〜死神見習い〜シリーズ【短編連作】

人面石発見器

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死神見習い -零-

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     - 願い -

 もうイヤだ。
 なにもかもを捨ててしまいたい。
 累々と横たわる屍。自分が築いた。
 なぜ自分は、命在るものたちを殺さなければならないのだろう?
 そんなこと、したくないのに……。
 あぁ、こんなことなら、こんな苦しい想いをするだけならば……。

 死んで、死んで……しまいたい……。



     - 追憶 -



 廃墟と化した街並み。いつも賑わっていたリタンダ通りも、今は瓦礫の山でしかなく、生ある者の人影はない。腐臭を放つ遺骸なら、辺り一面に散らばっているが。

(これが、世界の終末か……)

 いったい、自分たちがしてきたことはなんだったのだろう? 結局、無駄な足掻きでしかなかったのか。
 廃墟に、唯一の生ある者の人影を落とし、リアム・バラクセンは、腰元に吊した一振りの剣に手を添えた。
〈聖剣ルオウ〉
 かつて、リアムが聖剣士として八人の仲間たちと共に「破滅の天使」と呼称される魔物王と戦っていた頃に、彼が担い、振るっていた剣だ。
 しかし〈ルオウ〉の刀身は折れて砕け、その〈力〉は失われてしまっている。
 リアムはもう聖剣士ではなく、「破滅の天使」に対する〈力〉はない。それに、彼と同じく聖剣士と呼ばれていた六人も、既に生ある者ではなくなっている。
 〈シエン〉の担い手カーミュ・バルも、〈ビャクスイ〉の担い手スイ・レンキも、〈オウサ〉の担い手ファム・ファンファムも、〈リョクハ〉の担い手オクゼン・グラシニアも、〈コクレン〉の担い手マユコ・ミツルギも、そして、七振の聖剣の中でも一番の〈力〉を誇っていた〈ルシキ〉。その〈ルシキ〉の担い手タクト・アーカンデルタでさえも、「破滅の天使」の前に倒れてしまった。聖剣士の中で生き残ったのは、リアムだた一人だけだ。
 〈紅い瞳〉の守護者アサコ・ミツルギ。マユコ・ミツルギの双子の妹。彼女の生死は定かでない。生きていてほしいとは願っているが、彼女が生きていたからといって、この絶望的な状況がどうにかなるわけではないだろう。

(マリアがいれば。マリアさえ生きていてくれていれば……)

 聖女マリア。
 リアムを含む七人の聖剣士は、リアムが出会った頃には10歳でしかなく、最終的には13歳の少女にしかなれなかった聖女に仕えていた。瞳の守護者であるアサコは、マリアの協力者という立場はとっていたが、それでもマリアの意志を尊重して行動を共にしていた。

(オレたちは、マリアに依存しすぎていたのかもしれない。人並外れた〈力〉を持っていたといっても、マリアは幼い少女でしかなかったのに……)

 そのマリアの小さく細い肩に、世界の存亡を預けてしまったのは、他ならぬ自分たちだ。

(クッ……今さらだな)

 そう、今さらだ。
 マリアは「破滅の天使」に殺されてしまった。かの天使の腕で胸を貫かれ、息絶える瞬間に発した、

「ごめんね……サッズ。ずっと、大好き、だった……よ」

 その言葉を聞いたのは、リアムだけだったろう。サッズというのが誰なのかは、リアムは知らない。だが、マリアが想いを寄せていた人物であることは間違いない。
 やりきれない。
 もし「破滅の天使」が現れなければ、もし自分たちがマリアを戦いに巻き込まなければ……。
 考えるだけ無駄だ。わかっている。
 だが、やりきれない、哀しい想いがリアムを包み込む。

(結局、みんな死んで、滅んでしまうのだったら、最初から戦いなど始めなければよかった。滅びに身をまかせていればよかった。少なくとも滅ぶまでの間、マリアはサッズという思い人と共にいられただろう。
 そして、束の間の幸福でも、幸福を手に入れていただろう。
 血なまぐさい戦など、マリアには似合わなかったはずだ。
 本来彼女は、心優しく、穏やかで、戦などとは縁のない気質だったのだから……)

 過ぎ去った時間。もう、元へは戻らない。
 二度と……還れない。
 後悔。
 終わらない苦しみ。
 死ぬまで。
 死んでも?
 リアムは彫像の如く微動だにせず、目を瞑ってその場に立ち続けた。
 そして、やがて中天に昇った月が、青白い光で彼を呪った。



     - 転生 -



 聖女に遅れること、約一年。リアムは、死の翼に包まれようとしていた。
 砂漠の夜は冷たく、だが彼はその冷たさに身を凍らせることはない。感覚はとうに、流れ出た血と共に、彼の身体を去っていたからだ。
 と、微かに残された視界に浮かんでいた月が溶け、溶けた月は、長い髪の女のような影となった。
 そして女の影が、彼に語りかけてきた。

『わたくしの手を取りなさい。あなたはまだ、消え去る定めにはありません』

(……お前は、だ、誰……だ?)

『あなたがたが、神として崇める存在』

(神……だと?)

『そうです』

(だ、だったらなぜだ! 神が実在しているなら、なぜ……なぜ、あ、あの魔物を、魔物王を滅ぼしてくれない!)

