ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第二部 異世界建築士と大工の娘

第103話:基礎工事

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 宿に帰ったあと、俺はベッドの端に腰かけてくつろぎながら、リトリィに路銀はまだあるのかを尋ねた。

「まだ十分にあります。親方様が、多めに持たせてくださいましたから」
「そっか……予定では、長くても二、三泊、だったんだがなあ」
「まさか、小屋を建て替えるお仕事をすることになるなんて、思いもしませんでしたね」

 本当にその通りだ。もともとは日本に帰るための手がかりを手に入れるために来たのに。
 ――それが、リトリィとこうして、この世界で生きていく覚悟を決める旅になるなど。

 俺の膝の上に向き合って座っている彼女と唇を重ね、柔らかな毛並みで覆われている尻尾を撫でながら思う。

 尻尾を撫でるたびに、彼女の背筋が震える。
 吐息とともに彼女は唇を離し、そしてまた、俺の唇をついばむように重ねてくる。

 屋根の修理の前夜、尻尾を触っていて咎められた理由は、これだった。
 そのときは今のような反応ではなかったはずだが、気持ちが高ぶっている時には良質なよろこびが得られるらしい。

 尻尾の付け根の裏は、特に敏感だった。尻尾が跳ね、身をよじり、しかし一層体を絡めてくる彼女が、愛おしくてたまらない。ベッドに二人して体を投げ出し、睦み合う喜びに、二人で身を震わせる。

 彼女の反応を可愛らしいと感じ、愛でる喜びに目覚めるくらいには、俺も慣れてきたようだ。本当に、もっともっと早く、べきだった。



 すっかり瓦礫を片付けられた更地を見て、頭を抱えた。
 完全に忘れていた。この世界には、コンクリートで構造物を造るという概念がないことを。
 故に、当然、コンクリートで基礎を打つという概念もないわけで、現代日本での家造りしか経験のない俺は、頭を抱えるしかなかったわけだ。

 したり顔で伝統的な日本家屋を批判していた昨日の自分が本当に恥ずかしい。
 あれはあれで、高温多湿の日本の風土で、結露などによって木が傷まないようにするための工夫でもあったよな。
 たしか木造枠組壁構法――いわゆるツーバイフォー工法の「日本での」問題点の一つは、結露による木材の傷みだったからな。

「あ? そりゃあんた、石を敷くんだよ」

 ジンメルマンさん、といったか。マール・エル・エット・ジンメルマンさん。今回、小屋を建て替えるにあたって選定された大工集団の、棟梁。どのような基礎を作るのか、確認のために聞いてみたら、このそっけない答えだった。

 この世界では、鉄筋コンクリートで構造物を作る、という概念がない。では一体、家の基礎はどのように作るのか。それを知っておくべきだ。

「すみません、私自身も勉強したいので、ジンメルマンさんのやり方を教えていただけますでしょうか」
「……前も言っただろ、マレットでいい。」

 マレットさんが教えてくれたのは、コンクリートではなく、外壁の下になる部分に溝を掘り、砕石や川砂利を敷き詰め、水はけを良くするとともに沈下を防ぐ基礎作りだった。
 ああ、これは分かる。土地改良だな。日本でやっていたのと比べると浅くはあるが、地震がほとんどないというのであれば、まあ、こんなものなのかもしれない。

 今回は再建ということもあって、前に建っていた小屋の基礎を流用することができたのは本当にラッキーだった。以前は長方形だった小屋を、正方形に縮小する……つまり、既存の三方は水平器で傾きがないかだけを確かめ、必要ならその部分だけならせばいい。

 あとは新しく掘った溝に詰め込んだ石に対して転圧――上から叩いて地面を圧縮し、隙間をなくす作業――を丹念に行えば、それでいいのだ。一から全部を作らなくてもいいのは、本当にラッキーだ。

 ……ラッキーだ、と、思っていた。

 ショベルカーなんて便利なものは無いから、石を敷き詰めるための溝は人力で掘らなければならない。本当に大変だった。

 二日かけて新しく溝を掘り、砕石や川原石で埋めたら、次は丁寧に締固しめかためを進める。石を敷いたあと、上から丹念に叩いていくわけだ。
 世界や時代的な背景が違っても、丈夫な家づくりにはまず地面から、ということを、人類は経験的に理解してきたのだということを実感する。

 まあ、十メートル以上ありそうな石造りの城壁を作る文化があるのだ、当然と言えば当然だろう。

 ――昔、コーヒーのCMで、地球の調査に来た宇宙人という設定の外国人俳優が、万里の長城の建設でやっていたっけ。
 あのCMのシリーズ、好きだったなあ……と思いながら、地道に地面を叩き続ける。

 しかし、だ……。

「あんた、驚くほど体力がねえんだな。本当に大工なのか?」
「大工……じゃなくて……建築士……」

 蛸木たこぎに寄りかかり、ぜぇぜぇと荒い息を吐いている俺を、呆れたように見やるマレットさん。

 当然と言えば当然だが、この世界にはロードローラーも転圧機もないから、蛸木という、地面を叩いてためのハンマーのようなもので、ひたすら石を敷き詰めたところを叩き続けるしかない。

 構造としては、先が平らな重りをつけた丸太。それを持ちあげて、地面に落とす。
 ただそれだけなのだが、それを、延々と続けるのだ。そうやって衝撃を与えることで、敷き詰めた石の隙間をなくし、強固な基礎を作るのである。

 ところが、この作業、果てしなく地味なうえに、単純作業ではあるが重量物を持ち上げては落とすことを延々と繰り返すので、腰が痛くなるのだ。ただでさえ溝掘り、石運び、石の敷詰めと、腰に来る作業を連日続けていたというのに、さらにコレである。

「――本当に動けないのか? なんでもいいが、そうやって突っ立っているだけだと、ほかの奴らに示しがつかん。隅にでも行って休んでいてくれ」

 ああ、このおっさんも、親方やアイネたちと同じなのか。頭脳労働者に対して厳しい奴らだ、まったく。……くそっ、負けるか!

「……根性だけで家は建たねえよ。やる気がねえことはねえってのは分かったが、邪魔だ。ここはいいから、隅で休んでな」
「お気遣いありがとう、だけど俺も少しばかり、意地ってものがあってさ」

 再び作業を始めた俺の肩を、マレットさんがため息をつきながら叩く。

「意地を張るやつは嫌いじゃねえが、それで明日から足腰立たなくなっても、こっちは知らんからな」

 マレットさんは再び持ち場に戻ると、自分の組の男たちに指示を出して回り、自身も再び蛸木を手に取って作業を始める。
 やはり現場に立ってこそ職人、ということか。

 腰を伸ばして、あらためて周りを見回す。
 狭く感じた土地だが、こうやってひたすら蛸木を突いて回っていると、やたら広く感じる。
 何か作り上げる喜びでも味わうことができれば、まだモチベーションの維持にもつながっただろう。しかし、今やっていることは、ひたすら丸太を持ち上げ落とすだけだ。

 ……こういう単純作業こそ機械化の恩恵が大きいのだと、あらためて思い知らされる。手押しタイプの転圧機でもあれば、一時間ほどで終わっただろうに。現代文明って、本当に偉大だ。

 だが、ないものねだりをしていても仕方がない。大きく背中を反らして背を伸ばすと、再び蛸木を手に取り、持ち上げ、そして落とす。

 そんな俺達に、リトリィが、コップに茶を淹れて配ってくれる。寒空での作業に、温かい茶と甘い茶菓子は嬉しい。

 始めは、やはり原初のプリム・犬属人ドーグリングであるリトリィに対して、胡散臭げな目を向ける大工もいた。

 しかし、こまめに、そして笑顔で温かな茶と茶菓子を振る舞う姿に、この数日で全員がリトリィ教に帰依したようだ。リトリィが、「みなさん、おつかれさまです」と笑顔でやって来るだけで、歓声が上がるようになったからだ。

 いつも微笑みながら、一人ひとりの冷えた手を包むようにコップを渡して回るリトリィは、キッチンの天使ならぬ、現場に降臨した天使だった。
 そんな彼女を拒絶し続けることができる胆力のあるやつなど、いなかったのである。

 「野郎は胃袋を掴め作戦」、見事に成功であった。
 あまりにもチョロすぎる戦果から、オトコという生き物の悲しいサガに虚しささえ感じてしまった、作戦立案者の俺だった。


 
 宿に帰ってベッドに倒れ伏す。マレットさんの忠告に従って休んでおけばよかったな――そう笑ったら、リトリィが「腰をお揉みしましょうか?」と申し出てくれた。
 リトリィは本当に天使だ。ありがたくベッドに寝転がって、リトリィの施術の世話になることにする。

「あ゛~~~~~~」
 思わず声が出てしまうが、リトリィは慣れたものらしい。笑って受け流して、マッサージを続けてくれる。

「よく、親方様やお兄さまがたの肩や腰を揉んでましたから。ムラタさんも、よくなってもらえたらうれしいです」

 その言葉通り、確かに上手だ。時に優しく、時に強めに、メリハリのついた動きで、腰、背中、腕、腿……様々なところを揉みほぐしてくれる。実に気持ちいい。
 これはマッサージのサービスを提供する店を開いたら、繁盛するんじゃなかろうか。もちろん健全な店で。

「ふふ……だって、早く元気になっていただいて、今夜も可愛がっていただきたいですから」

 ……早く快復して深夜残業せよとの仰せ。
 ありがたい。ありがたすぎて――戦慄する。

『インフルエンザだと? みんなに迷惑かけないように夜、誰もいなくなってから残業しに来い』

 木村設計事務所所長の心温まるお言葉が思い出される。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、リトリィは嬉しそうに――本当に嬉しそうに――微笑んだ。

「あ……でも、はお元気のようですね? ……いまからでも、いいんですよ?」

 ……やめてください死んでしまいます。
 俺がへばってるのは、仕事疲れもあるけど、間違いなくこの、毎晩の、リトリィとの残業の影響も無きにしも非ずではないかと愚考するわけで――

「大丈夫です。わたしが上で動いて差し上げますから」

 いや、そういう問題じゃなくてだな?
 あ、こら、……待っ……、あ~、……。
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