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お前、#翼をもつ者__ラ・ズー__#と結婚したいのかい?
その日私は結局卵を拾いそこねてしまった。ヨンジンのことばかり見てたせいかね。
前の年の卵は腐ってたし、その前の年の卵は孵る前にイザリ虫にやられちまった。もう、薄くなった殻を通して、翼が生えてるのがうっすら見えるくらい、ほとんど孵るばかりになってたんだけどね。
あの気味の悪いイザリ虫の奴が、私が用を足しに行った気配をかぎつけて、私の寝床に入り込んで卵に牙を立てたんだ。戻ってきた私は、それを見て大きな声で叫んだ。叫びながらイトリの枝を振り回してイザリ虫の奴を散々に叩きのめしたよ。
虫がすっかり動かなくなったんで、私は枝を放り出して卵を拾い上げたけど、ダメだった。ずいぶん泣いたよ。かわいい翼まで、見えてたんだからね……そんなことがあったんで余計、ヨンジンのことが気にかかるのかもしれないね。
日が暮れるとおひめさまはお城の中に入ってしまい、オルさまが壇上に上がった。
「この卵祭りに集まった諸君には、平等に卵を拾うチャンスが与えられる。卵が平等に分配されてこそ、ニンゲンは繁栄する。それが秩序だ」
卵配りのたびにオルさまが演説する姿を見るけど、いつ見てもまるで年をとるのを忘れてしまったみたいに若々しくて凛々しいんだ。演説はいつも同じような内容で退屈だけどね。
「諸君も知っているとおり、この塔は世界で一番強い翼をもつ者であるおとうさまが建てた。1年に1人しか生まれないおひめさまが弱いラ・ズーと結婚したら、いい卵が生まれない。それはニンゲンにとって大きな損失だ。これからもおとうさまにおひめさまを捧げることによって、より一層世界を繁栄させなければならない。私たち翼をもたぬ者の力だけではニンゲンの繁栄はありえない。最も強い翼をもつ者をノル・ズーの社会の一員とすることで、この世から無益な争いをなくせるのだ。だからおとうさまを大切にしなければならない」
オルさまは続けた。
「世界の秩序の番人たることこそが私の使命であり、喜びなのである。卵祭りにこうして諸君が集まってくれることこそ、私の功績が揺るぎないことのあかしである。どうか来年もこぞって卵祭りに足を運んでもらいたい。これまでどおり、おひめさまが生まれたら、お城に連れてきてもらいたい。エマニの実が生ったらお城に差し出してもらいたい。そうすれば諸君には理想の未来を約束しよう」
いつもどおり政策についての演説をひとしきりぶったあと、
「卵が平等に配られてこそ、世界は繁栄する。それが秩序だ」
という決まり文句でオルさまは話を締めくくった。
祭りは一段落した。卵はまだ時々落ちてきてたけど、私は拾うのを諦めてヨーデと一緒にイトリの根元で眠ることにした。いつもなら洞窟を探すところだけど、その夜は広場に大勢人がいたから、虫に襲われる心配はなかった。
私はもう昔ほど卵が欲しいわけじゃなかった。卵を育てるのだけが人生じゃない。実を言うと年をとりすぎて、もうお乳も出ないんだ。ただ祭りに来れば物が売れるし、たまにみんなで出かけるのは気晴らしになるから来ただけさ。のんびり隠居なんて私の性に合わない。忙しく働いているのが好きなんだ。
それにヨーデは卵配りに来るのは今年が初めてだったから、私がそばについていて卵のもらい方や商売のやり方を教えてやらなきゃと思ったんだ。
ヨーデと二人で商売道具を片付けていると、白髪交じりのレダがひょっこりと顔を出した。
「手伝いに来たよ。あっちはもう片付けが終わったし、愚図のヨーデと二人じゃ大変だろうと思ってね」
「そりゃありがたいね。まだこの子は使い物にならないからね」
と私は苦笑した。
「アーユーラは来てないのかい。いつも会いに来てくれるのに」
レダは辺りを見回して言った。
「ああ」
私は仕事の手を止めずに言った。
「お付きのハルマヤさまが今夜ご結婚だし、忙しいのかもしれないね」
アーユーラが来なくて、本当は寂しかったけれど、仕方ない。
「あの子にはあの子の仕事があるからね。私には口を出す資格はないよ」
子供なんて飽きるほど育てたし、これからはヨーデがそばにいてくれればそれでいい。ヨーデはアーユーラとは違う。
「大人になったら卵が欲しい」
って、口癖のように言っている。群れを離れてお城で働きたいなんていう野心はない子なんだ。
「アーユーラの翼のこと、まだ気にしていたのかい」
白髪交じりのレダが気づかわしげに眉をひそめて言った。
「よくあることじゃないか。アーユーラは好奇心が強すぎたから、無理もないと思うよ。もう自分を責めるのはおよしよ。あんたは優しすぎるんだよ」
