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1日目
-声を失った者-
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僕。《柳井 賢斗》は物心つく前の頃から心の内側を誰かに伝えることが怖かった。
完全な引き金になったのは、兄といがみ合いになった時期だった。
言葉の使い方を間違えた為に暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりして傷つけられた。
…本当に死を覚悟したくらいに…
…酷く…惨く…冷酷な目をして…
それ以来、ずっとそう考えていたら声を出すことすら怖くなった。
僕が小学校に上がる頃には全く喋らないから、喉の筋肉が弱まって声が出せなくなり、『喉』と言われる部分は空気と飲食物を通過させる器官でしかなくなった。
『なんで喋らないの?』
『何ずっと黙ってんだよ。』
『お前って面白くないし…てか、このクラスで空気じゃね?』
『社会に出てそれが通用すると思うなよ。』
クラスメイトや先生から昔から言われ続けていた言葉。
この言葉は僕の心を深く抉り、僕の心の扉に更に鍵を掛けてくる。
彼らは言葉だけじゃ飽き足らず、多彩なイジメにまで発展させてきた。
『何も出来ないのが悪い。』
『何も言わないのが悪い。』
『何も行動しないのが悪い。』
彼らはいつだって口を揃えてそう述べた。
僕が何も言えないことをいい事にたくさんの事をしてきた。
…僕は知ったんだ…
《口は災いの元》
その言葉は僕の頭の中に深く刻み込まれた。
そんな僕の視界に必ずしも入ってくるのはお調子者の女生徒。《岩崎 遥香》だった。
いつも金髪のサイドポニーテールを靡かせて、周りの皆と会話してる。
良い事も…悪い事も…
そんなある日の放課後。
僕はいつも通りひっそりと誰にも知られずに自分の席に座って帰る支度をしていた。
すると、例の彼女が僕の隣へと近寄ると立ち止まった。
「ねえ。」
「…?」
「あなたって、いつも1人よね?なんで?1人が好きなの?」
「…。」
…余計なお世話だ。君みたいに何でも喋れる人間だったら、とっくの昔に1人だけの生活とはおサラバしてる…
あまり僕に対してなんの感情も生まれなさそうな彼女は僕に突然質問をしてきた。
まあ、彼女の質問に内心はそう思うが、喋れないし、喋れたとしてもこんな言葉を吐くことが出来ないだろう。
取り敢えず、僕は首を動かさずに彼女を見つめた。
すると、彼女は僕の瞳を見つめ返す。
「いつまでも見てないで返事しなよ。じっと見てると気持ち悪いって。」
「…っ。」
自分では分かってる。
一つ一つの言葉に反応してはダメだって。
…わかってはいるけど、辛い。僕は何度も「なんで喋らないの?」と聞かれたら返答として喉を指さし、喋れないとジェスチャーしたが伝わらなかった。まぁ、それが世の中なんだろうな…
そう考えながら…
頭ではそうわかってるのに、理解して欲しくて彼女を見つめて自分の喉を指さす。
「…っ。や、やっぱり…き、キモいわ。」
「…っ…。」
一瞬、彼女の目が少し見開かれたような気がしたが、それは、軽蔑の目だと感じた。
僕は目を下へ動かし、行き場のない手を静かに膝の上に戻した。
すると、教室の後扉の方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「はるー!何してんのー?早く帰ろー!」
「うん!ちよちゃんたち、ちょっと待ってー!」
そんな会話を聞いて、この女は僕に何を意図して話しかけてきたのかわからなかった。
だけど、彼女はすれ違いざまに「18時。東階段の屋上の踊り場に来て。」と、告げた後に、ちよちゃんと呼んだ女生徒達と談笑をしながら帰った。
…それまで、僕にどうしろって言うんだよ…第一、なんでキモイって言われた人に呼び出されなきゃいけないんだよ….
