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第三部 異世界剣士と血塗れの聖女
第114話:彼女が背負った悲しみとは
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ベッドに寝かせたセイクレアを見ながら、俺たちは今後についてどうするかを話していた。
俺が背負ってきたバックパックには、質素なフード付きのローブが入っている。これに着替えてもらって、なるべく目立たないような格好をしてもらう予定だ。
それにしても、こんなにうまい具合に彼女と接触できるとは思っていなかったから、実にラッキーだった。幸運の女神さまってのがいるならば、間違いなく今、俺たちに向かって微笑みかけてくれているのだろう。この幸運はぜひ活かしたかった。
「ただ、この塔に入るまでの道が、あの細い空中廊下が一本だけというのが不安要素だな。移動中に出口を塞がれたら、どうしようもない」
「ご主人さま、階段で下まで降りて、窓から出るのは?」
「外から見えただろ。ほら、窓と言っても頭も通らなさそうな細い隙間なんだ。多分、下の階も同じだろう。これじゃ、とても無理だ」
「旦那様、廊下から飛び降りるというのはいかがですか?」
「いや、さっき天井の隅っこに張り付いてたデリカならできちゃいそうに思えてきてるけど、俺も、多分セイクレアも無理」
「じゃあさ、じゃあさ、にぃちゃんが全部、その木剣でぶっ飛ばすってのは?」
「俺をなんだと思ってるんだ。さすがに無理すぎる」
その時だった。
「あ……。み、みなさん……」
「あ、にぃちゃん! セイねーちゃんが起きたよ!」
マゥリスの言葉に、皆の視線が一斉にセイクレアに向く。彼女は少し気おされたように目を逸らしたけれど、ためらいがちに俺たちを見た。
「……先ほどは、申し訳ありません。取り乱してしまって……」
「いや、気にしなくていいんだけどさ。そんなことより、体調は?」
いくつか質問してみたけれど、体調がすぐれないといった様子は無いみたいだった。さっき倒れてしまったのは、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったことによるもののようだった。
「とにかく、無事でよかった。異端だって言われてたから、酷い目に遭わされているかもって、不安だったんだ」
「無事……。そう、ですね」
哀しげに微笑むセイクレア。その姿が気になって、つい「どうかしたのか?」と聞いてみたけれど、彼女は力なく微笑んで、首を横に振ったんだ。
「もう、いいのです。これが、女神様が望まれた、私の運命なのでしょうから……」
「……どういう意味だ? やっぱり何かあったんだな?」
あまりにも痛々しさに聞いてしまったけれど、彼女は首を振るばかりだった。
「ですから、もう、いいのです。あなたに尋ねられて、改めて自覚をしました。私にはもう、女神様の望まれた生き方しか残っていないのでしょう」
「おい、何を言ってるんだ? なんでそんな、投げやりな……!」
思わず詰め寄ろうとして、デリカに「旦那様、お待ちください」と止められてしまった。
「旦那様、少し、少し席をお外しくださいませ」
「デリカ? どういう意味だよ」
「同じ女同士、この方と話をしてみたいと思うのです。どうか、今しばらくお待ちください」
そう言って間に入るデリカの、辛そうな顔。
セイクレアの、悲しみに沈んだ虚ろな微笑み。
「……にぃちゃん、行こうぜ」
マゥリスが、ため息をつきながら俺の背中を押してくる。
「だけどさ……!」
「デリねーちゃんが、ああ言ってんだぜ? ちょっとだけだよ」
「いや、待てって。セイクレア! なんでそんな諦め切った顔をしているんだ! デリカを助けてくれた時、広場で聖女サマを助けるためって来た時、あんなに力強い意志を持ってたじゃないか!」
「旦那様!」
デリカが、覆い被さるようにして俺を抱きすくめてきた。その勢いに呑まれて、思わず床に膝をつく。
「どうかお察しください……! このかたが背負われた悲しみを、苦しみを……! どうか、どうかお願いいたします……!」
デリカの声には、涙すら混じっていた。
「デリカ……」
「同じ『女』として、このかたが味わわれた苦しみは、察するに余りあります。どうか、これ以上お聞きにならないでくださいませ……!」
その言葉で、ようやく俺は悟ったんだ。
セイクレアが、この部屋で、何をされたのか。
デリカの言葉──彼女が背負った悲しみとは何かを。
「……クソがっ!」
俺は拳を握りしめる。
あの時の枢機司祭とかいうジジイが言ったことを、俺ははっきりと覚えている。
少し話をするだけだ、と。
取って食ったりなどしない、と。
──大嘘つきのクソどもめ!