子供なんて飽きるほど育てたし、これからはヨーデがそばにいてくれればそれでいい。ヨーデはアーユーラとは違う。
「大人になったら卵が欲しい」
って、口癖のように言っている。群れを離れてお城で働きたいなんていう野心はない子なんだ。
「まだニム湖には帰らないの?」
レダが仲間のもとへ帰ってしまうと、寝支度をしながらヨーデが言った
「せっかく都まで来たんだし、売り物があらかたさばけるまではここにいようと思ってね。これだけ人が集まることはそうないからね」
「へえ」
ヨーデは傍らに生えていたコダリの花を摘んで蜜を吸いながら、
「おひめさま、きれいだったな」
とつぶやいた。
「もうおひめさま、出てこないの?」
「おひめさまが夜外に出ていると危険だからね」
と私は答えた。
「まだ卵が落ちてきてるから、ハルマヤさま以外は明日も顔を出すかもしれない。あの2階の回廊から手を振ってくれることもあるんだよ」
「ハルマヤさまは?」
「ハルマヤさまは今夜ご結婚さ」
「結婚かあ」
ヨーデはため息をついた。
「いいなあ……」
「なんだい、お前、翼をもつ者と結婚したいのかい?」
私はからかった。まだ子供のくせに、ませた子だよ。エマをもたぬ者にとって、結婚は永遠にかなわない夢なのにね。
「ラ・ズーがあんなに美しいなんて知らなかったもの」
ヨーデはため息交じりに言った。
「そりゃ、お前はあまりラ・ズーを見たことがないものね。でもヨンジンは特別さ。あんなに美しいラ・ズーは見たことがない」
ヨーデがまだ赤ちゃんで翼が生えていた頃は、ラ・ズーのにいさんがいたんだけどヨーデは覚えてないんだろうね。かわいい子だったけど、ある朝どこかに飛んで行ってしまった。その後しばらくしてヨーデは自然に羽根が抜けた。幼いうちだったせいか、あまり苦しまなかった。
かがり火の向こうでは、白いチトッケ(南部の古い民族衣装)をまとった若い翼をもたぬ者たちが、笑いさざめきながら踏み臼を踏んでいるのが見えた。明日売るノク(雑穀の餅)を搗いているんだろう。地面に臼を据えて、梃子のような大きな杵の片端に、かわるがわる飛び乗って餅を搗く仕掛けさ。チトッケの裾がひらりひらりと翻る様子が、珍しい踊りのようだった。歌を歌って拍子をとりながら、時折どっと笑い崩れる。その歌はクフベツさまの故郷のあの歌に似ていた。
私は横になっていたけど、なんだか寝つけなくて祭りの様子を眺めていた。
広場にはお城からふるまわれたツグリ酒の大樽や、様々なごちそうの屋台が並び、夜はいよいよにぎやかに更けていった。
前の年の卵は腐ってたし、その前の年の卵は孵る前にイザリ虫にやられちまった。もう、薄くなった殻を通して、翼が生えてるのがうっすら見えるくらい、ほとんど孵るばかりになってたんだけどね。
あの気味の悪いイザリ虫の奴が、私が用を足しに行った気配をかぎつけて、私の寝床に入り込んで卵に牙を立てたんだ。戻ってきた私は、それを見て大きな声で叫んだ。叫びながらイトリの枝を振り回してイザリ虫の奴を散々に叩きのめしたよ。
虫がすっかり動かなくなったんで、私は枝を放り出して卵を拾い上げたけど、ダメだった。ずいぶん泣いたよ。かわいい翼まで、見えてたんだからね……そんなことがあったんで余計、ヨンジンのことが気にかかるのかもしれないね。
日が暮れるとおひめさまはお城の中に入ってしまい、オルさまが壇上に上がった。
「この卵祭りに集まった諸君には、平等に卵を拾うチャンスが与えられる。卵が平等に分配されてこそ、ニンゲンは繁栄する。それが秩序だ」
卵配りのたびにオルさまが演説する姿を見るけど、いつ見てもまるで年をとるのを忘れてしまったみたいに若々しくて凛々しいんだ。演説はいつも同じような内容で退屈だけどね。
「諸君も知っているとおり、この塔は世界で一番強い翼をもつ者であるおとうさまが建てた。1年に1人しか生まれないおひめさまが弱いラ・ズーと結婚したら、いい卵が生まれない。それはニンゲンにとって大きな損失だ。これからもおとうさまにおひめさまを捧げることによって、より一層世界を繁栄させなければならない。私たち翼をもたぬ者の力だけではニンゲンの繁栄はありえない。最も強い翼をもつ者をノル・ズーの社会の一員とすることで、この世から無益な争いをなくせるのだ。だからおとうさまを大切にしなければならない」
オルさまは続けた。
「世界の秩序の番人たることこそが私の使命であり、喜びなのである。卵祭りにこうして諸君が集まってくれることこそ、私の功績が揺るぎないことのあかしである。どうか来年もこぞって卵祭りに足を運んでもらいたい。これまでどおり、おひめさまが生まれたら、お城に連れてきてもらいたい。エマニの実が生ったらお城に差し出してもらいたい。そうすれば諸君には理想の未来を約束しよう」
いつもどおり政策についての演説をひとしきりぶったあと、
「卵が平等に配られてこそ、世界は繁栄する。それが秩序だ」
という決まり文句でオルさまは話を締めくくった。
祭りは一段落した。卵はまだ時々落ちてきてたけど、私は拾うのを諦めてヨーデと一緒にイトリの根元で眠ることにした。いつもなら洞窟を探すところだけど、その夜は広場に大勢人がいたから、虫に襲われる心配はなかった。
私はもう昔ほど卵が欲しいわけじゃなかった。卵を育てるのだけが人生じゃない。実を言うと年をとりすぎて、もうお乳も出ないんだ。ただ祭りに来れば物が売れるし、たまにみんなで出かけるのは気晴らしになるから来ただけさ。のんびり隠居なんて私の性に合わない。忙しく働いているのが好きなんだ。
それにヨーデは卵配りに来るのは今年が初めてだったから、私がそばについていて卵のもらい方や商売のやり方を教えてやらなきゃと思ったんだ。
ヨーデと二人で商売道具を片付けていると、白髪交じりのレダがひょっこりと顔を出した。
「手伝いに来たよ。あっちはもう片付けが終わったし、愚図のヨーデと二人じゃ大変だろうと思ってね」
「そりゃありがたいね。まだこの子は使い物にならないからね」
と私は苦笑した。
「アーユーラは来てないのかい。いつも会いに来てくれるのに」
レダは辺りを見回して言った。
「ああ」
私は仕事の手を止めずに言った。
「お付きのハルマヤさまが今夜ご結婚だし、忙しいのかもしれないね」
アーユーラが来なくて、本当は寂しかったけれど、仕方ない。
「あの子にはあの子の仕事があるからね。私には口を出す資格はないよ」
子供なんて飽きるほど育てたし、これからはヨーデがそばにいてくれればそれでいい。ヨーデはアーユーラとは違う。
「大人になったら卵が欲しい」
って、口癖のように言っている。群れを離れてお城で働きたいなんていう野心はない子なんだ。
「アーユーラの翼のこと、まだ気にしていたのかい」
白髪交じりのレダが気づかわしげに眉をひそめて言った。
「よくあることじゃないか。アーユーラは好奇心が強すぎたから、無理もないと思うよ。もう自分を責めるのはおよしよ。あんたは優しすぎるんだよ」
子供なんて飽きるほど育てたし、これからはヨーデがそばにいてくれればそれでいい。ヨーデはアーユーラとは違う。
「大人になったら卵が欲しい」
って、口癖のように言っている。群れを離れてお城で働きたいなんていう野心はない子なんだ。
「まだニム湖には帰らないの?」
レダが仲間のもとへ帰ってしまうと、寝支度をしながらヨーデが言った
「せっかく都まで来たんだし、売り物があらかたさばけるまではここにいようと思ってね。これだけ人が集まることはそうないからね」
「へえ」
ヨーデは傍らに生えていたコダリの花を摘んで蜜を吸いながら、
「おひめさま、きれいだったな」
とつぶやいた。
「もうおひめさま、出てこないの?」
「おひめさまが夜外に出ていると危険だからね」
と私は答えた。
「まだ卵が落ちてきてるから、ハルマヤさま以外は明日も顔を出すかもしれない。あの2階の回廊から手を振ってくれることもあるんだよ」
「ハルマヤさまは?」
「ハルマヤさまは今夜ご結婚さ」
「結婚かあ」
ヨーデはため息をついた。
「いいなあ……」
「なんだい、お前、翼をもつ者と結婚したいのかい?」
私はからかった。まだ子供のくせに、ませた子だよ。エマをもたぬ者にとって、結婚は永遠にかなわない夢なのにね。
「ラ・ズーがあんなに美しいなんて知らなかったもの」
ヨーデはため息交じりに言った。
「そりゃ、お前はあまりラ・ズーを見たことがないものね。でもヨンジンは特別さ。あんなに美しいラ・ズーは見たことがない」
ヨーデがまだ赤ちゃんで翼が生えていた頃は、ラ・ズーのにいさんがいたんだけどヨーデは覚えてないんだろうね。かわいい子だったけど、ある朝どこかに飛んで行ってしまった。その後しばらくしてヨーデは自然に羽根が抜けた。幼いうちだったせいか、あまり苦しまなかった。
かがり火の向こうでは、白いチトッケ(南部の古い民族衣装)をまとった若い翼をもたぬ者たちが、笑いさざめきながら踏み臼を踏んでいるのが見えた。明日売るノク(雑穀の餅)を搗いているんだろう。地面に臼を据えて、梃子のような大きな杵の片端に、かわるがわる飛び乗って餅を搗く仕掛けさ。チトッケの裾がひらりひらりと翻る様子が、珍しい踊りのようだった。歌を歌って拍子をとりながら、時折どっと笑い崩れる。その歌はクフベツさまの故郷のあの歌に似ていた。
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