ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第二部 異世界建築士と大工の娘

第149話:自分を信じる(1/2)

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 「わしは、話が長くなるだろうと思ってそこらのベンチに座って待っておったんだが、あれがえらい剣幕で戻ってきおってな」

 ペリシャさんは、俺の浮気現場を押さえたと考えたようだ。うちでお説教をする、と息巻いて、それで、俺が訪問するお昼時になったら、瀧井さんを家から放り出したらしい。

「一刻ほどぶらぶらして来いと、小遣いを渡されてな」

 実際には、俺自身、十分もかからず放り出されたように思う。

「……参りましたよ、ペリシャさんは俺が浮気をしているものだと思い込んでいます」
「違うのか?」
「違いますよ! 俺が愛しているのはリトリィです。あんな素晴らしい女性は他にいないし、彼女以外とお付き合いしようなどとも思っていません!」

 状況を理解してもらうために、ここ数日の、俺とマイセルのことについてかいつまんで説明する。
 瀧井さんはしばらくうなずきながら聞いていたが、途中で遮ると、俺をまっすぐ見つめた。

「あい分かった、皆まで言わんでもいい。要するに、お前さんにとっては、嬢ちゃん――マイセルは、はたまたま手を貸しただけの可愛い隣人、という程度なんだな」

 うなずくと、瀧井さんはため息をついた。

「お前さんの立ち位置は分かった。だがな。嬢ちゃんはお前さんを好いとる。そりゃあもう、どうしようもなく健気にな。見てすぐに分かった」
「ペリシャさんと同じことを言いますね。どうしてそう――」
「見ればわかるだろう、どうして頑なに拒絶する」
「……瀧井さん、遠目にちらっと見ただけでしょう? 第一、俺は二十七、彼女は十六ですよ?」
「だから何だ。男が十も年下なら問題もあろうが、女が年下、しかも十六なら何の問題も無かろう。子を産むにもちょうどよい頃合いだ。我らが日本も似たようなものだろうに」

 ――しまった、この人の思考は戦前のものだった。同じ日本人と言っても、そもそも基盤となる文化が違うことを忘れていた。

「ムラタさん。お前さんがなぜ、人の好意を信じられないのか、わしには分からん。ただ頑なに、信じたくないから信じない、と、目や耳をふさいでいるだけのように見える」

 ……人を人間不信の塊みたいな言い方をしないでほしいと思ったが、瀧井さんはさらに続けた。

「今日、ちらと見ただけで分かった。お前さんと手を繋ぎ腕を組み、あれほどまでに幸せそうに笑う嬢ちゃんを、わしは見たことがない。あの子は本心から、お前さんのことを好いているはずだ」

 そんなはずがない、こんなおっさんを――
 そう言うと、瀧井さんは笑った。

「マレットのところとは付き合いが長くてな。わしらにとっては孫みたいなものだ。その心根も、よく知っておる」
「……だったら、そのお孫さんの幸せを考えたら、そもそも俺なんて選択肢に入らないと思いませんか?」
「設計をするもののところに大工志望の娘が嫁ぐ。二人にとってもよし、両家にとってもよし。万々歳じゃないか」

 呵々かかと笑う瀧井さんに、俺は少々、腹が立ってきた。

「待ってくださいよ。それってつまり、あの子に、マレット家のための生け贄になれって言ってるようなものじゃないですか!」
「……なんでそうなる? あの子がお前さんを好いておるのは明白だ。それに、お前さんにとってもかばね持ちの大工と縁がつながるのは願ってもないことではないかな? あの子を嫁にするだけで、お前さんの仕事は軌道に乗ったも同然になると思うが」
「馬鹿にしないでくださいよ! 第一そんな政略結婚みたいなことを、彼女が望んでいるとは思えません!」

 思わず立ち上がって叫んでしまったが、瀧井さんはそんな俺に、静かに微笑んだ。

「そういう、相手の幸せを思いやり、真剣に怒ることができる優しさが、お前さんの良さではないかな。その一点だけでも、わしの孫を任せてみたいと思えるくらいには。
 ただ、そう……眼鏡が曇っているのが、玉に瑕だがな」

 そう言って、俺に座るように促す。

「言ったろう、わしらにとっても孫のようなものだと。孫を泣かせて喜ぶ爺婆じじばばなどおらんわ。
 ――思い出してみるがいい、あの子の言葉を、態度を。お前さんは頑なに、その行為が、見知らぬ誰かに向けられていると思い込みたいようだが、もっと自然に考えてみるのだ」
「……自然に、考える?」
「そうだ。あの子はまだ十六、実直な大工に育てられて、人の顔色を窺って媚びへつらうということを、ほとんど知らん娘だ。人のことを疑ったり取り繕ったりすることに慣れていない、素直で気立ての良い娘だ。
 ――それは、たとえ数日といえども十分に分かったはずだ」

