628 / 785
第五部 異世界建築士と子供たちの楽園
第597話:未来を勝ち取るために
しおりを挟む
目を開けたら、大粒の涙が丁度降ってきたところだった。
「あなた、あなた……! よかった……急にたおれるから……!」
金色のもふもふが飛びついてくる。
泣きじゃくりながら。
「具合の悪いところはございませんか! 痛むところはありませんか!」
「奥さん、大丈夫だって。気絶してただけだから」
周りにいさめられても、俺にかじりつく勢いでべろんべろんと顔をなめまわしながら、リトリィが俺にしがみついたまま泣きじゃくっている。
「……ごめん。心配かけたな。──俺は、どうなっていた?」
自分が今、体を床に横たえていて、リトリィが横から体を投げ出さんばかりにして抱き着いていて、でもってリトリィの反対側ではマイセルが、涙を浮かべつつほっとした顔をしていて、そして、そのまわりから後方控えの連中が、俺の顔をのぞき込んでいるのが分かった。
「どうなってたって……なあ。急に体をのけぞらせて、そのままぶっ倒れたって感じだぞ?」
リファルが戸惑いながら言う。
「急に体を、のけぞらせて……?」
「ええ、見えない何かに殴られたように見えました」
ウカートがうなずく。
そして思い出した。
暗くてよく見えなかった、無表情な男の顔。
あごに伝わる衝撃。
『壊すなよ? そのケダモノの背後には危険な男がいる。彼にぜひ、こちらにお越し願わなくてはね?』
背後から聞こえた、ゲシュツァーの無感動な言葉……!
──そうだ!
「リノ! リノが捕まった! あの子は今、ゲシュツァーの手元にいる!」
「なんだとぉ⁉」
周囲が色めき立つ。リトリィが、両手で口元を押さえて悲鳴を上げた。
「おそらく、あごを下から殴られて脳震盪を──ええと、俺と同じように気絶しているはずだ。あの子から何も感覚が送られてきていないから、多分まだ彼女は目を覚ましていない。だけど、ゲシュツァーは言ったんだ、彼女を囮にして俺をおびき寄せると」
『ムラタァ! やっと起きたのかい! アンタがのんきに寝てる間に、アタシらは大変なんだよォ!』
アムティの声だった。「遠耳の耳飾り」との相性があまりよくないのか、雑音がひどい。
『雑音? 知らないよォそんなの! こっちの伝令手がやられちまってさァ! まさか屋内で機械弓なんか使ってくるなんて、思わないじゃないのさァ!』
機械弓……? クロスボウのことか⁉
『いきなり伝令手が肩に矢を食らっちまって、脱落だよォ! 仕方ないからアタシが耳飾り着けてんだけどさァ、アンタ、グースカ寝ちまってただろう⁉ こっちは大変だったんだからねェ!』
『子猫ちゃんは突っ込むのが好きだからね。僕がいなければ、今日だって何回死んでいたと思うんです?』
アムティの隣から聞こえてくる声は、『矢払いのヴェフタール』か。
「……って、アムティが死にかけるほどの戦いになってるのか⁉」
『いいえ、アムが勝手に矢に吸い込まれるように突っ込むんですよ。本当に好奇心旺盛な、困った子猫ちゃんだ』
『うっさいねェ、アンタの出番が増えてお得だろォ⁉』
その時、さらに声が割り込んでくる。
『ムラタさんよ、とりあえず目が覚めてなによりだ。陶工の工場のほうだが、本当に何もない。あちこち探っているんだが、あやしいところは見当たらないぞ』
陶器工場のほうからの報告。印刷工場のほうにいる四四二隊の隊長からも、困惑した声が届いた。
『こっちもだ。印刷工場のほうも、あやしいところは特にない。倉庫も全部見て回ったが、誰もいねえし声も聞こえねえ』
……相手のほうが上手だったということか! くそっ、こんなことなら戦力を一極集中したほうがよかったということか。
だが、後悔先に立たず。今さら自分の作戦ミスを嘆いても仕方がない。
現状、アムティたちが率いるレース編み工場に向こうの戦力が集中しているなら、すぐに増派するべきだろう。