そうすると、ジュスタスがなぜ、この図面を俺たちに渡してきたのかが気になる。
この逃げ場のない塔にセイクレアという餌を置いて、俺たちのような間抜けを炙り出して一網打尽にでもするつもりだったのだろうか──そんな考えが頭をよぎる。
だけどこの塔には、「セイクレアがいるかもしれない」という候補のチェックが付けられていない。だから、本来なら俺たちはこの塔に来ることなんてなかったはずなんだ。
つまりジュスタスの調べた限りにおいて、セイクレアがここに閉じ込められているという情報は無く、彼自身も、ここに彼女が閉じ込められるのは想定外だったってことになる。
実際、マゥリスも、この塔は不信心者や神殿に対する犯罪者などを放り込んでおく塔だと認識していた。セイクレアに敬意を払っていたように見えるジュスタスにとっては、ここはありえないと思っていたのかもしれない。
だけど、異端審問官の野郎は、はっきりと彼女を異端だと言っていた。だったら彼女が牢に閉じ込められることは十分に予想できたはずだ。
……待てよ? ジュスタスは、シェリィのことを「自分には無い手立て」と言っていた。俺たちが、彼女の嗅覚を活かしてセイクレアを発見することを期待して──もしくは、俺たちが失敗してこの図面が神殿関係者の手に落ちても、その意図がつかまれないように、セイクレアの居場所をあえて描かなかった?
……いや、それも考えすぎか? やっぱり俺たちを罠にはめるつもりで、俺たちに嘘の情報をよこした……? だったら、彼がついてこなかったのも納得だ。
何が女神様に仕える神官だ。どう考えたって女性の敵にしか思えない。
──くそっ、一度嫌な想像が浮かんでくると、そればかりが膨らんでくる!
よく考えろ、俺! ジュスタスは敵か、味方か。
あいつは、最初に出会ったときからセイクレアと一緒にいた。
セイクレアを捕らえようと思えば、いつだってできたはずだ。俺たちを罠にかけるためにこんな回りくどいことを──
「……さま、ご主人さま!」
不意に体を揺さぶられた。シェリィだった。
「あ、ああ、ごめん。考え事をしていて……」
「ご主人さま、足音がいくつもこっちに来てる……!」
ぞわり──背筋に冷たいものが走る!
「しまった……!」
「にぃちゃん、こっち!」
マゥリスが、反対側の部屋の鉄の扉を開けていた。
「こっちは空き部屋なんだ、わざわざこっちになんて来ないはずだよ!」
「……さすが貧民街で悪さをしては逃げ回っていただけのことはあるな」
「へっ、抜け目がないって言ってくれよ!」
「デリカ、シェリィ、とりあえず隣の部屋に避難するぞ」
俺の言葉に、デリカの表情がゆがむ。彼女はセイクレアに深く同情しているようだから、神殿の人間がこちらに来ているという状況で再び一人にすることに、ためらいがあるのかもしれない。
「デリカ、早く! セイクレア、これが気休めになるか分からないけどさ……」
俺は、ベッドの上でうつむいているセイクレアに声をかける。
「ジュスタスっていう、いけ好かない奴がいるよな」
「……彼が、どうかしたのですか?」
「俺は、あいつの手引きでここまで来た。あいつが地図をくれてさ」
そのときだ。うつむいていた彼女が、はっとして食い入るように俺を見たんだ。
「あのひとが、ですか……?」
「ああ、そうだ。あんたは一人じゃない」
孤独な彼女に少しでも安心材料を──そう思って声をかけると、セイクレアの目からひとしずくの涙が零れ落ちたんだ。
「……ほんとうに? ほんとうに、あのひとが?」
「あ……ああ! あいつの手引きで、俺たちはこの神殿内に入れたんだ。あんたを助け出すために」
「ジューン……ああ、ジューン!」
セイクレアが、顔を覆って涙をこぼす。
「俺たちが、後で必ずなんとかする。それまで、変な気を起こさないでくれ。絶対に助けるから、それまでなんとか耐えてくれ……!」
俺の言葉に、セイクレアは顔を覆いながらもうなずいた。それを確かめて、俺は素早く反対側の部屋に飛び込むと、マゥリスが「遅いよ!」と小声で言いながらセイクレアの部屋に鍵をかけて、こちらの部屋に飛び込んできた。音をたてないようにそっとドアを閉めた時、セイクレアの部屋の方からドアをどんどん、と叩く音が聞こえてきた。
心臓が飛び出しそうになった。思わず、自分たちが閉めているドアが音を立てたのかと思ったよ。俺たち全員が、息を呑んでいた。
「開けてください! ここを開けてください!」
力強い声。セイクレアの声だ。
それに対して、廊下を歩く音に交じって、嘲笑うような声が聞こえてくる。
『やれやれ。何か音が聞こえてくると思ったら、聖女様か』
……そうか! セイクレアは俺たちが見つからないように、自分が物音を立てていたふりをしてくれているんだ!
