ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
184 / 785
第二部 異世界建築士と大工の娘

第171話:ムラタの棟上げっ!(8/9)

しおりを挟む
「ムラタさん――?」

 背中から掛けられた声に、思い切り背筋が伸びる。

「あの、お話は、終わりましたか……?」

 心細げな声が、背中から胸を貫く。

「あ、ああ――終わったよ」

 向き直ると、リトリィがいた。胸元で右手を、腰のあたりで左手を、ぎゅっと握りしめている。

 その背後では、もうあらかた片付けが終わっていた。酔いつぶれた連中がテーブルに突っ伏しているが、もうお開きといった様子だ。長く話し込んでしまっていたらしい。

 だからこそ、彼女はこちらに来ることができたのだろう。
 だがそれは、つまり、彼女はずっと俺たちがここにいることを知っていながら、自分のやるべき仕事を片付け続けていた、ということになる。

 今さらながら、自分の至らなさぶりを痛感した。
 俺だったら、見て見ぬふりを通せるだろうか。リトリィが、まんざらでもない様子で知人の男性に口説かれているのを。

「マイセルさん。あの、ペリシャ様とお父様が、あちらでお呼びです」

 ――ペリシャさん!?
 あの、リトリィびいきのペリシャさんが、マイセルを呼びつける?
 不安げに俺とリトリィを見比べるマイセルに、リトリィは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。お口添え、しておきましたから。マイセルさん、あなたの決意を、しっかりお話すればいいんです。ペリシャ様は、それを確認したいだけだと思いますよ」

 ぎゅっと、背中で縮こまるマイセルに向き直ると、ぽんぽんと、その頭を撫でる。

「大丈夫だ。リトリィがああ言っているなら、間違いない。今さっき俺に言ってみせたこと、しっかり伝えてきてごらん」

 何なら、俺も保護者の一人としてついていこうか? そう笑って見せると、ぎこちないながらも、マイセルも笑顔を作る。

「……大丈夫です!」

 そう言って一歩下がると、ぴょこんと礼をしてみせる。

「あ、あの――リトリィさん。その……これから、よろしくお願いします!」



「――私には、してくださったことがありません」

 元気よく駆けていったマイセルを見ながら、リトリィがぽつりとつぶやいた。

「……え? なにを?」

 よく見ると、リトリィの頬がふくらんでいる。

「わたしには、あんなふうに、頭を撫でてくださったことがありません」
「そ、そうか? そんなことないだろう? 昨夜だって――」
「あんな、その……。ぽんぽんって、するみたいな……あんな撫で方、してもらってません」

 ――え? そこ?
 リトリィが拗ねてみせているその理由が意外過ぎて、目が点になる。
 俺の中ではリトリィはそういうキャラじゃないというか、マイセルがその、小さい子の立ち位置にいるというか。

「――あれは、小さい子相手にするんですか? ……小さい子の、んですか?」

 うぐッ!
 その言い方だと、まるで俺が幼女趣味の腐れ外道みたいな――!

「あ、いやその……“日本”だと、頭を撫でるのは、親愛の情を伝える方法で――」
「じゃあ、やっぱり、わたしにしてくれないのが、納得できません」

 そう言うと、ふわりと、俺の胸に顔をうずめる。

「……これからは、あなたは、わたしだけの人じゃなくなってしまうのですから――」

 顔をこすりつけ、そして俺を見上げて。

「だから、せめて、同じように扱ってください。――わたしが年上で、あの子が年下だというのは分かっています。でも――」

 そしてまた、顔をうずめる。
 うずめる前に、じわりと浮かんだ雫を、俺は見逃していなかった。

「――それでも……はじめに好きになったのは、わたしなんです……!」

『獣人は情が深いから――』

 滝井さんの言葉を思い出す。
 だが、べつに獣人でなくても同じだろう。
 彼女は給仕をしている間、きっと、不安だったのだ。
 本当に、自分の至らなさ加減に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ありがとう、俺を、最初に好きになってくれて」

 彼女の頭に、ぽんぽんと手のひらを載せる。
 驚いたように顔を上げるリトリィ。

「あ、やっぱり慣れないか?」

 髪をことのほか大切にし、異性に触れさせない文化に生きてきたリトリィには、やはり刺激が強かったか。

 しかし彼女はくすぐったそうに、だが微笑みを浮かべ、そしてまた、俺の懐に顔をうずめた。

「……わたしのほうこそ、です。こんなわたしを――」

 それ以上しゃべらせない。ぐっと頭を抱える。胸元で苦しげにもごもごしているが、しゃべらせるものか。
 どうせ自分を卑下する言葉が出てくるに決まっている。自分がそうだから、よく分かる。

 リトリィは、俺にとって最高にして最良の女性だ。
 その女性に、自身を卑下する言葉など吐かせてなるものか。



「……え? 俺が、ですか?」
「あんたが建てる家だ、あんたが言うべきだろう」
「い、いや、俺は設計をしただけで……」
「あんたが建て替えを判断し、設計したんだ。建てると決めたのもあんただ。だから、あんたが言うべきだ。まさかナリクァン夫人に言わせる気か?」

