ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
369 / 785
第四部 異世界建築士と幸せの鐘塔

第345話:再起

しおりを挟む
「……その、外れた蝶番はそちらの責任で修理をお願いいたしますぞ」
「うるせえ! 大工のやることに口出しするな! 今日中に直してやらぁ!」

 マレットさんに引きずられるようにして、館を後にする俺たち。

『――「盗作」の図面を持ち込まれても、困るのですよ』

 俺はその時、呆然として何も考えられなかった。
 頭の中をぐるぐるとなにかが駆け巡るようで、しかし、思うように言葉にできないありさまだった。マレットさんが飛び込んでこなかったら、俺はどうなっていただろう。

「悲鳴を聞いた時のリトリィ嬢ちゃんのを押さえるのは、骨が折れたんだぜ?」

 マレットさんもリトリィもマイセルも、隣の控室のようなところで待機していたのだ。
 どうも、俺の悲鳴を聞いたリトリィが、『だんなさまが、人さまから考えを盗んだなんてあるものですか!』と牙を剥きだして部屋に飛び込もうとしたのだという。
 で、マレットさんがかろうじて追いすがってリトリィを押さえてから、『オレが話をつけるから』と、俺がいた部屋に飛び込んだのだという。

 ……俺、そんなに大きな声を出していたのか。そう思ったら、俺の悲鳴を聞いたのはリトリィだけだったのだそうだ。マイセルもマレットさんも、突然牙を剥いたリトリィにまず驚いたらしい。

 マレットさんが飛び込んだあとがまた、大変だったというのに。リトリィまで飛び込んでいたら、どうなっていただろう。

「どうもこうもあるか!」

 マレットさんは、吐き捨てるように言った。

「オレが認めた大工を疑いやがるなんて真似した執事野郎なんて知るか!」



「――で? 例の改修案が盗作疑惑って、何だったんだ?」
「分かりませんね、俺も何が何だか……」
「その、あんたの図面を盗作と断定した、その元の図面ってヤツは、どんな風だったんだ?」
「それも分かりません。見せてもらえなかったものですから」

 道を歩きながら、マレットさんが石を蹴り飛ばす。

 あのときの、レルバート氏の冷淡な目が思い出される。
 あれは、本当に、心に突き刺さる冷たさだった。

「なんでだ、こっちを盗作呼ばわりするくらいなら、向こうが持ってる図面を突きつけてくるんじゃないのか?」
「コンペ――競作の情報ですから、今はまだ、向こうとしては見せることはできないんじゃないですか?」
「あ? だったらそれこそ、向こうは知らん顔をしてあんたの図面を預かって、その上で知らん顔してあんたを落選させりゃいいだけだろう?」

 マレットさんは、まるで自分が選考から振り落とされたかのように不満そうだった。

「つうか、盗作だと? 精査もしないでか? ふざけてやがる、あの家の仕事はもう、二度と受けてやらねえ」
「いや、貴族なんだからお抱えの大工ぐらいいるだろ……?」
「いいんだよ、どうせそのお抱えの大工とやらが俺たちに仕事を押し付けるんだからよ。今に見てろあのクソ執事。おい、酒だ! 胸糞悪い気分を酒で洗い流すぞ!」

 そのまま、マレットさんに酒場に連れて行かれそうになったが、マイセルがそんなマレットさんの耳をつまんで、マレットさんの家まで引きずっていった。
 ……俺の妻は、どこまで強いんだ。



「……とんだことになりましたね」
「すみません、せっかくマイセルさんを頂いたのに、俺がこんなけちをつけてしまって……」
「なにをおっしゃるんですか。うちの娘の良さを引っ張り出してくださっただけでも御の字ですから」

 マレットさんの奥さん――ネイジェルさんが、シチューを盛りつけた皿をテーブルに並べていきながら笑った。
 マイセルは、リトリィと一緒にキッチンで奮闘中。どうも、俺を励まそうとしてくれているのか、料理がテーブルをどんどん埋め尽くしてゆく。

「悪いこともいいことも、順番ですから! ムラタさん、ご縁がなかったことはもう忘れて、新しいことを考えましょう! そもそもムラタさんは、私たち庶民のためのおうちをつくるために設計をしてきたんでしょ? いいんです、もうあんな人たちなんか!」

 マイセルがぷりぷり怒りながら、大きなパイ皿をリトリィと持ってきた。まだ焼き立てで、ふつふつと音を立てながら湯気を立ち上らせている。うん、いい香りだ。

「今日はいっぱい食べて、いやなことはみんなわすれましょう、だんなさま?」

 リトリィが、俺のコップに麦酒を注ぐ。
 彼女の長いまつ毛が、伏し目がちの目が、普段とは様子が違う。
 彼女は今回のことについてなにも言っていないが、きっと、思うことはたくさんあるんだろう。
 でも、彼女は何も言ってこない。ぷりぷり怒っているマイセルとは対照的だ。

 リトリィは、俺がしゃべるのを待っているのかもしれない。俺が弱音を吐きたいときにリトリィが怒ってしゃべり続けていたりしたら、俺の言いたいことが言えなくなるのではないか――そう思っているのかもしれない。

 ……そうだな。普段はほとんど飲まない酒だけど、今日ばかりは、我を忘れるほど飲んでみたい。酒の力を借りて、言いづらいことも言ってやる……!



「あんたはほんとに酒に弱いんだな」

 マレットさんが、月を見上げながら言った。

「めんぼく……ないです」
「いや、別に謝るところじゃねえんだがよ?」

 おそらく真っ青な顔をしている俺。
 夜風に当たりながら、俺はマレットさんと庭にいた。
 庭とはいっても、うちと違って小さなものだ。それでも、ベンチで涼めるのはありがたい。

「酒を思うように楽しめねえってのは、難儀な体だな。自分だったら生きていけねえかもしれん」

 がっはっはと笑いながら、酒瓶をあおるマレットさん。正直、その半分でも飲める体だったらとは思うが、まあできないものは仕方がない。
 頭がぐらぐらする。頭痛が酷い。不快感は果てしなく俺をさいなみ、まともな思考を維持するのも骨が折れる。ああ、やっぱりあんなにも飲むんじゃなかった。ああ、俺の馬鹿野郎。

「……どう思う、今回の、アンタの図面の話」
「どう……とは?」
「いくらなんでもおかしくないか? ムラタさんよ、あんた、そんなに破廉恥な真似をしたわけじゃないんだろ?」
「……俺が聞きたいですよ」

 ガンガンと響く鈍痛にうなされながら、俺はそう答えることしかできなかった。
 何をどう考えても、俺に非があったとは思えない。だが、レルバート氏は一方的に俺の不正を宣言してきた。訳が分からない。

「……あんた、ひょっとしてなにか機嫌を損ねることをやらかしたとか、そういう記憶は?」
「さっぱりです。……しいて言うなら……」

 以前、塔を壊すにはだいぶ手間がかかること、
 石材を再利用する場合、解体した石材を置く場所を長期間必要とすること、
 横着をして破壊するにとどめようとしたとき、下手をすれば屋敷を巻き込む恐れがあること――

 そう言ったことをレルバート氏に話したことを伝えると、マレットさんは首を傾げた。

「どれも真っ当だな、当たり前のことばかりだ。別にあんたが特別冷遇されるような原因になりそうな言葉とは思えん。ほかには考えられんのか?」
「それ以外と言われると、全く思い当たりませんよ……」
「……やれやれ、そういう事案が一番厄介だ。こっちの身に覚えのねえことではしごを外されてもなあ……」

 二人でため息をついていると、玄関が開いた。リトリィだった。

「マレットさま、だんなさま。お体を冷やしては毒です、そろそろ中にいらしてくださいな」

 リトリィの言葉に、俺たちは二人で苦笑いする。

「体を冷やしちゃダメだってよ?」
「……ああ言ってくれてるんです、行きますか」

 言われて気づいた。月がだいぶ上っている。
 思いのほか、長くいたようだ。

「ムラタさんよ。……人生、上手くいかねえことってのは何度でもやって来る。なに、今回は幸い、大きな損害が出たわけじゃねえ。ただ仕事が一つ、潰れただけだ」

 マレットさんの言葉に、俺は小さく笑ってみせた。

「……ええ、そう、ですね。自分の落ち度でもないところで、自分の落ち度とされるのは腹が立ちますが」
「まあ、そう腐るな。俺の方に来ている案件、いくつか紹介しようか?」
「それはありがたい……というところですが、いいんですか?」
「なに、娘婿の評判が上がれば、ウチの評判も上がるってもんだ」

 ニヤリとしてみせるマレットさんに、俺も笑った。
 終わった話にいくら嘆いても仕方ない。
 玄関で、心配そうにこちらを見ている妻がいる。
 よく見たら、その後ろからのぞいているのはマイセルじゃないか。
 ……なんだ、二人とも、俺が部屋に戻るのを待っていたのか。

「……マレットさん、行きましょうか」
「そうだな、カカァたちをいつまでも待たせておくのはよくねえ」



 さすがに義実家でコトを致すようなことは――
 そう思っていたのだが、マイセルはそう考えなかったようである。

「ちゃんと子作りを進めてるって理解してもらわないといけませんから!」

 ……だそうだ。結婚して三カ月。まだ、子供ができた気配はない。先日の藍月子作りの夜はリトリィには重要な夜だが、ヒトにとっては「ある程度影響する」というだけで、基本的には違うサイクルらしい。

 その夜、マイセルは、妙に積極的だった。リトリィが遠慮がちだったのとは対照的だった。
 だからだろうか、翌朝、クラムさんからもネイジェルさんからも、「これからも、娘をたっぷりと可愛がってあげてほしい」と妙に上機嫌な様子で言われてしまった。
 妻の母親からそんなセクハラをかまされるって、なんなんだ。

 ちなみにマレットさんは石のように沈黙していた。
 心なしか目が落ちくぼんでいるように見えるのは……ああ、マレットさんも頑張った、ということで間違いないだろう。マイセルに当てられた奥さんたちに、ねだられでもしたんだろうか。
 ……ハマーまで目が落ちくぼんでいるのは……ご愁傷さまとだけ言っておこう。

 まあ、なんだっていい。
 くじける機会は、これからも、いくらでもあるだろう。だが、俺には支えてくれるひとたちがいる。

「マレットさん、昨夜の話ですが、俺に回しても構わない案件って、どのようなものがありますか?」

 負けてたまるか、覚えていろ!
 何度だって立ち上がってやる!
 妻たちの愛に応えるためにも!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...