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第三部 異世界建築士と思い出の家

第235話:つまりムラタはそんなやつ

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 ヴェフタールの無差別テロ的な奥の手に、抗議の叫びを叩きつけようとした俺だが、あまりの強烈な刺激臭。
 無意識に深呼吸で吸い込んでしまったため、しばらく咳き込む羽目に陥る。

 必死に咳を抑え、慌ててリトリィを拘束している鎖を何とかしようとするが、そもそも金属の鎖をどうにかする方法なんて――

 リトリィをなんとか左腕で支えつつ、とにかく腰のナイフを抜く。
 足を引きずりながらやって来たヴェフタールにリトリィを支えてもらい、ナイフを鎖に当てるが、しかしというか当然というか、ナイフでいくらこすっても、嫌な音を立てるだけで、鎖はびくともしない。

「……ナイフで鎖など切れませんよ。わざと時間をかけているんですか?」

 ヴェフタールの嫌味が炸裂する。確かにそうだ、鉄の硬度の刃で、鉄を切れるわけがない。できるとすれば、途方もなく長い時間をかけてこすり合わせるか、衝撃を加えてその力で変形させるか。
 
 どうすればいい、どうすれば……!

「切れ味が自慢なのかもしれませんが、無理なものは無理です。ナイフだけにこだわっていないで、別の方法を探してください。あの犬野郎が起きてしまえば、もう手立てはないんですよ?」

 苛立たし気なヴェフタールに、ますます焦りを覚える。
 なにか、何か方法は――

 リトリィが鍛え上げた、一尺のナイフ。

 折り返し鍛造法で鍛えられた、鋼の刃。
 黒い防錆ぼうせい加工。
 ノコギリになる峰。
 メタルマッチになる、ナイフの根元のくぼみ。
 柄の中に収められた着火棒。

 ……そうだ。
 なぜ忘れていた。

 これは、リトリィが、俺のために、知恵を絞ってくれたナイフなのだ。

「いい加減に諦めて、他の手立てを――」
「ヴェフタール、すまない! 彼女の体、しっかりと支えてやっててくれ!」

 俺は、ナイフの根元のくぼみに、鎖の輪の接合部分――やや膨らんだ部分に合わせるように噛ませる。

 これをやると鎖が巻き取られ、リトリィの腕が引っ張られることになり、彼女の手をより痛めつけることになるかもしれない。
 だが、それでも、彼女が解き放てるなら――!

 ナイフの柄を手にし、
 俺は、
 一気に体重をかける!

 小さな力で大きな力を生み出す――『てこの原理』!

 ガキッ――
 小さな音とともに、鎖が若干、ナイフに巻き取られる。
 リトリィの腕が持ち上げられて、小さな悲鳴が上がる。

 ――ごめんリトリィ! でも手ごたえはあった!

 ナイフに絡めた鎖の輪は――
 確かに、接合部がちぎれ、ねじれ、大きな隙間ができていた。手枷のほうは何ともならないが、天井から彼女を繋いでいた鎖を外すことはできる!

 ナイフの方はというと、若干黒錆部分がはがれて銀の下地が見えること、でっぱりがわずかに変形したという点以外、特に問題がないように見える。
 さすがリトリィの鍛えたナイフだ、なんともないぜ!

 目を覚ましたリトリィだが、鼻を押さえて再び失神しかけたので、「起きて自力で走ってもらわないと、僕が大変ですから」と、ヴェフタールに脳天をぶん殴られて涙目で起きた。ごめんリトリィ、コイツの言動は本当に腹が立つけど、同意見です。

 足の鎖は絡められているだけだったので、比較的簡単に外すことができた。
 ついでに、ぴくりと動いたガルフの鼻づらに、ちぎれた革の帽子の破片を巻き付ける。

 直後、ガルフはものも言わず、床の上でもんどりうって愉快にのたうち踊り狂ったあと、再び沈黙した。

 ……狙い通りだ。多分、狼だけに、ニオイに敏感なんだろう。それでこのニオイの元を直接押し付けられたら、……うん。ざまあみろ。

 ヴェフタールが、えげつないものを見せつけられた、という目でこちらを見つめてきた。
 いや、お前のえげつなさには負けるから。



 自分が被っていたマントを外してリトリィにかぶせると、俺は彼女の手を引き、部屋の出入り口に向かった。
 部屋を出ようとして、初めて、部屋の入り口付近で倒れている、でっぷりとした小男に気づく。

 そういえば、この部屋の近くに来たとき、肉塊がどうの、とか言っていたか。
 リトリィを味見しようとしていた頭領とは、こいつのことだったのかもしれない。
 彼女に何らかの虐待を行おうとしたところで、奴隷馬車から戻って来た――おそらく、リトリィを奪うため――ガルフに、殺されたのだろう。

 リトリィを自分のモノとして奪おうとしていたガルフだ。自分のモノが傷つけられようとしていた――傷つけられていた? そんな場面を見て、許せなかったのではないか。

「……奴は、殺さないのか?」
「リトリィさんを見ればわかるでしょう? 彼女は、あなたに捻り上げられただけで起きました。殺すほどの傷をつけたら、間違いなく起きます」

