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第一部 異世界建築士と獣人の少女
第41話:望郷
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「だって、ムラタさんが新しいことを考えてくださって、そしてわたしたちがそれを形にできたら、すてきだって思いませんか?」
リトリィの言葉に、俺も妙にわくわくしてくる。
俺が設計図を描き、彼女らがそれを具現化する。なるほど、設計事務所を俺が開き、その専属工務店がこの工房と。
――悪くないな、楽しく仕事ができそうだ。アイネだけがネックだが。
「あ、でも私たちは大工さんをできるわけじゃないから、ムラタさんには武具とか農具とかの設計をしてもらうことになるんでしょうか?」
言われて、自分の甘い妄想に苦笑した。
「……俺は家しか設計できないからなあ。世の中、甘くないか」
「でも、井戸水の錆を取るためのあれは……」
「あれは、たまたま思いつくことができただけだよ。歯車の比率だって、ホントは知識があったらもっといいんだけどさ」
「でも、すごいです! 私たちじゃ、あの井戸の水を飲めるようにできるなんて、思ってもいませんでしたから!」
「いや、それだってリトリィが風車の案を出してくれたから、俺も風車の利用を思いつくことができたんだ。君のおかげだよ」
発想というのは、他者に言わせれば大抵は「そんなことなら自分にだって」と思うようなきっかけが多いものだ。だから、何事も発展するきっかけは単純なものが多い。世界を変えた蒸気機関だって、もともとはヤカンのふたが、湯の沸騰に合わせてカタカタと持ち上がる現象を見て思いついたと聞く。
今回だって、そもそも汲み置き水に酸素を供給する方法なんて、俺などないものねだり――電動ポンプによるエアレーションしか思いつかなかった。風車を使って水面を波立たせることで酸素を供給する方法など、すぐには思いつかなかったのだ。
試行錯誤の果てに、いずれは俺一人で風力利用にたどり着いたかもしれない。だが、リトリィの思いつきでその過程をすっ飛ばせた。そう、風力による沈殿槽改良案は、彼女のおかげなのだ。
「じゃあ、あの井戸水を綺麗にする工夫は、二人で何かをこしらえた、初めての共同作業なん、で、す……ね……?」
言いながら、どうもその言葉の意味を、自分で別の意味に捉え直したようだ。それまでの柔らかな微笑みが、両の頬を両手で抑えた無邪気なにやけ顔に変わる。首を振るさまが可愛い。
「リトリィ! もう芋はねぇのか!」
だからアイネの突然の要求は、そんな彼女の甘やかな想像世界をぶち壊すに十分な破壊力があったらしい。
急に不機嫌になった彼女は、自分の皿の上の芋を手に取るとアイネに投げつけた。
「アイネ兄さまは、それでも食べててくださいな」
「おいっ! 食いもんを粗末にするな! いつもはおめぇが言ってることだろ!」
もう少しで顔面に直撃弾を食らうところだったアイネの抗議に、「お兄さまが悪いんです」とそっぽを向いて見せる。
「……おいムラタ! おめぇか! おめぇがやらせたな!」
――そこでなぜ俺に火の粉をかぶせる? 今の一連の流れ、お前自身が見ていただろうに。リトリィの不作法はともかくとして、俺がどこに関わっていた!
