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グレーゲル3
しおりを挟む「ロルフ! どうしたの!?」
大急ぎでここまで走ってきたであろうロルフの額には幾つもの大粒の汗が浮かんでいる。
「母さんが! 母さんが!! 夕方からいつもより具合が悪そうだったんたけど、さっき急にぐったりしてて動けなくなって……。お姉さん! 一昨日、俺とミルルの怪我を魔法で治してくれただろう? お願いします! 母さんを助けてください! 回復魔法がものすごく高いのは知ってる。いっぱい働いて絶対にお金は払うから! だから、だから……う、ヒック、うぅ……」
あの体の弱いと言っていたお母さんが!?
ロルフは途中から我慢できなくなったのか、涙を流しながら床に頭がつきそうなほど頭を下げる。
「……家はどこ? 案内して! 急いで向かうわよ!」
「!! ……ありがとう!」
それを聞いたロルフはバッと顔を上げ、また深く頭を下げた。
「ここを曲がればもうすぐだ!」
ロルフと一緒に宿を出て走り出し15分。
辺りにはどんどん貧しそうな家が増えてくる。
貧民街というやつだろうか。
考えてみればロルフとミルルが一生懸命木の実や薬草の採取をしたところで、子供2人の収入ではロクな家に住めないことなど分かりきっていた。
「着いたよ! この家だ!」
勢いよくドアを開け中に入っているロルフに続く。
「ミルル、母さんはどうだ!?」
ボロボロのベッドに青白い顔で横たわる女性。
この人がロルフとミルルの母親か。
ロルフとミルルの母親ならそんなに歳はとってないはずだが、痩せ細ってシワができ予想よりかなり歳をとって見える。
ミルルはベットの横に座り込んでおり、ロルフが私を呼びに行っている間に母親の面倒を見ていたようだ。
「ロルフ! お姉さんも! ダメなの、さっきから話すのも辛いみたい。……どうしよう! もしお母さんが死んじゃったらどうしよう!!」
寝ている女性は呼吸も弱々しく、今にも死んでしまいそうだ。
ミルルもロルフもそんな母親の状態をわかっているのか、涙を流しながらベッドにいる母親に「母さん! 母さん!」と縋りつく。
私を連れてきたはいいが、ここまで病状が酷くては私の回復魔法ではどうにもならないと思ったのだろう。
確かに瀕死の人間を治すほど強い回復魔法を使える人はそういない。いるとすれば教会の上層部だろう。それも王侯貴族が莫大な金を払って順番待ちをしている状況だ。
「診てみるから少し退いててもらえる?」
2人が母親の頭側へ移動したのでベッドの横に膝立ちになり母親の状態を確認する。
初めにあった時ロルフとミルルは母親は体が弱いと言っていたけれど、これは体が弱いってレベルじゃない。
明らかに病気だわ。
私に医学の知識があれば、悪いところにピンポイントで魔法をかけられるんだけど……。
「【ヒール】」
一旦軽くヒールをかけてみると全身から反発のようなものを感じる。
全身に何か病が広がっているということかしら?特に反発がひどいところが何箇所かあるけど……。
私に医療の知識があれば効率よく回復をかけることができるのだけど。
そんなこと考えてても私は医者でもないし、病気にも詳しくない。
「よし、わかったわ」
仕方ないけど魔力でゴリ押しするしかなさそうね。
「なんとかなるのか!? 母さん、助かるのか!?」
2人は私が呟いたのを聞いて祈るようにこちらを見る。
「任せて。すぐに治すわ!【エクストラハイヒール】!」
魔法をかけると部屋中に柔らかな優しい光が現れる。
「綺麗……」
光の中には金の粒が舞っておりものすごく幻想的だ。
さすがエクストラハイヒール。最上級の回復魔法なだけある。
光が落ち着くと先程まで弱々しい呼吸をしていた女性がすやすやと眠っている。
「母さん!!」
「お母さん!!」
2人の声で目を覚ましたのか、ゆっくりと瞼を上げる。
「……あら? 2人とも、そんな顔をしてどうしたの? そちらの方は? お友達?」
母親はさっきまで意識がなかったからかどうして2人がこんなに必死な顔をしているのか、私が家にいるのかわかっていないようだ。
「おがあざん、死んじゃうがと、思っだ……」
もうミルルなんて涙と鼻水で何を言っているのかよくわからない。
ロルフも泣いてはいるが、さすがお兄ちゃん。
お母さんへしっかりと説明を始める。
「そう、だったの……」
なんとなく私の勘だけど、お母さんは自分の状態をわかっているようだった。
「私はロルフとミルルの母親でラウラといいます。貴方のおかげで助かりました。ありがとうございます」
そう深々と頭を下げた母親は、これまでのことを話し始めた。
やっぱり私の予想通り体が弱いのではなく病気だった。
以前は健康体だったがミルルを産んでしばらくしてから体調を崩すことが多くなったという。
はじめは疲れからだと思っていたがなかなか治らない体調不良におかしいと思い病院へ行くと、体に腫瘍のようなものができていると言われたそうだ。
腫瘍はどんどんと体に広がっていき、いずれ命を落とすと。
この病は教会で回復魔法をかけてもらわなければ治らないがそれには莫大なお金がかかる。
それを知った冒険者の父親はお金を貯めようと無理な依頼を繰り返し受け命を落とした。
病気の自分1人では回復魔法をかけてもらえるほどのお金は稼げない。
だから割り切って残りの時間を出来るだけ子供達のために使おうと決めていたと言う。
「この病を治すには莫大なお金がかかると知っています。貴方のおかげでこの通り病も治りました。これからたくさん働いて、お金は必ずお支払いします」
ロルフとミルルは今まで知らなかった事実に呆然としていたが、母親の言葉を聞いてハッとしたように言う。
「俺も! いっぱい働いて絶対お金を払うよ!」
「私もお兄ちゃんと一緒に働いてお金を貯めるよ!」
そうは言われても私は明日にはこの国を出るし、お金が欲しくてラウラさんを助けたわけじゃない。
「お金はいらないわ。私は医者でも教会で働いているわけでもないし、お金が欲しくて助けたんでもない。それよりもこれからは今までの分、ロルフとミルルといっぱいいろんなことを楽しんで!それで私は充分だわ」
それを聞いた3人は「ありがとうございます! ありがとうございます!」と何度も何度もお礼を言い頭を下げる。
こんなにお礼を言われたらちょっと照れくさい。
空気を変えようと、病み上がりのラウラさんにも食べやすいようたっぷりの野菜とお肉がじっくり柔らかく煮込まれたスープをアイテムボックスから鍋ごと出すとロルフに渡す。
「さ、3人ともお腹が空いているでしょ! ラウラさんもしっかり食べて力をつけて!」
空気を変えようとスープを出したのに3人はさらに何度もお礼を言うが、スープをお皿によそって渡してあげると「おいしいね」、「本当だ! おいしいね」と食べ始めた。
「それじゃ、私はそろそろ宿に帰るわね」
3人が立ち上がり見送りに出ようとしたが、まだ病み上がりなんだから! と言って断る。
行きは急いでいたため気がつかなかったが、外へ出ると月がとっても綺麗にでている。清々しい夜だ。
ラウラさんは助けられたし、明日はついに大森林へ向かえるし、良い夜だわ。
私はスッキリとした気分で宿への道を歩いていった。
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