「本当に、気になることはありませんか?」
『そうだなあ……わしが獣人だからかもしれんが、妙に臭うってのはあるけどな』
「臭う……?」
『ああ。全然体を洗っていないフンまみれの犬の匂いというか、ごみ捨て場の浮浪児の臭いというか……』
印刷所だからインクのにおいかと思ったら違った。そんな悪臭漂う劣悪な環境で働かされていた人間がいるのだと思うと、改めて憤りがわいてくる。
『ムラタァ! いったん引くよォ! 人死にはでてないけど、このままじゃなんともならないからねェ!』
もう、迷っていられない。もしアムティたちが交代要員なしに撤退して、連中に逃げる時間を与えてしまったら。
「すみません、だったら──」
言いかけたとき、マレットさんからの悲鳴にも似た声が飛び込んできた。
『おいムラタさんよ! 見つけちまったぞ、地下室への入り口だ! うまいこと隠されてやがった! ……誰かいる!』
地下室、そして、誰かがいる⁉
そういえば、ヴァシィが見つかったという報告もない。もしかしたら……⁉
「マレットさん! 誰かいるっていうのは、一人ですか、複数ですか⁉」
『分からねえ、少なくとも子供の声っぽくはあるけどな。やけに臭ぇ、こんなところにいるのか? おおい、助けに来たぞ! ……あん? 声がやんだぞ?』
声が、やんだ……?
助けを呼び掛けて、声がやむ……?
「マレットさん、敵だ! そいつが子供たちを黙らせたんだ、すぐに戦える人を!」
孤児院に地下室があった!
ということは、工場の下にもおそらく地下室がある!
「今、マレットさんの報告の通りです。隠し部屋がおそらく工場の地下にあるはずです」
だけど、工場組は、あちこち探しても見つからなかったという話だった。なにか手掛かりはないか、手掛かりは……!
……におい! 地下室を発見したとき、マレットさんが言っていたじゃないか!
四四二隊の隊長も似たようなことを言っていた。
「マレットさん! その地下室って、どんなにおいがしてきますか?」
『ニオイ? ……うへぇ、なんつうの? 裏道のドブくさいニオイってか、生ごみと動物のフンが混ざったようなニオイだな』
……おそらく、それだ!
そのにおい──こんな予想、外れてほしいが、多分当たっているのだろう。
作業部屋に押し込められて工場から出ることもできず、体を洗うようなこともさせてもらえず、ただひたすら働かされている、子供たち自身のにおいではないか。
もしそれが本当なら、信じがたい虐待だ。
だが、かつてのヨーロッパでは、労働者に人権などほとんどなかったという。
だからこそ、マルクスは人の理性を信じて共産主義という夢想を抱いた。
……それは、やがて数千万人の大虐殺につながる思想でもあったのだけれど。
「私の予想が正しければ、いまマレットさんが言ったようなニオイ、それが手掛かりです! 隊長! さっきおっしゃっていたニオイの強い場所を、なんとか探ってみてください! 陶器の工場のほうも、異臭のするあたりを重点的に! よろしくお願いします!」
『あの戦いで、見てもいない状況を見てきたように当てたあんただ、信じよう』
『異臭か。分かった、もう一度探してみよう』
通信が切れるか切れないうちに、アムティの金切り声が耳に突き刺さる。
『ムラタァ! アタシんトコはどうすんのさァ!』
『大丈夫ですよ。まだ持ちます。まあ、薄情なヘタレ男くんが、孤軍奮闘する哀れな冒険者を見捨てなければ、ですけれどね?』
相変わらず毒舌家のヴェフタールだが、彼がそんな皮肉を言うということは、それだけ状況が悪いということなのだろう。冒険者でありながら飛び道具で抑えられてしまっていてうまくいかないという状況に甘んじているのだ、気持ちは分かる。
──やはり、俺が出るしかない。
アムティたちに犠牲が出る前に!