『まるで餌をねだる犬のようだな』
『いやいや、イネプタス王の偉大な子種をねだる、メス猫かもしれませんぞ』
『ほっほっほ……司祭ともあろうものが、言いよる』
石造りの通路で反響するせいか、やや聞き取りづらい。だが聞いたぞ。
イネプタス──それが、セイクレアを追い詰めたクソ野郎の名前か。
ギシリッ──自分の歯がきしんだことに気がついた。
「ご主人さま、落ち着いて……」
シェリィが耳打ちしてくる。だけど、許せるか⁉ 女性を何だと思ってやがる!
思わず腰が浮いた俺を、デリカが包み込むように抱きしめた。
「あなたさま……お気持ちはよくわかります。私とて、いますぐこのドアを引き裂いて飛び出したい思いです」
デリカの胸に埋もれて、息ができなければ顔も見えない。でも、彼女は必死に何かをこらえるような声で続けた。
「でもあなたさまは今、セイクレア様に自重するように促されました。ここにあなたさまをお慕いする者がいることも、お忘れにならないで……」
デリカはそう言って、動きを止めた俺をそっと放す。俺も深呼吸をして、「大丈夫だ。俺は落ち着いている」と返した。
心配そうに顔を覗き込んでくるシェリィに向けて、無理矢理笑顔を作ってその頭をなでる。「差し出がましいことをいたしまして……」と済まなそうな顔のデリカに謝ると、俺は改めて深呼吸をしてドアの向こうからの音に聞き耳を立てた。
大勢の足音。金属音も多い。武装した騎士を何人も連れているんだろう。怒りに任せて突撃しても、一対多は不利だ。なにより、冒険者ギルドに迷惑をかけることになる。ギルド追放で済めばいいが、ギルドにこの上ない迷惑をかけた反逆者として、俺自身が討伐の対象になる恐れがある。
でも、どうして一国の王が、こんなところで、よりにもよってセイクレアを? 国王なら、女なんてよりどりみどりだろうに。
──だからって、何をしてもいいってわけじゃねえだろう! こっちに来んな、王族貴族はそっちでドロドロしてやがれ!
ああそうだ、必ず機会を見つけてぶっ飛ばしてやる!
俺が背負ってきたバックパックには、質素なフード付きのローブが入っている。これに着替えてもらって、なるべく目立たないような格好をしてもらう予定だ。
それにしても、こんなにうまい具合に彼女と接触できるとは思っていなかったから、実にラッキーだった。幸運の女神さまってのがいるならば、間違いなく今、俺たちに向かって微笑みかけてくれているのだろう。この幸運はぜひ活かしたかった。
「ただ、この塔に入るまでの道が、あの細い空中廊下が一本だけというのが不安要素だな。移動中に出口を塞がれたら、どうしようもない」
「ご主人さま、階段で下まで降りて、窓から出るのは?」
「外から見えただろ。ほら、窓と言っても頭も通らなさそうな細い隙間なんだ。多分、下の階も同じだろう。これじゃ、とても無理だ」
「旦那様、廊下から飛び降りるというのはいかがですか?」
「いや、さっき天井の隅っこに張り付いてたデリカならできちゃいそうに思えてきてるけど、俺も、多分セイクレアも無理」
「じゃあさ、じゃあさ、にぃちゃんが全部、その木剣でぶっ飛ばすってのは?」
「俺をなんだと思ってるんだ。さすがに無理すぎる」
その時だった。
「あ……。み、みなさん……」
「あ、にぃちゃん! セイねーちゃんが起きたよ!」
マゥリスの言葉に、皆の視線が一斉にセイクレアに向く。彼女は少し気おされたように目を逸らしたけれど、ためらいがちに俺たちを見た。
「……先ほどは、申し訳ありません。取り乱してしまって……」
「いや、気にしなくていいんだけどさ。そんなことより、体調は?」
いくつか質問してみたけれど、体調がすぐれないといった様子は無いみたいだった。さっき倒れてしまったのは、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったことによるもののようだった。
「とにかく、無事でよかった。異端だって言われてたから、酷い目に遭わされているかもって、不安だったんだ」
「無事……。そう、ですね」
哀しげに微笑むセイクレア。その姿が気になって、つい「どうかしたのか?」と聞いてみたけれど、彼女は力なく微笑んで、首を横に振ったんだ。
「もう、いいのです。これが、女神様が望まれた、私の運命なのでしょうから……」
