ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
349 / 785
第四部 異世界建築士と幸せの鐘塔

第325話:コンペティションへの誘い(1/2)

しおりを挟む
 リトリィと、マイセルと、そして俺。三人で結婚式を挙げてから、早いものでもう三カ月が経とうとしていた。

 俺たちが愛を誓ったシェクラの花は、青々と茂る葉の影に、丸々とした赤い実を実らせている。
 かなり酸っぱくて渋みもあるらしいが、一応食べられるそうだ。もう少し熟したら収穫し、マイセルがパイを焼くと言っている。焼けば酸味がとんで甘みが出るらしいので、今から楽しみだ。

「わたしたちが愛の誓いを立てた木ですから、そのぶん、あまい実をつけてくれるとうれしいんですけどね」

 リトリィが珍しく冗談を言う――そう思ったら、ほっぺたをふくらませた。

「わたし、冗談なんか言ってません。ムラタさんは、わたしたちの愛の誓いが、すっぱいものだって言いたいんですか?」

 まさかそんなことで機嫌を損ねるだなんて思わなかったし、マイセルまで「お姉さまの願いを冗談だなんて!」と怒り出すものだから、ふたりに平謝りだった。

 リトリィなりに、真剣に願っていたんだろう。俺たちの愛を反映して、この木が、すこしでも甘い実をつけてくれることを。
 そしてマイセルはそれを理解し、一緒に願ってくれているのかもしれない。

 そんなリトリィとマイセルだが、いつも一緒にいてものすごく仲がいい。ともすれば、俺をそっちのけでなにかやっていることもある。

 今だって、ふたりしてこそこそと何かやっている。見ようとするとひどく狼狽するリトリィと、怒って部屋に立ち入らせまいとするマイセル。

 マレットさんに、かつて、こんなことを言われたっけ。

『……なあ、ムラタさんよ。俺は、マイセルを、あんたの嫁に出すんだよな?』
『……リトリィさんの嫁にするわけじゃ、ないんだよな?』

「マイセルは、順調に、リトリィの嫁になりつつあるような気がしますよ、マレットさん……」

 ――今、そんな気分に浸っている。こうして一人でお茶をすすっていると、特に。
 なあ、二人とも。今、二人が占領しているそこ、俺の書斎というか、仕事部屋のはずじゃなかったっけ。



「……狭い事務所ですな」
「ははは、なにせ本来はただの集会所程度の用途を想定していましたもので」

 失礼な奴だな! という本音はおくびにも出さず、さわやか営業スマイルを崩すことなく応対できている自分の顔面をねぎらう。

「……本来なら、かような街大工などに寄こされる話ではないのですが、我が主が広く手を集めよと」

 ロマンスグレーのオールバック、糊のきいたパリッとした上着とシャツ。口ひげはあくまでも上品で、単眼鏡モノクルの奥の眼光はあくまでも鋭い。

 男性は、レルバートと名乗った。
 うん、どこからどう見ても上級使用人、ぱっと見、執事クラスの偉いひと。
 なんでこんなひとが俺の事務所に来るのやら。

「マレットさんにも話は通っているのですか? 私は主に設計を担当し、それをもとにマレットさんのところが動くというが、私どもの動きとなるのですが」
「マレット……? 伺っておりませぬが」

 ――ん?
 マレットさんに、話が行っていない?
 俺が眉をひそめると、レルバートさんは眉一つ動かさずに言った。

「私が知らぬということは、他の者が使いに行っているのでしょう」

 ……まあ、そういうものかもしれない。この家を建てる時にも、マレットさんはほかの親方からヒヨッコたちを借り出してきた。
 つまり、マレットさんのほかにも棟梁はいるし、当然、幾人かの大工もそれらの棟梁の元にいるわけだ。

 そういった人たち全員に、ひとりが当たるのも不合理だ。手分けして連絡に行っているのだろう。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 リトリィがやってきて、深々と頭を下げた。ナリクァンさん直伝の優美な所作で、カップに茶を注いでいく。