「オレたちが出る⁉ ムラタ、お前正気か?」
リファルに頭をはたかれる。ずれた保護帽を直しながら、俺はうなずいてみせた。
「お前みたいなヒョロガリが助けに行って、なんになるってんだ? お人好しもここに極まれりだ、うぬぼれてんじゃねえよ」
お前には腹に子のいるカミさんがいるだろうが──そう言ってもう一度、今度は握り拳で俺の頭をぶっ叩こうとしたリファルだったが、その手は振り下ろされなかった。
「……でしたら、わたしもごいっしょさせてください。だんなさまは、わたしが守ります」
リトリィの手によって、リファルの拳は空中に縫い付けられていた。
「だんなさま、リノちゃんのことですね?」
リトリィが微笑んでみせる。
「……ああ。ゲシュツァーの奴は言っていた。リノの背後にいる人間に来させると。リノの背後にいる人間なんて、俺しかいない。あの子はまだ起きていないみたいだが、あの子が囮にされるのは確実なんだ。だったら──」
「リノちゃんがひどい目にあわされるまえに、こちらから出向く……そういうことですね?」
我ながら頭の悪い大将ぶりだとは思う。だけど、俺はリノを見殺しになんてできない。リノの尊厳が破壊されるほど、ぎりぎりまで粘るようなこともしたくない。彼女は、俺の大切な大切な家族なんだ。
「お前な……。お前が出て行ったら、だれが指示するんだ。もう少し冷静に──」
「だったら、わしらが全員一緒に行けばいいのさ」
瀧井さんが、壁に立てかけていた九九式短小銃を肩に提げると、弾が五発まとめられたクリップを手に取り、弾倉に押し込んでいく。
「わしらは予備人員だ。だからといって、働けないわけじゃない。それに、向こうがムラタさんをお望みだというのなら、結構じゃないか。大将同士の一騎打ちで、話が一気に片付くだろう。わしらはそれまでの、いわば大将を守る近衛よ。何か問題があるかね?」
絶句するリファル。マイセルに、「お前、旦那さんを止めねえと、訳の分からねえことになっちまうぞ!」とつつくが、マイセルは一瞬だけ唇を噛みしめ、少しだけ視線を下げたあと、まっすぐに俺を見た。
「ムラタさんのことは、お姉さまが一番詳しいですから。お姉さまもお強いですし、大丈夫です。私は、みなさんが活躍されたあとの温かいお夜食を準備して、お待ちしてます!」
強い目だった。
もろく、触ったら今にも崩れそうな、俺に寄りかかりたいと願う内心を、悲痛な叫びを押し殺さんとして、しかしできていない目だった。
どんな言葉を掛けても、きっと彼女は辛い思いをいだくのだ。
けれど、俺は、行かなきゃならない。
マイセルと同じだけ、リノも大切なのだから。
肩が、腕が、そのきゅっと握られた拳が震えているのが分かる。
それでも彼女は、気丈に振舞おうとしているのだ。
「マイセル──」
俺は彼女の前に立つと、目じりに光るものを浮かべるマイセルを抱きしめる。
「……俺、腹いっぱい食うから」
それ以外の言葉が浮かばなかった自分が情けない。
でも、いまさらどんなに言葉を飾っても、彼女にとっては空虚な響きだったに違いないんだ。
──だからこそ。
「だから、美味い夜食、期待してるから」
「……はい……!」
俺は――俺たちは、子供たちの、街の未来を勝ち取るために行く。
そして必ず、愛する人の元に帰るのだ。
愛する家族を連れて!
「あなた、あなた……! よかった……急にたおれるから……!」
金色のもふもふが飛びついてくる。
泣きじゃくりながら。
「具合の悪いところはございませんか! 痛むところはありませんか!」
「奥さん、大丈夫だって。気絶してただけだから」
周りにいさめられても、俺にかじりつく勢いでべろんべろんと顔をなめまわしながら、リトリィが俺にしがみついたまま泣きじゃくっている。
「……ごめん。心配かけたな。──俺は、どうなっていた?」
自分が今、体を床に横たえていて、リトリィが横から体を投げ出さんばかりにして抱き着いていて、でもってリトリィの反対側ではマイセルが、涙を浮かべつつほっとした顔をしていて、そして、そのまわりから後方控えの連中が、俺の顔をのぞき込んでいるのが分かった。
「どうなってたって……なあ。急に体をのけぞらせて、そのままぶっ倒れたって感じだぞ?」
リファルが戸惑いながら言う。
「急に体を、のけぞらせて……?」
「ええ、見えない何かに殴られたように見えました」
ウカートがうなずく。
そして思い出した。
暗くてよく見えなかった、無表情な男の顔。
あごに伝わる衝撃。
『壊すなよ? そのケダモノの背後には危険な男がいる。彼にぜひ、こちらにお越し願わなくてはね?』
背後から聞こえた、ゲシュツァーの無感動な言葉……!
──そうだ!
「リノ! リノが捕まった! あの子は今、ゲシュツァーの手元にいる!」
「なんだとぉ⁉」
周囲が色めき立つ。リトリィが、両手で口元を押さえて悲鳴を上げた。
「おそらく、あごを下から殴られて脳震盪を──ええと、俺と同じように気絶しているはずだ。あの子から何も感覚が送られてきていないから、多分まだ彼女は目を覚ましていない。だけど、ゲシュツァーは言ったんだ、彼女を囮にして俺をおびき寄せると」
『ムラタァ! やっと起きたのかい! アンタがのんきに寝てる間に、アタシらは大変なんだよォ!』
アムティの声だった。「遠耳の耳飾り」との相性があまりよくないのか、雑音がひどい。
『雑音? 知らないよォそんなの! こっちの伝令手がやられちまってさァ! まさか屋内で機械弓なんか使ってくるなんて、思わないじゃないのさァ!』
機械弓……? クロスボウのことか⁉
『いきなり伝令手が肩に矢を食らっちまって、脱落だよォ! 仕方ないからアタシが耳飾り着けてんだけどさァ、アンタ、グースカ寝ちまってただろう⁉ こっちは大変だったんだからねェ!』
『子猫ちゃんは突っ込むのが好きだからね。僕がいなければ、今日だって何回死んでいたと思うんです?』
アムティの隣から聞こえてくる声は、『矢払いのヴェフタール』か。
「……って、アムティが死にかけるほどの戦いになってるのか⁉」
『いいえ、アムが勝手に矢に吸い込まれるように突っ込むんですよ。本当に好奇心旺盛な、困った子猫ちゃんだ』
『うっさいねェ、アンタの出番が増えてお得だろォ⁉』
その時、さらに声が割り込んでくる。
『ムラタさんよ、とりあえず目が覚めてなによりだ。陶工の工場のほうだが、本当に何もない。あちこち探っているんだが、あやしいところは見当たらないぞ』
陶器工場のほうからの報告。印刷工場のほうにいる四四二隊の隊長からも、困惑した声が届いた。
『こっちもだ。印刷工場のほうも、あやしいところは特にない。倉庫も全部見て回ったが、誰もいねえし声も聞こえねえ』
……相手のほうが上手だったということか! くそっ、こんなことなら戦力を一極集中したほうがよかったということか。
だが、後悔先に立たず。今さら自分の作戦ミスを嘆いても仕方がない。
現状、アムティたちが率いるレース編み工場に向こうの戦力が集中しているなら、すぐに増派するべきだろう。
「本当に、気になることはありませんか?」
『そうだなあ……わしが獣人だからかもしれんが、妙に臭うってのはあるけどな』
「臭う……?」
『ああ。全然体を洗っていないフンまみれの犬の匂いというか、ごみ捨て場の浮浪児の臭いというか……』
印刷所だからインクのにおいかと思ったら違った。そんな悪臭漂う劣悪な環境で働かされていた人間がいるのだと思うと、改めて憤りがわいてくる。
『ムラタァ! いったん引くよォ! 人死にはでてないけど、このままじゃなんともならないからねェ!』
もう、迷っていられない。もしアムティたちが交代要員なしに撤退して、連中に逃げる時間を与えてしまったら。
「すみません、だったら──」
言いかけたとき、マレットさんからの悲鳴にも似た声が飛び込んできた。
『おいムラタさんよ! 見つけちまったぞ、地下室への入り口だ! うまいこと隠されてやがった! ……誰かいる!』
地下室、そして、誰かがいる⁉
そういえば、ヴァシィが見つかったという報告もない。もしかしたら……⁉
「マレットさん! 誰かいるっていうのは、一人ですか、複数ですか⁉」
『分からねえ、少なくとも子供の声っぽくはあるけどな。やけに臭ぇ、こんなところにいるのか? おおい、助けに来たぞ! ……あん? 声がやんだぞ?』
声が、やんだ……?