「……どういう意味だ? やっぱり何かあったんだな?」
あまりにも痛々しさに聞いてしまったけれど、彼女は首を振るばかりだった。
「ですから、もう、いいのです。あなたに尋ねられて、改めて自覚をしました。私にはもう、女神様の望まれた生き方しか残っていないのでしょう」
「おい、何を言ってるんだ? なんでそんな、投げやりな……!」
思わず詰め寄ろうとして、デリカに「旦那様、お待ちください」と止められてしまった。
「旦那様、少し、少し席をお外しくださいませ」
「デリカ? どういう意味だよ」
「同じ女同士、この方と話をしてみたいと思うのです。どうか、今しばらくお待ちください」
そう言って間に入るデリカの、辛そうな顔。
セイクレアの、悲しみに沈んだ虚ろな微笑み。
「……にぃちゃん、行こうぜ」
マゥリスが、ため息をつきながら俺の背中を押してくる。
「だけどさ……!」
「デリねーちゃんが、ああ言ってんだぜ? ちょっとだけだよ」
「いや、待てって。セイクレア! なんでそんな諦め切った顔をしているんだ! デリカを助けてくれた時、広場で聖女サマを助けるためって来た時、あんなに力強い意志を持ってたじゃないか!」
「旦那様!」
デリカが、覆い被さるようにして俺を抱きすくめてきた。その勢いに呑まれて、思わず床に膝をつく。
「どうかお察しください……! このかたが背負われた悲しみを、苦しみを……! どうか、どうかお願いいたします……!」
デリカの声には、涙すら混じっていた。
「デリカ……」
「同じ『女』として、このかたが味わわれた苦しみは、察するに余りあります。どうか、これ以上お聞きにならないでくださいませ……!」
その言葉で、ようやく俺は悟ったんだ。
セイクレアが、この部屋で、何をされたのか。
デリカの言葉──彼女が背負った悲しみとは何かを。
「……クソがっ!」
俺は拳を握りしめる。
あの時の枢機司祭とかいうジジイが言ったことを、俺ははっきりと覚えている。
少し話をするだけだ、と。
取って食ったりなどしない、と。
──大嘘つきのクソどもめ!
そうすると、ジュスタスがなぜ、この図面を俺たちに渡してきたのかが気になる。
この逃げ場のない塔にセイクレアという餌を置いて、俺たちのような間抜けを炙り出して一網打尽にでもするつもりだったのだろうか──そんな考えが頭をよぎる。
だけどこの塔には、「セイクレアがいるかもしれない」という候補のチェックが付けられていない。だから、本来なら俺たちはこの塔に来ることなんてなかったはずなんだ。
つまりジュスタスの調べた限りにおいて、セイクレアがここに閉じ込められているという情報は無く、彼自身も、ここに彼女が閉じ込められるのは想定外だったってことになる。
実際、マゥリスも、この塔は不信心者や神殿に対する犯罪者などを放り込んでおく塔だと認識していた。セイクレアに敬意を払っていたように見えるジュスタスにとっては、ここはありえないと思っていたのかもしれない。
だけど、異端審問官の野郎は、はっきりと彼女を異端だと言っていた。だったら彼女が牢に閉じ込められることは十分に予想できたはずだ。
……待てよ? ジュスタスは、シェリィのことを「自分には無い手立て」と言っていた。俺たちが、彼女の嗅覚を活かしてセイクレアを発見することを期待して──もしくは、俺たちが失敗してこの図面が神殿関係者の手に落ちても、その意図がつかまれないように、セイクレアの居場所をあえて描かなかった?
……いや、それも考えすぎか? やっぱり俺たちを罠にはめるつもりで、俺たちに嘘の情報をよこした……? だったら、彼がついてこなかったのも納得だ。
何が女神様に仕える神官だ。どう考えたって女性の敵にしか思えない。
──くそっ、一度嫌な想像が浮かんでくると、そればかりが膨らんでくる!
よく考えろ、俺! ジュスタスは敵か、味方か。
あいつは、最初に出会ったときからセイクレアと一緒にいた。
セイクレアを捕らえようと思えば、いつだってできたはずだ。俺たちを罠にかけるためにこんな回りくどいことを──
「……さま、ご主人さま!」
不意に体を揺さぶられた。シェリィだった。
「あ、ああ、ごめん。考え事をしていて……」
「ご主人さま、足音がいくつもこっちに来てる……!」
ぞわり──背筋に冷たいものが走る!