 アムティを実に軽々と担ぎ上げたヴェフタールが、笑いながら答える。

「そして困ったことに、生き物というのは致命傷を受けても、そう簡単に死なないんですよ? 死を悟り自暴自棄になって暴れる犬野郎の相手を、誰がするんですか?」

 暴れまわるガルフを止める。
 ……うん、無理だな。

 それはともかく、リトリィを捻り上げたって……、言い方ァ!
 仕方なかったじゃないか! ほかに方法もなかったし……。

「それにしても、出られますかねえ、これ」
「どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、そのままですよ」

 ヴェフタールが、相変わらず奇妙な笑顔で答えた。

「君たちがいた部屋の隣だったんですけどね? 例の跳ね上げ橋の鎖の、巨大な巻き上げ機。操作のための棒は見つけたんですが、さび付いていたせいなのか、なかなか動かなくてですね。
 アムがどこからか金槌の親分みたいなものを見つけてきて、それでぶん殴ったんですよ」

 ……嫌な予感がする。

「そうしたらものの見事に棒が折れましてね。ものすごい勢いで鎖が動き出したと思ったら、その振動でか、床が抜けまして」

 ものすごく心当たりがあるぞ、それ……。
 ……俺が、あの柱に切れ込みを仕込んでおいたせいだ……!!

「いやあ、死ぬかと思いましたよ。鎖の巻き上げ機は、下の部屋の床にも大穴をあけて地下室まで転がり落ちたみたいですし、多分、この先は――」

 言われなくても分かった。
 俺が通って来た通路――その一階の、あのだだっ広い部屋。
 たどり着いたその部屋は、俺が入ってきた通路の辺りの壁や床も巻き込んで、すっかり崩落していた。もちろん天井など、黒々とした派手な大穴があき、瓦礫と化している。
 部屋の反対側の奥は無事だが、俺たちはというと、すぐそばに外壁の穴があるにもかかわらず、床がすっかり抜け落ちてしまったせいで、出ることができない。

 ――また俺のせいかぁぁぁあああ!?



「なるほど、事情は分かりました。僕たちが今困っているのは、すべてムラタ君のおかげだということがね」

 くいっと眼鏡を押し上げながら、実にイヤミったらしいヴェフタール。
 ……い、言い訳が効かない。
 い、いや! おかげで敵の侵入を未然に防ぐことができたわけで……!!

「いやあ、それにしても、街で、指の一本で木造の家一軒を倒壊させた人間がいるという噂は聞いていましたが、まさか君だったなんて。
 ――そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」

 ぐふっ……!
 ヴェフタールよお前もか!
 くそう、死体蹴りはやめろ……!

「おや? 妙に効いてますね、面白い人だ。まあ、言い訳は結構ですよ。今日は君が建物というものをどんなふうに取り扱うか、ということを見ることができましたし。僕がいずれ建てるであろう新居だけは、触りに来ないでくださいね」

 おまえ……ブッコロスぞ……!!

「ムラタさんは、ちゃんとおうちを建てる人です! 謝ってください!」

 俺の腕にしがみつくようにしていたリトリィが、突然、ヴェフタールに噛みつき始める。

「おやおや。感謝の言葉よりも先に、謝罪を要求されてしまいました。旦那さん、妻の躾がなっていませんよ?」
「助けていただいてありがとうございます。でも直接助けに来てくださったのはムラタさんですし、ムラタさんのおかげで、敵も入ってこれなくなったんでしょう? だったら、ヴェフタールさんもまず、ムラタさんにお礼を述べてください!」

 まるで忠犬が飼い主をいじめる奴に吠え掛かるみたいだ。
 嬉しいけど辛い、言われっぱなしの俺が余計惨めになる。
 ――でも、それでもかばってくれたんだ。胸が熱くなるのも、また事実。

「やれやれ。頭の悪いひとはこれですから。こうして足止めを食らっている間にも、仲間たちが必死で戦っているわけです。耳を澄まして、ほら、足音を聞いてごらん? あれが、僕らの、仲間の奮闘ですよ?」

 ああ、聞こえるよ! 聞こえてるよ!
 かすかに叫び声が、剣戟の音が、足音が!
 悪かったな、俺のせいで稼ぐ機会を失って!
 だが頭の悪いひとってなんだ、すぐに取り消せ! リトリィはいい子だからいいんだ! それにひらめきも悪くないぞ!

「まったく、二人そろって頭の悪い……。いいんですよ、今回の目玉商品、ナリクァンさんからの特別報酬が期待できる、リトリィさんの救出を成し遂げることができましたからね。……今のところは」
「今のところ?」
「はい。早くここを抜け出さないと、いい加減、あの犬野郎も起きてくるんじゃないですかね?」

 ……ゾッとする。
 先の立ち回り――冒険者が二人がかりで立ち向かっても、あの舞うようなしなやかな動きで、あっという間に二人を叩きのめしてしまった、あの強さ。
 あれが、復活する……!?

「そ、そうだ! ヴェフタールたちはあの革の帽子、もらってないか!? あれをもう一度――」
「アレをもらった人はごく少数でした。今回も、ムラタ君がたまたまそばにいたからできたことです。それより、インティはどうしたんです?」
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