「いいやおめぇが悪い! リトリィが食いもんを粗末にするたぁ、ありえねぇ! おめぇが投げさせたに決まってる!」
「お前の中ではそうなんだろうが、もう少し現実を見ろ馬鹿兄貴!」
「おめぇが悪い! リトリィはな、そりゃあ可憐で優しくて思いやりがあって、親父や俺たちの言うことをよく聞くいい子なんだ! 芋を投げつけるなんて、俺かフラフィーしかやらねぇようなことをやるなんて、そんなもんおめぇが勝手にリトリィの隣に座りやがるから――」
「うるせぇよ奪い合う時以外は黙って食え」
「いい加減に妹離れしろ馬鹿弟」
隣の親方から脳天に拳骨を叩き込まれ、前のめりになったところを正面のフラフィーから小突かれる連携攻撃に、アイネはしばらく沈黙する。
こんな騒ぎが、楽しいと感じられる。皆で食卓を囲む、それがこんなに楽しいとは。
――楽しいが、アイネ。妹を溺愛することを悪いとはあえて言わないが、もう少し当たり散らすようなその言動を何とかしてくれ。妹が嫁に行けなくなるぞ。
三つ目の青い月を見上げながら、ふと考える。
俺は、なぜ、この世界にいるのだろうかと。
親方の話ではふもとに街があるそうだが、道が向かう森の木々に阻まれ、街の明かりは見えそうにない。
とはいっても、電気もなさそうな文明レベルにおいて、この時間に街を見下ろしたところで、街の明かりが煌々と輝き百万ドルの夜景に心を奪われる、などといったことなどありえないだろう。
「もうすぐ収穫の季節」ということだから、季節は秋だろうか。あの半裸の男どもも、もうすぐ服を着込むのかもしれない。
下の方から、水がさらさらと流れる音が聞こえてくる。虫の鳴き声も、それほど違和感を覚えない。この涼しい風は、夏の残り香だろうか。
ふと、錯覚を覚える。
――俺は今、山にキャンプに来ている。これは、高原でのキャンプなのだ。
それが現実だったら、どんなにか良かったことだろう。
今となっては、忙しくてプライベートもクソもなかったあの生活が懐かしい。
あの無理難題を押し付けてくる所長も、それに応えるために試行錯誤を繰り返してきたからこそ、スキルを磨くことができたと、腹の中では思っている。いや、三洋や京瀬らと一緒に、所長の悪口で盛り上がることは多かったのだが。
俺よりも年下の「母親」がいるという、大変居づらかった家が懐かしい。
俺がいなくなってチャンスとばかりに、あのクソ親父は子作りに励んででもいるのだろうか。帰ったときに兄弟が3人も4人も増えていたら、ぶっとばしてやる。
そう呟いてひとしきり笑ったあと――長い、ながいため息が出る。
――いったい、ここは、どこなんだ。
そういえば、マニアックなアニメや小説などが生きがいだった島津のやつは、その手のモノをよく熱心に薦めてきたっけ。なんだったか、いろいろあった気がする。でも、その手のモノは大抵、交通事故だとか殺されるとかして死んで、それに責任を感じた神様がいろいろくれるとかいうのが多かったような。
俺は箱庭ゲームとかリアルタイムストラテジーとかに一時ハマっていたから、神様なんて、何十億もいる人間のことなんかこれっぽっちも気にしてねえよ、としか思えなかったのだが。
土地をならして道を作り、インフラを整えて街を発展させ、することが無くなったら天災を起こして更地に戻す。そこに生きている人間なんて記号でしかなくて。
ユニットとして兵器を生産し、敵地に侵攻して敵戦力を撃破。損耗率を押さえつつ敵地を占領し、さらにユニットを生産して次の土地に侵攻する。生産した戦車、航空機、軍艦。それらを運用するには何千人という人間が必要なはずで、いかに損耗を押さえたとしても、失われた「ユニット」の中には確実に大勢の人間の死体があったはずで。
数値上の上下こそ気にするものの、そこに生きていたであろう人間のことなど、これっぽっちも顧みなかったではないか。
何十億人も人間がいれば、一日に死ぬ人間も十数万人単位。
その十数万人から、自分のミスで死なせた人間の魂たった一つをわざわざ呼び寄せて、わざわざ超越した能力を与えて、わざわざ別の世界に転生させて、しかも加護を与え続けるなど、そんなこと、するわけがない。
俺が、あのとき、事務所から、漆黒の空間に落っこちたとき。
俺は誰にも会わなかったし、何の特殊能力ももらわなかった。
現実なんて、しょせんこんなもんだ。
おまけに落っこちた先の森でどうも発狂し、川に飛び込んで命を落としかけたようだ、というありさまだ。
神も仏もないというか、悪魔すらも、俺のことなど歯牙にもかけていなかった。
帰れるか帰れないか。
――分からない、としか言えない。こちらに落ちてくるような空間のひずみのようなものは、そうそう起こる現象ではないだろう。
そういえば昔、冴えない眼鏡少年と青いずんぐりロボットのコンビが主役のマンガで、原始人が時空の乱れに吸い込まれて現代に落っこちてきた――そんな冒頭の映画があったか。