『それは、あの魔物王とあなたがいった存在は、わたくしと同じ、神だからです。神と神が争うことは、神々の祖である創造神ラーフによって禁じられています。
 その禁を破れば、わたくしたちは存在できません。消えてしまうのです。
 ですから、死と滅を司る神である〈彼女〉と争うことができるのは、神ではない者たちだけなのです』

(……)

『わたくしも、〈彼女〉の行いを止めたいのです。そして〈彼女〉も、自らを止めたいと願っています』

(ど、どういうこと……だ?)

『〈彼女〉は、ラーフによって死と滅を司る存在として創造された神です。死と滅を広めることが、〈彼女〉の存在理由なのです。

 しかし〈彼女〉は、その任に苦しんでいます。〈彼女〉は……そうですね、〈彼女〉は、とても心優しき神なのです。慈愛を司る神として創造されていたのでしたら、〈彼女〉は素晴らしい慈愛神となったことでしょう……』

(……)

『さぁ、手を伸ばしなさい。わたくしの手を取りなさい。あなたはまだ、消え去る定めにはないのですから』

 リアムはなぜか、今、手を伸ばし、この女の影の手を取らなければ、自分はとても愚かな者として、死へと至る階段を下りているこの瞬間でさえ彼を苦しめ続けている後悔よりも、もっと深い後悔をすることになる……と、強く感じ、鉄石よりも重い腕を、女の影へと伸ばす。
 ふと、リアムが伸ばした腕を包む、優しい温もり。彼はその温もりに、これまで忘れてしまっていた、マリアの、照れたようにはにかむ笑顔を思い出した。

『いずれ、刻の流転の狭間。また会うことになるでしょう。

 さぁ、行きなさい。
 新しい世界へ。新しいあなたとして。そして……』
 女の言葉は続く、だがそれは、生を終えようとしているリアムには聞こえてこなかった。
 意識が溶けていく。

  深い、
   深い、
    闇の、
     底へと……。



     - 仲間 -



「どーしたの? ルオウ」

 同族の言葉に、〈爪牙のルオウ〉と呼ばれている腕利きの死神はハッとなり、意識を急速に浮上させた。

(なんだ……? なにか、とても哀しい、やりきれないなにかを思い出していたような気がする……)

 しかし彼は、弾けて消えた泡のように、なにを思い出していたのか、なにを感じていたのかを忘れてしまっていた。

「いや……なんでもない」

「ふ~ん。ま、ぼ~ってしてちゃ困るわよ? これから、大仕事なんだからね」

「わかっている」

 これから自分たちは、『鬼』との対決に向かうのだ。それも、とても〈力〉のある『鬼』だ。生きて帰れるかどうかも定かではない。

「だといいけど」

「いいではないですか、シンクルさん。気合いの入り過ぎというのも、困ったものですよ」

 三人目の人物が笑顔でいう。冴月さえつき継人つぐひと。ルオウやシンクルとは違って、彼は人間である。そして、『鬼』と対峙できる〈力〉をもつ、すぐれた術者だ。

「もう! 継人くんったら、ルオウには甘いんだから。あっやしいわねぇ」

「はは。なにが怪しいのです?」

「そりゃ、男色……」

 ルオウの突き刺さるような視線に、

「って、じょ、冗談よ。ルオウったら、本気にしないでよっ」

 慌てて言葉を否定するシンクル。

「お前の冗談は品がない。二度と口にするな」

 ルオウはシンクルに釘を刺すと、継人に目を向けた。継人は軽く肯き、

「では、鬼退治と行きましょうか」

 これから自分たちが、友人の家にでも遊びに行くかのような口調でいった。
 決戦の場へと真っ直ぐに伸びる山道。その道を進み始めた一人の人間と二人の死神を、月が不気味な紅い色をもって照らしていた。



     - 記憶 ~ 未来 -



 『鬼』を滅ぼすことはできなかったが、封じ込めることはできた。
 しかしそれには、シンクルと継人の犠牲を必要とした。
 生き残ったのはルオウだけ。
 継人の身体は原型を止めていなかった。ただの肉片でしかなかったが、ルオウはそれを集められるだけ集め、手厚く埋葬した。
 シンクルは死神であり、人間ではない。残った肉体はなく、魂が消滅すると同時に、身体を形成していたモノは溶けて消え去った。
 犠牲は大きかった。だが、やらなければならなかったことだ。後悔はしていない。だがルオウは、いいようのない喪失感に襲われていた。
 そして、奇妙なデジャヴにも。

(前にも、同じようなことが……)

 仲間を失い、たった一人残されてしまったことが、以前にもあったように感じた。はにかんだように笑う少女の顔が、一瞬だけルオウの脳裏に拡がり、霧散した。
 見覚えのないはずの顔だったが、ルオウはその笑顔に、胸が潰されるような苦しみを覚えた。

(……考えても仕方ない)

 ルオウは、脳裏に浮かんで消えた笑顔を記憶の外に捨て去ると、一度だけ、小さな溜息を零した。
 正暦一八九九年、夏。
 〈爪牙のルオウ〉が、フユミという弟子を迎えることになるのは、これから、約百年後のことである。
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