ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
568 / 785
第五部 異世界建築士と子供たちの楽園

第539話:それはてるてる坊主のように

しおりを挟む
「だんなさま、つめたーい!」
「ほら、動くなって」
「えへへーっ、わしゃわしゃわしゃ~っ!」

 春とはいえ冷たい井戸水をぶっかけながら、リノの髪を洗う。
 初めて出会ったときは明るい茶色だと思っていた髪だが、明るい茶色とはちみつ色のまだらだということに、最近気が付いたんだ。

 特に前髪の一部の房がまとまっているほか、髪全体の中に混じり合うような感じ。光の加減でそう見えるのだろうと思っていたが、やっぱり髪の色自体が違っていたらしい。

 よく乾かした髪がふわりと風をはらむと、陽光にきらきらと輝いてとても綺麗だ。春だからこそ、気づくことができたのかもしれない。
 で、気づいたからこそ、朝、彼女の髪を洗うことにした。現場では保護帽ヘルメットで隠れてしまう髪だが、現場に行くまでにふわりとなびく彼女の髪を眺めることも、楽しみの一つになった。

「ね、ね、だんなさま!」

 リノが、俺の手を無視して俺を見上げる。

「こら、まだ洗ってる途中だ」
「シェクラの花、もう半分くらい咲いてるよ!」
「そうだな、今年の花もとても綺麗だ」
「パイって、いつ食べれるの?」

 ……リノの期待に満ちた目が愛らしい。思わず抱きしめたくなるのを我慢する。

「……そうだな、花が咲き終わったあと、実になってからだから……あとふた月ほど先かな?」
「ええーっ⁉ そんな先なの⁉」

 リノが目を丸くする。
 ぴんと立っていたしっぽが見る見るうちに垂れていき、耳も伏せてしまった。

「なんだ、シェクラの実自体は食べたことはあるんだろう?」
「地面に落ちてるの食べただけだから、いつごろとか気にしたことないもん」

 ……今度こそ、考える前に抱きしめていた。
 くすぐったがって身をよじるリノを、力いっぱい。

「ふひゃっ⁉ くすぐったい、だんなさま! 急にどうしたの?」
「……リトリィたちが、美味しいのを食べさせてくれるからな?」
「わ、わかったから! だんなさまくすぐったい、おむね……!」

 リノの後頭部があごを直撃するまで、それは続いた。



 屋根の修理ももうすぐ終わる――そんなときにこそ、油断というのは起こるものだと実感させられた。

「うわっ⁉」

 悲鳴とともに、バーザルトがしりもちをつく。
 ――軒先に向かって。
 後ずさりしながらつまずいたバーザルトは、そのまま実にあっさりと背中から転げたあと、腐っていたためバラ板を外したままだった空白部分から姿を消す――‼

「バーザルトッ‼」

 そばで作業をしていたリファルも、新しい瓦を持って足場を歩いていた俺も、バーザルトに何も届かないまま、彼が屋根の穴から消える瞬間を見送ってしまったのだ。

 とっさに瓦を足元に置くと、足場を駆け抜けて俺は屋根の上に飛び乗った。

「あっ――バカ! ムラタ、お前は……!」

 その瞬間、バラ板を踏んだ俺の足は、そのまま腐りきったバラ板を踏み抜いた。
 奇妙な一瞬の浮遊感のあと、激しい衝撃が胸を打つ!

「ぐへッ!」
「だんなさまぁッ!」

 リノの声が妙に遠くに感じ、俺はそのまま足をつかまれてずるりと体が引きずりおろされるかのような感覚に襲われ――

 気が付いたら、襟首をつかまれてぶら下がっていた。

「ムラタ、このバカヤロウが! お前は安全帯も命綱もつけてねえんだぞ! それなのに軽はずみに屋根に乗りやがって!」
「……すまない。バーザルトが落ちたのを見て、つい……」
「バカ! バーザルトは安全帯も命綱も付けてるだろうが! お前は何にもつけてねえんだぞ! お前が一番危ねえんだ! 現場監督のくせに何やってんだ!」

 リファルが、顔を真っ赤にして怒鳴る。

「ていうか、もう重くて持っていられねえよ! お前、残りの高さは三尺(約一メートル)もねえんだろ? 手を離すから、うまく着地しろよ!」
「わ、分かった」

 すぐ目の前はバラ板があって、首からを見ることはできないが、逆に言えば首から下はすっぽりと部屋の中に入っている。屋根裏部屋で、軒先近くの屋根は低いから、たしかにつま先から床まで、一メートルもないだろう。
 ということは、そのまままっすぐ飛び降りれば、着地のタイミングさえ間違わなければ怪我をすることもないはずだ。