助けを呼び掛けて、声がやむ……?
「マレットさん、敵だ! そいつが子供たちを黙らせたんだ、すぐに戦える人を!」
孤児院に地下室があった!
ということは、工場の下にもおそらく地下室がある!
「今、マレットさんの報告の通りです。隠し部屋がおそらく工場の地下にあるはずです」
だけど、工場組は、あちこち探しても見つからなかったという話だった。なにか手掛かりはないか、手掛かりは……!
……におい! 地下室を発見したとき、マレットさんが言っていたじゃないか!
四四二隊の隊長も似たようなことを言っていた。
「マレットさん! その地下室って、どんなにおいがしてきますか?」
『ニオイ? ……うへぇ、なんつうの? 裏道のドブくさいニオイってか、生ごみと動物のフンが混ざったようなニオイだな』
……おそらく、それだ!
そのにおい──こんな予想、外れてほしいが、多分当たっているのだろう。
作業部屋に押し込められて工場から出ることもできず、体を洗うようなこともさせてもらえず、ただひたすら働かされている、子供たち自身のにおいではないか。
もしそれが本当なら、信じがたい虐待だ。
だが、かつてのヨーロッパでは、労働者に人権などほとんどなかったという。
だからこそ、マルクスは人の理性を信じて共産主義という夢想を抱いた。
……それは、やがて数千万人の大虐殺につながる思想でもあったのだけれど。
「私の予想が正しければ、いまマレットさんが言ったようなニオイ、それが手掛かりです! 隊長! さっきおっしゃっていたニオイの強い場所を、なんとか探ってみてください! 陶器の工場のほうも、異臭のするあたりを重点的に! よろしくお願いします!」
『あの戦いで、見てもいない状況を見てきたように当てたあんただ、信じよう』
『異臭か。分かった、もう一度探してみよう』
通信が切れるか切れないうちに、アムティの金切り声が耳に突き刺さる。
『ムラタァ! アタシんトコはどうすんのさァ!』
『大丈夫ですよ。まだ持ちます。まあ、薄情なヘタレ男くんが、孤軍奮闘する哀れな冒険者を見捨てなければ、ですけれどね?』
相変わらず毒舌家のヴェフタールだが、彼がそんな皮肉を言うということは、それだけ状況が悪いということなのだろう。冒険者でありながら飛び道具で抑えられてしまっていてうまくいかないという状況に甘んじているのだ、気持ちは分かる。
──やはり、俺が出るしかない。
アムティたちに犠牲が出る前に!
「オレたちが出る⁉ ムラタ、お前正気か?」
リファルに頭をはたかれる。ずれた保護帽を直しながら、俺はうなずいてみせた。
「お前みたいなヒョロガリが助けに行って、なんになるってんだ? お人好しもここに極まれりだ、うぬぼれてんじゃねえよ」
お前には腹に子のいるカミさんがいるだろうが──そう言ってもう一度、今度は握り拳で俺の頭をぶっ叩こうとしたリファルだったが、その手は振り下ろされなかった。
「……でしたら、わたしもごいっしょさせてください。だんなさまは、わたしが守ります」
リトリィの手によって、リファルの拳は空中に縫い付けられていた。
「だんなさま、リノちゃんのことですね?」
リトリィが微笑んでみせる。
「……ああ。ゲシュツァーの奴は言っていた。リノの背後にいる人間に来させると。リノの背後にいる人間なんて、俺しかいない。あの子はまだ起きていないみたいだが、あの子が囮にされるのは確実なんだ。だったら──」
「リノちゃんがひどい目にあわされるまえに、こちらから出向く……そういうことですね?」
我ながら頭の悪い大将ぶりだとは思う。だけど、俺はリノを見殺しになんてできない。リノの尊厳が破壊されるほど、ぎりぎりまで粘るようなこともしたくない。彼女は、俺の大切な大切な家族なんだ。
「お前な……。お前が出て行ったら、だれが指示するんだ。もう少し冷静に──」
「だったら、わしらが全員一緒に行けばいいのさ」
瀧井さんが、壁に立てかけていた九九式短小銃を肩に提げると、弾が五発まとめられたクリップを手に取り、弾倉に押し込んでいく。
「わしらは予備人員だ。だからといって、働けないわけじゃない。それに、向こうがムラタさんをお望みだというのなら、結構じゃないか。大将同士の一騎打ちで、話が一気に片付くだろう。わしらはそれまでの、いわば大将を守る近衛よ。何か問題があるかね?」
絶句するリファル。マイセルに、「お前、旦那さんを止めねえと、訳の分からねえことになっちまうぞ!」とつつくが、マイセルは一瞬だけ唇を噛みしめ、少しだけ視線を下げたあと、まっすぐに俺を見た。
「ムラタさんのことは、お姉さまが一番詳しいですから。お姉さまもお強いですし、大丈夫です。私は、みなさんが活躍されたあとの温かいお夜食を準備して、お待ちしてます!」
強い目だった。
もろく、触ったら今にも崩れそうな、俺に寄りかかりたいと願う内心を、悲痛な叫びを押し殺さんとして、しかしできていない目だった。
どんな言葉を掛けても、きっと彼女は辛い思いをいだくのだ。
けれど、俺は、行かなきゃならない。
マイセルと同じだけ、リノも大切なのだから。
肩が、腕が、そのきゅっと握られた拳が震えているのが分かる。
それでも彼女は、気丈に振舞おうとしているのだ。
「マイセル──」
俺は彼女の前に立つと、目じりに光るものを浮かべるマイセルを抱きしめる。
「……俺、腹いっぱい食うから」
それ以外の言葉が浮かばなかった自分が情けない。
でも、いまさらどんなに言葉を飾っても、彼女にとっては空虚な響きだったに違いないんだ。
──だからこそ。
「だから、美味い夜食、期待してるから」
「……はい……!」
俺は――俺たちは、子供たちの、街の未来を勝ち取るために行く。
そして必ず、愛する人の元に帰るのだ。
愛する家族を連れて!
0
あなたにおすすめの小説
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
異世界カフェ食堂で皿洗いをしますと思ったら日本料理を創造する力が与えられていた!(もふもふ聖獣猫のモフにゃーと楽しく日本料理を創造します)
なかじまあゆこ
ファンタジー
可愛いもふもふ達とアリナは異世界でスローライフをします。
異世界召喚された安莉奈は幼女の姿になっていた。神様に与えられた能力を使い眷属聖獣猫モフにゃーや魔獣のライオン魔獣鳥に魔獣の日焼けとお料理を創造します!
熊元安莉奈(くまもとありな)は黄色のバスに乗せられ異世界召喚された。 そして、なぜだか幼女の姿になっていた。しかも、日本の地球人だったことを忘れていたのだ。 優しいモリーナ夫妻に養子として引き取れた安莉奈はアリナになった。 モリーナ夫妻はカフェ食堂を経営していたが繁盛しておらず貧乏だった。料理が出来ないアリナはお皿洗いなどのお手伝いを小さな体ながらしていたのだけど。 神様から日本料理を創造する力が与えられていた! その力を使うと。
地球では辛い生活を送っていた安莉奈が異世界ではアリナとしてお父さんに激愛され幸せに生きている。
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる