Trial-Build]"



の表記が表れた。



「既製品を改造した。通信方式も暗号化してある。」



「何だ、この機械…?」



「バハハハハ!!お前…MISTミストも知らんのか…!?どのくらい俗世離れしてんだよ…!」

と肩を震わせていた。



「?…これの事か?」



「Mobile-Information-Support-Terminals(携帯情報支援端末)の略だ。そいつは無線機に小型コンピュータやらセンサー類、カメラを搭載した多目的型情報端末だ。」



「上手いこと言ったもんだよな、確かに情報は霧MISTみたいなもんだ。証拠が出るまで不確実極まりねぇ。それを掴み、扱う、ねぇ…」





左側面中間のスイッチスライドを動かすと背面が横中央のラインから内部アームフレームの稼働でパカっと開き前面とはどうやら異なる素材の黒いパネルらしきものが露出した。



「そいつがバッテリーだ。市販品で使われる電池からアプト高効率光電池に取り替えておいた。三十分も陽の光に晒しときゃフル稼働でも3日は持つ。そいつをスライドさせて充電しろ。」



バラッジは続けて、



「OSは俺が書き換えた。第三者からの悪用を防ぐ為にセキュリティの実装も兼ねてな。」



と話すと、バラッジは念押しに



「…つまんねぇ事で死ぬんじゃねえぞ。常連が減っちまったら困る。」



と最後に告げた。



「…ああ。」



俺はそう答えると、バラッジの店を後にした。



俺がマハトガを買った、M2JB重工第1支部兼正規ディーラーがあるのは首都・ミルフェイスの中心から北東3キロの辺りだ。ここから徒歩で行けば2時間ほど掛けてしまう。

10分ほど歩き、どうしたものかと首を傾げたが、ふと、目の前にシェアバイクのレンタルステーションが見えた。完全無人のステーションに4台分の空きの隣に、お前に用意してやったと言わんばかりの最後の1台が見えた。



「…迷ってる余裕も無いさ」



俺は最後の1台をステーションのラックから出すと、唸りを上げるバイクに跨がり、走り出した。



M2JB重工は価格帯こそ他企業と比較して、やや高めだが、それ以上の性能を誇る機体を数多く製造・販売している。話によれば、旧大戦時中の遺物を発掘・調査し、解析を行った上で、復元・量産しているらしい。



(もしかすると、コレの事も知っているのかも知れない…)



俺はコートの男から渡されたクリスタルを暫く見つめ、ポーチに納めると、不安と期待を胸に、M2JB重工第1支部へと急いだ。
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