あれは、ロボットが所有していた時空航行能力を持つ機械でなんとかしていたが、もちろん俺にそんなサポートロボットなどいない。
帰る手段があるとするならば。
この世界には翻訳機があるが、それは魔法的な力で、話者の意思疎通を行えるようにするらしい。
つまり、魔法が存在するのだ。
ゲームだとよく魔法が登場し、戦いに使う魔法ばかりがクローズアップされるが、実際にはもっと別の、いろいろな魔法があるはずだ。それこそ、浮遊するとか、水中呼吸とか、明かりを灯すとか。
異世界から召喚された地球人の話、というのも、設定としてはありがちだ。もしかしたら時空を超えて元の世界に戻ることができる魔法も、あるかもしれない。
そんな魔法の使い手は、いったいどこにいるのか。
今は分からない。
でも、いるはずだ。
いや、いてもらわなければ困る。いなければ帰れない。
夕飯のときの、あのリトリィの言葉――『楽しかったですか』。
彼女に悪意はない――はずだ。
彼女は、そんな悪意とは無縁としか思えない女性だ。俺を傷つけたいというような意図など、欠片もなかったはずだ。
だが、その言葉――俺が生まれた世界を、過去にする言葉――『楽しかったですか』。
それが、俺の心をどうしようもなくかき乱す。
――たぶん、帰れない。
そんな恐怖が、じわじわと沸き起こってくる。
多分帰れないのだ、俺は。
無理難題を吹っ掛ける所長がいるあの職場にも。
俺より若い後妻をもらったクソ親父がいるあの家にも。
それどころか、俺が暮らしていた地球そのものに。
髪をぐしゃぐしゃと搔き乱し、そんな恐怖を振り払おうとする。
呼吸が浅く、深く乱れ、叫び出しそうになるのを歯を食いしばってこらえる。
帰れないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか。
仕事も、何かを成している自分、そんな実感がやっともてるようになったころなのに。
帰らなきゃならない、帰れなきゃいけないんだ。
俺は――!
リトリィの言葉に、俺も妙にわくわくしてくる。
俺が設計図を描き、彼女らがそれを具現化する。なるほど、設計事務所を俺が開き、その専属工務店がこの工房と。
――悪くないな、楽しく仕事ができそうだ。アイネだけがネックだが。
「あ、でも私たちは大工さんをできるわけじゃないから、ムラタさんには武具とか農具とかの設計をしてもらうことになるんでしょうか?」
言われて、自分の甘い妄想に苦笑した。
「……俺は家しか設計できないからなあ。世の中、甘くないか」
「でも、井戸水の錆を取るためのあれは……」
「あれは、たまたま思いつくことができただけだよ。歯車の比率だって、ホントは知識があったらもっといいんだけどさ」
「でも、すごいです! 私たちじゃ、あの井戸の水を飲めるようにできるなんて、思ってもいませんでしたから!」
「いや、それだってリトリィが風車の案を出してくれたから、俺も風車の利用を思いつくことができたんだ。君のおかげだよ」
発想というのは、他者に言わせれば大抵は「そんなことなら自分にだって」と思うようなきっかけが多いものだ。だから、何事も発展するきっかけは単純なものが多い。世界を変えた蒸気機関だって、もともとはヤカンのふたが、湯の沸騰に合わせてカタカタと持ち上がる現象を見て思いついたと聞く。
今回だって、そもそも汲み置き水に酸素を供給する方法なんて、俺などないものねだり――電動ポンプによるエアレーションしか思いつかなかった。風車を使って水面を波立たせることで酸素を供給する方法など、すぐには思いつかなかったのだ。
試行錯誤の果てに、いずれは俺一人で風力利用にたどり着いたかもしれない。だが、リトリィの思いつきでその過程をすっ飛ばせた。そう、風力による沈殿槽改良案は、彼女のおかげなのだ。
「じゃあ、あの井戸水を綺麗にする工夫は、二人で何かをこしらえた、初めての共同作業なん、で、す……ね……?」
言いながら、どうもその言葉の意味を、自分で別の意味に捉え直したようだ。それまでの柔らかな微笑みが、両の頬を両手で抑えた無邪気なにやけ顔に変わる。首を振るさまが可愛い。
「リトリィ! もう芋はねぇのか!」
だからアイネの突然の要求は、そんな彼女の甘やかな想像世界をぶち壊すに十分な破壊力があったらしい。
急に不機嫌になった彼女は、自分の皿の上の芋を手に取るとアイネに投げつけた。
「アイネ兄さまは、それでも食べててくださいな」
「おいっ! 食いもんを粗末にするな! いつもはおめぇが言ってることだろ!」
もう少しで顔面に直撃弾を食らうところだったアイネの抗議に、「お兄さまが悪いんです」とそっぽを向いて見せる。
「……おいムラタ! おめぇか! おめぇがやらせたな!」
――そこでなぜ俺に火の粉をかぶせる? 今の一連の流れ、お前自身が見ていただろうに。リトリィの不作法はともかくとして、俺がどこに関わっていた!
