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第四部 異世界建築士と幸せの鐘塔
第448話:第442戦闘隊かく戦えり(7/14)
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フェルミが放ったクロスボウの矢。その矢に繋がれたロープに引っ掛けたカラビナから輪にしたロープを使って、一気に滑ってゆく!
ジェットコースターなんかメじゃないよ! ほんとに死ぬかと思った! どれだけ悲鳴を上げたかったことか! だけど声なんか上げたら、リノがせっかく囮役を引き受けてくれてるのに、こっちがバレちゃうじゃないか!
おまけに、窓の近くまでは順調に滑って行った俺だけど、窓の近くまで来たとき、たるみのせいであと一歩、届かなかったんだよ!
もう少しなのに! と思った瞬間、後ろから滑ってきたフェルミが俺の腰を蹴り飛ばすようにしたから、俺だけ部屋に突っ込んで一人巻き込みつつ盛大にすっ転んだ。
だが、尊い犠牲者に構っている暇なんてない。俺は窓に駆け寄ると、必死にこっちに向けて手を伸ばしているフェルミの手を取って引っ張り込んだ。
「し、死ぬかと思ったっスよ……!」
「俺もお前に蹴られてなかったら、いずれなぶり殺しだった。お前こそ俺の命の恩人だよ、助かった」
「……お前ら、一体何者だ?」
声を掛けられ、俺は改めて部屋を見回す。
部屋には、八人の男たちがいた。聞いていた人数の半分ほどしかいない。騎士らしき鎧の男が一人、その従兵と思われる男が二人。あとは民兵のようだった。
ドアの向こうから何か重量のありそうなものが叩きつけられるようで、そのたびにドアが揺れている。そのドアにタンスのようなものを押し付け、それを何人かで押さえているといった様子だった。
……だがドアは破れかけで、蝶番もすでに壊れている。まずい、今にも突破されそうだ!
「俺はあんたたちをを助けに来た! あんたたたちは四一二隊だな? 立てこもっているのはこれで全部か!?」
「よ、四一二隊はもう、俺とそいつだけです。あとは四〇〇隊、四二〇隊の生き残りと、こっちの騎士様だけです。他の部屋にはもう、誰もいません」
答えたのは四一二隊のガルードという男だった。俺が体当たりをぶちかましてしまったやつだ。こいつ、と呼ばれたのはヒルトというらしい。ガルードは俺と同じくらいの背格好だが、ヒルトというやつは俺よりもずっと若そうだった。
「……隊長、もしくは副隊長は?」
「いません。そちらの騎士様が、今の俺たちの隊長です」
反射的にそちらを向くと、鎧の男が大きくうなずいてみせた。
うちの隊長のようなベテランを期待していたが、残念ながらほかの生き残りも似たようなものだった。騎士様とやらだけだ、戦闘経験が豊富そうなのは。
だが、嘆いていても仕方がない。俺は一定の長さに切っておいたロープで輪を作り、カラビナに通す。
「今俺たちがやったみたいに、ロープにこの金具を引っかけて、ロープを滑り降りるんだ! 俺たちがもう一度ここから飛び出したら、俺たちの仲間が支援してくれる手はずになっている! 説明の時間も惜しい、すぐ準備してくれ!」
「監督、準備できたっスよ。予定通り、向こうの一階の集合住宅の窓枠に。多分、さっきのオレたちみたいなロープのたわみのことを考えると、途中で足がつくんじゃないっスかね?」
バッチリだ!
「俺が手本を見せる! 怖いかもしれないが、ここにいたら死ぬだけだ! 死にたくなければ、準備ができたやつから来てくれ!」
俺はそう言って、フェルミが張ってくれたロープにカラビナを引っかけてみせる。
「あとは、ロープの輪に尻を引っかけて腰掛けるようにして滑り降りるだけだ! じゃあ、俺がやってみせるから――」
「私はここに残る。私は騎士だ、これ以上逃げるわけにはいかない」
――あああ! 面倒くさい奴だこいつ!
こんなところで時間くってなんていられないんだよ! 俺には助けなきゃならない女の子が二人もいるんだ! どんな目に遭っても、きっと俺を信じて待ってくれている女の子が、二人も!
「逃げるんじゃないですよ! ここから移動して戦力を整えて、反撃するんです!」
胸倉をつかまんばかりの勢いで詰め寄る。
フェルミにいさめられたけど、俺の勢いは止まらなかった。
「ここじゃ狭くてろくに戦えやしない、なぶり殺しだ! 反撃の機会を逃がすんですか! それで名誉が保てるんですか! 生きて戦わずに、この街を守れるんですか!」
言いたいだけ言ったあと、俺は先に引っ掛けておいたロープに身を任せ、一気に窓から身を躍らせる!
……死にたくなければとは言ったけどな?
あんな啖呵を切ってみせたけどな?
でも俺、死ぬほど怖かったよ! おまけにロープのたわみのせいで、俺、生垣に思いっきり突っ込んじゃって、文字通り死ぬほど痛かったよ!
ちょうど人間一人分の穴ができちゃったけど、家の住人さんよ、許してくれ! 俺も死ぬほど痛かったんだから、チャラにしてくれよ!
俺は足が地面についたのを感じるとすぐに飛び降りて、ナイフを抜いた。クロスボウの矢まで走ると、ナイフの柄を金槌代わりにして、矢をより深くまで打ち込む。
二人目が、おっかなびっくり首を振っていたが、後ろからフェルミが蹴飛ばしたらしい。ひどい顔で滑り降りてきた。
あとは早かった。
次から次へと、男たちが滑り降りてくる。
俺たちに気づいた連中が、なにかわめきながら駆けつけてきたのが、三人目が着地したときだった。しかしその時にはすでに、隊長をはじめとした四四二隊のメンバーが援護に駆けつけてくれていた。
「ぅるああぁぁっ!」
ドグシャッ!
熊属人の隊長が持つ棍棒は、盾をもつ騎士を盾ごとへしゃげさせて吹き飛ばす! 鉄の鎧で身を固めた男が、一瞬とはいえ宙を舞うのだ! これほど頼もしい味方がほかにいるだろうか!
騎士の鎧の重さだけは心配だったけど、なんとかロープもカラビナも耐えてくれた。
最後にフェルミが滑り始めたとき、ついに扉が破られて――押さえる者がいなくなったからというのもあったが――部屋に侯爵軍の兵があふれた。
もぬけの殻の部屋に、突入した連中は慌てたようだが、すぐに俺たちの存在に気づいた。ロープを斬ろうとしたが、ピンと張られつつもたわむロープはなかなか切ることができなかったらしい。結局切れたのは、フェルミがもう少しで地面に足がつく瞬間だった。
「……酷い目に遭ったっスよ、まったく!」
フェルミは急に張力のなくなったロープから投げ出されて無様に地面に転げたが、命に別状はあるまい。命があるからぼやくことができる!
「撤収だ! 隊長! てっしゅう……で……!?」
「おう、大丈夫だ。この程度、ただのかすり傷よ」
彼の左の肩と腕、そして胸に、矢が突き刺さっている!
「獣人族の頑丈さを、甘く見るんじゃねえよ」
そう言って牙を剥いて笑ってみせる。
直立二足歩行の熊を思わせる毛深い体は、リトリィほどではないにしろ、野性味あふれる鋼のような肉体だ。たしかに、多少の怪我などものともしないように見える。
……だが、見えるだけだ。胸当て以外は生身の体なんだから!
「ワシが大丈夫と言ってるんだ、大丈夫っつったら大丈夫なんだよ!」
そう言って、目の前に対峙していた、簡素な鎧を着た従兵の首根っこを引っ掴むと、近くにいた騎士めがけて投げつける!
「撤収だろう? ホレ、あのおチビちゃんを呼んでとっととずらかるぞ」
すでに路地の陰から、ヒッグスとニューが顔を出してこっちにこいと誘導してくれている。あの二人に任せれば、おそらく逃げるのもたやすいはずだ。
「リノっ! もういい、こっちだ!」
あらん限りの声で叫ぶ。
屋根の上の豆粒のような彼女が、伸びあがるようにして俺の方を見た――ように感じた。
無事に逃げおおせてくれ――祈りながら、俺は隊長と共に逃げ出した。
「それで? ワシと二人でしんがりをやるって言うんだ、なにかいい手があるんだな?」
「いい手になる――というか、なってもらわなきゃ困るんですけどね!」
隊長の棍棒の威力のすさまじさに、俺たちをやや遠巻きにしつつも徐々に距離を詰めてくる侯爵軍の兵たちを、俺たちは後退しながらかろうじて凌いでいた。
俺たちは、狭い路地に逃げ込む。すぐに追いかけてきた先頭の騎士に、俺は瀧井さんからもらった竹筒のふたを開けた。
すぐさま隊長が自分の鼻をふさぐのを確認し、俺は竹筒の中身をぶちまけた!
黒っぽいその液体をかけられた騎士は、最初、兜のバイザーを跳ね上げると自分の顔をこすろうとしたが、すぐに異変を生じさせる。
「ひぎっ!? は、鼻が、鼻が曲がるッ! い、いきが……!」
「くっ、くさっ!? ――げほげふぉっ!?」
悶え苦しみ始める男たちに、俺は思いっきり、狂ったように笑ってやる。
「これは猛毒だ! においを嗅げば、それだけでゆっくりと肺から体が腐っていく、死の毒だ! どうせ俺はここで死ぬんだ、死なばもろともだ!!」
たちまち追手の男たちは恐慌状態に陥った。
液体をかけられた男は咳き込みながら、仲間のほうに向かって助けを求めた。しかし周りの連中は、その強烈な悪臭と毒への恐怖からか、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その隙に、俺は合流地点へと走る。
実はこの先にはヒッグスたちが知っている秘密の抜け穴――要するに壊れた壁の穴があって、そこから倉庫の中を通って抜けることができる。本当に、ヒッグスたちがいてよかった。
――それにしても、さっきの黒い液体の、あの強烈なニオイ!
覚えてる、覚えてるぞ!
初対面の時のガロウを昏倒させた、あのニオイだ!
さっきのあの液体は、ニオイの素に違いない。瀧井さん、とんでもないものを俺に寄こしたものだ!
もちろん、体が腐るうんぬんは俺のハッタリだが、あれが顔についた奴、本当に死にそうにくさいんだろうなあ。当分、誰も近づかない気がする。
俺がやったことながら、ちょっとだけ同情した。
「……リノ、リノ! 聞こえていたら返事をしてくれ!」
俺は人心地ついてから、「遠見の耳飾り」を通してリノに呼びかけ続けていた。
だが、リノからの返事も、映像もない。
「リノ、可愛いリノ! 返事をしてくれ、頼む!」
ヒッグスとニューが不安げに俺を見上げているの見て、俺は自分の失敗に気づいた。ずっと一緒に暮らしてた彼らだって――いや、彼らの方が、リノの無事を気にしているはずなのに。
俺は居ても立ってもいられず、現場に戻ろうとさえ思った。だが、先の行動の結果、たくさんの兵が俺たちを探してうろうろしているのが分かると、とても飛び出せなくなってしまった。
リノは今どこで、何をしているんだろう。先に言った通り、どこかの煙突か何かの陰で隠れてくれているだろうか。それとも、どこかの家の天窓か何かから入って、そこで休んでいたりしているだろうか。
都合のいい想像だとは思う。
けれど、そうでも考えないとやっていられなかった。
彼女が敵の手に落ちているなど、考えたくもなかった。