そう思いながら図書室に向かって時間つぶしをすることにした。
すぐに図書室で面白そうな本を見つけ、読んでいると時間は過ぎていった。
気付けば約束の時間をやや過ぎていたので慌てて本を棚に戻して集合場所へと向かう。
「…っ…っ!」
息が荒くなっても声が出ることはなかった。
皆のように「はぁ…はぁ…」とはならず、僕の喉から漏れる音は「ヒュウ…ヒュウ…」と、空気が抜ける音でしかない。
改めて声を失った絶望を痛感した。
「…?」
階段を上り終え、集合場所に到着すると、そこには誰も居らず、暗い空間が広がっていた。
まだ来ていないことを考え、僕は少しの間その場所に留まることにした。
だが、10分くらい過ぎても誰1人として来る気配はなかった。
…あの耳打ちは僕の勘違いだったか…
そう思うと胸が痛くなった。
荷物を持ち、階段を下って昇降口まで辿り着く。
…あの人はなんで僕なんかに話しかけたんだろ…
素朴な疑問を頭の中で巡らせながら靴を履き替えると、遠くから誰かが走ってきているのが見えた。
…忘れ物かな…こんな時間に来る人もいるんだ…
立ち上がり、正門へと歩を進めると、走っていた人影は僕の目の前で止まると荒い息を整える。
…なんなんだ…この人…
そう思い、避けて通ろうとしたら手を掴まれた。
「ち、ちゃんと…待っててくれたんだ…。」
「…。」
荒い息を整えながら僕に掛けてきたその声は約束をした岩崎 遥香だった。
僕は一瞬驚いたが、冷静になって首を縦に振る。
「家って一人暮らし?誰かと一緒?」
「…。」
俯いて急な彼女の質問の応えをどう伝えればいいか考えているとまた彼女の口が開いた。
「一人暮らし?」
「…。」
再度聞いてきたが、今度は1つずつ聞くつもりだった。
…まぁ、その方が僕も答えやすいな…
そう思いながら、彼女の言葉に対して僕は首を横に振った。
「じゃあ、誰かと一緒?」
「…。」
「ん…?」
今度は首を縦に振り、携帯を取り出して僕は文字を打った。
…と、言うか…最初からこうすればよかったかも…
そして、打ち終えると恐る恐る彼女の目の前に打った内容を見せた。
「ん?え、えと…『祖母とふたりで暮らしていますが、現在、祖母は入院中です。ところで、有名な君が僕になんのようですか?』って?」
「…。」
文章を読んだ彼女が僕を見てきたので、僕は頷いた。
彼女は少し悩んだ顔をして告げた。
「喋らないんじゃなくて…喋れないのよね?」
「っ。」
唐突に告げられたその言葉は僕にとって大きかった。
誰も気づいてくれなかったから。
誰も手を差し伸べてくれなかったから。
本当に彼女の言葉が心に染みた。
彼女の言葉に頷くと、彼女はやれやれと言いたげな表情をしてため息をこぼした。
「やっぱりね…あ、自己紹介が遅れたね。私は岩崎 遥香。改めてよろしくね」
「…。」
…知ってる。有名だから嫌でも小耳に挟んだ名前だ…僕とは真反対の存在である彼女を妬んだ事さえあるくらいに…
そう思いながら微笑みかけきた彼女の笑みを見て、携帯電話に文字を打ち出す。
『僕は、柳井 賢斗です。』
「うん、よろしく。」
彼女のその言葉に一応頷いた。
だが、そう言った彼女の表情からはいつものような明るさは見受けられなかった。
言葉を失った僕は観察眼と洞察力が鍛わった。
そのお陰で、細かいことにも目がいくようになり、変化に気づけるようになった。
僕は彼女の笑みにある明るさに多少の違和感を感じていた。
そして、彼女の雰囲気から感じ取れた。
《今、目の前にいる彼女が本物の彼女》なんだと。
完全な引き金になったのは、兄といがみ合いになった時期だった。
言葉の使い方を間違えた為に暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりして傷つけられた。
…本当に死を覚悟したくらいに…
…酷く…惨く…冷酷な目をして…
それ以来、ずっとそう考えていたら声を出すことすら怖くなった。
僕が小学校に上がる頃には全く喋らないから、喉の筋肉が弱まって声が出せなくなり、『喉』と言われる部分は空気と飲食物を通過させる器官でしかなくなった。
『なんで喋らないの?』
『何ずっと黙ってんだよ。』
『お前って面白くないし…てか、このクラスで空気じゃね?』
『社会に出てそれが通用すると思うなよ。』
クラスメイトや先生から昔から言われ続けていた言葉。
この言葉は僕の心を深く抉り、僕の心の扉に更に鍵を掛けてくる。
彼らは言葉だけじゃ飽き足らず、多彩なイジメにまで発展させてきた。
『何も出来ないのが悪い。』
『何も言わないのが悪い。』
『何も行動しないのが悪い。』
彼らはいつだって口を揃えてそう述べた。
僕が何も言えないことをいい事にたくさんの事をしてきた。
…僕は知ったんだ…
《口は災いの元》
その言葉は僕の頭の中に深く刻み込まれた。
そんな僕の視界に必ずしも入ってくるのはお調子者の女生徒。《岩崎 遥香》だった。
いつも金髪のサイドポニーテールを靡かせて、周りの皆と会話してる。
良い事も…悪い事も…
そんなある日の放課後。
僕はいつも通りひっそりと誰にも知られずに自分の席に座って帰る支度をしていた。
すると、例の彼女が僕の隣へと近寄ると立ち止まった。
「ねえ。」
「…?」
「あなたって、いつも1人よね?なんで?1人が好きなの?」
「…。」
…余計なお世話だ。君みたいに何でも喋れる人間だったら、とっくの昔に1人だけの生活とはおサラバしてる…
あまり僕に対してなんの感情も生まれなさそうな彼女は僕に突然質問をしてきた。
まあ、彼女の質問に内心はそう思うが、喋れないし、喋れたとしてもこんな言葉を吐くことが出来ないだろう。
取り敢えず、僕は首を動かさずに彼女を見つめた。
すると、彼女は僕の瞳を見つめ返す。
「いつまでも見てないで返事しなよ。じっと見てると気持ち悪いって。」
「…っ。」
自分では分かってる。
一つ一つの言葉に反応してはダメだって。
…わかってはいるけど、辛い。僕は何度も「なんで喋らないの?」と聞かれたら返答として喉を指さし、喋れないとジェスチャーしたが伝わらなかった。まぁ、それが世の中なんだろうな…
そう考えながら…
頭ではそうわかってるのに、理解して欲しくて彼女を見つめて自分の喉を指さす。
「…っ。や、やっぱり…き、キモいわ。」
「…っ…。」
一瞬、彼女の目が少し見開かれたような気がしたが、それは、軽蔑の目だと感じた。
僕は目を下へ動かし、行き場のない手を静かに膝の上に戻した。
すると、教室の後扉の方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「はるー!何してんのー?早く帰ろー!」
「うん!ちよちゃんたち、ちょっと待ってー!」
そんな会話を聞いて、この女は僕に何を意図して話しかけてきたのかわからなかった。
だけど、彼女はすれ違いざまに「18時。東階段の屋上の踊り場に来て。」と、告げた後に、ちよちゃんと呼んだ女生徒達と談笑をしながら帰った。
…それまで、僕にどうしろって言うんだよ…第一、なんでキモイって言われた人に呼び出されなきゃいけないんだよ….
