ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第六部 異世界建築士とよろこびのうた

第703話:受け継がれてゆくもの

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 冷たくなった風を受けて木々が葉を落とし、灰色の雲が空を覆い、時折、雪がちらつくようになったころだった。
 リトリィのお腹は順調に大きくなっていた。

「ムラタさんがいいものをこしらえてくれたおかげで、冬でも温かいお湯が使えるのが、本当に助かります!」

 マイセルが、蛇口の栓をきゅっと締める。
 この世界では、水道の蛇口のようなものは酒樽くらいにしかついていない。少なくとも、俺の知る範囲内においては。水を高所に汲み上げて溜めておき、重力の力で配分する「上水道管」の概念がないのだ。

 下水はある(といっても、排水を、街から離れた下流に未処理のまま放流するだけなんだが)し、なんなら石造りの「上水道」もあるにはあるのだが、あくまでも街の中を走る水路であって、家ごとに上水道管を巡らせる、という発想はないらしい。

 俺は「家の敷地内だから」と、見張りやぐらも備えつけた節税対策(見張りやぐらは「準軍事施設」扱いで、税金がかからないのだ!)もばっちりな揚水風車を建てちゃったけど、なかなかそんなことができる人間はいなかったようだ。

 だから、いつでも温かい湯を、室内で、火を使わずに使えるのは、この街広しといえど、おそらく我が家だけだろう。
 おまけに、冬の到来に備えて、太陽熱温水器の集熱パイプの箱を覆うように、ガラスのふたを取り付けた。これによって、冷たい風が吹いても雨が降っても雪がちらついても、直接パイプに当たらなくなり、集熱効果がさらに高まった。かなり高価だったが、今後の働きを考えれば、きっと費用対効果は抜群だ。

 もちろん、「温かい」といっても、この弱い日差しではぬるま湯程度にしかならない。それでも、本来なら指を刺すような冷たい水を井戸から汲み上げて使うことを考えれば、間違いなく取り付けて良かった製品に違いない。

「ムラタさん、はい、お湯です」
「ああ、ありがとう」

 俺はたらいの湯に浸した手ぬぐいをマイセルから受け取ると、シシィの汚れたおしりをぬぐった。

「うん、シシィは今日も健康うんちだな!」
「もう……ムラタさんったら、急に子供の世話を始めるようになって」

 マイセルが困ったような笑顔を見せる。でも、決して嫌がっているわけではない。
 ……当たり前だ。「仕事にかまけてシシィやヒスイの世話をしてこなかった」なんて言われて、それでもなお、子供の世話をしないダメ夫を決め込むなんて、できるわけがない。

「だんなさま! ヒスイちゃんもおしっこみたい!」

 リノが、泣き出し始めたヒスイのおむつを触って、においを確かめてから叫んだ。

「そうか、ありがとう。じゃあ、ヒスイのおむつ、脱がせてくれるかい?」
「うん! ボク、だんなさまのお役に立つもん!」

 キッチンのほうから、「リノちゃん、ありがとうっス」と、フェルミの声が聞こえてくる。マイセルとフェルミは今、キッチンの方で夕食の準備中だからだ。ヒッグスとニューも、その手伝いをしてくれている。本当に我が家のみんなは、連携をとってくれていてありがたい。

「ふふ、それはだんなさまが、みんなをわけへだてなく、ひとりひとり、愛してくださるからですよ」

 リトリィが、空拭き用の手ぬぐいを俺に手渡しながら微笑んだ。

「そんなだんなさまですから、わたしたちはみんなでひとつになれるんです。あなたが愛しくてくださる、その想いに、みんなでこたえたいから──」

 そう言ってそっと頬に口づけをしたリトリィは、楽しそうにしっぽをぶんぶん振りながら、汚れた湯の入ったたらいを持って、外に出て行った。排水溝に、湯を捨てに行くのだろう。

「なあ、おっさん」

 木皿をテーブルに並べていたニューが、ふと思い出したかのように、不思議そうに首をかしげながら聞いてきた。

「うちの暖炉って、なんであんなにあったかいんだ?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「だって、このまえタキイのじいちゃんとこに遊びに行ったとき、風が吹き込んできて、暖炉の前以外だと寒かったから」
「ああ、それは──」

 答えてやろうとすると、リノが「だんなさま、だんなさま! ボク、ボク! ボクが教えてあげるよ!」と、うれしそうに主張してきた。

「あのねあのね! ニュー、こっち来てよ!」

 リノは、ニューの手を引っ張って暖炉の前に連れて行くと、実に嬉しそうに構造の説明を始めた。ああ、ちゃんとわかってくれている。暖炉の炉床ろしょうにあるスリットと、その意味を。

 いま、改修工事中の集合住宅は、あとから改造を施しているため、できることがある程度限られている。
 けれど、ここは俺が建てた家。最初から、外気を直接吸気できるような構造で作ってあるし、当然、換気ダクトを不必要に伸ばす必要もないように、暖炉の配置も考えて作ってあるのだ。

 それを、リノが嬉々としてニューに教えている。もちろん、俺が教えた通りの正確な説明で。

 リノが俺の持つ知識の全てを吸収するのはまだまだ先の話だろうが、しかし子供らしい柔軟さで、彼女はどんどん俺の知識を吸収していっているようだ。
 俺の跡を受け継ぐ意思の強さを感じて、うれしく思うと共に、うかうかしていられない気にもさせられる。日本で学んだことだけにとどまらず、こちらの世界で応用できることを書き留め、残していかないと。

「おっちゃん、おれ、今度バリオンさんに、石切り場に連れてってもらうんだぜ!」

 ヒッグスが、これまたうれしそうに見上げてくる。

「え? そりゃまた、なんで」
「採石の現場を知っておいた方がいいって言われたんだ。いい石組いしぐみは、いい採石からなんだって」

 鼻をこすりながら得意げなヒッグスに、俺は素直に感心してみせる。

「そうか。期待されているんだなあ、ヒッグスは」
「よせやい! でも、おれ、ぜったいにバリオンさんの弟子になって、一流の石組師になってやるんだ! そのためにおれ、もっともっと頑張る!」

 力強く語るヒッグスの頭を、俺は笑いながらつかんでわしわしとなでる。

「ヒッグスははっきりした目標があってすごいな。いずれは、ヒッグスが組んだ土台の上に家を建てることになるかもな」
「へへっ、任せとけって!」



 窓から見えるのは、月を向こうに隠す薄曇りの空。
 ちらちらと雪がちらついている。
 リトリィのふかふかの体が暖かくて、俺もマイセルもフェルミも、リトリィにくるまるようにして、一つの塊になっている。

「こうしてみんなでくっついていると、あたたかいですね」
「それはお姉さまがあったかいから」

 マイセルが、リトリィの背中に顔を埋めるようにしている。

「リトリィの赤ちゃんは、いつごろの予定だったかな?」
「新年が開けてから、ひと月と少し──くらいスね、きっと」

 フェルミが微笑んだ。彼女も獣人で、妊娠期間はおよそ半年ほどだった。その彼女が言うのなら、たぶんそうなんだろう。

「早く顔が見たいな。きっとリトリィに似た、綺麗な瞳の子が生まれるんだろうな」
「ふふ、男の子か女の子か……だんなさまは、どちらがよいですか?」
「どっちだっていいさ。元気が一番だ」

 こうして、互いに助け合って暮らしていけるなら、生まれてくる子の性別とかどっちに似てるとかなんて、本当に些細な問題だ。

「あ……んっ……。だんなさま、もう、そんな赤ちゃんみたいに……。まだ、おっぱいは出ませんよ?」

 リトリィが、微笑みを浮かべながら俺の頭をなで始めたときだった。

 リトリィの全身の毛が、突然逆立つ。
 フェルミも、がばっと身を起こす。

「お、お姉さま……?」

 戸惑うマイセルに、リトリィが叫んだ。

「地揺れがきます!」

 リトリィとフェルミの行動は素早かった。
 すぐさま赤ん坊が眠る藤籠ふじかごを取ってくると、ベッドの真ん中に運び込み、さっと藤籠に覆いかぶさるようにする。
 マイセルもリトリィの言葉を受けて、掛布団をリトリィとフェルミの上にかぶせると、自分もそのリトリィの体に抱き着くようにした。

 はっとして、俺はベッドを飛び出した。

「あなた! どこへ……!」

 悲痛なリトリィの叫びも、聞く間があらばこそ。
 ドアにかじりつくようにして飛びつくと、開けたか開けないかのうちに、腹から絞り出すように叫ぶ。

「みんなっ! 何かの下に隠れろッ!」

 叫んだ瞬間、かたかたと、下のキッチンから様々なものが揺れて音を立て始めたのが聞こえてくる!

 下では、飛び起きたらしいリノの「はやくっ! 隠れてっ!」という声とともに、ばたばたと音がした。どうやらテーブルの下に隠れ始めたようだ。俺も急いでベッドに戻ろうとしたときだった。

 ガタガタガタッ!

 本格的な揺れが襲ってくるのを感じて、俺はすぐさまその場にしゃがみこんだ。ここには窓ガラスもタンスもない。転倒しなければ大丈夫!

 揺れは比較的長く続いた。下からも、ベッドのほうからも、悲鳴が飛ぶ。
 しかし震度三がせいぜい、といったところだった。どうやら、震源は少し離れた位置にあったようだ。

 揺れが収まらぬ中、俺は立ち上がるとベッドのほうに向かった。大きな地震だと、何年も余震が続くという話だし、この前の地震の余震だろうか。震度四程度の地震に、どれだけの余震が追加され続けるのかは分からないが。

「だっ……だんなさまあっ!」

 リトリィが悲鳴を上げながら飛びついてくる。
 たちまち残り二人にも飛びつかれ、俺はベッドに押し倒されてしまった。
 たかが震度三程度に大袈裟な、と思うが、日本人として地震慣れしすぎている俺のほうが、まあ、異端なんだろう。でも、やっぱり大袈裟に思える。

 揺れが収まったあと、念のためにしばらく様子を見てから下に下りると、チビたちが毛布にくるまるようにして、テーブルの下にいた。

「だんなさまぁっ!」

 テーブルの下から這い出してきたリノが、泣きじゃくりながら飛びついてくる。

「怖かったの、ボク、怖かったのっ!」

 続いて、ニューもヒッグスも飛びついてきた。ヒッグスなど、一応怖がっていないそぶりをみせたけれど、やっぱり最終的にはこっちによって来た。
 震度三程度で、と思ってしまう俺は、まあ間違いなく日本人だ。

 俺は苦笑しながら、リノたちが落ち着くまでソファで並んで、頭をなで続けた。
 そのまま三人が、寝入ってしまうまで。


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