 当たり前を否定されたような顔をされても。こういうのは、施主が言うものだろう? でなければ、棟梁とうりょうか。

「いや、やっぱりそういうのは、棟梁が言うべきじゃないかと……」
「俺はいつでも言える。あんたは設計者であるのと同時に、施主なんだ。あんたが一番、ふさわしい」

 マイセルとの話が終わったマレットさんは、俺を呼びつけると、上棟式の締めをしろと言ってきたのである。
 設計を担当しただけの流れ者が、そんな役割を担うことはふさわしくないのではないかと言ったのだが。

「あんたは当分、この街にいるんだろう?」
「それは、まあ……」

 実は本音を言うと、リトリィにとって住みよいと言えないだろう城内街に宿を取り続けるのは、避けたかった。今の宿自体に全く文句はないのだが。

「なんだ、歯切れの悪い返事だな。宿代が気になるなら、いっそウチに来るか?」

 思い切りぶんぶんと横に首を振る。さすがにそこまで頼ってしまうと、俺がジンメルマン一家に婿養子に入ってしまうような形になりかねない。そうしたら、リトリィの居場所がなくなってしまう。

「そうか。あんたがウチに来るならマイセルは喜ぶし、大工仕事の仕込みもやりやすくていいんだが」

 マレットさんは、しかし大して気にした様子もなく、続けた。

「ただ、なんにせよ、この上棟式の出資者はナリクァン夫人でいいんだが、名目上の施主はあんたということにしたいらしい。これは夫人の意向だ」
「ナリクァンさんの?」
「リトリィさんの旦那になるあんたに、少しでもはくを付けたいんだろうよ」

 ――しまった。
 だったら、来賓にもう少し顔を売っておくべきだったか?
 思わず舌打ちしてしまった俺に、マレットさんは唇の端をゆがめて笑みを浮かべる。

「いや、マイセルの相手をして隅にいたのは正解だ。確かにあんたの言う通り、この街にとって、今のあんたはまだ、ただの流れ者の一人に過ぎねえからな」

 そう言って、そろそろ帰り支度を始めた来賓たちの方を見る。

「ここに建っていた、前の家の持ち主はナリクァン夫人ってのは誰でも知ってることだ。だから、あんたがしゃしゃり出てきて顔を売ろうとするのは、かえって顰蹙ひんしゅくを買いかねない。自重していて正解だ」
「……ひょっとして、あのタイミングでマイセルが来たのは……?」
「ああ、アイツなりの心遣いだろう。かばね持ち棟梁の娘がコナかけてるとなったら、誰も文句は言えんだろうからな」

 ……俺は今までマイセルのことを、どちらかといえば世間知らずのお嬢さんだと思い込んでいた。しかし、実は街で生きていく為の立ち回りに関しては、結構しっかりと躾けられているのもしれない。
 ――知ったかぶりをしていたのは俺のほうか。恥ずかしい。

「それとな……娘を預けるのは、やっぱりちょっと、待ってくれ」

 マレットさんが、言いにくそうに、だが切り出した。

「そっちのお嬢さん、こっちの鍛冶ギルドに登録するつもりだって聞いてな。――それはつまり、ジルンディールの親方のわざを、きっちり仕込まれてきたってことなんだろう?」

 ……ああ、そう言えば昨日、そんなことを言っていたか。

「そっちの娘さんがその覚悟であんたに嫁ぐってのに、ジンメルマンの娘がド素人のままってのは、さすがにどうかと思ってな。娘はすっかりその気だったが、すまん。こちらの仕込みが終わるまで、どうか待ってやってくれないか」

 マレットさんの言葉に、思わず声が出そうになり、慌てて咳払いをする。

「……いえ、構いませんよ。ジンメルマンの家から娘さんをいただく、その意味は十分に理解していますので」
「女が職人なんて、と思い込んでいた俺の過ちだ、すまん。嫁に出すのはちっとばかり遅れるが、そのかわり必ず、ジンメルマンの名に恥じない程度には仕込んでみせる」

 この上なく真剣な表情で頭を下げるマレットさん。

「いえ。私の方こそ、よろしくお願いいたします」

 俺は笑顔で、右の手のひらを向けてみせた。

「そ、そうか。分かってもらえると、助かる」

 マレットさんは複雑な表情で、しかし笑った。

「じゃあ、あいつにはよく言って聞かせておく。だから、今夜だけは許してやってほしい、明日からのやる気につながるようにな」

 ……ん? 明日からのやる気につながるように、今夜は許せ?

「ああ。夜の躾ついでに、孫を仕込んでもらえたら万々歳だ」

 がしっと、両肩を掴まれる。
 物凄まじい笑顔で。

「え? ……え?」
「俺たちゃ大工と設計、今後は一蓮托生だ。……娘を嫁にくれてやるんだ、今夜一晩限りとはいえ、くれぐれも、よろしく頼むぞ?」

 ……マレットさん、その極太の青筋、引っ込めてくださいませんか? なんなら、そちらの仕込みが終わるまでは無理にこちらに寄こさずとも……

「あのマイセルが、今日ばかりは言うことを聞かなくてな? 今夜だけは許す、それでやっと納得させたんだ。……よろしく頼むぞ?」
「い、いえ、ですから……」
婿殿、よ・ろ・し・く頼むぞ?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...