 瀧井さんの言葉一つ一つが、ゆっくりと、俺の中に沁み通っていく。
 マイセルのくるくるとよく変わる表情を、一つ一つ、思い返してみる。

「あの子が喜んだ時、微笑んだ時、その隣に誰がいたのかを考えるといい。誰があの子を喜ばせ、笑顔にしたのかを。
 ――あの子は、誰の言葉に、行為に、喜んでいたのかを」

 まっすぐに俺を見て、俺のことを聞いてくる姿。
 俺の言葉一つ一つに、喜んだり、感心したりする姿。
 すぐに首筋まで真っ赤になり、取り繕うこともできずうつむき、言葉が継げなくなる姿。
 ぱっと花開くようにほころぶ笑顔。

「お前さんの半生なぞ、わしは知らん。
 お前さんの話を聞いていると、人の話をまっすぐに捉えることもできないほど、自信がなく卑屈で、小狡こずるい小心者だ、ということは分かるがな」
 直球で胸をえぐってくる。本人を目の前に、そこまで言うか?

「――だが、わしのところに訪ねてきて、己の信ずることをまっすぐにぶつけてきて、そして改めるべきところは素直に改めることのできたのもまた、お前さんだ。他人の幸せのために、真剣になって怒ることもできる。
 ゆえに、本来の性根は筋の通った、まっすぐな人間だということも分かる」
 少々枝ぶりが歪んではおるようだがな、とも付け加えて笑ってみせるが。

「わしは、お前さんを選んだリトリィさんの見立ても、マイセルの見立ても、決して間違っているとは思わん。
 ――自分に、自信を持て。お前さんを好いた娘さんたちを、信じてやれ」



 ぐらぐらと揺れる。
 俺が、俺の今までが――世界が。



「……なんで、そんな、自信たっぷりに俺を見透かすことができるんですか……?」
 って立つべき大地が、波打つように感じられる。



 なぜだ。
 瀧井さんは確かにすごい人なんだろう。
 だが、それにしたって、なんでこんなに、俺の胸をえぐり、俺を否定し、それでいて俺を肯定できるのだ。

「なんで、そんな――ずっと俺のことを見てきたみたいに、言えるんですか。俺の何を知っていて――そんなことを、自信たっぷりに言えるんですか」
「言ったろう? お前さんのことなど知らんよ」
「じゃあ、なんで……!?」
 思わず立ち上がる。

「なんでそんな、自信たっぷりに決めつけられるんだ! なんの根拠があって、そんな――!!」

 おそらく、俺は、ひどく顔をゆがめていたに違いない。
 そんな俺に、瀧井さんは穏やかに微笑んだ。
「――見ればわかる。これでも、子育てには苦労してきたつもりだ」

 あっさりと答える瀧井さんに、へなへなと腰砕けになる。

 なるほど。
 子育てか。
 ――なるほど。
 瀧井さんにしてみれば、俺など、子供に等しいというわけだ。

 変な笑いが浮かんでくる。
 どれだけ考え、悩んでみたところで、結局は人間の悩みなど、その程度のものなのかもしれない。
 俺自身が、知った風な顔でマイセルの悩みに答えていたように。

 俺がマイセルを子供扱いしていたように、瀧井さんにしてみれば、俺程度など、そこらにいる若造でしかないのだろう。

「……瀧井さん」

 俺は、地面をじっと見つめながら言った。

「俺は、女の子にモテたことがありません」

 返事はない。構わずに続ける。

「モテる方法というのも知りません。本当はモテたいと思っていても、その方法を考えて実践することもしてきませんでした」
「わしも知らん。そんなことを考える余裕のある時代でもなかったしな」

 瀧井さんの軽口。だが、その軽口は、重い。俺が生きてきた時代と、全く違う重み。

「……だから、何をどうすれば女の子に好かれるかも分からないし、リトリィも、それでずいぶん泣かせました。――俺が、あいつの気持ちを察していながら、それを受け入れるのが怖くて」
「だが、今は受け入れ、そして生涯を添い遂げる覚悟をもっているんだろう?」

 瀧井さん言葉が優しい。
 だが、それでは俺は、自分自身が納得できなかった。

「でも、俺は最低でした。あいつは俺を好いてくれている、そう分かっていながらそれを拒否して……。
 俺自身、あいつのことが好きで好きでたまらなくなっていたのに、それなのにあいつを避けて、わざとひどいことを言って――あいつが泣くと、分かっているはずなのに!
 それなのに俺は、あいつを傷つけるようなことばかり――」

 どんどん、俺自身を否定する言葉を並べようとして、しかし瀧井さんはそれを遮った。

「それでも、リトリィさんはお前さんについていくことを選んだのだろう? あの子が、そうしたいと望んだんだろう?」
「でも俺は、あいつを……!」
「あの子が望んだんだ、あの子がお前さんについていくと決めたんだ。違うかね?」

『わたしが、そうしたいんです』

 ――リトリィの言葉が、鮮明に浮かんでくる。

「……その、とおり……です」
「だったら、それで、いいんだよ」

 瀧井さんは、こちらを見て、笑った。

「お前さんを信じてついてきてくれる人を、その想いを、信じなさい。
 誰かにを、信じてあげなさい」
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