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第六部 異世界建築士とよろこびのうた
第642話:きみの名は(1/2)
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「それで、名前はどうするんだ?」
マレットさんに問われて、俺ははっとした。そうだ、名前を決めなきゃならない!
「はあ? まさかあんた、名前の案、全く考えてなかった、なんて言うんじゃないだろうな?」
こめかみに青筋を立てて不自然な笑顔になったマレットさんに、俺は身の危険を感じる!
「い、いえ! あのですね、俺は赤ん坊が生まれたときの感動を、ぜひ名前にしたいと思っていてですね……!」
「生まれたときの感動を名前にしたい、だと?」
あ、こめかみの青筋がさらに太くなった。
「……そいつは素晴らしい!」
ガバっと抱きすくめられた。
というか、さば折り状にホールドされた!
く、苦しい……!
「あんたに、そんな即興詩人の才能があるなんて知らなかったぞ! さあ言ってみようか、今すぐ紡ぎ出してもらおうか。子を産む母を讃えよ、母の生み出した奇蹟との対面の感動とやらを謳い上げよ! さあ寿ぐのだ、その誉れ高き名を!」
「あ、いや、その……ぐえっ!」
俺はひどく混乱していた。
サバ折りを食らっているという事実もだけど、マレットさんがこんな詩的な表現で子供の名前を要求してくるなんて思わなかったからだ。
詩なんて、授業以外では作るどころか読んだことだってない!
必死に頭を回転させたが、目の前に迫るいかつい顔に負けて、つい、その瞬間の思いを口にしてしまった。
「びっくりだ……?」
結局ぶん殴られた。
「まったく、俺はもう、十やそこらは候補を考えているもんだと思ったぞ」
マレットさんが、魚の干物を肴に食いちぎりながら酒をあおる。
「い、いえ、本当に、産まれた我が子との対面の感動を、名前に付けたいってのは、マイセルたちとも決めていて、決して何も考えてなかったわけじゃ……」
「考えてたら『びっくりだ』なんてふざけた名前なんざ、思いつくわけねえだろうが。娘だぞ、娘!」
またしてもハンマーの如き拳が脳天に振り下ろされる。痛い!
「……まあ、お前さんはマイセルが子を孕んだ時からずっと一緒にいるのだから、何も考えていなかったというのは、さすがにお前さんが悪い」
瀧井さんも苦笑いしながらマレットさんに賛同する。
「そうだぞぉ。オレだってなぁ、子供の名前くらいよぉ、とぉっくの昔に、考えてるってぇの……!」
真っ赤に酔ったリファルが、ろれつの回らない口調で言った。
「待てリファル。おまえ結婚もしていないのにもう子供の名前を考えてるのか? 早すぎだろう」
「へっ、子供ならなぁ……もう、いるぜぇっ!」
「……は? なんだお前、子供のいる未亡人にでも手を出したのか?」
「ぶっ殺ぉす! コイシュナさんとのぉ、子供にぃ……決まってんだろぉ!」
ああ、人生において初めてだよ。漫画みたいに盛大に酒を噴き出したのは。
「てんめぇ! なにをし、しやがんだぁ、コラぁっ!」
「こ、コイシュナさんとの子供、だって?」
「あ、あたりめぇだろぉがぁ! ほかに、誰と、子供、作るってんだよぉ!」
「当たり前って、お前、結婚してないだろ!」
あきれて指摘すると、リファルの奴はふふん、と鼻を鳴らしてみせた。
ふらふらしながら、ふんぞり返って言い放つ。
「結婚、なんてのはなぁ、ただの手続きだろぉが……。あぁんないい子、神殿奉仕の期間明けには、結婚の申し込み、が、殺到するに、決まってんだろぉ? だが残念だったなぁ……。もう、あと半年も過ぎれば、オレの子供が生まれるんだよ……! 生まれたら、すぐ、三人で結婚式だっ、ての……!」
「……は?」
俺は目が点になった。言われた言葉の意味を、脳が拒絶するかのような一瞬の間。
「半年後って……おいお前! ということは、まさかお前、俺たちが孤児院の仕事をしてる真っ最中に……⁉」
「当然、だろぉ? 神様の思し召し、ってやつよぉ……!」
べろべろに酔っぱらっているせいだろうか、いつも以上に口が軽い。
くそっ、いつの間に。リファ充爆発しろ!
「何が爆発しろだ、コノヤローっ……! てめえなんか、もうすぐもう一人、産ませるくせにだなぁっ!」
「うるさい! 俺はいいんだよ! それより神聖な神殿で奉仕作業をしている女性を妊娠させるって、お前どんだけ罰当たりなんだよ!」
「神殿、だから、いいんだろうがぁ。神も照覧、隠し事なんて、一切なしの、子作りだぞぉ? 神聖、極まる……っ!」
「神殿でヤッたのかよ、不謹慎極まりないだろうがっ!」
「神がぁ、それをぉ、望まれるぅぅうううっ!」
そうやってマグを振り回しているから、マレットさんに脳天をぶん殴られるんだよ。
「リファルのバカは置いといて、ホントに名前をさっさと考えろ。考えねえなら俺が付けるぞ。一人目はアーヴィン、二人目はツヴォー、三人目はドゥオーリアだな」
ちょっと! それ、つまり「一郎」「次郎」「三郎」って意味じゃないですか! なんのひねりもない命名でいいんですか!
「そっちが真剣に考えねえからだろうが!」
「これから考えるんですよ、マイセルと一緒に!」
「子供の命名は父親からの贈り物だろう、あんたが考えるんだよ!」
「俺は家族で一緒に考えたいんです!」
まだ何か言いたそうなマレットさんのマグに、瀧井さんが酒を注ぐ。こちらに目配せをしながら、マレットさんに乾杯を要求した。
俺は瀧井さんに会釈をすると、テーブルを離れて家に駆け戻った。
マレットさんじゃないけど、娘が生まれた感動を名前にしたいっていうのは、マイセルたちにも言ってある。すぐに彼女たちと相談しないとな。
食事の準備をしてくれているらしい女性たちに礼を言いながら、俺は奥の部屋──マイセルと、我が子が休んでいる部屋に向かった。
「酒臭いっスよ、ご主人」
「すまない、、表の男たち、みんな浮かれてて断れなかったんだ」
「女たちがこうして必死に働いていたってのに、ホント、男っていうのはどうしようもない生き物っスね」
マイセルの隣には、相変わらずフェルミがいた。あきれてみせる彼女に、「だって、ムラタさんですから」と微笑むマイセル。
「この、人の良さあってのムラタさんだもの。フェルミだって分かってるでしょ?」
「そうなんスけど、やっぱりちょっと早まっちゃったかなーって思っちゃうんスよね」
「でも、今さら離れたくもないんでしょ?」
マイセルはそう言って、彼女の傍らにある、一抱えほどある藤かごの中をのぞき見た。
「あなたも、私と同じだもの。ムラタさんの優しさと、不器用さに惚れてしまった、どうしようもないおんなのひとりなんだから」
なんだか酷いことを言われている気がするが、まあ、あえて何も言うまい。
「そうして、あなたが生まれてきてくれたのよね。ふふ、目元がムラタさんそっくり……」
そこには、やっぱり小さな小さな赤ん坊がいた。眠っているらしいが、まるでバンザイをしているような寝相だ。控えめなマイセルとは随分違って見える。
幸せそうに微笑むマイセルには悪いんだが、どう見ても遮光器土偶にしか見えない顔つきと、そのふてぶてしい寝相とが相まって、心配な将来しか思い描けない。
「……将来、大物になりそうだな」
やっとのことでそう言うと、マイセルが嬉しそうに笑った。
「ムラタさんも、そう思いますか?」
「俺もって、どういうことだ?」
「ふふ、だってこの子、とっても急ぎ足で生まれてきたでしょう? きっと、この世界で早くやりたいことがあるんですよ」
なるほど、そうともとれるのか。生き急ぐんじゃないよ、と思ってしまっていた俺は、マイセルのとらえ方に感心する。
「そうか、やりたいことをやるために、か……マイセルそっくりだな」
「それはムラタさんのことじゃないんですか?」
マイセルのほうが、と言いかけて、やめた。
「つまり、まさしく俺たちの子、というわけだな」
「そうですよ。ムラタさんが、私のお腹に授けてくれた子……」
そう言って、赤ん坊の髪を撫でる。赤ん坊の頭が小さすぎて、マイセルの手が巨大に見えてしまう。
「そういえば、なにか急いでるみたいでしたけど、どうしたんですか?」
「ああ、そうだった。……その、前にも言ったんだけど、子供が生まれたときの感動を名前にしたいってやつ……」
「もう、決まったんですか? どんなお名前ですか?」
マイセルが目を輝かせた。そのきらきらした目に、俺はひどく罪悪感を覚えてしまう。俺はマイセルたちに、子供の名前はみんなで決めようと言ったはずだけど、こんなに期待されているなんて。まだ決まっていない、なんて言ったら、どんなに落胆するのだろうか。
だが、口先で言い逃れをしようというのは、出産という一大事業を成し遂げたマイセルに、失礼だろう。俺は彼女の隣に腰を下ろすと、マイセルの手を握って、呼吸を整えてから答えた。
「あ……いや。俺はその……子供の名前は、産まれた時の感動を表せる言葉を含めて、みんなで考えようって思っていて……」
マイセルの目が、みるみるうちに見開かれてゆく。
フェルミも同様だ。
……そんなに失望させる言葉だっただろうか。
俺が慌てて言葉を続けようとした時だった。
「本当ですか? 本当に、私たちもお名前を考えていいんですか⁉」
「……え? あ、ええと……まあ、うん、そういうつもりだって、前も言った気がするんだが……」
「本当に、本当に私たちの希望を聞いてくれるんですね⁉」
マイセルはフェルミの手を握り、「すごい! こんな話、聞いたことがない! ねえフェルミ、聞いたでしょ? ムラタさん、私たちにもこの子の名前の希望を聞くんだって!」と、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
フェルミは大興奮のマイセルに手を振り回されるようにしながら、あきれたように言った。
「ご主人……ご主人が変な人ってのは分かってましたけど、父親からの唯一の贈り物まで放棄する気スか? どこまであなたって人は……」
「ほ、放棄じゃない! ただ、名前ってのは我が子に贈る最初の宝物だろう? だったら、家族みんなで考えて贈りたいって……」
「夫であり父親であるご主人が、それを全部、愛情と責任をもって贈るから、名前ってのには価値があるんスよ? それを、私たちまで含めちゃったら……」
「いいじゃないか。家族全員が、愛情と責任をもって贈るほうが、愛も責任も何倍にもなって贈ることができるだろう?」
「みんなに責任を分散させて、名づけの責任から逃れようって魂胆なんじゃないんスか?」
フェルミお前、酷い言いようだなオイ⁉
マレットさんに問われて、俺ははっとした。そうだ、名前を決めなきゃならない!
「はあ? まさかあんた、名前の案、全く考えてなかった、なんて言うんじゃないだろうな?」
こめかみに青筋を立てて不自然な笑顔になったマレットさんに、俺は身の危険を感じる!
「い、いえ! あのですね、俺は赤ん坊が生まれたときの感動を、ぜひ名前にしたいと思っていてですね……!」
「生まれたときの感動を名前にしたい、だと?」
あ、こめかみの青筋がさらに太くなった。
「……そいつは素晴らしい!」
ガバっと抱きすくめられた。
というか、さば折り状にホールドされた!
く、苦しい……!
「あんたに、そんな即興詩人の才能があるなんて知らなかったぞ! さあ言ってみようか、今すぐ紡ぎ出してもらおうか。子を産む母を讃えよ、母の生み出した奇蹟との対面の感動とやらを謳い上げよ! さあ寿ぐのだ、その誉れ高き名を!」
「あ、いや、その……ぐえっ!」
俺はひどく混乱していた。
サバ折りを食らっているという事実もだけど、マレットさんがこんな詩的な表現で子供の名前を要求してくるなんて思わなかったからだ。
詩なんて、授業以外では作るどころか読んだことだってない!
必死に頭を回転させたが、目の前に迫るいかつい顔に負けて、つい、その瞬間の思いを口にしてしまった。
「びっくりだ……?」
結局ぶん殴られた。
「まったく、俺はもう、十やそこらは候補を考えているもんだと思ったぞ」
マレットさんが、魚の干物を肴に食いちぎりながら酒をあおる。
「い、いえ、本当に、産まれた我が子との対面の感動を、名前に付けたいってのは、マイセルたちとも決めていて、決して何も考えてなかったわけじゃ……」
「考えてたら『びっくりだ』なんてふざけた名前なんざ、思いつくわけねえだろうが。娘だぞ、娘!」
またしてもハンマーの如き拳が脳天に振り下ろされる。痛い!
「……まあ、お前さんはマイセルが子を孕んだ時からずっと一緒にいるのだから、何も考えていなかったというのは、さすがにお前さんが悪い」
瀧井さんも苦笑いしながらマレットさんに賛同する。
「そうだぞぉ。オレだってなぁ、子供の名前くらいよぉ、とぉっくの昔に、考えてるってぇの……!」
真っ赤に酔ったリファルが、ろれつの回らない口調で言った。
「待てリファル。おまえ結婚もしていないのにもう子供の名前を考えてるのか? 早すぎだろう」
「へっ、子供ならなぁ……もう、いるぜぇっ!」
「……は? なんだお前、子供のいる未亡人にでも手を出したのか?」
「ぶっ殺ぉす! コイシュナさんとのぉ、子供にぃ……決まってんだろぉ!」
ああ、人生において初めてだよ。漫画みたいに盛大に酒を噴き出したのは。
「てんめぇ! なにをし、しやがんだぁ、コラぁっ!」
「こ、コイシュナさんとの子供、だって?」
「あ、あたりめぇだろぉがぁ! ほかに、誰と、子供、作るってんだよぉ!」
「当たり前って、お前、結婚してないだろ!」
あきれて指摘すると、リファルの奴はふふん、と鼻を鳴らしてみせた。
ふらふらしながら、ふんぞり返って言い放つ。
「結婚、なんてのはなぁ、ただの手続きだろぉが……。あぁんないい子、神殿奉仕の期間明けには、結婚の申し込み、が、殺到するに、決まってんだろぉ? だが残念だったなぁ……。もう、あと半年も過ぎれば、オレの子供が生まれるんだよ……! 生まれたら、すぐ、三人で結婚式だっ、ての……!」
「……は?」
俺は目が点になった。言われた言葉の意味を、脳が拒絶するかのような一瞬の間。
「半年後って……おいお前! ということは、まさかお前、俺たちが孤児院の仕事をしてる真っ最中に……⁉」
「当然、だろぉ? 神様の思し召し、ってやつよぉ……!」
べろべろに酔っぱらっているせいだろうか、いつも以上に口が軽い。
くそっ、いつの間に。リファ充爆発しろ!
「何が爆発しろだ、コノヤローっ……! てめえなんか、もうすぐもう一人、産ませるくせにだなぁっ!」
「うるさい! 俺はいいんだよ! それより神聖な神殿で奉仕作業をしている女性を妊娠させるって、お前どんだけ罰当たりなんだよ!」
「神殿、だから、いいんだろうがぁ。神も照覧、隠し事なんて、一切なしの、子作りだぞぉ? 神聖、極まる……っ!」
「神殿でヤッたのかよ、不謹慎極まりないだろうがっ!」
「神がぁ、それをぉ、望まれるぅぅうううっ!」
そうやってマグを振り回しているから、マレットさんに脳天をぶん殴られるんだよ。
「リファルのバカは置いといて、ホントに名前をさっさと考えろ。考えねえなら俺が付けるぞ。一人目はアーヴィン、二人目はツヴォー、三人目はドゥオーリアだな」
ちょっと! それ、つまり「一郎」「次郎」「三郎」って意味じゃないですか! なんのひねりもない命名でいいんですか!
「そっちが真剣に考えねえからだろうが!」
「これから考えるんですよ、マイセルと一緒に!」
「子供の命名は父親からの贈り物だろう、あんたが考えるんだよ!」
「俺は家族で一緒に考えたいんです!」
まだ何か言いたそうなマレットさんのマグに、瀧井さんが酒を注ぐ。こちらに目配せをしながら、マレットさんに乾杯を要求した。
俺は瀧井さんに会釈をすると、テーブルを離れて家に駆け戻った。
マレットさんじゃないけど、娘が生まれた感動を名前にしたいっていうのは、マイセルたちにも言ってある。すぐに彼女たちと相談しないとな。
食事の準備をしてくれているらしい女性たちに礼を言いながら、俺は奥の部屋──マイセルと、我が子が休んでいる部屋に向かった。
「酒臭いっスよ、ご主人」
「すまない、、表の男たち、みんな浮かれてて断れなかったんだ」
「女たちがこうして必死に働いていたってのに、ホント、男っていうのはどうしようもない生き物っスね」
マイセルの隣には、相変わらずフェルミがいた。あきれてみせる彼女に、「だって、ムラタさんですから」と微笑むマイセル。
「この、人の良さあってのムラタさんだもの。フェルミだって分かってるでしょ?」
「そうなんスけど、やっぱりちょっと早まっちゃったかなーって思っちゃうんスよね」
「でも、今さら離れたくもないんでしょ?」
マイセルはそう言って、彼女の傍らにある、一抱えほどある藤かごの中をのぞき見た。
「あなたも、私と同じだもの。ムラタさんの優しさと、不器用さに惚れてしまった、どうしようもないおんなのひとりなんだから」
なんだか酷いことを言われている気がするが、まあ、あえて何も言うまい。
「そうして、あなたが生まれてきてくれたのよね。ふふ、目元がムラタさんそっくり……」
そこには、やっぱり小さな小さな赤ん坊がいた。眠っているらしいが、まるでバンザイをしているような寝相だ。控えめなマイセルとは随分違って見える。
幸せそうに微笑むマイセルには悪いんだが、どう見ても遮光器土偶にしか見えない顔つきと、そのふてぶてしい寝相とが相まって、心配な将来しか思い描けない。
「……将来、大物になりそうだな」
やっとのことでそう言うと、マイセルが嬉しそうに笑った。
「ムラタさんも、そう思いますか?」
「俺もって、どういうことだ?」
「ふふ、だってこの子、とっても急ぎ足で生まれてきたでしょう? きっと、この世界で早くやりたいことがあるんですよ」
なるほど、そうともとれるのか。生き急ぐんじゃないよ、と思ってしまっていた俺は、マイセルのとらえ方に感心する。
「そうか、やりたいことをやるために、か……マイセルそっくりだな」
「それはムラタさんのことじゃないんですか?」
マイセルのほうが、と言いかけて、やめた。
「つまり、まさしく俺たちの子、というわけだな」
「そうですよ。ムラタさんが、私のお腹に授けてくれた子……」
そう言って、赤ん坊の髪を撫でる。赤ん坊の頭が小さすぎて、マイセルの手が巨大に見えてしまう。
「そういえば、なにか急いでるみたいでしたけど、どうしたんですか?」
「ああ、そうだった。……その、前にも言ったんだけど、子供が生まれたときの感動を名前にしたいってやつ……」
「もう、決まったんですか? どんなお名前ですか?」
マイセルが目を輝かせた。そのきらきらした目に、俺はひどく罪悪感を覚えてしまう。俺はマイセルたちに、子供の名前はみんなで決めようと言ったはずだけど、こんなに期待されているなんて。まだ決まっていない、なんて言ったら、どんなに落胆するのだろうか。
だが、口先で言い逃れをしようというのは、出産という一大事業を成し遂げたマイセルに、失礼だろう。俺は彼女の隣に腰を下ろすと、マイセルの手を握って、呼吸を整えてから答えた。
「あ……いや。俺はその……子供の名前は、産まれた時の感動を表せる言葉を含めて、みんなで考えようって思っていて……」
マイセルの目が、みるみるうちに見開かれてゆく。
フェルミも同様だ。
……そんなに失望させる言葉だっただろうか。
俺が慌てて言葉を続けようとした時だった。
「本当ですか? 本当に、私たちもお名前を考えていいんですか⁉」
「……え? あ、ええと……まあ、うん、そういうつもりだって、前も言った気がするんだが……」
「本当に、本当に私たちの希望を聞いてくれるんですね⁉」
マイセルはフェルミの手を握り、「すごい! こんな話、聞いたことがない! ねえフェルミ、聞いたでしょ? ムラタさん、私たちにもこの子の名前の希望を聞くんだって!」と、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
フェルミは大興奮のマイセルに手を振り回されるようにしながら、あきれたように言った。
「ご主人……ご主人が変な人ってのは分かってましたけど、父親からの唯一の贈り物まで放棄する気スか? どこまであなたって人は……」
「ほ、放棄じゃない! ただ、名前ってのは我が子に贈る最初の宝物だろう? だったら、家族みんなで考えて贈りたいって……」
「夫であり父親であるご主人が、それを全部、愛情と責任をもって贈るから、名前ってのには価値があるんスよ? それを、私たちまで含めちゃったら……」
「いいじゃないか。家族全員が、愛情と責任をもって贈るほうが、愛も責任も何倍にもなって贈ることができるだろう?」
「みんなに責任を分散させて、名づけの責任から逃れようって魂胆なんじゃないんスか?」
フェルミお前、酷い言いようだなオイ⁉
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