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第五部 異世界建築士と子供たちの楽園
第564話:あなたが愛してくれるから
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「綺麗なドレスもいいけど、やっぱり着慣れた服のほうが気楽でいいですね」
マイセルが料理を運びながら微笑んだ。
「それもそうだけど、やっぱり女をやる、って大変なことだったスね」
フェルミが、チビたちの皿に料理を取り分けてやりながら笑う。
「男の恰好のほうが、よっぽど楽っスよ」
「でもフェルミ姉ちゃんのドレス、すらっとしてかっこよかった!」
フェルミは笑うと、「ヒッグスもカッコよかったぞー」と言いながら、彼の皿に大盛に載せてやっている。
俺もやっぱり何か手伝おうと思ったが、やってきたリトリィに、「だんなさまは、わが家のあるじさまですから。お席でお待ちくださいな」と押しとどめられてしまった。
「……いや、その。手持ち無沙汰でさ」
「だんなさまは、わたしたちがご奉仕するご主人さまです。わたしたちのおしごとは、わたしたちにさせてください」
いつもは一緒に準備をしているのに、どうして今日は──そう言いかけると、フェルミがひょいと俺に皿と布巾を渡しながら言った。
皿自体は綺麗なものだったから、その意味が分からず首をかしげる。するとフェルミはしれっと言った。
「ヒマなんでしょ? 磨いといてくださいよ」
「……つまり?」
「ご主人。今日は特別な日なんスから、お姉様のしたいようにさせてあげればいいじゃないスか。お姉様のしっぽを見て、分かりませんか?」
フェルミに促されてリトリィを見てみれば……なるほど。
しっぽをぶんぶん振り回すようにしてキッチンとリビングを往復している姿に、妙な説得力を覚える。俺のために働く、それ自体に喜びを見出しているリトリィの想いを察してやれ、ということか。
「どうせ夜は奴隷のようにたっぷり搾り取られるんスから、今だけは、王様のようにふんぞり返ってればいいんスよ」
「おい待てたとえ事実でもそーいうことをだな……!」
「なに言ってんスか。今夜は藍月っスよ?」
フェルミがせせら笑う。彼女の金色の瞳が、どこか赤く、妖しく輝いた。
「お姉様の子作り願望と、無限の体力と、底なしの性欲が、発情の夜に掛け合わさったらどんな威力を発揮するか、一番知っているのはご主人、あなたじゃないスか。ご主人がお姉様に搾り尽くされて目の前で干からびていくの、前に見たんスからね?」
「……そ、それは確かにそうなんだが、チビたちの前で……」
「ついでに言うとご主人。妊娠中とはいえ、私だって欲しい《・・・》夜なんスよ? 今夜は覚悟してもらうスからね?」
だからチビたちの前でそーいうことを言うなと……!
だが俺のそんな苦悩など、子供たちは屁とも思っていなかったようだ。
「リトリィ姉ちゃん! 腹へった! いつ食べていいんだ!」
「ボクもお腹へった! だんなさま、食べていい?」
「……ごめん、おっちゃん。オレも腹、減った……」
ニューとリノは目の前の皿を食い入るように見つめながら、そしてヒッグスはなぜか遠慮がちに訴える。
お預けを食らって飼い主の顔を盛んにうかがう子犬のようだ。
それもそのはず、目の前の皿の上で湯気を立てているのは、めったに食べられない新鮮な肉を使った料理。リトリィたち、今夜の食材を確保するにあたって相当に奮発したらしい。
そんなものを前にして我慢しつづけるのは、チビたちには確かに酷だったのかもしれない。
そして、俺の前には容赦なく山盛りになっているのは、超精力野菜を丸ごと使った各種料理。
「愛してくれるんでしょ? そのための矢玉をたっぷり準備したんスから、ね?」
にやりと笑ってみせるフェルミに、俺もやけくその笑みを返す。ひきつっていたとは思うが。
「だんなさま。こどもたちといっしょに、召し上がってください。わたしたちも、すぐにいただきますから」
リトリィに促され、それを受けて目をキラッキラに輝かせ、ものすごい勢いでこちらに顔を向けた子供たちの圧を受けて、俺は、神への食前の祈りを始める。
子供たちも慌てて手を組み、俺に続いて祈りを捧げ始めた。
「……じゃあ、『いただきます』」
「『いただきまーす』っ!」
