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とりあえず靴を脱いだ
しおりを挟む「なあ、なんでお前息してんの」
廊下ですれ違い際に言われた。
゛聞こえなかったふり ゛
「さっさと死ねよ、目障り」
靴箱に入っていたノートの切れ端。
゛見なかったふり ゛
「何でもないから」
嘘を吐いた。
゛平気なふり ゛
俺は海にいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ザザア……ザザザッ……ザア……
ここ数日、たしかに俺の日常には何らかの変化があった。平凡だった日常が、奇妙な日常へと一変した。だが、俺を苦しめている現状がどうにかなるわけではなかった。突如現れ、俺の日常を非日常に変えてしまった奴らを頭に思い浮かべながら、果てしなく続く水平線に目を細める。
何度も捨てられ、その度に拾い戻してきたボロボロのスニーカーを脱ぐ。その中に靴下も脱いで詰め、俺は裸足になった。湿った砂の感触がなんとも言えない不快感を与えてくる。
外界からの雑音を遮断するためのイヤホンを外し、制服のポケットに無造作に突っ込む。穏やかな波の音が聞こえた。
表情や傷を隠していたマスクを外し、宙へ放り投げる。一旦浮いたそれは、静かに水の上に落ち、そのまま波に攫われて行った。顔が直接外気に触れるのは久々で、なんだか落ち着かない。
潮風が、目を覆うほど長く伸びた前髪を揺らす。刹那、この世界は俺だけが息をしているような錯覚がした。俺を否定するものはここには無い。俺だけの世界。
俺は、海の中に向かって足を進めた。一歩、また一歩。
11月の水の冷たさが全身を駆け巡り、身震いする。
膝まで水に浸かった。体温が奪われ、身体が冷えていく。
なんだかものすごく時間の流れを遅く感じた。
水の高さが腰まできた頃には、濡れた制服が重くてうまく前に進めなかった。
波に足を取られ、体勢を崩した。全身の力を抜き、俺は身体を委ねる。どんどん流され、陸から遠ざかって行く。
次の瞬間、大きな波に飲み込まれた。息ができない。苦しい。
゛生を実感した ゛
俺は、生きている。今、ここに。
生と死の狭間で、自身の存在を知る。
目を閉じた。ドクン、ドクンと生きている証が聞こえる。
俺の身体は下へ下へと沈んで行く。助けなどいらない。生という苦しみから解放され、このまま自由になりたかった。
『千夏くん』
懐かしい声。遠い記憶。彼女もこの水の冷たさを知っている。
今、君のところへ。
―――。
「ちーくん!」
「千夏!!」
「ちなつ…!」
聞き覚えのある声を最後に、俺は意識を手放した。
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