「……よし、手を放してくれ。放すときは声、かけてくれよ?」
「分かって、るって……!」

 何度も「放すぞ!」という確認、そして訪れた浮遊感。すぐさまやってきた衝撃。

 そして、転倒。

 いや、着地した場所に、俺が踏み抜いたバラ板が散らばっていたんだよ。
 それを踏んでしまったものだから、足をひねって着地に失敗。俺は無様に床に転がったというわけだ。
 そして目の前には、命綱のおかげで屋根の上から宙吊りになっているバーザルト。
 彼には申し訳ないんだが、一瞬、自分自身の足の痛みを忘れた。まるでてるてる坊主のようにぶら下がっている、その珍妙な姿に。

「監督……なんかすみません。自分のせいで……」

 床に転げて足首を押さえてうめいていた俺に、心底すまなそうに声をかけてきた彼に、俺は歯を食いしばりながら無理矢理笑ってみせる。

「いい、いいんだ……。お前が無事なら、それで……!」

 足首をつかんで転げ回りながらそんなことを言っている俺は、相当にかっこ悪かったはずだ。だが、バーザルトが怪我をしなくてよかった。俺が怪我をしても俺が我慢をするだけで済むが、バーザルトが怪我をすると、作業が遅れる。

 しかも彼は、マレットさんから借りてきたマレットさんの大事なお弟子さんだ。怪我をさせるなんてとんでもない。それにバーザルトはまだ十代だが、生まれたばかりの子供もいる。怪我をして働けなくなったら、困るのは彼の家族だ。

 それにしても、本当に安全帯を実用化しておいてよかった。また、言うことをちゃんと聞いてくれるヒヨッコたちでよかった。

「バーザルト、怪我とか痛みとかはないか?」
「自分は大丈夫です。それより、監督は……」
「俺はいいんだよ。お前のほうが心配だ、背中から転げ落ちたから、変な衝撃でどこか痛めていたりしないか心配なんだ」
「いえ、監督こそ、奥さんが――」

 バーザルトが言いかけたときだった。
 天井の穴から飛び込んできた影があった。

「だんなさまっ!」

 ――リノだった。
 足首を抱えていた俺を見て、泣き出さんばかりに飛びついてきた。

「いてて――どうした、何かあったか?」
「だんなさま、足どうしたの⁉ おけが? おけがした⁉」

 ひどく狼狽して泣きださんばかりのリノの姿に、俺は胸が痛くなる。
 たった今バーザルトには「自分よりもお前が心配だ」と、本気でそう考えて声を掛けたが、考えてみたら俺にだって、怪我をすると俺のことを心配して胸を痛めてくれるひとたちがいるんだ。

 「自分だけの体じゃない」――よく聞く言葉だけど、その意味を俺は深く考えていなかったのだということを、改めて思い知らされる。

「……心配かけたな、すまない」

 だんなさま、だんなさま――そう繰り返してしがみつくリノの頭を撫でてやりながら、俺は、自分という存在について、俺自身があまりに軽んじていたことに気づく。

 そうだ。
 自分だけのためじゃない・・・・・・・・・・・んだ、安全も健康も。自分の身の回りの人たち――自分の身を案じてくれるひとたちのためにも、俺たちは自身の安全や健康に気を配らなきゃいけないんだ。

「――ほら、引っ張り上げるぞ! そらっ!」

 掛け声が上から聞こえてくる。宙づりのバーザルトを引き上げようと、屋根の上のメンバーが一緒になって声を掛け合っているようだ。

「よーし、そのまま引っ張れ!」

 リファルの声に合わせて、さらに掛け声が合わさった、その瞬間だった。

 ミシッ――バキッ!

 いやな音が聞こえた――そう思ったのと同時に、天井が抜けて降ってくる!

「うわああああっ‼」

 四人が、瓦礫とともに一斉に降ってきた!
 なんて偶然だよ!
 見落としていた垂木の傷みが、バーザルトを引き上げようとした四人分の負荷の集中に耐えられなかったんだ!

 酷いほこりでしばらく咳き込んだあと、やけに明るくなった部屋を見上げる。

「……とりあえずムラタ。脚立きゃたつを持ってこい」

 上で作業をしていたリファルをはじめとした四人が、仲良くてるてる坊主となってぶら下がっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

処理中です...