ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第二部 異世界建築士と大工の娘

第134話:マイセルの想い(2/2)

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 果たして、牛は丁字路ていじろになっている製材屋の前で走るのをやめ、かろうじて助かった。製材屋まで、残りがそれほどない道のりでの暴走で、本当によかった。

 もちろん、馬で現場に駆け付けた警吏けいりの厳重注意というか、ねちねちとした叱責は受けたが、まあ、しかたがない。

 いや、本当にそれだけで済んでよかった。この世界で交通事故を起こしたくはない。日本なら助かったかもしれない怪我でも、こちらでは死につながる恐れがあるのだから。

 だから、大丈夫を連呼してたけど、いま、一番ほっとしてるのは、多分俺自身だ。
 俺が背中を打って痛かった、ということと通行人を驚かせたということ以外、何の被害もなかったのだから。
 収入も社会的地位もない今の段階で問題を起こしたりしたら、即、生命的か社会的な抹殺が待っている。

 ていうかですね、マイセルは慌てていて気づいてないみたいだけど、左手が掴んだ、ふにゅっと柔らかい感触は――

 ……ほんと、そっちが俺の仕事的にヤバかったかもしれない。もしマイセルが気づいて騒いでたら、当然マレットさんの物理的てっけん制裁&社会的制裁ボイコットが待っていたはずだ。そうなったら俺は、明日から大工さんを探し直さなきゃならなかったはずである。

 ……それとですね……、うん、まあ、リトリィの豊満さを改めて感じ入った次第です。リトリィはふにゅ、じゃなくて、掴みきれないむにゅ、だった。
 まだ成長の余地があるって考えればいいとおもうよマイセル、……多分。



 製材屋から、明日の壁作りに使う一×六イチロクすん材を受け取る。長さは二十しゃく(約六メートル)と十三じゃく(約四メートル)を同数。組み合わせて外壁の長さ三十三じゃく(約十メートル)が確保できるようになっていた。ありがたい。
 とりあえず、載せられるだけ載せることにして、また来ることにする。

「それにしても兄ちゃん。変な半端材を大量に注文するわ、おとなしい毛長牛けながうしを暴走させてくるわ、連れてくる女の子はとっかえひっかえだわ――あんた、顔が平たいうえに見た目ひょろっとして大したことなさそうなのに、なかなか面白い奴だな」

 まて。二つツッコませろ。
 顔が平たくてひょろってなんだ。俺は一反木綿か?
 でもって女の子をとっかえひっかえだと? 特にこっちは風評被害につながるぞ、断固抗議だ。

「何言ってやがる。ペリシャ婦人にリトリィさん、でもってマレットさんとこの娘さんときたもんだ。そのうち刺されるぞ」

 笑いながら耳打ちされたことに対して迅速に抗議しようとして、はたと気づく。

 ……なるほど。
 俺、人生でいま、一番女性と関わっているのかもしれない。いわゆるモテ期到来という奴か。

 ――いや何を錯乱している俺。うち三分の二以上は既婚者で、しかも五十越え(というか七十越え)の熟練のお姐さま方だろうが。ていうかお姐さま方の関心は全員リトリィにあるんであって、俺はそのオマケだろ。
 我ながらツッコミどころ満載だ。



 壁作りのための資材の運搬は、予備材も含めて三往復が必要だった。マイセルは、先の牛の暴走ですっかり怖気づいてしまって、運転手としては使えなくなるだろう――と思っていたが、そんなことはなかった。
 むしろ、「ムラタさんが頼りになる人って分かりましたから!」と、妙に意気込んで牛車を操ってくれた。

 こういう、変なところで男勝りなところを見せるから、マレットさんも嫁の貰い手を心配したのかもしれない。適当に弱々しいところを見せておけば、庇護欲にかられた男が寄ってくるだろうに。

 だが、残りの二往復、落ちにくくするためなのだろうが、妙に体を寄せてきたのは困った。
 その道のりは、本当に他愛もない話ばかりで、大工仕事や将来のことの話などカケラも出てこなかったが、そんな話を、マイセルはとても嬉しそうに話していた。

「ムラタさん、その……今度、い、一緒に、いちに行きませんか?」

 三往復目の帰り道。それまでも何回か、何か言いたげにしては「や、やっぱりなんでもありません!」と撤回し続けてきた彼女が、もうしばらく行った角を曲がれば現場が見えてくる、というあたりで、妙にためらいながらも聞いてきた。

 ――市場に?
 十六歳の少女が、建築士のおっさんと一緒に……?
 あれか、大工道具でも見に行きたいのだろうか。しかし俺では、よい道具に関するアドバイスなどできないのだが。……荷物持ちくらいにはなれるだろうが。

 ハマーはきっと、マイセルが大工を志して大工道具を購入する、というのはいい顔をしないだろう。なにかしら嫌味の一つも言いそうだ。
 マレット夫人――マイセルの母親、ネイジェルさんだと、道具の選定どころか荷物持ちにも頼りないかもしれない。
 マレットさんに至っては、仕事の日以外は酒場で飲んだくれている、というのはハマーの話にあったはず。買い物に付き合ってくれるかどうかというと、怪しいところだ。

 ……だから、俺に頼んできたということなのだろうか。
 リトリィもそうだが、女性という、社会的なを背負いながらもそれをはねのけ努力したいと願うマイセルだ。俺も応援してやりたい。彼女の買い物がその第一歩なのだとしたら、付き合うのもいいかもしれない。

 だが、市に繰り出すことができるような休みの日こそ、ネイジェルさんと一緒に、おしゃれのワザでも磨けばいいのに。
 第一、大工道具を見に行くくらいなら、マレットさんの使いこまれた品をまず使いこなせるようになる方が先ではないだろうか。

 そう思って、俺ではなくネイジェルさんと出かけてはどうかと提案してみたら、マイセルは見るも無残にしおれてしまった。断られることを想定していなかったようである。

「い、いや、市場で買い物をするなら、やっぱり女性同士のほうがいいんじゃないかな? 人生の先輩として、いろんなことを聞いてみればいいじゃないか。ほら、その……お母さんが、お父さんと、どうやって交際していたのかとか!
 ……いろいろ参考になると思うぞ? おしゃれとか、好きな人にはどうやって、どんな話をしたらいいかとか!」

 しかし、俺の言葉を聞いて、マイセルは俺から目をそらすとうつむき、肩を震わせ始めた。
 わずかばかりの沈黙に、ひどく居心地の悪さを感じる。

「……どうして、ムラタさんが、そんなことを言うんですか?」

 うつむき、鼻をすすらせながらのマイセルの言葉。

「わ、私とのお話……。そんなに、つまらなかったですか……?」

 ――どういう意味だ?
 彼女はなぜ、そんなことを聞く?

「ムラ、タ、さんは、大人だから……。わ、私のおしゃれも……話も……ぜんぜん、興味、なかったって、ことですか……?」
 
 ? 

 ……ああ! しまった! そうか、そういうことか!
 マイセルは、俺が、彼女のおしゃれも話題もつまらないから母親に聞いて勉強し直せ、と言ったのだと、そう思い込んだのか!
 まずい! 大変まずい! 口は禍の元!! 後悔先に立たず!!

「い、いや、今のマイセルに興味がないとか、つまらないとか、そういうことを言いたかったんじゃないんだ。せっかくの休日を使うなら、大工のことは忘れて、お母さんに、マイセルの魅力をさらに高める方法を聞いてみるチャンスじゃないかって、そう言いたかったんだよ!」
「大工……?」
「そうそう!」
「……私、大工の話、してませんでしたよ……?」

 うッ!! 話半分で聞き流していたことが裏目に――!?
 いや、しかし、建築士のおっさんと市に行くなら、普通そういう道具を見繕うとか、そんな感じなんじゃ……!?

「……私、ムラタさんと、その……さっきお話していた、美味しいパイのお店に行ったり、その……少しは、女の子らしい休日を過ごしてみたくって……それで――」

 ま、まて、まてまてまて。それじゃますます俺じゃダメじゃないか。
 話の持って行き所が違う。強いて言うならネイジェルさん。でも、できればマイセルが好きな男をとっ捕まえてきて、そいつと過ごすべきだ。断じて相手は俺じゃない!

 ――そう言いたいが、頭の中身はフル回転しているのに、言葉になって出てこない! 言葉がのどにつかえて出てこない、症状――!

「――それなのに、どうして、相手が、お母さん、なんですか?」

 ……分かってるじゃないか! そしてもちろん俺でもない!
 それとも練習のつもりか? 俺で練習して、下見をして、それで本命につなぐ――そういうことか? そういうことだな!? それなら納得がいくし、練習台になってやるのも悪くない――

「私は、ムラタさんと――ムラタさんだから、一緒に……」
「す、ストップ! マイセル! とまれ――止めろ!」

 俺は慌ててブレーキのレバーを倒す。車輪にブレーキシューが押し付けられた耳障りな音と共に、がくんと衝撃が走り、前につんのめりそうになる。

「きゃっ……!」

 座席から転げ落ちそうになったマイセルを突き飛ばすように支え……そして俺は、席から前方に転げ落ち、その前方にいた毛長牛けながうしの尻に鼻をしたたかに打ってそのまま地面へ。

 牛も驚いたように足踏みをして俺を蹴飛ばしつづけ、そしてその毛長牛のすぐ鼻先を、交差点の左側から、豪奢な装飾を施した馬車が、その御者の罵声と共に走り抜けてゆく。

 ここに至ってマイセルはようやく事態を把握したようで、なんとか牛を落ち着かせてくれた。
 牛の蹄にさんざん蹴り飛ばされ踏んづけられ、我ながら見るも無残、ほこりまみれのぼろ雑巾になってしまったと自覚する。あちこち踏まれたが、痛いだけで、骨に異常があるわけではないようだ。

 まあ、事故は防いだ、セーフとしておこう。

 慌てて下りてきたマイセルは、もう涙で顔がぐしゃぐしゃだ。泣きながら謝り続ける。いや、泣かなくても、まして謝らなくてもいいから、牛に服の裾を踏みつけられて、倒れたまま動けないこの状態を、なんとかしてくれるとありがたい。
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