「いいやおめぇが悪い! リトリィが食いもんを粗末にするたぁ、ありえねぇ! おめぇが投げさせたに決まってる!」
「お前の中ではそうなんだろうが、もう少し現実を見ろ馬鹿兄貴!」
「おめぇが悪い! リトリィはな、そりゃあ可憐で優しくて思いやりがあって、親父や俺たちの言うことをよく聞くいい子なんだ! 芋を投げつけるなんて、俺かフラフィーしかやらねぇようなことをやるなんて、そんなもんおめぇが勝手にリトリィの隣に座りやがるから――」
「うるせぇよ奪い合う時以外は黙って食え」
「いい加減に妹離れしろ馬鹿弟」
隣の親方から脳天に拳骨を叩き込まれ、前のめりになったところを正面のフラフィーから小突かれる連携攻撃に、アイネはしばらく沈黙する。
こんな騒ぎが、楽しいと感じられる。皆で食卓を囲む、それがこんなに楽しいとは。
――楽しいが、アイネ。妹を溺愛することを悪いとはあえて言わないが、もう少し当たり散らすようなその言動を何とかしてくれ。妹が嫁に行けなくなるぞ。
三つ目の青い月を見上げながら、ふと考える。
俺は、なぜ、この世界にいるのだろうかと。
親方の話ではふもとに街があるそうだが、道が向かう森の木々に阻まれ、街の明かりは見えそうにない。
とはいっても、電気もなさそうな文明レベルにおいて、この時間に街を見下ろしたところで、街の明かりが煌々と輝き百万ドルの夜景に心を奪われる、などといったことなどありえないだろう。
「もうすぐ収穫の季節」ということだから、季節は秋だろうか。あの半裸の男どもも、もうすぐ服を着込むのかもしれない。
下の方から、水がさらさらと流れる音が聞こえてくる。虫の鳴き声も、それほど違和感を覚えない。この涼しい風は、夏の残り香だろうか。
ふと、錯覚を覚える。
――俺は今、山にキャンプに来ている。これは、高原でのキャンプなのだ。
それが現実だったら、どんなにか良かったことだろう。
今となっては、忙しくてプライベートもクソもなかったあの生活が懐かしい。
あの無理難題を押し付けてくる所長も、それに応えるために試行錯誤を繰り返してきたからこそ、スキルを磨くことができたと、腹の中では思っている。いや、三洋や京瀬らと一緒に、所長の悪口で盛り上がることは多かったのだが。
俺よりも年下の「母親」がいるという、大変居づらかった家が懐かしい。
俺がいなくなってチャンスとばかりに、あのクソ親父は子作りに励んででもいるのだろうか。帰ったときに兄弟が3人も4人も増えていたら、ぶっとばしてやる。
そう呟いてひとしきり笑ったあと――長い、ながいため息が出る。
――いったい、ここは、どこなんだ。
そういえば、マニアックなアニメや小説などが生きがいだった島津のやつは、その手のモノをよく熱心に薦めてきたっけ。なんだったか、いろいろあった気がする。でも、その手のモノは大抵、交通事故だとか殺されるとかして死んで、それに責任を感じた神様がいろいろくれるとかいうのが多かったような。
俺は箱庭ゲームとかリアルタイムストラテジーとかに一時ハマっていたから、神様なんて、何十億もいる人間のことなんかこれっぽっちも気にしてねえよ、としか思えなかったのだが。
土地をならして道を作り、インフラを整えて街を発展させ、することが無くなったら天災を起こして更地に戻す。そこに生きている人間なんて記号でしかなくて。
ユニットとして兵器を生産し、敵地に侵攻して敵戦力を撃破。損耗率を押さえつつ敵地を占領し、さらにユニットを生産して次の土地に侵攻する。生産した戦車、航空機、軍艦。それらを運用するには何千人という人間が必要なはずで、いかに損耗を押さえたとしても、失われた「ユニット」の中には確実に大勢の人間の死体があったはずで。
数値上の上下こそ気にするものの、そこに生きていたであろう人間のことなど、これっぽっちも顧みなかったではないか。
何十億人も人間がいれば、一日に死ぬ人間も十数万人単位。
その十数万人から、自分のミスで死なせた人間の魂たった一つをわざわざ呼び寄せて、わざわざ超越した能力を与えて、わざわざ別の世界に転生させて、しかも加護を与え続けるなど、そんなこと、するわけがない。
俺が、あのとき、事務所から、漆黒の空間に落っこちたとき。
俺は誰にも会わなかったし、何の特殊能力ももらわなかった。
現実なんて、しょせんこんなもんだ。
おまけに落っこちた先の森でどうも発狂し、川に飛び込んで命を落としかけたようだ、というありさまだ。
神も仏もないというか、悪魔すらも、俺のことなど歯牙にもかけていなかった。
帰れるか帰れないか。
――分からない、としか言えない。こちらに落ちてくるような空間のひずみのようなものは、そうそう起こる現象ではないだろう。
そういえば昔、冴えない眼鏡少年と青いずんぐりロボットのコンビが主役のマンガで、原始人が時空の乱れに吸い込まれて現代に落っこちてきた――そんな冒頭の映画があったか。
あれは、ロボットが所有していた時空航行能力を持つ機械でなんとかしていたが、もちろん俺にそんなサポートロボットなどいない。
帰る手段があるとするならば。
この世界には翻訳機があるが、それは魔法的な力で、話者の意思疎通を行えるようにするらしい。
つまり、魔法が存在するのだ。
ゲームだとよく魔法が登場し、戦いに使う魔法ばかりがクローズアップされるが、実際にはもっと別の、いろいろな魔法があるはずだ。それこそ、浮遊するとか、水中呼吸とか、明かりを灯すとか。
異世界から召喚された地球人の話、というのも、設定としてはありがちだ。もしかしたら時空を超えて元の世界に戻ることができる魔法も、あるかもしれない。
そんな魔法の使い手は、いったいどこにいるのか。
今は分からない。
でも、いるはずだ。
いや、いてもらわなければ困る。いなければ帰れない。
夕飯のときの、あのリトリィの言葉――『楽しかったですか』。
彼女に悪意はない――はずだ。
彼女は、そんな悪意とは無縁としか思えない女性だ。俺を傷つけたいというような意図など、欠片もなかったはずだ。
だが、その言葉――俺が生まれた世界を、過去にする言葉――『楽しかったですか』。
それが、俺の心をどうしようもなくかき乱す。
――たぶん、帰れない。
そんな恐怖が、じわじわと沸き起こってくる。
多分帰れないのだ、俺は。
無理難題を吹っ掛ける所長がいるあの職場にも。
俺より若い後妻をもらったクソ親父がいるあの家にも。
それどころか、俺が暮らしていた地球そのものに。
髪をぐしゃぐしゃと搔き乱し、そんな恐怖を振り払おうとする。
呼吸が浅く、深く乱れ、叫び出しそうになるのを歯を食いしばってこらえる。
帰れないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか。
仕事も、何かを成している自分、そんな実感がやっともてるようになったころなのに。
帰らなきゃならない、帰れなきゃいけないんだ。
俺は――!
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