 レルバートさんは一瞬だけリトリィに視線を向けたが、あとは眉一つ動かさず、俺の方をじっと見つめていた。

「それで、受けてくださるのでしょうな」

 俺が受諾するのは至極当然とばかりに。なるほど、仕事内容自体に絶対の自信があるらしい。

 今回、レルバートさんが持ち込んだ仕事というのが、「鐘塔しょうとう」の改築だった。多くの大工に、そのデザインの提出を呼び掛けているという。

 複数の業者からデザインを募集し、最も優れた案を採用する――いわゆる公共建築物のデザインの公募コンペティションというやつだ。なるほど、この世界にもそういった考え方はあるらしい。
 日本でも、盛んにおこなわれている手法だ。東京五輪のスタジアムなども、そうやって選ばれている。

 ただ、二級建築士――権限の許される範囲が個人の一戸建て程度の俺が、そんな大規模なコンペに参加する資格などあるはずもなかった。だからこそ少々、胸が躍る。

 さて、その改築対象となる鐘塔しょうとうだが、城内街の貴族が多く住んでいるという区画に、古い古い石造りの塔があるのは知っている。遠目にも鐘が釣り下がっていそうな構造だと分かるから、きっと定刻になると打ち鳴らされるものだったのだろう。

 「だったのだろう」というのは、俺はあの鐘の音を聞いたことがないからだ。なんでも、数年前に大きな被害を出した大風で損傷し、修理しようとしたら大重量の鐘の保持に失敗。

 結果、鳴らないどころか、さらに危険な状態になってしまったのだという。
 それどころか、その際に尖塔の一部が崩れ落下。塔の壁面に衝突し、その一部を破壊。できた大穴は、風の強い日にはなにか恨み節でも奏でるかのような不気味な風切り音が鳴るようになったのだという。

「どうして今までに修理をされなかったのですか?」
「およそ百尺(約三十メートル)の高さの鐘塔ですからな。何度か修繕の提案があったそうなのですが、予算と、工事の難しさが問題になったようです」

 ……レルバートさんはそれ以上言わなかったが、すぐに分かった。
 要するに公共物なんだから直した方がいいに決まっているが、カネと責任を誰が受け持つかでもめた、ということのようだな。

 ああ、よくある話だ。俺の設計事務所には縁のない話だが、そういう話は業界に身を置いていると自然に流れてくる。

 なるほど、つまり公募コンペティションというていで、詰め腹を切らせる人間を探しているということか。街大工ならいくら潰しても替えが利くとでも言いたいらしい。

「失礼いたします」

 リトリィが再び頭を下げると、俺は彼女をねぎらい、そしてカップに手を伸ばした。レルバートさんにも勧める。

「どうぞ、ご遠慮なさらず。彼女の淹れる茶は、なかなかのものでして」

 この世界では、謙遜は大した美徳にならない。それよりも自慢の腕を振るった、と言った方が、もてなしになる。
 俺の言葉に、彼は刹那、ためらったようだったが、カップを一瞥し、そしてようやく手を伸ばした。
 口元に持っていったあと、軽く目を見張り、そしてひと口、カップを傾ける。

「……これは……」

 ひと口、ふた口――

 さっきまでの仮面のように無機質な表情だったレルバートさんの頬が緩んでいるのが、俺でもわかるくらいの変貌ぶりだ。

「……ああ、いや、これは失礼。獣人族ベスティリングをお雇いになられるなど、なんと慈悲深いと思いましたが、このような技能の持ち主であれば、雇うのもやぶさかではありますまい。
 使を手に入れられましたな」

