488 / 785
第四部 異世界建築士と幸せの鐘塔
第461話:ミネッタの出産
しおりを挟む
「どうしても、直接礼を言いたいと言って聞かなくてね」
そう言って微笑むフェクトールの口元から、白い歯がのぞく。
うーん、お貴族さまは歯が命、と言いたげに光る歯が、実にさわやかだ。
その隣で赤ん坊を抱いて微笑んでいるのは、おなかの小さくなったミネッタ。貴族というのは一度産んでしまえばあとは乳母任せ、と思っていたが、違うのだろうか?
「正式に呼ぶと、また堅苦しくてお互いに面倒だと思ってね。昼の休憩がてら寄ってもらおうということになったのだよ。……どうも、意図が上手く伝わっていなかったようで、申し訳なかったが」
……ああ、そうだ。
あと二十日ほどで大鐘を吊るさなきゃならないと、塔の鐘楼の修復作業に当たっていた俺たち。
昼食を食い終わってさあしばらく昼寝だ、と思っていたら、完全武装の兵士がやってきて俺を連行したのだ。
リトリィとマイセルは炊き出しの後片付け中だったところに、フェクトールの執事であるレルバートさんが声を掛けに来たという。一緒にお手伝いをしていたヒッグスとニューとリノも、一緒に。
なんで俺の方は完全武装の兵二名なんだよ! 訳も分からず小突かれながら連行された俺の恐怖を補償しろ、謝罪と賠償を要求する!
「まあ、ムラタさんったら。冗談がお上手」
見た目と裏腹に怖いもの知らずの豪胆な方ですのに、とくすくす笑うミネッタ。フェクトールも同様だ。くそう、お前らそこになおれ!
「いや、私もなぜ兵たちがあんな誤解をしたのか、分からないのだよ。私はただ、塔で働いているはずの君を呼んでくれと言っただけなのだ」
「……本当に、それだけを?」
「顔がわからない、どんな男かと問われたから、館襲撃の夜の首謀者だよ、と答えたらすぐに分かってくれたよ」
やっぱりお前のせいじゃねえかッ!!
「……ミネッタとリトリィって、仲が良かったのか?」
「そのようだね。よく君たちの話をしているよ」
ミネッタと我が家の女性陣は、お茶を囲んで会話を楽しんでいる。でも、いつの間に仲良くなったんだ?
「君の奥方は、あまり過去にこだわらないひとのようだからね。ミネッタが炊き出しを始めたころは、ごく自然に炊き出しに誘ってくる上にあまりにも普通に接してくるものだから、ミネッタの方が首をかしげて恐縮していたよ」
あんなことがあったのに、とね――フェクトールはティーカップを傾けながら微笑んだ。さらりと金色の髪が揺れる。くそう、いちいち癪に障るほど絵になるイイ男だ。
「……過去にこだわらない?」
「そうだ。ああ、君もだよ。お人好しの見本のような夫婦だ、君たちは」
くっくっと笑いながら、フェクトールはカップを戻した。
レルバートさんがそのカップに、再び紅茶を注ぐ。
「……お人好し?」
「ミネッタの出産のときもそうだっただろう? 君たちは本来、関係などなかったはずなのに、結局最後まで付き合ってくれたじゃないか。右往左往するばかりだった私と違ってね」
フェクトールが、ソファに体を沈み込ませて、宙に視線を向ける。
「君たちのおかげで、今度ばかりは母の偉大さを思い知らされたよ。私をこの世に生み出したという、ただその一点だけで、今後は母に敬意を示すことができそうだ。私は自分の母親が好きではなかったのだが、ね」
貴族の女性――とくに身分の高い女性は、子を産むと、そのすべてを乳母に丸投げしてしまう人が多いのだという。特に、授乳によってボディラインが崩れるとかなんとかで。
フェクトールの母親もそうだったらしい。おまけに夜会と着飾ることに大変熱心だったようで、フェクトールのことはほとんど顧みてくれなかったそうだ。
「だから、はっきり言ってしまえば、私にとって母親などどうでもよい女だったのだよ。だが、ミネッタの出産に立ち会って、考え直させられた」
出産への立ち合い――あの戦場のようなありさま。フェクトールの言葉で、それを思い出した。大変だったが、いずれやってくるマイセルの出産のために、大いに勉強になったように思う。
……ほんとうに大変だった。
▲ △ ▲ △ ▲
「担架! 担架はないか!」
下腹を押さえてうめくミネッタを見ていられず、俺はレルバートさんに聞いた。だが、通じなかった。レルバートさんが担架を知らないのか、それともこの世界に担架がないのか。
「……くそっ、おいそこの兵隊さん! あんたが持ってる槍を貸してくれ! そこの騎士さん! あんたいいマントしてるな、それを貸してくれ!」
産気づいた、お貴族様お気に入りの妊婦のそばで、槍二本とマントを要求する二十八歳のヒョロガリ男。うん、怪しい。
だが俺は「いいからよこせ! 女性への奉仕は騎士の名誉だろっ!」と、自分でもわけのわからないことを口走りながら槍をひったくり、マントを外させた。
マントを広げ、槍を挟むようにしておよそ三分の一ほどの幅で折り返す。そこにもう一本の槍を挟み込み、折り返せば、即席の担架の出来上がりだ。
履修しててよかったスポーツ科学! 学問は身を助ける!