子供たちが、歓声を上げて目の前の肉にかぶりつく。
そんな姿を、目を細めて「熱いから、やけどしないようにね」と声を掛けつつ見守るマイセル。
「美味しいでしょう」「リトリィ姉様とマイセル姉様にちゃんと感謝しながら食べるんだよ」と、チビたちに笑ってみせるフェルミ。
俺の皿に肉たっぷりのシチューを盛りつけながら、皿を抱えるようにして食べる三人に、「おかわりもありますよ」と微笑むリトリィ。
嬉しそうに皿を差し出すチビたちは、リトリィにおかわりを盛り付けてもらえるたびに、満面の笑顔で「ありがとう!」と礼を返す。
あの、すさんでいた子供たちがだ。
君たちが溢れんばかりの愛をこの子たちに注いでくれたからこそ、この子たちは素敵な姿を見せるようになった。
君たちの愛情あふれる姿が、いずれ彼女たち自身が産む子供たちに対する姿にもなるんだと思うと、胸が熱くなる。
――そうだ。
今夜は俺たち夫婦の大切な記念日であり同時に、獣人たちにとって恋の夜。種馬の役割を大いに果たすべき夜。特にリトリィのために。
ええ、分かっていますとも。
大いに食って、大いにヤってやりますよ!
……で、初めての結婚記念日にして藍月の夜。
それはそれは、大変な夜になりましたとさ。
マイセルは元々愛の営みに関しては淡白なほうだし、妊娠もしているし、そもそも一日あちこち歩いて疲れてもいたみたいだし、ということで、一度、ソフトに愛し合ったらそれで満足してすぐ寝たんだけどさ。
リトリィは言うまでもなかったけど、フェルミも獣人だったよ。
二人とも獣人、だったよ……。
「……ねえ、ご主人?」
今日一日で、すっかりその呼び方を定着させてしまったフェルミが、月を見上げながらつぶやいた。
リトリィは今、空になった水差しに水を満たすために、一階に降りている。マイセルは眠っているから、今この瞬間は、実質、二人きりのようなものだ。
「本当に、私のこと、可愛いって思ってます?」
「可愛いさ」
「しっぽもなくて、こんなぎざぎざ耳の、私のことが?」
「俺にだけ見せてくれるんだろう? 俺を特別扱いしてくれてるこの耳の持ち主が、可愛くないわけがない」
そう言って、フェルミのいびつな形の耳をそっと口に含む。彼女を抱くとき、必ずする仕草。
フェルミがこの耳をひどく恥じているのは知っている。今日だって、ただ一人帽子をかぶっていたのは、その耳を往来の人に見せたくなかったからなのは間違いない。
──だからこそ、だ。
「……そういうところが本当にずるいって思います、ご主人のこと」
「ずるいってどういうことだ? 俺は正直に言ってるつもりだがな」
「そんなことを言ってしまえるあなたは、本当にずるいひとですよ」
どこか寂しそうな微笑みを見せるフェルミ。
「どうして……どうしてもっと、早く、あなたに出会えなかったんでしょうね」
「抱くたびに同じことを言うんだな」
「だって……」
その肩を抱き寄せると、そっと唇をふさぐ。ネガティブな言葉は、吐き出せば吐き出すほどスパイラルでネガティブになることが多い。だったら、その続きは俺が飲み込んでしまった方がいい。
「……お姉様には悪いって思ってます。でも、でも……」
フェルミはお腹を撫でながら、ぽろぽろと涙をこぼす。
「やっぱり、ずるいひとです。お姉様がもっとひどいひとだったら、こんなに苦しい思いにならなかったはずなのに。あなたとお姉様、二人そろってるから……」
そっと涙をぬぐうと、今度は彼女から唇を求めて来た。彼女の髪に指を滑らせながらそっとそれに応えると、唇を触れさせただけで体を離し、そして痛々しい微笑みを見せる。
「……お姉様がいなければ、あなたには愛してもらえなかった。だから私には、今のあなたでなければならなかった……。本当に、奇跡のようにずるいひと……」
しばらくフェルミを抱きしめて一緒に月を眺めていたら、リトリィが水差しを持って部屋に戻ってきた。
戻ってくるのがやけに遅かったけれど、理由なんて一つしか考えられない。
フェルミに、時間を与えたんだ。俺と、二人きりになる時間を。
ここのところ、リファルと一緒に行動してばかりで、フェルミの家に寄ることもほとんどなかった。だからリトリィは、わずかな時間とはいえ、俺と二人きりになれる時間を作ったに違いない。水差しが空っぽというのも、ただの口実だったんだろう。