 ――ああ、やっぱりか。
 俺は笑みを貼り付けたまま、男を見る。

 最初の応対をマイセルに、そして茶の接待をリトリィにさせるのは、これが目的だ。
 彼女たちにも、納得してもらっている。

「いえ、お褒め頂き恐縮です。お客様にことのほか喜んでいただけたと、あとで申し伝えておきますよ」

 そして、少し唇の端をゆがめる。

「――愛する妻・・・・に」

 レルバートさんが、軽く目を見張る。
 俺は軽く顔を伏せ、上目遣いにレルバートさんを見やる。
 少しいびつな笑みを浮かべてみせたまま。

「いえ、妻も喜んでいる・・・・・・・のですよ。彼女の腕前には」

 続けた俺の言葉に、彼はほっとしたように目を閉じると、単眼鏡モノクルをはずし、磨き始めた。

「いやはや……お人が悪い。てっきり奥方を使用人と呼ばわってしまったかと……」
「いえいえ。私の妻ですから、ふたりとも・・・・・

 今度こそ大きく目を見張るレルバートさん。
 まあ、そりゃそうだな。

 女性使用人を雇うのは奥さんで、男性使用人を雇うのは旦那さん、というのも聞いたことがある。

 つまり、リトリィは、俺の妻に雇われた使用人だ、という解釈ができる返答をした後で、実は二人とも俺の妻だ、という回答だったのだ。
 我ながら意地の悪い返答だ。

 だが、これで腹は決まった。
 
「今回の件でございますが、どうにも私はこの街に来てまだ日が浅い。大工ギルドへの加盟も済ませたばかりでございます。そのような者にも門戸を開いてくださったこと、誠に感謝の念に堪えません」

 俺は慇懃に頭を下げてみせる。

「ほう、では……」
「だからこそ、他の街大工の方々と共に公募に参加させていただけるなど、身に余る光栄に浴してよいものなのかどうか、判断がつきかねるのです。一日、返答を待っていただけますでしょうか。明日、こちらから伺いますので」

 どうも、先方は返答を留保されるとは思っていなかったようだ。ぴくりと眉を動かす。

「……それは、断ることもあり得る、ということですかな?」
「私一人では判断がつきかねる、と申し上げております。愛する妻たち、そしてマレット氏の動向などを合わせて、私の判断とさせていただきたいと」

 レルバートさんの険しい視線が、一瞬奥のキッチンに向かう。
 だがもう遅い。リトリィに対するあの言動を、俺はきっちりと記憶した。

「……さようでございますか」
「いえ、すぐに返答できぬこと、申し訳ありません。明日、必ず伺いますので」


――――――――――
 お読みいただきありがとうございます。
 感想や評価をいただくたび、本当にありがたく読ませていただいています。
 もしよろしければ「♡応援する」へのチェックや★の評価、感想などをいただけると、作者の励みになります。
 よろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。 日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。 フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ! フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。 美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。 しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。 最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!

異世界カフェ食堂で皿洗いをしますと思ったら日本料理を創造する力が与えられていた!(もふもふ聖獣猫のモフにゃーと楽しく日本料理を創造します)

なかじまあゆこ
ファンタジー
可愛いもふもふ達とアリナは異世界でスローライフをします。 異世界召喚された安莉奈は幼女の姿になっていた。神様に与えられた能力を使い眷属聖獣猫モフにゃーや魔獣のライオン魔獣鳥に魔獣の日焼けとお料理を創造します! 熊元安莉奈(くまもとありな)は黄色のバスに乗せられ異世界召喚された。 そして、なぜだか幼女の姿になっていた。しかも、日本の地球人だったことを忘れていたのだ。 優しいモリーナ夫妻に養子として引き取れた安莉奈はアリナになった。 モリーナ夫妻はカフェ食堂を経営していたが繁盛しておらず貧乏だった。料理が出来ないアリナはお皿洗いなどのお手伝いを小さな体ながらしていたのだけど。 神様から日本料理を創造する力が与えられていた! その力を使うと。 地球では辛い生活を送っていた安莉奈が異世界ではアリナとしてお父さんに激愛され幸せに生きている。 エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...