そう思いながら図書室に向かって時間つぶしをすることにした。
すぐに図書室で面白そうな本を見つけ、読んでいると時間は過ぎていった。
気付けば約束の時間をやや過ぎていたので慌てて本を棚に戻して集合場所へと向かう。
「…っ…っ!」
息が荒くなっても声が出ることはなかった。
皆のように「はぁ…はぁ…」とはならず、僕の喉から漏れる音は「ヒュウ…ヒュウ…」と、空気が抜ける音でしかない。
改めて声を失った絶望を痛感した。
「…?」
階段を上り終え、集合場所に到着すると、そこには誰も居らず、暗い空間が広がっていた。
まだ来ていないことを考え、僕は少しの間その場所に留まることにした。
だが、10分くらい過ぎても誰1人として来る気配はなかった。
…あの耳打ちは僕の勘違いだったか…
そう思うと胸が痛くなった。
荷物を持ち、階段を下って昇降口まで辿り着く。
…あの人はなんで僕なんかに話しかけたんだろ…
素朴な疑問を頭の中で巡らせながら靴を履き替えると、遠くから誰かが走ってきているのが見えた。
…忘れ物かな…こんな時間に来る人もいるんだ…
立ち上がり、正門へと歩を進めると、走っていた人影は僕の目の前で止まると荒い息を整える。
…なんなんだ…この人…
そう思い、避けて通ろうとしたら手を掴まれた。
「ち、ちゃんと…待っててくれたんだ…。」
「…。」
荒い息を整えながら僕に掛けてきたその声は約束をした岩崎 遥香だった。
僕は一瞬驚いたが、冷静になって首を縦に振る。
「家って一人暮らし?誰かと一緒?」
「…。」
俯いて急な彼女の質問の応えをどう伝えればいいか考えているとまた彼女の口が開いた。
「一人暮らし?」
「…。」
再度聞いてきたが、今度は1つずつ聞くつもりだった。
…まぁ、その方が僕も答えやすいな…
そう思いながら、彼女の言葉に対して僕は首を横に振った。
「じゃあ、誰かと一緒?」
「…。」
「ん…?」
今度は首を縦に振り、携帯を取り出して僕は文字を打った。
…と、言うか…最初からこうすればよかったかも…
そして、打ち終えると恐る恐る彼女の目の前に打った内容を見せた。
「ん?え、えと…『祖母とふたりで暮らしていますが、現在、祖母は入院中です。ところで、有名な君が僕になんのようですか?』って?」
「…。」
文章を読んだ彼女が僕を見てきたので、僕は頷いた。
彼女は少し悩んだ顔をして告げた。
「喋らないんじゃなくて…喋れないのよね?」
「っ。」
唐突に告げられたその言葉は僕にとって大きかった。
誰も気づいてくれなかったから。
誰も手を差し伸べてくれなかったから。
本当に彼女の言葉が心に染みた。
彼女の言葉に頷くと、彼女はやれやれと言いたげな表情をしてため息をこぼした。
「やっぱりね…あ、自己紹介が遅れたね。私は岩崎 遥香。改めてよろしくね」
「…。」
…知ってる。有名だから嫌でも小耳に挟んだ名前だ…僕とは真反対の存在である彼女を妬んだ事さえあるくらいに…
そう思いながら微笑みかけきた彼女の笑みを見て、携帯電話に文字を打ち出す。
『僕は、柳井 賢斗です。』
「うん、よろしく。」
彼女のその言葉に一応頷いた。
だが、そう言った彼女の表情からはいつものような明るさは見受けられなかった。
言葉を失った僕は観察眼と洞察力が鍛わった。
そのお陰で、細かいことにも目がいくようになり、変化に気づけるようになった。
僕は彼女の笑みにある明るさに多少の違和感を感じていた。
そして、彼女の雰囲気から感じ取れた。
《今、目の前にいる彼女が本物の彼女》なんだと。
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