「お姉様、ありがとうございます」
そう言って、フェルミは深々と頭を下げた。リトリィは微笑んで、「お水、いかがですか?」と水差しを差し出す。リトリィがせっかく気を利かせてくれたものだ、ありがたくいただく。
「マイセルちゃんにもフェルミさんにも、元気な仔を産んでもらわないといけませんから。なにかこまったことがあったら、すぐに言ってくださいね。わたしたちも、おてつだいの手をおしみませんから」
戸惑うフェルミに、リトリィは「おなか、すこしさわってもいいですか?」と聞く。
フェルミがうなずくと、月明かりに照らされた、いくつものミミズ腫れのような傷跡が残るその白い腹をそっとなでながら、リトリィは微笑んだ。
「あなたは、わたしの希望なんです」
「希望……私が?」
「だって、あなたは授かったんですもの、だんなさまの仔を」
……そうか、そういうことか。
孤児だったため正確な年齢は不明だが、リトリィは今年で一応二十一歳。
それに対してフェルミは二十六歳。
二十歳を過ぎると妊娠する確率が極端に低下するとされている獣人族の常識を覆してみせていることになる。
だからフェルミの存在は、リトリィにとっての希望というわけか。
「だんなさまは、みんなとしあわせになるんだっておっしゃってくださっています。今日だって、おさそいくださったでしょう? だんなさまのもとで、みんなで、しあわせになりましょう」
そう言って、フェルミの欠けた耳を撫でるようにしながら、彼女を胸に抱きしめるリトリィ。
……君はどうしてそんなにも、ひとを優しく受け入れることができるんだろう。
どうしてそんな女性が、俺を第一に愛してくれるひとになってくれたんだろう。
「あなたがわたしを愛してくださるから、わたしもそうなれるんですよ」
あくまでも穏やかに微笑みながら、リトリィは答えた。
俺の心の内の疑問を、すっかり見通すように。
マイセルが料理を運びながら微笑んだ。
「それもそうだけど、やっぱり女をやる、って大変なことだったスね」
フェルミが、チビたちの皿に料理を取り分けてやりながら笑う。
「男の恰好のほうが、よっぽど楽っスよ」
「でもフェルミ姉ちゃんのドレス、すらっとしてかっこよかった!」
フェルミは笑うと、「ヒッグスもカッコよかったぞー」と言いながら、彼の皿に大盛に載せてやっている。
俺もやっぱり何か手伝おうと思ったが、やってきたリトリィに、「だんなさまは、わが家のあるじさまですから。お席でお待ちくださいな」と押しとどめられてしまった。
「……いや、その。手持ち無沙汰でさ」
「だんなさまは、わたしたちがご奉仕するご主人さまです。わたしたちのおしごとは、わたしたちにさせてください」
いつもは一緒に準備をしているのに、どうして今日は──そう言いかけると、フェルミがひょいと俺に皿と布巾を渡しながら言った。
皿自体は綺麗なものだったから、その意味が分からず首をかしげる。するとフェルミはしれっと言った。
「ヒマなんでしょ? 磨いといてくださいよ」
「……つまり?」
「ご主人。今日は特別な日なんスから、お姉様のしたいようにさせてあげればいいじゃないスか。お姉様のしっぽを見て、分かりませんか?」
フェルミに促されてリトリィを見てみれば……なるほど。
しっぽをぶんぶん振り回すようにしてキッチンとリビングを往復している姿に、妙な説得力を覚える。俺のために働く、それ自体に喜びを見出しているリトリィの想いを察してやれ、ということか。
「どうせ夜は奴隷のようにたっぷり搾り取られるんスから、今だけは、王様のようにふんぞり返ってればいいんスよ」
「おい待てたとえ事実でもそーいうことをだな……!」
「なに言ってんスか。今夜は藍月っスよ?」
フェルミがせせら笑う。彼女の金色の瞳が、どこか赤く、妖しく輝いた。
「お姉様の子作り願望と、無限の体力と、底なしの性欲が、発情の夜に掛け合わさったらどんな威力を発揮するか、一番知っているのはご主人、あなたじゃないスか。ご主人がお姉様に搾り尽くされて目の前で干からびていくの、前に見たんスからね?」
「……そ、それは確かにそうなんだが、チビたちの前で……」
「ついでに言うとご主人。妊娠中とはいえ、私だって欲しい《・・・》夜なんスよ? 今夜は覚悟してもらうスからね?」
だからチビたちの前でそーいうことを言うなと……!
だが俺のそんな苦悩など、子供たちは屁とも思っていなかったようだ。
「リトリィ姉ちゃん! 腹へった! いつ食べていいんだ!」
「ボクもお腹へった! だんなさま、食べていい?」
「……ごめん、おっちゃん。オレも腹、減った……」
ニューとリノは目の前の皿を食い入るように見つめながら、そしてヒッグスはなぜか遠慮がちに訴える。
お預けを食らって飼い主の顔を盛んにうかがう子犬のようだ。
それもそのはず、目の前の皿の上で湯気を立てているのは、めったに食べられない新鮮な肉を使った料理。リトリィたち、今夜の食材を確保するにあたって相当に奮発したらしい。
そんなものを前にして我慢しつづけるのは、チビたちには確かに酷だったのかもしれない。
そして、俺の前には容赦なく山盛りになっているのは、超精力野菜を丸ごと使った各種料理。
「愛してくれるんでしょ? そのための矢玉をたっぷり準備したんスから、ね?」
にやりと笑ってみせるフェルミに、俺もやけくその笑みを返す。ひきつっていたとは思うが。
「だんなさま。こどもたちといっしょに、召し上がってください。わたしたちも、すぐにいただきますから」
リトリィに促され、それを受けて目をキラッキラに輝かせ、ものすごい勢いでこちらに顔を向けた子供たちの圧を受けて、俺は、神への食前の祈りを始める。
子供たちも慌てて手を組み、俺に続いて祈りを捧げ始めた。
「……じゃあ、『いただきます』」
「『いただきまーす』っ!」
子供たちが、歓声を上げて目の前の肉にかぶりつく。
そんな姿を、目を細めて「熱いから、やけどしないようにね」と声を掛けつつ見守るマイセル。
「美味しいでしょう」「リトリィ姉様とマイセル姉様にちゃんと感謝しながら食べるんだよ」と、チビたちに笑ってみせるフェルミ。
俺の皿に肉たっぷりのシチューを盛りつけながら、皿を抱えるようにして食べる三人に、「おかわりもありますよ」と微笑むリトリィ。
嬉しそうに皿を差し出すチビたちは、リトリィにおかわりを盛り付けてもらえるたびに、満面の笑顔で「ありがとう!」と礼を返す。
あの、すさんでいた子供たちがだ。
君たちが溢れんばかりの愛をこの子たちに注いでくれたからこそ、この子たちは素敵な姿を見せるようになった。
君たちの愛情あふれる姿が、いずれ彼女たち自身が産む子供たちに対する姿にもなるんだと思うと、胸が熱くなる。
――そうだ。
今夜は俺たち夫婦の大切な記念日であり同時に、獣人たちにとって恋の夜。種馬の役割を大いに果たすべき夜。特にリトリィのために。
ええ、分かっていますとも。
大いに食って、大いにヤってやりますよ!
……で、初めての結婚記念日にして藍月の夜。
それはそれは、大変な夜になりましたとさ。
マイセルは元々愛の営みに関しては淡白なほうだし、妊娠もしているし、そもそも一日あちこち歩いて疲れてもいたみたいだし、ということで、一度、ソフトに愛し合ったらそれで満足してすぐ寝たんだけどさ。
リトリィは言うまでもなかったけど、フェルミも獣人だったよ。
二人とも獣人、だったよ……。
「……ねえ、ご主人?」
今日一日で、すっかりその呼び方を定着させてしまったフェルミが、月を見上げながらつぶやいた。
リトリィは今、空になった水差しに水を満たすために、一階に降りている。マイセルは眠っているから、今この瞬間は、実質、二人きりのようなものだ。
「本当に、私のこと、可愛いって思ってます?」
「可愛いさ」
「しっぽもなくて、こんなぎざぎざ耳の、私のことが?」
「俺にだけ見せてくれるんだろう? 俺を特別扱いしてくれてるこの耳の持ち主が、可愛くないわけがない」
そう言って、フェルミのいびつな形の耳をそっと口に含む。彼女を抱くとき、必ずする仕草。
フェルミがこの耳をひどく恥じているのは知っている。今日だって、ただ一人帽子をかぶっていたのは、その耳を往来の人に見せたくなかったからなのは間違いない。
──だからこそ、だ。
「……そういうところが本当にずるいって思います、ご主人のこと」
「ずるいってどういうことだ? 俺は正直に言ってるつもりだがな」
「そんなことを言ってしまえるあなたは、本当にずるいひとですよ」
どこか寂しそうな微笑みを見せるフェルミ。
「どうして……どうしてもっと、早く、あなたに出会えなかったんでしょうね」
「抱くたびに同じことを言うんだな」
「だって……」
その肩を抱き寄せると、そっと唇をふさぐ。ネガティブな言葉は、吐き出せば吐き出すほどスパイラルでネガティブになることが多い。だったら、その続きは俺が飲み込んでしまった方がいい。
「……お姉様には悪いって思ってます。でも、でも……」
フェルミはお腹を撫でながら、ぽろぽろと涙をこぼす。
「やっぱり、ずるいひとです。お姉様がもっとひどいひとだったら、こんなに苦しい思いにならなかったはずなのに。あなたとお姉様、二人そろってるから……」
そっと涙をぬぐうと、今度は彼女から唇を求めて来た。彼女の髪に指を滑らせながらそっとそれに応えると、唇を触れさせただけで体を離し、そして痛々しい微笑みを見せる。
「……お姉様がいなければ、あなたには愛してもらえなかった。だから私には、今のあなたでなければならなかった……。本当に、奇跡のようにずるいひと……」
しばらくフェルミを抱きしめて一緒に月を眺めていたら、リトリィが水差しを持って部屋に戻ってきた。
戻ってくるのがやけに遅かったけれど、理由なんて一つしか考えられない。
フェルミに、時間を与えたんだ。俺と、二人きりになる時間を。
ここのところ、リファルと一緒に行動してばかりで、フェルミの家に寄ることもほとんどなかった。だからリトリィは、わずかな時間とはいえ、俺と二人きりになれる時間を作ったに違いない。水差しが空っぽというのも、ただの口実だったんだろう。
「お姉様、ありがとうございます」
そう言って、フェルミは深々と頭を下げた。リトリィは微笑んで、「お水、いかがですか?」と水差しを差し出す。リトリィがせっかく気を利かせてくれたものだ、ありがたくいただく。
「マイセルちゃんにもフェルミさんにも、元気な仔を産んでもらわないといけませんから。なにかこまったことがあったら、すぐに言ってくださいね。わたしたちも、おてつだいの手をおしみませんから」
戸惑うフェルミに、リトリィは「おなか、すこしさわってもいいですか?」と聞く。
フェルミがうなずくと、月明かりに照らされた、いくつものミミズ腫れのような傷跡が残るその白い腹をそっとなでながら、リトリィは微笑んだ。
「あなたは、わたしの希望なんです」
「希望……私が?」
「だって、あなたは授かったんですもの、だんなさまの仔を」
……そうか、そういうことか。
孤児だったため正確な年齢は不明だが、リトリィは今年で一応二十一歳。
それに対してフェルミは二十六歳。
二十歳を過ぎると妊娠する確率が極端に低下するとされている獣人族の常識を覆してみせていることになる。
だからフェルミの存在は、リトリィにとっての希望というわけか。
「だんなさまは、みんなとしあわせになるんだっておっしゃってくださっています。今日だって、おさそいくださったでしょう? だんなさまのもとで、みんなで、しあわせになりましょう」
そう言って、フェルミの欠けた耳を撫でるようにしながら、彼女を胸に抱きしめるリトリィ。
……君はどうしてそんなにも、ひとを優しく受け入れることができるんだろう。
どうしてそんな女性が、俺を第一に愛してくれるひとになってくれたんだろう。
「あなたがわたしを愛してくださるから、わたしもそうなれるんですよ」
あくまでも穏やかに微笑みながら、リトリィは答えた。
俺の心の内の疑問を、すっかり見通すように。
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