担架ができたところで、意を汲んだリトリィがミネッタをお姫様抱っこで運んでくる。
「だんなさま、こちらですね?」
そう言って、二本の槍の間――たたまれたマントの上にミネッタを横たえた。本当にリトリィはよく分かってくれている!
俺はミネッタの足側の方に回ると、ミネッタに背を向けるようにして二本の槍に手をかけた。リトリィもマイセルに声をかけ、二人で一本ずつ槍を手にしてくれた。
「リトリィ! せーの、で持ち上げるからな!」
「はい! いつでも!」
「レルバートさん! どこに運べばいい!? 案内を頼む!」
「は、はい、ではこちらへ……」
そうやっている間に、フェクトールの奴が走ってきて「どうした、ミネッタに何があったんだ!」なんて珍しく狼狽しているものだから、彼女が産気づいたこと、すぐに運ぶから大丈夫だと伝える。
奴はこの会の主催者なのだ、心配させまいとしたつもりだった。
ところがフェクトールの奴、なにをトチ狂ったのか、「ここに集まってくれた街の皆よ!」と、大声で叫びやがったんだ。
「私の子が生まれるのだ、申し訳ないが私はこれで中座する。礼を失する詫びとして、酒を用意させよう! 我らが勝ち得た平和を堪能してくれたまえ!」
そんなことを言ったら大騒ぎになるって、奴は考えなかったのだろうか。
野次馬が殺到する前に、俺は慌てて掛け声をかけた。
「行くぞ二人とも! せーのっ!」
正直に言えば、俺とマイセルで後ろを分担し、リトリィが一人で前を持ったほうが間違いなくスムーズだっただろう。
なにせリトリィの方が俺より力も持久力もあるのだから。
けれどリトリィは、そんなことは言わなかった。俺に花を持たせてくれたのだろう。
それにミネッタにとって、見上げる顔が男の俺よりは、女性の方がいくらか気安かったはずだ。加えて、移動する際には患者にとって足側を前にして進んだ方が、進行方向に見通しが持てるから不安になりにくいと聞いたことがある。
だから、俺が前になっていたほうが、きっとよかったはずだ。
もう腕がしびれてきたころにたどり着いた部屋では、ミネッタのお産が近いことは周知されていたようで、白衣の女性たちがすでに待機していた。
その部屋は日当たりの良さそうな、大きな窓があり、こじんまりとはしているが清潔そうなベッドが用意されていた。
看護師のリーダーらしき太った女性が、俺が先頭になって担ぎ込んだことに眉をひそめてみせた。だが、俺たちのことは貴重な労働力、と割り切ったらしい。
リトリィの服のすそをミネッタがつかんでいたということもあって、リトリィもマイセルも、自動的にお手伝い要員に組み込まれてしまった。
対して俺はというと、運び込んだミネッタを見ることができる場所には入れてもらえなかったが(当然だろう)、かわりにタオルやらお湯やらなんやらを運ぶ、馬車馬のような扱いを受けた。
余裕があったのは、運び込んでから二時間としばらくの間。
それまでは、おなかの痛みを訴えてから本格的にお産が始まるまでは時間がかかるものなんだなあ、と廊下でチビたちを相手にしながら時間を潰していた。フェクトールなど話をする精神状態ではないらしく、終始イライラした様子で、廊下をぐるぐるしていた。
「ミネッタ姉ちゃんのお腹から、赤ちゃんが出てくるのか? どうやって? 信じられねえよ!」」
「俺もお産に立ち会ったことなんてないからな。でもヒッグス、楽しみだろう?」
「ねえねえ、だんなさま! 赤ちゃんって、姉ちゃんみたいな耳、生えてるのかな?」
「どうだろうな、どっちに似るんだろうな。リノはどっち似だと思う?」
「おっさんおっさん! おれ、赤ちゃんはおっさん似だと思う!」
「はっはっは、ニュー。悪気がなくてもそーいう恐ろしいことを言うな。ほら、俺の背中の後ろで、赤い服のおにーさんが今にも剣を抜きそうだろう?」
そんなこんなで、平和な時間を過ごしていた時だった。
突然ドアが開いて、白衣の女の人が顔を出した。
「ああいた、よかった! ちょっと、そこのあなた! あなたよあなた! あなた以外に誰がいるっていうの! ……フェクトール様? 馬鹿おっしゃい! お館様に頼みごとをするわけがないでしょう!」
