エマをもつむすめ

ぴょん

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卵が邪魔だからに決まってるだろ

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デグーが塔のてっぺんに着いた時、横たわったおひめさまの周りを翼をもつ者ラ・ズーたちが取り巻いていた。卵が生まれてくるたびに、一つ一つ取り上げては下の広場めがけて投げ落としている。おひめさまの腹はぺしゃんこにしぼんで、もうほとんどの卵を産み尽くしたらしかった。

「おい、なんで翼のない奴らに卵なんて投げてやってんだ?」
デグーはそばにいた翼をもつ者ラ・ズーに聞いた。
「卵が邪魔だからに決まってるだろ」
「邪魔って、何の?」
「お前、卵祭りは初めてか?」
痩せこけたラ・ズーがデグーをじろりと見て言った。
「ああ、まあな」
デグーは言葉を濁した。
「しばらく前から北の森に棲んでるんだけど、城には近づかないことにしてたんだ」
「へえ、なんで?」
「まあ、トラウマってやつかな。タチの悪い翼をもたぬ者ノル・ズーに殺されかけたもんでね」
「ノル・ズー? あの弱虫どもにか?」
「背中から不意に射られたんだ。その傷が長いこと治らなかった」
「そんなとこだと思ったよ。奴らは頭だけは回るからな。まったく汚い真似をしやがるぜ」
「ああ。力もないくせに、俺たちをうまく利用して世の中を回してるつもりでいやがる」
そばにいた小柄なラ・ズーが話に加わってきた。めったに群れないラ・ズーがこんな雑談で時間を潰しているところを見ると、これからよほど面白いことでもあるらしい。
「北の森って言うと、何年か前ノラエマがうろついてただろ」
小柄なラ・ズーが言うと、痩せこけたラ・ズーは
「俺もヤッたことあるぜ」
と言ってニヤリと笑った。
「ノラエマって何だ?」
とデグーは聞いた。
「城にいないで外をうろついてるエマをもつむすめラ・エマのことを、俺たち北の森のラ・ズーは野良エマって呼ぶんだよ」
ラ・ズーどもは下品に笑った。
「城でエマをもつむすめラ・エマを囲い込むようになって、最近野良エマはめったにいない。みんな血眼になって探してるんだ」
「知ってるか? あいつ、卵祭りの時に祭壇に立って偉そうに演説する奴だぞ」
と痩せこけたラ・ズーが言った。
「えっ、あいつだったのか。最近森に姿を現さなくなったから卵でもできたのかと思ったぜ」
と、小柄なラ・ズー。
「あの偉そうな翼をもたぬ者ノル・ズーなら、俺もヤッたぜ」
デグーはうっかり口を滑らせた。
「へえ、いつ?」
「いや、しばらく前……」
デグーはあわてて言葉を濁した。久しぶりにヤッたら興奮しすぎて殺しちまったなんて言ったら、『もったいないことしやがって』とボコボコにされるかもしれない。

あのクソ生意気なラ・エマ、説教しながら感じてやがったな……思い出すと背中にぞくっと快感が走った。
(死ぬ時にイキやがった)
がっちり締め付けてくるエマの感触を反芻すると、残虐な悦びで首筋がちりちりと粟立った。
(さっきのラ・エマはもったいないことをしたが、おとうさまになればおひめさまを独り占めできるんだから問題ない。さっさと塔の中に入れる扉とやらを探してこっそり潜り込まないと……)
目で扉を探しながらデグーはクフベツさまのことを考えた。

七年もほったらかしにしといた俺を、クフベツは恨んでいるだろうか……。
(翼をもたぬ者の『社会』とかいう、お前を囲い込んでいる壁が怖かった。幼いお前には頼もしく見えただろうが、俺はそんなに強くない。この七年間、お前はおひめさまとして、翼をもたぬ者たちに大切にされてきたんだろう。俺のことなんか、もう相手にしてくれないんじゃないのか?)
そう思うと少し会うのが怖かった。
(いや、あいつなら許してくれるさ)
とデグーは思った。あんなに何度も愛し合ったじゃないか。「パパ、エマが熱い」とおねだりしてきたあどけない声を思い出すとエマが硬くなった。
(子供の時もかわいかったけど、どんなにきれいになっただろう……)
そう、ラ・エマはみんな美しい。異性を引きつけるためだろうね。
(おとうさまになったら、クフベツだって俺を見直すさ。汚い手を使ったかどうかなんて、問題じゃない。そうとも、俺は運が強い。すべて失ったと思っていたのに、もう一度クフベツと結婚できるんだ)

「しかしお前、射られてよく無事だったな」
痩せこけたラ・ズーはおひめさまから目を離さずに言った。
「ああ、俺はよほど運が強いんだろうな。その前にも雨にうたれて死にかけたけどこうして生き延びてる」
「そりゃよかったな」
痩せこけた翼をもつ者ラ・ズーはあまり興味なさそうに言ってニヤリと笑った。
「それよりもうすぐ面白いことが始まるんだ」
小柄なラ・ズーが翼の下にくくりつけていたツンガの袋からエマニの実を取り出してかじった。
「あれ、その実……」
デグーは驚いて声を上げた。
「城に献上する前に、みんな少しくすねて持っておくんだよな」
と痩せこけたラ・ズーが言った。
「全部出せって言われたけど、バレるわけない。好奇心で一度食べると病みつきになっちまうんだよ」
と、小柄なラ・ズー。
「わかるわかる。俺も持ってるぜ」
デグーが言うと、
「お前もかよ」
小柄なラ・ズーがゲラゲラ笑った。
「じゃ、今食べとけよ。もうすぐいいことが始まるんだから」
「いいことって?」
「ここで待ってれば分かるさ。しゃべってたら他の連中に先を越されちまうからもう話しかけるな」

『いいこと』というのが何か気になったが、デグーはそれ以上そいつにかまうのはやめて扉を探した。おとうさまになること以上にいいことなんてないだろうし、グズグズしてるとそれこそ他の連中に先を越されてしまう。
扉はすぐに見つかった。誰にも気取られないうちにと、デグーは急いで体を塔の中に滑り込ませた。暗がりに慣れていない目が一瞬くらんだ。

はるか下の方から、おとうさまのものらしい獣じみた唸りと、おひめさまのものらしいあられもない嬌声が聞こえてくる。今年結婚したハルマヤさまだろう。

デグーはふわりと身を躍らせると、一息に塔の底部まで降り立ち、おひめさまに気を取られているおとうさまの背後から忍び寄った。

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