ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第六部 異世界建築士とよろこびのうた

第627話:世界一美しい君の

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「じゃ、私たちは飯場はんばに出ますから。お姉さまも、今日はゆっくりしてくださいね」
「だんなさま、ボク、マイセル姉ちゃんのお手伝いがんばるから! だんなさまも、おけが、大事に大事にしてね!」

 リトリィが鋼管作りのために飯場はんばの給食係を抜けた穴は、『幸せのしょうとう』の修復を依頼した貴族の愛妾であるミネッタの使用人が入ってくれている。だが、今はヒッグスとニューとリノも手伝いに入ってくれている。
 我が家の女性たちの協力体制には、本当に頭が下がる思いだ。

「ああ、二人も体に気をつけて頑張ってきてくれ」

 マイセルとリノが、笑顔でドアを出ていく。その後ろを、ヒッグスに手を引かれるようにして、ニューが出ていく。
 最後にフェルミが、いたずらっぽく笑ってみせた。

「ご主人、お姉さまと二人きりだからって、お楽しみばっかりしてたら、怪我が治らないっスよ?」
「お前もとっとと行け」

 苦笑いしながら「でも、ありがとな」と付け加えると、フェルミの顔が途端に顔が真っ赤になったのが、なんだか可愛らしかった。



 リトリィがベッドの隣で繕い物をしている。静かで穏やかな時間が過ぎていく。朝は酷く取り乱していた様子だったから、落ち着いてくれたのは素直にうれしい。

 また一つ、肌着の修繕が終わったのか、糸を歯で噛み切っているのを見て、ふと気になって聞いてみた。

「今日は、作業に行かなくてもいいのか? 俺の方はおかげで歩けないこともないし、大丈夫だから、行ってきていいんだぞ?」

 しかし、リトリィは俺の言葉に目を見開いた。

「……工房は、しばらく、使えませんから……」

 言いづらそうにうつむく彼女に、俺は自分が酷く間抜けなことを聞いてしまったことに気づいた。

 そうだ。せっかく彼女が守ろうとしたのに、俺が下手を打ったせいで、彼女はあの場から俺を引きずり出す必要が出てきたはず。つまり、俺のせいで、なんとかできたかもしれない消火作業を中断することになったんだ。

 おそらく、そのせいで工房はひどいことになってしまったんだろう。俺があの場にいたせいで。自分の無神経な言葉に悔やむ。

「ち、ちがいます! ちがうんです!」

 頭を下げた俺に、リトリィはひどく驚いたようだった。

「あれは、みんなわたしが悪いんです! わたしが、わがままを言ったばかりに、あなたにこんな大けがを負わせてしまって……!」
「怪我をしたのは、俺が勝手に転んだからだ。君のせいじゃない。むしろ君ならなんとかできたかもしれない消火作業を、俺のせいであきらめさせてしまったんだろう? すまなかった」
「いいえ……いいえ、ちがうんです!」

 彼女は、再びぽろぽろと涙をこぼしながら、床にはいつくばった。

「お、おい、何を……」
「あれは、あなたにほめてもらいたかった、わたしのわがままだったんです……ぜんぶ、わたしが悪いんです……!」

 床に鼻面の先をこすりつけるようにして泣き叫ぶ彼女に、俺こそ胸が痛くなった。何度も立つように懇願し、しまいには俺の傍らに腰掛けるように強く命令しなければならなかったほど、彼女は自分を責め続けていた。

「……わたし、どうしても、あなたにほめてもらいたかったんです」

 リトリィの得意なことは、鉄を打つこと。
 それに対して、マイセルもフェルミも大工。今は妊娠中だから作業自体には参加していないとはいえ、意見を求められれば、現場経験者、あるいは身につけた知識で、答えてくれる。

 リノだって、まだまだこれからの少女だけれど、既に「遠耳の耳飾り」を活かした伝令として、現場で縦横無尽に活躍している。

 リトリィはずっと鉄を打つこともなく、飯場はんばで働いていた。もちろん、それは俺の昼食を提供するという意味でも、現場の志気を高める意味でも、実に素晴らしい力を発揮してくれている。

 けれど彼女にとって、それは十分だと思えなかったらしい。

「わたし……得意なことであなたのお役に立てていません……。あなたの仔を身ごもることだって、できていません。あなたのお役に、立てていないんです……!」

 だから今回の件で、リトリィは舞い上がっていたそうだ。本当の意味で、俺に貢献できるのだと。
 しかも、彼女に割り当てられたのは三番炉か四番炉の、どちらか空いている方。
 一番炉と二番炉は、鉄鉱石やくずてつなどから鉄を得るためのもので、三番炉からは加工のために加熱する炉となっている。

 つまり彼女は、炉からの輻射熱のために過酷ではあるが、できた鉄をすぐに得ることができる、優遇された場所を与えられていたわけだ。

 ところがあの地震。
 あの地震自体で一番炉、二番炉がどうにかなってしまったわけではないようだ。だが、二番炉に放り込む資材である積み上げられたくずてつの山が崩壊してしまった。それが、今回の直接の原因だったという。

れもこわかったですけれど、くずてつが崩れてきて。それで、近くにいたひとたちが大けがをして。わたし、おせわになっていますから、がんばったんです。でも、いっしょにがんばってくれていたシュロットさんが鉄骨を引き抜いたら、また山がくずれてきて……」

 要するに、救助中の二次災害が起きたというわけだ。
 それによって、ゴッスという男がくずてつの雪崩に飲まれ、直撃を受けた二番炉が大きなダメージを受け、炉の一部が破壊された。製鉄用だ、丈夫に作ってあったはずだが、くずてつの雪崩の衝撃力には耐えられなかったのだろう。

 で、壊れた炉の一部が天井から吊り下げられていた石炭庫をぶっ叩き、そのはずみで石炭がまき散らされた。
 さらに、壊れた二番炉から溶けた鉄があふれ出し、あの惨状となったらしい。

 ドミノ倒しのように問題が折り重なっていき、あの灼熱地獄が作り出されたのだ。リトリィのせいなんかじゃない。
 けれど、リトリィは涙をこぼしながら、自分を責め続けた。

「わたし、自分のことしか考えていなかったんです。工房が燃えてしまったら、あなたのために管を作ることができなくなっちゃうって。そうしたら、わたし、あなたのお役に立てなくなっちゃう。あなたにほめてもらえなくなっちゃう──そんなことばかり考えていたんです」
「それはつまり、俺や工房のために一生懸命になってくれていたんだろ? どこが悪いんだ」
「だって……そのせいであなたは、あんな大けがを……!」

 それ以上は言わせたくなかった。だから、言わせなかった。
 ぎゅっとだきしめて、唇をふさぐ。
 ふかふかの彼女の体が、心地よい。

「……リトリィ、君は頑張ったんだ。みんなが逃げてしまったのに、君はたった一人残って、一人の職人を助けている。君が助けたんだ。その一点だけでも、俺は君のことを街一番の女の子だと誇りに思うよ」

 力なくかぶりを振り続ける彼女の頭を、何度もなでる。
 女性の髪に触れることができる男性は、この地域の風習では、夫か将来を誓い合った恋人だけだ。その特権は、父親にすらない。
 ずっと胸のうちで抱えていたものを吐き出してくれた彼女に対して、俺だからできる──俺にしかできないこと。

「でも……でも、わたしは……みにくいです」
「醜い? そんなわけがあるか、君は世界一美しい女の子だ」

 なぜそんなことを言うのかと即答すると、リトリィはうつむいてしまった。

「……マイセルちゃんもフェルミちゃんも、あなたの赤ちゃんをいただいて……。リノちゃんは、いつもおそばにおいてもらえて……。なのにわたしは、夜しかあなたのおそばにいられない……ずっと、ずっと、そんなみにくいことを、わたし、考えてきたんです」

 醜い──どこが醜いというのか。それを言うなら、そんなことを考えさせていた俺にこそ、大きな問題があるじゃないか。マイセルやフェルミ、リノには悪いけれど、世界で一番愛している女性を、そんな寂しい思いにさせていたなんて。

「あなたのせいじゃないんです。わたし、あなたと添い遂げる誓いをしたとき、あなたと生きるってそういうことなんだって、覚悟したはずなんです。それなのに、わたしは……。だからあのときだって、すなおにあなたの言うことを、聞けなくて……。妻、失格なんです……」

 あくまでも自分を責め続ける彼女に、胸が痛む。
 
 瀧井さんは言っていた。獣人の娘は情が深いが、それゆえに嫉妬深いから気をつけろと。瀧井さんは、猫属人カーツェリングである奥さんのペリシャさんと派手に夫婦喧嘩をしていたことが何度もあったらしい。主に浮気を疑われてのことだったようだけれど。
 それに対して、リトリィの場合は、俺を責めるよりも自分を傷つける方に向いてしまうのかもしれない。

「リトリィ、すまなかった。いつも同じ反省ばかりしているけれど、君ともっと話をしていれば……」
「いいえ……いいえ!」

 彼女はかぶりを振ると、俺にしがみついてきた。

「ちがうの……ちがうんです。わたしがあんなわがままをとおそうとしていなければ……。あなたの言うことをすぐに聞いていれば……! あなたがまちがうはず、ないのに……!」
「そんなわけがあるか、俺なんてずっと間違ってばかりじゃないか」

 俺は苦笑すると、彼女を改めて抱きしめた。

「君がわがままだって? そんなわけがない、俺のために頑張ったんだろう?」
「でも……」
「それに、俺のためにがんばってくれたってことは、俺たち家族にとってもきっといいもののはずなんだ。君は、家族みんなのために頑張ってくれてるんだよ。世界一美しいよ、君の想いは。……ありがとう、リトリィ」

 ……また、泣かせてしまった。
 号泣だった。
 でも、少なくとも、さっきまでの自責の涙ではない……と思う。
 彼女が落ち着くまで、俺は幼子おさなごにするように、ただ、彼女の頭をなでつづけた。


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