それからは、やれ水を汲んでこいだの、追加の薪を持ってこいだの、布を持ってこいだの、散々こき使われた。
汗だくになりながらそれらを持ってきて、部屋のドアを開けるたびに、苦しげな吐息や悲鳴が聞こえてきて、お産というものが想像をはるかに超えて苦痛に満ちたものだということを思い知らされる。
だからドアノブを握るたびに、耳をふさぎたくなった。
――でも、女性はみんな、そうやって次の命を産むんだ。
そう考えると、耳をふさぎたくなるのは、男の逃げでしかないように思われて、歯を食いしばりながら、俺は持ってきたものを渡すためにドアを開けた。
そうして何度目だったろうか。
「ほら、はい! いきんで! 大丈夫、もう頭は見えてるから!」
天井から垂らした布越しに聞こえてくる言葉に、俺はもうすぐなのだと知る。
瞬間、俺は駆け戻ると、相変わらず廊下をぐるぐるしていたフェクトールの腕をつかんだ。
「おい! こんなところでぐるぐるしてる場合かよ! お前の子供がもうすぐ生まれるんだぞ!」
「な、なにを言っている。だからこそ、私はここで――」
「父親になるんだろうが! 産声ぐらい聞いてやれよ!」
「うぶ、ごえ……?」
「赤ん坊の第一声だよ! 一生ものの記念イベントだぞ!」
部屋に引っ張り込むと、ミネッタの吐息とも悲鳴ともつかぬ悲痛な声が聞こえてきた。フェクトールが目を見開き、「ミネッタ!」と叫ぶ。
「……ちょっとあなた! なにを勝手なことをしてるんですか!」
布をまくり上げて、目を三角に釣り上げた白衣の女性がこちらにやってきた。
くどくど言われて部屋から追い出されそうになるが、フェクトールの耳には入らなかったらしく、布の向こうに突撃してしまう。
「い、いけませんフェクトール様! ここは男性が入ってよい場所ではありません!」
女性たちの悲鳴が上がった。
なるほど、父親が出産に立ち会うなんて風習は、ここにはないらしい。
それにしても、布がまくり上げられたその一瞬でしか分からなかったが、なかなか壮絶な姿だった。
おそらくいくつものクッションやら毛布やらを丸めてあるのだろう、大きな布の塊にミネッタが抱き着くようにして、四つん這いのようにして膝を立てていた。のけぞるようにして歯を食いしばるその横顔が、強烈に目に焼き付く。
その周りに何人か、白いエプロンに身を包んだ女性たちがいて、一人が背中をさするようにして励ましている。
一瞬だけしか見えなかったけど、たしかにそんな姿だったのだ。
ここは貴族の館なのだから、当然医療のレベルも最高峰のはず。
ということは、あのスタイルがこの世界での「最も普及したお産の姿」なのだろう。
その後の、ミネッタのさらなる悲鳴、そしてうろたえつつも懸命に励ますフェクトールの言葉に、俺は言い知れぬ思いを抱いていた。
あのクールなイケメンが、こんなにも切羽詰まった声で、我が子を産もうとしている女性に、懸命に声をかけている。
ミネッタはミネッタで、うめき声とも悲鳴ともとれる声を上げながら、歯を食いしばるようにして、いきんでいる。
それが、一枚の布越しに、ありありと伝わってくるのだ。
目で見ることはできなくても、感じることができる姿。
二人が手を取り合い、ひとつの命をこの世界に送り出そうとする、それは、あまりにも尊い姿だった。
――――――――――
【応急担架の作り方】
https://kakuyomu.jp/users/kitunetuki_youran/news/16816927862938829059
(画像は総務省消防庁「チャレンジ! 防災48」の補助資料から引用)
――――――――――
そう言って微笑むフェクトールの口元から、白い歯がのぞく。
うーん、お貴族さまは歯が命、と言いたげに光る歯が、実にさわやかだ。
その隣で赤ん坊を抱いて微笑んでいるのは、おなかの小さくなったミネッタ。貴族というのは一度産んでしまえばあとは乳母任せ、と思っていたが、違うのだろうか?
「正式に呼ぶと、また堅苦しくてお互いに面倒だと思ってね。昼の休憩がてら寄ってもらおうということになったのだよ。……どうも、意図が上手く伝わっていなかったようで、申し訳なかったが」
……ああ、そうだ。
あと二十日ほどで大鐘を吊るさなきゃならないと、塔の鐘楼の修復作業に当たっていた俺たち。
昼食を食い終わってさあしばらく昼寝だ、と思っていたら、完全武装の兵士がやってきて俺を連行したのだ。
リトリィとマイセルは炊き出しの後片付け中だったところに、フェクトールの執事であるレルバートさんが声を掛けに来たという。一緒にお手伝いをしていたヒッグスとニューとリノも、一緒に。
なんで俺の方は完全武装の兵二名なんだよ! 訳も分からず小突かれながら連行された俺の恐怖を補償しろ、謝罪と賠償を要求する!
「まあ、ムラタさんったら。冗談がお上手」
見た目と裏腹に怖いもの知らずの豪胆な方ですのに、とくすくす笑うミネッタ。フェクトールも同様だ。くそう、お前らそこになおれ!
「いや、私もなぜ兵たちがあんな誤解をしたのか、分からないのだよ。私はただ、塔で働いているはずの君を呼んでくれと言っただけなのだ」
「……本当に、それだけを?」
「顔がわからない、どんな男かと問われたから、館襲撃の夜の首謀者だよ、と答えたらすぐに分かってくれたよ」
やっぱりお前のせいじゃねえかッ!!
「……ミネッタとリトリィって、仲が良かったのか?」
「そのようだね。よく君たちの話をしているよ」
ミネッタと我が家の女性陣は、お茶を囲んで会話を楽しんでいる。でも、いつの間に仲良くなったんだ?
「君の奥方は、あまり過去にこだわらないひとのようだからね。ミネッタが炊き出しを始めたころは、ごく自然に炊き出しに誘ってくる上にあまりにも普通に接してくるものだから、ミネッタの方が首をかしげて恐縮していたよ」
あんなことがあったのに、とね――フェクトールはティーカップを傾けながら微笑んだ。さらりと金色の髪が揺れる。くそう、いちいち癪に障るほど絵になるイイ男だ。
「……過去にこだわらない?」
「そうだ。ああ、君もだよ。お人好しの見本のような夫婦だ、君たちは」
くっくっと笑いながら、フェクトールはカップを戻した。
レルバートさんがそのカップに、再び紅茶を注ぐ。
「……お人好し?」
「ミネッタの出産のときもそうだっただろう? 君たちは本来、関係などなかったはずなのに、結局最後まで付き合ってくれたじゃないか。右往左往するばかりだった私と違ってね」
フェクトールが、ソファに体を沈み込ませて、宙に視線を向ける。
「君たちのおかげで、今度ばかりは母の偉大さを思い知らされたよ。私をこの世に生み出したという、ただその一点だけで、今後は母に敬意を示すことができそうだ。私は自分の母親が好きではなかったのだが、ね」
貴族の女性――とくに身分の高い女性は、子を産むと、そのすべてを乳母に丸投げしてしまう人が多いのだという。特に、授乳によってボディラインが崩れるとかなんとかで。
フェクトールの母親もそうだったらしい。おまけに夜会と着飾ることに大変熱心だったようで、フェクトールのことはほとんど顧みてくれなかったそうだ。
「だから、はっきり言ってしまえば、私にとって母親などどうでもよい女だったのだよ。だが、ミネッタの出産に立ち会って、考え直させられた」
出産への立ち合い――あの戦場のようなありさま。フェクトールの言葉で、それを思い出した。大変だったが、いずれやってくるマイセルの出産のために、大いに勉強になったように思う。
……ほんとうに大変だった。
▲ △ ▲ △ ▲
「担架! 担架はないか!」
下腹を押さえてうめくミネッタを見ていられず、俺はレルバートさんに聞いた。だが、通じなかった。レルバートさんが担架を知らないのか、それともこの世界に担架がないのか。
「……くそっ、おいそこの兵隊さん! あんたが持ってる槍を貸してくれ! そこの騎士さん! あんたいいマントしてるな、それを貸してくれ!」
産気づいた、お貴族様お気に入りの妊婦のそばで、槍二本とマントを要求する二十八歳のヒョロガリ男。うん、怪しい。
だが俺は「いいからよこせ! 女性への奉仕は騎士の名誉だろっ!」と、自分でもわけのわからないことを口走りながら槍をひったくり、マントを外させた。
マントを広げ、槍を挟むようにしておよそ三分の一ほどの幅で折り返す。そこにもう一本の槍を挟み込み、折り返せば、即席の担架の出来上がりだ。
履修しててよかったスポーツ科学! 学問は身を助ける!
担架ができたところで、意を汲んだリトリィがミネッタをお姫様抱っこで運んでくる。
「だんなさま、こちらですね?」
そう言って、二本の槍の間――たたまれたマントの上にミネッタを横たえた。本当にリトリィはよく分かってくれている!
俺はミネッタの足側の方に回ると、ミネッタに背を向けるようにして二本の槍に手をかけた。リトリィもマイセルに声をかけ、二人で一本ずつ槍を手にしてくれた。
「リトリィ! せーの、で持ち上げるからな!」
「はい! いつでも!」
「レルバートさん! どこに運べばいい!? 案内を頼む!」
「は、はい、ではこちらへ……」
そうやっている間に、フェクトールの奴が走ってきて「どうした、ミネッタに何があったんだ!」なんて珍しく狼狽しているものだから、彼女が産気づいたこと、すぐに運ぶから大丈夫だと伝える。
奴はこの会の主催者なのだ、心配させまいとしたつもりだった。
ところがフェクトールの奴、なにをトチ狂ったのか、「ここに集まってくれた街の皆よ!」と、大声で叫びやがったんだ。
「私の子が生まれるのだ、申し訳ないが私はこれで中座する。礼を失する詫びとして、酒を用意させよう! 我らが勝ち得た平和を堪能してくれたまえ!」
そんなことを言ったら大騒ぎになるって、奴は考えなかったのだろうか。
野次馬が殺到する前に、俺は慌てて掛け声をかけた。
「行くぞ二人とも! せーのっ!」
正直に言えば、俺とマイセルで後ろを分担し、リトリィが一人で前を持ったほうが間違いなくスムーズだっただろう。
なにせリトリィの方が俺より力も持久力もあるのだから。
けれどリトリィは、そんなことは言わなかった。俺に花を持たせてくれたのだろう。
それにミネッタにとって、見上げる顔が男の俺よりは、女性の方がいくらか気安かったはずだ。加えて、移動する際には患者にとって足側を前にして進んだ方が、進行方向に見通しが持てるから不安になりにくいと聞いたことがある。
だから、俺が前になっていたほうが、きっとよかったはずだ。
もう腕がしびれてきたころにたどり着いた部屋では、ミネッタのお産が近いことは周知されていたようで、白衣の女性たちがすでに待機していた。
その部屋は日当たりの良さそうな、大きな窓があり、こじんまりとはしているが清潔そうなベッドが用意されていた。
看護師のリーダーらしき太った女性が、俺が先頭になって担ぎ込んだことに眉をひそめてみせた。だが、俺たちのことは貴重な労働力、と割り切ったらしい。
リトリィの服のすそをミネッタがつかんでいたということもあって、リトリィもマイセルも、自動的にお手伝い要員に組み込まれてしまった。
対して俺はというと、運び込んだミネッタを見ることができる場所には入れてもらえなかったが(当然だろう)、かわりにタオルやらお湯やらなんやらを運ぶ、馬車馬のような扱いを受けた。
余裕があったのは、運び込んでから二時間としばらくの間。
それまでは、おなかの痛みを訴えてから本格的にお産が始まるまでは時間がかかるものなんだなあ、と廊下でチビたちを相手にしながら時間を潰していた。フェクトールなど話をする精神状態ではないらしく、終始イライラした様子で、廊下をぐるぐるしていた。
「ミネッタ姉ちゃんのお腹から、赤ちゃんが出てくるのか? どうやって? 信じられねえよ!」」
「俺もお産に立ち会ったことなんてないからな。でもヒッグス、楽しみだろう?」
「ねえねえ、だんなさま! 赤ちゃんって、姉ちゃんみたいな耳、生えてるのかな?」
「どうだろうな、どっちに似るんだろうな。リノはどっち似だと思う?」
「おっさんおっさん! おれ、赤ちゃんはおっさん似だと思う!」
「はっはっは、ニュー。悪気がなくてもそーいう恐ろしいことを言うな。ほら、俺の背中の後ろで、赤い服のおにーさんが今にも剣を抜きそうだろう?」
そんなこんなで、平和な時間を過ごしていた時だった。
突然ドアが開いて、白衣の女の人が顔を出した。
「ああいた、よかった! ちょっと、そこのあなた! あなたよあなた! あなた以外に誰がいるっていうの! ……フェクトール様? 馬鹿おっしゃい! お館様に頼みごとをするわけがないでしょう!」
それからは、やれ水を汲んでこいだの、追加の薪を持ってこいだの、布を持ってこいだの、散々こき使われた。
汗だくになりながらそれらを持ってきて、部屋のドアを開けるたびに、苦しげな吐息や悲鳴が聞こえてきて、お産というものが想像をはるかに超えて苦痛に満ちたものだということを思い知らされる。
だからドアノブを握るたびに、耳をふさぎたくなった。
――でも、女性はみんな、そうやって次の命を産むんだ。
そう考えると、耳をふさぎたくなるのは、男の逃げでしかないように思われて、歯を食いしばりながら、俺は持ってきたものを渡すためにドアを開けた。
そうして何度目だったろうか。
「ほら、はい! いきんで! 大丈夫、もう頭は見えてるから!」
天井から垂らした布越しに聞こえてくる言葉に、俺はもうすぐなのだと知る。
瞬間、俺は駆け戻ると、相変わらず廊下をぐるぐるしていたフェクトールの腕をつかんだ。
「おい! こんなところでぐるぐるしてる場合かよ! お前の子供がもうすぐ生まれるんだぞ!」
「な、なにを言っている。だからこそ、私はここで――」
「父親になるんだろうが! 産声ぐらい聞いてやれよ!」
「うぶ、ごえ……?」
「赤ん坊の第一声だよ! 一生ものの記念イベントだぞ!」
部屋に引っ張り込むと、ミネッタの吐息とも悲鳴ともつかぬ悲痛な声が聞こえてきた。フェクトールが目を見開き、「ミネッタ!」と叫ぶ。
「……ちょっとあなた! なにを勝手なことをしてるんですか!」
布をまくり上げて、目を三角に釣り上げた白衣の女性がこちらにやってきた。
くどくど言われて部屋から追い出されそうになるが、フェクトールの耳には入らなかったらしく、布の向こうに突撃してしまう。
「い、いけませんフェクトール様! ここは男性が入ってよい場所ではありません!」
女性たちの悲鳴が上がった。
なるほど、父親が出産に立ち会うなんて風習は、ここにはないらしい。
それにしても、布がまくり上げられたその一瞬でしか分からなかったが、なかなか壮絶な姿だった。
おそらくいくつものクッションやら毛布やらを丸めてあるのだろう、大きな布の塊にミネッタが抱き着くようにして、四つん這いのようにして膝を立てていた。のけぞるようにして歯を食いしばるその横顔が、強烈に目に焼き付く。
その周りに何人か、白いエプロンに身を包んだ女性たちがいて、一人が背中をさするようにして励ましている。
一瞬だけしか見えなかったけど、たしかにそんな姿だったのだ。
ここは貴族の館なのだから、当然医療のレベルも最高峰のはず。
ということは、あのスタイルがこの世界での「最も普及したお産の姿」なのだろう。
その後の、ミネッタのさらなる悲鳴、そしてうろたえつつも懸命に励ますフェクトールの言葉に、俺は言い知れぬ思いを抱いていた。
あのクールなイケメンが、こんなにも切羽詰まった声で、我が子を産もうとしている女性に、懸命に声をかけている。
ミネッタはミネッタで、うめき声とも悲鳴ともとれる声を上げながら、歯を食いしばるようにして、いきんでいる。
それが、一枚の布越しに、ありありと伝わってくるのだ。
目で見ることはできなくても、感じることができる姿。
二人が手を取り合い、ひとつの命をこの世界に送り出そうとする、それは、あまりにも尊い姿だった。
――――――――――
【応急担架の作り方】
https://kakuyomu.jp/users/kitunetuki_youran/news/16816927862938829059
(画像は総務省消防庁「チャレンジ! 防災48」の補助資料から引用)
――――――――――
0
あなたにおすすめの小説
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる