ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
4 / 785
第一部 異世界建築士と獣人の少女

第4話:鍛冶師ジルンディール

しおりを挟む
 ざばあっ!

 半地下室のドアを潜り抜けようとすると、水をぶちまけるような音が聞こえてきた。

 リトリィが開けてくれているドアを抜けると、早朝といった様子の、グラデーションが美しい空が目に飛び込んできた。

 どうやら、俺の背後の方が東らしく、目の前には山頂に雪を頂いた、三角に切り立った山々が峰を連ねており、それぞれが朝日を浴びてオレンジに染まっている。ここはかなりの山の中らしい。

 また、水をぶちまける音が聞こえてきた。どうも、この家の壁の向こう──家の角を曲がった向こうから聞こえてくるようだ。

「ん~~~~っ!」

 思いきり伸びをするリトリィ。尻尾がふわっと膨らみ持ち上がっている。

 ──ああ、獣人だ。間違いなく。
 顔を見れば一目瞭然なのに、変なところで納得する。

 なんとなしにその後姿を見ていて──
 服の裾がそのまま持ち上がり、そのふわふわの毛におおわれた──その、むっちりとした尻が! ほぼTバックの尻が!!

 慌てて目をそらす。水の音が聞こえてきた方に目を向ける。

 すると、家の壁の向こうから、べしゃ、べしゃ、という音が聞こえてきたと思ったら、筋骨隆々のおっさん──というか、爺さんが姿を現した。

 全身ずぶぬれ、下半身にはバスタオル状の布をまとっているだけの、歩くセクハラ案件状態で。

「あ、おとう──親方様! ムラタさまが、お目覚めになりました」
「んぁ? ああ、こいつ、ムラタっていうのか」

 爺さんは、髪や髭から水を滴らせながら、こちらにやってきた。
 歳は、顔だけ見たら70とも80とも言えそうな深いしわが刻まれている。

 だが、その両腕は俺の太ももよりも太そうだ。盛り上がった筋肉は、とてもそのしわだらけの顔にふさわしいものではない。

「リトリィ、お疲れさん。この二日、マネさせて悪かったな」
 そう言って、リトリィの尻をひっぱたく。「それとも、立派にか?」
「親方様!」

 叩かれた尻を押さえながら、リトリィが抗議の声を上げる。

「がははは、そうそう、その調子だ。じゃあ注文の剣、あとで磨いとけよ」
 そう言ってリトリィをいなす。

 リトリィはほほを膨らませ、「剣は任せて下さい! でも、お尻のことについては後でお仕置きですからね!」と言ってその親方様とやらの熱い胸板をポンと叩くと、なにやら尻尾を元気よく振りながら、右手奥の小屋に入っていった。
 その様子を見届けたあと、男はこちらに向き直る。

「で、ええと、ムラ?」
「──ムラタです」
「ああそうそう、ムラタ。ほれ、こいつをつけろ」

 そう言って男は、自分の首に着けていた革ひもを外す。翻訳首輪らしい。リトリィが付けていたものとそっくりの。

「Rae.Ruts e kune na kate」

 途端に、男が何を言っているかが分からなくなるが、男は革ひもを押し付けてきた。身振り手振りを交え、首にかけろということらしい。リトリィがしていたように首にかけると、

「俺の言葉が分かるか?」

 ほどなくして、ひげもじゃ爺さんの言葉が分かるようになった。
 ――これは便利だ。これさえあれば、外国語を勉強せずに済む。
 言っている言葉は、実は何語なのかさっぱりわからないのだが、かぶせるように聞こえる日本語のおかげで意味が分かってしまう、この不思議。

「じゃあ、さっそく質問だ。その前に俺はジルンディール。ジルアンでいい。おめぇは、ムラタでいいのか?」

 名前で行くとセイサクだが、まあ、ムラタでいいか。リトリィにもそう名乗ったし、それでいいとうなずく。

「ではよう、ムラタ。おめぇ、どこのモンだ」
「ニホンから来ました」

 定番だが、東の果ての国だと付け加える。

「聞いたことありませんか? 日本」
「ニホン……ニホン、ねえ……?」

 親方は、胡散臭そうに俺をじろじろと見る。

「──知らん、と言ったら、どうする?」
 ……やっぱりか。予想していたとはいえ、がっかりする。

「それから東の果てってお前、馬鹿言うんじゃねえ。この山脈越えたら、あとしばらく東に行ったら海に出ちまうじゃねえか、すぐばれる嘘をつくんじゃねえよ」

 ハンマーのような拳が頭に振り下ろされる。これは痛い!

「……すみません、島国なんです」
「ますますばれる嘘つくんじゃねえよ」

 再び振り下ろされる鉄槌。
 頭も痛いが、このまま殴られ続けたら首の骨が折れそうだ。

「トーランの港から東って、大海獣以外なんにもない海じゃねえか。船なんかあっという間に飲まれちまう東の果てに、航路なんかねぇよ。おめぇ、どこの国のモンだ」

 これは困った。ファンタジーにお約束の「東の果て」のジパング、が通じない。このままでは怪しいどっかのスパイか何かだと勘違いされそうだ。正直に言うしかない。

「正直申しますと、私は自分が、どこから来たのか見当がつかないんです」
「──はぁ?」

 理解してもらえるかどうかはともかく、仕事帰りだったこと、職場のドアを開けたらなぜか真っ暗な空間に落ちてしまったこと、気が付いたらここにいたこと。
 とにかく、ゆっくりと、言葉一つ一つを選びながら話す。

「……私自身、いったいどのようにして、この地にやってきたのか、まるで分らないんです。ゆえに、これ以上の説明ができません。お分かりいただけたでしょうか?」
「まったく分からん」
「──でしょうねえ……」

 地下室の前、二十メートルほど先は、向こう側まで五、六メートルはあろうかという崖になっていた。その崖っぷちで、俺達はしばらく黙ったまま風に吹かれていた。

 なかなか風が強く感じられる。谷川特有のざわざわとした水音が、崖の下から聞こえてくる。
 その向こうにはうっそうとした森が広がっているようだが、こんな幅を飛び越える勇気はない。

 西の森の奥には、先程オレンジに染まっていた山々が見えるが、今はもう銀色に輝いている。森に近づいたせいで山々はあまり見えないが、それでも山頂のあたりの銀色と、青く澄み切った空のコントラストが、今はとても美しい。

 この谷川は南北に伸びていて、北の方は森の中に消え、これまたでかい山並みに続いている。南の方も森に消えているが、明らかに南は下り坂だ。森に阻まれて道の先は見えないが、おそらくふもとには街でもあるんだろう。

 なんとなく崖の下に興味を持ってのぞき込んでみると、恐ろしく透明度の高い水が流れていた。そのままでも飲めそうなくらいに。水面までは四、五メートルといったところだろうか。崖には川までの道もあって、魚獲りや水汲みなんかをしているのかもしれない。

 なんにせよ、俺はこの川のどこかに打ち上げられていたのだろう。谷川なんて、気づかれなかったらもう、ずっとそのままだっただろうに。本当に幸運だった。



「ムラタといったか」

 爺さんが立ち上がって、腰に手を当ててひねりながら口を開いた。

「お前さんが誰なのか、どこの人間なのか分からんが、それでもお前さんに行く当てがないということだけは分かった。人間、困ったときは助け合いだ」

 お? これは今夜の宿の確保ができるということか?
 正直ここを叩きだされると、どこに行けばよいか全くわからないのだ。人情に縋れるならすがっておきたい。

「おーい、フラフィー! アイネ! この宿なしに水汲みでもやらせとけ!」

 ん? いかにもファンタジー少女っぽい名前!
 リトリィといい、ここはひょっとして女の園なのか!?
 そう胸をときめかせた俺の前に、

「うーっす、親父。おいアイネ、水汲み、あの行き倒れ男にやらせろってさ」
「やった! 今日は水汲みしなくていいんスか!?」
「アイネ、お前が水汲みをやる必要はねぇが、あの行き倒れ男に水を汲む場所だけ教えてこい」
「分かったっス兄貴!」

 真っ黒に日焼けした見事なスキンヘッドのフラフィーと思しき男と、顔面傷だらけの凶相の持ち主であるアイネと呼ばれた男が、小屋から顔を出してきたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

処理中です...