もしそんなことになったら、散々侯爵軍の野郎どもに挑発を行った少女だ、おぞましいことになるに決まっている。
もどかしくはあるが、「遠見の耳飾り」は彼女の手にあるはずなんだ。彼女から通信が入ってくることを待つしかない。彼女が無事であることを信じて。
四番通りをうかがうようにしながら、俺たちは再び東に向かって前進していた。
「……あのおチビちゃんたちが心配なんでしょ? 監督、残ってりゃよかったんスよ」
「いいんだ。あいつらも、じっとしてるよりああやって俺たちに協力してた方が、気が紛れるんだとさ。それに、もしかしたら道中で合流できるかもしれないだろう?」
例の家から救出した八人を加えて、俺たちは二十人近くに膨れ上がっていた。
こうなると、もう身軽な行動はできない。
リノがいてくれたときには、上からの的確な助言があったから素早く大胆に行動できた。しかし今は、敵と鉢合わせないように慎重に慎重を期して行動しなければならない。
俺たちは、ヒッグスとニューが知っている裏技のような道を、泥だらけになりながら進んでいた。
「……だからって監督、そんなヒョロい体で。大工仕事だって見てて危なっかしいってのに。さっきも随分無茶したっスけど、監督には荒事なんて似合わないっスよ?」
「これでも、奴隷商人の用心棒たちとやりあったくらいの経験はあるんだよ」
「それで自信を付けたってことっスか?」
「自信ってわけじゃない。俺は最初から、妻を取り返すために来たんだ。妻が辛い目に遭ってるっていうのに、人任せになんてしてられるか」
俺の言葉に、フェルミが苦笑した。
「――で、来ちまったんですかい? ヒョロっちいくせに、監督もヒマですねえ」
「それを言うならそっちだって――」
俺は、努めて明るくまぜっかえす。フェルミがその甲高い声で軽口をわざわざ叩いてくれている、それが分かるからだ。
「まさかフェルミが第四番隊、それも第四四二隊にいるとは思わなかった」
「そりゃこっちのセリフっスよ、監督。これからどうするつもりっスか?」
さっきまで、四番大路をまっすぐ東に向かえば、もうわずか二、三百メートルほどの距離だったのだ。リトリィとマイセルの待つあの家まで、もう、たったそれだけなんだ!
「俺の家族が待ってるんだ、行くしかないだろ!」
ジェットコースターなんかメじゃないよ! ほんとに死ぬかと思った! どれだけ悲鳴を上げたかったことか! だけど声なんか上げたら、リノがせっかく囮役を引き受けてくれてるのに、こっちがバレちゃうじゃないか!
おまけに、窓の近くまでは順調に滑って行った俺だけど、窓の近くまで来たとき、たるみのせいであと一歩、届かなかったんだよ!
もう少しなのに! と思った瞬間、後ろから滑ってきたフェルミが俺の腰を蹴り飛ばすようにしたから、俺だけ部屋に突っ込んで一人巻き込みつつ盛大にすっ転んだ。
だが、尊い犠牲者に構っている暇なんてない。俺は窓に駆け寄ると、必死にこっちに向けて手を伸ばしているフェルミの手を取って引っ張り込んだ。
「し、死ぬかと思ったっスよ……!」
「俺もお前に蹴られてなかったら、いずれなぶり殺しだった。お前こそ俺の命の恩人だよ、助かった」
「……お前ら、一体何者だ?」
声を掛けられ、俺は改めて部屋を見回す。
部屋には、八人の男たちがいた。聞いていた人数の半分ほどしかいない。騎士らしき鎧の男が一人、その従兵と思われる男が二人。あとは民兵のようだった。
ドアの向こうから何か重量のありそうなものが叩きつけられるようで、そのたびにドアが揺れている。そのドアにタンスのようなものを押し付け、それを何人かで押さえているといった様子だった。
……だがドアは破れかけで、蝶番もすでに壊れている。まずい、今にも突破されそうだ!
「俺はあんたたちをを助けに来た! あんたたたちは四一二隊だな? 立てこもっているのはこれで全部か!?」
「よ、四一二隊はもう、俺とそいつだけです。あとは四〇〇隊、四二〇隊の生き残りと、こっちの騎士様だけです。他の部屋にはもう、誰もいません」
答えたのは四一二隊のガルードという男だった。俺が体当たりをぶちかましてしまったやつだ。こいつ、と呼ばれたのはヒルトというらしい。ガルードは俺と同じくらいの背格好だが、ヒルトというやつは俺よりもずっと若そうだった。
「……隊長、もしくは副隊長は?」
「いません。そちらの騎士様が、今の俺たちの隊長です」
反射的にそちらを向くと、鎧の男が大きくうなずいてみせた。
うちの隊長のようなベテランを期待していたが、残念ながらほかの生き残りも似たようなものだった。騎士様とやらだけだ、戦闘経験が豊富そうなのは。
だが、嘆いていても仕方がない。俺は一定の長さに切っておいたロープで輪を作り、カラビナに通す。
「今俺たちがやったみたいに、ロープにこの金具を引っかけて、ロープを滑り降りるんだ! 俺たちがもう一度ここから飛び出したら、俺たちの仲間が支援してくれる手はずになっている! 説明の時間も惜しい、すぐ準備してくれ!」
「監督、準備できたっスよ。予定通り、向こうの一階の集合住宅の窓枠に。多分、さっきのオレたちみたいなロープのたわみのことを考えると、途中で足がつくんじゃないっスかね?」
バッチリだ!
「俺が手本を見せる! 怖いかもしれないが、ここにいたら死ぬだけだ! 死にたくなければ、準備ができたやつから来てくれ!」
俺はそう言って、フェルミが張ってくれたロープにカラビナを引っかけてみせる。
「あとは、ロープの輪に尻を引っかけて腰掛けるようにして滑り降りるだけだ! じゃあ、俺がやってみせるから――」
「私はここに残る。私は騎士だ、これ以上逃げるわけにはいかない」
――あああ! 面倒くさい奴だこいつ!
こんなところで時間くってなんていられないんだよ! 俺には助けなきゃならない女の子が二人もいるんだ! どんな目に遭っても、きっと俺を信じて待ってくれている女の子が、二人も!
「逃げるんじゃないですよ! ここから移動して戦力を整えて、反撃するんです!」
胸倉をつかまんばかりの勢いで詰め寄る。
フェルミにいさめられたけど、俺の勢いは止まらなかった。
「ここじゃ狭くてろくに戦えやしない、なぶり殺しだ! 反撃の機会を逃がすんですか! それで名誉が保てるんですか! 生きて戦わずに、この街を守れるんですか!」
言いたいだけ言ったあと、俺は先に引っ掛けておいたロープに身を任せ、一気に窓から身を躍らせる!
……死にたくなければとは言ったけどな?
あんな啖呵を切ってみせたけどな?
でも俺、死ぬほど怖かったよ! おまけにロープのたわみのせいで、俺、生垣に思いっきり突っ込んじゃって、文字通り死ぬほど痛かったよ!
ちょうど人間一人分の穴ができちゃったけど、家の住人さんよ、許してくれ! 俺も死ぬほど痛かったんだから、チャラにしてくれよ!
俺は足が地面についたのを感じるとすぐに飛び降りて、ナイフを抜いた。クロスボウの矢まで走ると、ナイフの柄を金槌代わりにして、矢をより深くまで打ち込む。
二人目が、おっかなびっくり首を振っていたが、後ろからフェルミが蹴飛ばしたらしい。ひどい顔で滑り降りてきた。
あとは早かった。
次から次へと、男たちが滑り降りてくる。
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「ぅるああぁぁっ!」
ドグシャッ!
熊属人の隊長が持つ棍棒は、盾をもつ騎士を盾ごとへしゃげさせて吹き飛ばす! 鉄の鎧で身を固めた男が、一瞬とはいえ宙を舞うのだ! これほど頼もしい味方がほかにいるだろうか!
騎士の鎧の重さだけは心配だったけど、なんとかロープもカラビナも耐えてくれた。
最後にフェルミが滑り始めたとき、ついに扉が破られて――押さえる者がいなくなったからというのもあったが――部屋に侯爵軍の兵があふれた。
もぬけの殻の部屋に、突入した連中は慌てたようだが、すぐに俺たちの存在に気づいた。ロープを斬ろうとしたが、ピンと張られつつもたわむロープはなかなか切ることができなかったらしい。結局切れたのは、フェルミがもう少しで地面に足がつく瞬間だった。
「……酷い目に遭ったっスよ、まったく!」
フェルミは急に張力のなくなったロープから投げ出されて無様に地面に転げたが、命に別状はあるまい。命があるからぼやくことができる!
「撤収だ! 隊長! てっしゅう……で……!?」
「おう、大丈夫だ。この程度、ただのかすり傷よ」
彼の左の肩と腕、そして胸に、矢が突き刺さっている!
「獣人族の頑丈さを、甘く見るんじゃねえよ」
そう言って牙を剥いて笑ってみせる。
直立二足歩行の熊を思わせる毛深い体は、リトリィほどではないにしろ、野性味あふれる鋼のような肉体だ。たしかに、多少の怪我などものともしないように見える。
……だが、見えるだけだ。胸当て以外は生身の体なんだから!
「ワシが大丈夫と言ってるんだ、大丈夫っつったら大丈夫なんだよ!」
そう言って、目の前に対峙していた、簡素な鎧を着た従兵の首根っこを引っ掴むと、近くにいた騎士めがけて投げつける!
「撤収だろう? ホレ、あのおチビちゃんを呼んでとっととずらかるぞ」
すでに路地の陰から、ヒッグスとニューが顔を出してこっちにこいと誘導してくれている。あの二人に任せれば、おそらく逃げるのもたやすいはずだ。
「リノっ! もういい、こっちだ!」
あらん限りの声で叫ぶ。
屋根の上の豆粒のような彼女が、伸びあがるようにして俺の方を見た――ように感じた。
無事に逃げおおせてくれ――祈りながら、俺は隊長と共に逃げ出した。
「それで? ワシと二人でしんがりをやるって言うんだ、なにかいい手があるんだな?」
「いい手になる――というか、なってもらわなきゃ困るんですけどね!」
隊長の棍棒の威力のすさまじさに、俺たちをやや遠巻きにしつつも徐々に距離を詰めてくる侯爵軍の兵たちを、俺たちは後退しながらかろうじて凌いでいた。
俺たちは、狭い路地に逃げ込む。すぐに追いかけてきた先頭の騎士に、俺は瀧井さんからもらった竹筒のふたを開けた。
すぐさま隊長が自分の鼻をふさぐのを確認し、俺は竹筒の中身をぶちまけた!
黒っぽいその液体をかけられた騎士は、最初、兜のバイザーを跳ね上げると自分の顔をこすろうとしたが、すぐに異変を生じさせる。
「ひぎっ!? は、鼻が、鼻が曲がるッ! い、いきが……!」
「くっ、くさっ!? ――げほげふぉっ!?」
悶え苦しみ始める男たちに、俺は思いっきり、狂ったように笑ってやる。
「これは猛毒だ! においを嗅げば、それだけでゆっくりと肺から体が腐っていく、死の毒だ! どうせ俺はここで死ぬんだ、死なばもろともだ!!」
たちまち追手の男たちは恐慌状態に陥った。
液体をかけられた男は咳き込みながら、仲間のほうに向かって助けを求めた。しかし周りの連中は、その強烈な悪臭と毒への恐怖からか、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その隙に、俺は合流地点へと走る。
実はこの先にはヒッグスたちが知っている秘密の抜け穴――要するに壊れた壁の穴があって、そこから倉庫の中を通って抜けることができる。本当に、ヒッグスたちがいてよかった。
――それにしても、さっきの黒い液体の、あの強烈なニオイ!
覚えてる、覚えてるぞ!
初対面の時のガロウを昏倒させた、あのニオイだ!
さっきのあの液体は、ニオイの素に違いない。瀧井さん、とんでもないものを俺に寄こしたものだ!
もちろん、体が腐るうんぬんは俺のハッタリだが、あれが顔についた奴、本当に死にそうにくさいんだろうなあ。当分、誰も近づかない気がする。
俺がやったことながら、ちょっとだけ同情した。
「……リノ、リノ! 聞こえていたら返事をしてくれ!」
俺は人心地ついてから、「遠見の耳飾り」を通してリノに呼びかけ続けていた。
だが、リノからの返事も、映像もない。
「リノ、可愛いリノ! 返事をしてくれ、頼む!」
ヒッグスとニューが不安げに俺を見上げているの見て、俺は自分の失敗に気づいた。ずっと一緒に暮らしてた彼らだって――いや、彼らの方が、リノの無事を気にしているはずなのに。
俺は居ても立ってもいられず、現場に戻ろうとさえ思った。だが、先の行動の結果、たくさんの兵が俺たちを探してうろうろしているのが分かると、とても飛び出せなくなってしまった。
リノは今どこで、何をしているんだろう。先に言った通り、どこかの煙突か何かの陰で隠れてくれているだろうか。それとも、どこかの家の天窓か何かから入って、そこで休んでいたりしているだろうか。
都合のいい想像だとは思う。
けれど、そうでも考えないとやっていられなかった。
彼女が敵の手に落ちているなど、考えたくもなかった。
もしそんなことになったら、散々侯爵軍の野郎どもに挑発を行った少女だ、おぞましいことになるに決まっている。
もどかしくはあるが、「遠見の耳飾り」は彼女の手にあるはずなんだ。彼女から通信が入ってくることを待つしかない。彼女が無事であることを信じて。
四番通りをうかがうようにしながら、俺たちは再び東に向かって前進していた。
「……あのおチビちゃんたちが心配なんでしょ? 監督、残ってりゃよかったんスよ」
「いいんだ。あいつらも、じっとしてるよりああやって俺たちに協力してた方が、気が紛れるんだとさ。それに、もしかしたら道中で合流できるかもしれないだろう?」
例の家から救出した八人を加えて、俺たちは二十人近くに膨れ上がっていた。
こうなると、もう身軽な行動はできない。
リノがいてくれたときには、上からの的確な助言があったから素早く大胆に行動できた。しかし今は、敵と鉢合わせないように慎重に慎重を期して行動しなければならない。
俺たちは、ヒッグスとニューが知っている裏技のような道を、泥だらけになりながら進んでいた。
「……だからって監督、そんなヒョロい体で。大工仕事だって見てて危なっかしいってのに。さっきも随分無茶したっスけど、監督には荒事なんて似合わないっスよ?」
「これでも、奴隷商人の用心棒たちとやりあったくらいの経験はあるんだよ」
「それで自信を付けたってことっスか?」
「自信ってわけじゃない。俺は最初から、妻を取り返すために来たんだ。妻が辛い目に遭ってるっていうのに、人任せになんてしてられるか」
俺の言葉に、フェルミが苦笑した。
「――で、来ちまったんですかい? ヒョロっちいくせに、監督もヒマですねえ」
「それを言うならそっちだって――」
俺は、努めて明るくまぜっかえす。フェルミがその甲高い声で軽口をわざわざ叩いてくれている、それが分かるからだ。
「まさかフェルミが第四番隊、それも第四四二隊にいるとは思わなかった」
「そりゃこっちのセリフっスよ、監督。これからどうするつもりっスか?」
さっきまで、四番大路をまっすぐ東に向かえば、もうわずか二、三百メートルほどの距離だったのだ。リトリィとマイセルの待つあの家まで、もう、たったそれだけなんだ!
「俺の家族が待ってるんだ、行くしかないだろ!」
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