ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
149 / 785
第二部 異世界建築士と大工の娘

第137話:家族(1/2)

しおりを挟む
「ムラタさんよ、どうせ宿に戻っても一人なんだろう? ウチに来ねえか?」

 宴が解散したあと、マレットさんがやってきた。

「あんたはきっと明日、今後の工法について話をしてくれるんだろうけどな。棟梁としては、ほかの連中と一緒に雁首揃えてふんふん言ってちゃ、格好がつかねえだろう? あらかじめ、今後の工程を聞いておきたくてな。
 ――朝飯もつけるから、泊まって行けよ」

 そういえばその通りだ。いくら合理的で簡略化された工法だとはいえ、やはり何か質問があったとき、今日のように全部俺が対応していては、作業に遅れが出るかもしれない。

 お互いに分かっていて当たり前、という環境にいたから、ついその前提で行動してしまう。今朝も説明するとき、いろいろ抜けていた。

 例えば床板を下で支える床根太ゆかねだ
 床根太とで、建物の床部分のを作るがわ根太。
 床根太に直角にとなるはし根太。

 例えば、床板を支えるための根太を東西に渡したとする。すると、東と西、それぞれの端に配置されるのが側根太で、南北の端で床根太の端を釘で受け止める板が、端根太である。

 日本の現場では当たり前の用語だが、それがまず通じなかった。用語は通じたが、どうも細かなニュアンスが違ったようだ。

 まあ、ここは日本とは違うのだから仕方がない。翻訳首輪のおかげで、建築用語が通じるだけでもありがたいと思わなくちゃな。

 だから、今後の手順について、棟梁であるマレットさんに知っておいてもらえると、いろいろと苦労が減ってよさそうだ。

「私の方は大助かりですが、ご迷惑をおかけしませんか?」
「迷惑どころの話じゃねえよ。俺が頼んでるんだ」

 マレットさんが肩をばしばし叩きながら笑う。なんか被るなあ、フラフィーあたりに。この世界の職人というやつは、こういう人種なのだろうか。
 木村設計事務所が提携している大工さんたちは、はっちゃけた人たちもいたが、さすがにばしばし叩いてくる人は――
 ……ああ、いたよ。どこにでもいるものだな。

 宿代の方は……まあ、仕方ないか。あの角部屋を維持しておくのは至上命題だからな。



 マレットさん宅にお邪魔すると、ネイジェルさんとマイセルが迎えに出てきた。
 ところがマイセルの方は、俺を見るなり悲鳴を上げ、髪を押さえて奥に引っ込んでしまった。

「……年頃の娘さんのいるお宅に、こんな夜中にお邪魔するのはやはりまずかったですかね?」

 居たたまれない思いでネイジェルさんのほうを伺うと、夫人は「大丈夫ですよ。……あの子も女を意識しだした、ということかしらね?」と、ころころと笑った。

 奥の方から、かすかに泣き声のようなものが聞こえてくるような気がする。
 あれがマイセルの声だったらどうしよう、と思ったが、しかしマイセルの声ではないような気もする。春の夜の猫の声のような声。隣の家からだろうか。

 ……しかし、あの反応はいくらなんでも寂しい。結局、昼間に打ち解けたように見えても、女として、夜中に会うのは身の危険を感じたということなのだろうか?

 まあ、十六の娘さんからしてみたら、二十七歳のおっさんなんて、所詮そんなものなのかだろう。
 笑いながらそう言うと、ネイジェルさんは目を丸くし――そして、微笑んだ。

「まさか。あの子がムラタさんを怖がるなんて。そんなこと、ありえませんわ」

 つまり、女性が身の危険を覚えるようなことをしでかす、そんな度胸のあるオトコには見えない、ということか。
 それはそれでどうなんだろう。要は、人畜無害な絶食系男子、と見られたということだからな。

 じゃあ、なんでマイセルは悲鳴を上げて逃げたんだ?
 ……分からん、あの年頃の女の子というのはリアルタイムでも分からなかった。今も分からない。



 マレットさんが飲み相手をそのまま家に連れてくることは比較的よくあることらしく、慣れた様子でネイジェルさんが部屋を整えてくれた。
 そこでマレットさんと一緒に、図面を見ながら工法について説明をしていたときだった。

 ドアをノックされ、ネイジェルさんかと思って返事をすると、入ってきたのはマイセルだった。
 ポットとカップ、そしていくつかの焼き菓子をトレイに載せている。

「あ、あの……。よろしかったら、召し上がってください」

 先ほど着ていた服はおそらく夜着だったはずだったが、今着ているのは、昼に着ていたものとはまた違っていた。
 落ち着いたダークグリーンのロングドレス。白いレースが見える袖口がアクセントになっている。

 ……どう見ても、寝間着には見えない。
 髪も、綺麗に結い上げられている。さっきは普通に下ろしていたはずなのだが。
 わざわざ、この差し入れのためだけに着替えたのか。実に申し訳ない思いになる。
 急いで立ち上がり、彼女のトレイを受け取ろうとすると、彼女は驚いた様子で後ずさった。

 ――しまった、また怖がらせてしまった!
 ただでさえこんな夜更けに訪問して警戒させているのだ、これ以上怖がらせてどうするんだ、俺。

「……ああ、ありがとう。その辺に置いておいてくれれば、あとは勝手にやるから」

 席に戻って咳ばらいをすると、暗にすぐ戻るように言い、マレットさんのほうに向きなおる。
 マレットさんは俺とマイセルを見比べるようにすると、眉をひそめた。

「ムラタさん、ウチの娘がなにか、粗相をしたか?」
「……は?」

 粗相? マイセルが?
 いや、俺が怖がらせただけで、彼女に落ち度はないんだが。もしそう思わせたなら申し訳ない、マイセルに。

「いえ、何も問題はありませんよ。むしろ私のほうが怖がらせたみたいで。申し訳ありません」

 そう言って、マイセルにも頭を下げておく。

「それならいいんだが……いや、なぜ給仕を断るようなことを言うのかと思ってな」
「……え?」
「いや、今、『その辺に置いておけ』と言っただろう?」

 言われて、そういえばそうだったと気づく。

「いや、ですがこんな夜中に給仕をさせるのは……」
「……ムラタさん、アンタは俺の客だ。客は客らしく、堂々と構えていてくれ。娘も困っている」

 言われてマイセルを見ると、やたら悲しそうな目でこちらを見ていた。
 ――え?

「せっかく給仕に来たのに、『その辺に置いてとっとと出ていけ』は、さすがに可哀想だ。給仕させてやってくれないか」

 ……ああ! そうか、そういうことか!
 彼女は仕事をしに来たのだ、接客という仕事を。
 それを取り上げてしまうということになるのか!

 せっかく服を着替えて髪も整えてきたというのに、それは確かに悲しくもなるだろう。我ながら、先の自分の言葉の無神経さに腹が立ってくる。

 彼女のことを思いやったようでいて、その実、全然彼女の立場を思いやっていなかった。前にリトリィに泣かれた時の、そのままじゃないか。

「……じゃあ、お願いできるかな?」

 その途端、マイセルの顔がぱっと輝いた。



 マイセルがポットから茶を注ぎ、トレイだけを持って退室したあと、その一連の動きを眺めていたマレットさんがつぶやいた。

「昨日も聞いたばかりだが……アレのこと、どう思う?」
「アレ……とは?」

 アレが指すものが何か思いつかず、間抜けな質問をしてしまう。返答してから気づいた、マイセルのことだ。
 マレットさんの眉間にしわが寄る。

「あ、いえいえ、分かります! いい子ですよね!」
「いい子は当たり前だ、ウチの娘だ、いい子でないわけがない」

 マレットさんがふんと大きく鼻息を鳴らす。娘は自慢の種らしい。

「大工仕事に興味を持って、女の子らしいことにあまり興味を持たないことだけが悩みの種だったんだが……。
 ムラタさん、アンタのおかげだ。今日は久しぶりにドレス姿を見ることができた」

 ……いや、マレットさんに誘われたとはいえ、こんな時間に突然訪問して、給仕を強要してしまったような感じだ。俺としては大変心苦しい。

 ただこの一回のためだけに、わざわざ着替えて、わざわざ髪を結い上げてきたのだ。また着替えて髪を解くその手間を考えたら、本当に申し訳ない。ネイジェルさんにも、だ。

「……なんでそんなことを気にするんだ? あの子がそうしたいと思ったんだ、あの子なりの、アンタに対する誠意だぞ?」
「いえ、だってあとはもう、寝るばかりだったんでしょう? わざわざ着替えさせて、髪まで結わせて……」
「いや、髪はたぶん、アレの母親とネイジェルとが一緒にやったに決まっている。アレが髪を結うのを見たのなんて、成人の儀以来だからな」

 なるほど。マイセルが自分で結ったわけじゃないのか。と言っても母親に結い上げてもらったのだから、ネイジェルさんの手間も――

 ……『が』、だって……?

「あ、あの……と、さんとって、どういう意味ですか?」
「そのままだが」

 マレットさんは当たり前だという顔をしているが、そのまま、の意味が分からないから聞いたんだが。

「……アレ、とは、マイセルさんのことですよね?」
「もちろんだ」
「アレの母親とは、マイセルさんの母親、ですよね?」
「当然だ」
「じゃあ、ていうのは?」
「クラムに決まってるだろう」
「――クラム?」

 ……あれ? マイセルとハマーは、マレットさんの子供じゃないのか?

「当たり前だ。両方とも俺の子供だ」

 実に明快に答えてくれた。

「ええと、じゃあ、ハマー君の母親は?」
「ネイジェルだ」
「では、マイセルさんの母親は?」
「だからクラムだと言っているだろう」
「――あの、クラムとは、どなたですか?」

 怪訝そうな顔をしたマレットさんだったが、「……ああ! アンタに紹介してなかったな!」と手を打ち、そして頭をかいた。

「クラムはマイセルの母親で、俺のだ。今は二人目を産んでから体調を崩していてな。奥の部屋にいる」
「……はあ!?」

 あんまりな言葉に目が点になる。

 の、……!?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...