「しまった……!」
「にぃちゃん、こっち!」
マゥリスが、反対側の部屋の鉄の扉を開けていた。
「こっちは空き部屋なんだ、わざわざこっちになんて来ないはずだよ!」
「……さすが貧民街で悪さをしては逃げ回っていただけのことはあるな」
「へっ、抜け目がないって言ってくれよ!」
「デリカ、シェリィ、とりあえず隣の部屋に避難するぞ」
俺の言葉に、デリカの表情がゆがむ。彼女はセイクレアに深く同情しているようだから、神殿の人間がこちらに来ているという状況で再び一人にすることに、ためらいがあるのかもしれない。
「デリカ、早く! セイクレア、これが気休めになるか分からないけどさ……」
俺は、ベッドの上でうつむいているセイクレアに声をかける。
「ジュスタスっていう、いけ好かない奴がいるよな」
「……彼が、どうかしたのですか?」
「俺は、あいつの手引きでここまで来た。あいつが地図をくれてさ」
そのときだ。うつむいていた彼女が、はっとして食い入るように俺を見たんだ。
「あのひとが、ですか……?」
「ああ、そうだ。あんたは一人じゃない」
孤独な彼女に少しでも安心材料を──そう思って声をかけると、セイクレアの目からひとしずくの涙が零れ落ちたんだ。
「……ほんとうに? ほんとうに、あのひとが?」
「あ……ああ! あいつの手引きで、俺たちはこの神殿内に入れたんだ。あんたを助け出すために」
「ジューン……ああ、ジューン!」
セイクレアが、顔を覆って涙をこぼす。
「俺たちが、後で必ずなんとかする。それまで、変な気を起こさないでくれ。絶対に助けるから、それまでなんとか耐えてくれ……!」
俺の言葉に、セイクレアは顔を覆いながらもうなずいた。それを確かめて、俺は素早く反対側の部屋に飛び込むと、マゥリスが「遅いよ!」と小声で言いながらセイクレアの部屋に鍵をかけて、こちらの部屋に飛び込んできた。音をたてないようにそっとドアを閉めた時、セイクレアの部屋の方からドアをどんどん、と叩く音が聞こえてきた。
心臓が飛び出しそうになった。思わず、自分たちが閉めているドアが音を立てたのかと思ったよ。俺たち全員が、息を呑んでいた。
「開けてください! ここを開けてください!」
力強い声。セイクレアの声だ。
それに対して、廊下を歩く音に交じって、嘲笑うような声が聞こえてくる。
『やれやれ。何か音が聞こえてくると思ったら、聖女様か』
……そうか! セイクレアは俺たちが見つからないように、自分が物音を立てていたふりをしてくれているんだ!
『まるで餌をねだる犬のようだな』
『いやいや、イネプタス王の偉大な子種をねだる、メス猫かもしれませんぞ』
『ほっほっほ……司祭ともあろうものが、言いよる』
石造りの通路で反響するせいか、やや聞き取りづらい。だが聞いたぞ。
イネプタス──それが、セイクレアを追い詰めたクソ野郎の名前か。
ギシリッ──自分の歯がきしんだことに気がついた。
「ご主人さま、落ち着いて……」
シェリィが耳打ちしてくる。だけど、許せるか⁉ 女性を何だと思ってやがる!
思わず腰が浮いた俺を、デリカが包み込むように抱きしめた。
「あなたさま……お気持ちはよくわかります。私とて、いますぐこのドアを引き裂いて飛び出したい思いです」
デリカの胸に埋もれて、息ができなければ顔も見えない。でも、彼女は必死に何かをこらえるような声で続けた。
「でもあなたさまは今、セイクレア様に自重するように促されました。ここにあなたさまをお慕いする者がいることも、お忘れにならないで……」
デリカはそう言って、動きを止めた俺をそっと放す。俺も深呼吸をして、「大丈夫だ。俺は落ち着いている」と返した。
心配そうに顔を覗き込んでくるシェリィに向けて、無理矢理笑顔を作ってその頭をなでる。「差し出がましいことをいたしまして……」と済まなそうな顔のデリカに謝ると、俺は改めて深呼吸をしてドアの向こうからの音に聞き耳を立てた。
大勢の足音。金属音も多い。武装した騎士を何人も連れているんだろう。怒りに任せて突撃しても、一対多は不利だ。なにより、冒険者ギルドに迷惑をかけることになる。ギルド追放で済めばいいが、ギルドにこの上ない迷惑をかけた反逆者として、俺自身が討伐の対象になる恐れがある。
でも、どうして一国の王が、こんなところで、よりにもよってセイクレアを? 国王なら、女なんてよりどりみどりだろうに。
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