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残された日記とマーカスの過去
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「エド!そっちに行ったよ!」
「任せておけ!」
エドは自分の方に駆けて来る兎を仕留めた。
「今日の夜ご飯はお鍋でいい?」
「ベラの作る料理はどれも上手いから、何でも良いよ」
「そんな事言っちゃって~」
あれから一年が経ち、エドには王子の面影も残っていなかった。
(このままここでベラと過ごして行くのも良いかも知れない)
エドはそんな風に思っていた。
ある日、ベラに掃除の手伝いを頼まれたエドは、二人で倉庫の整理をしていた。
「もう!お父さんったら何でもかんでもここに放り投げるんだから」
文句を言いながら箱を退かして掃除を始めたベラ。
エドは埃が積もる中、一つだけ綺麗にされた箱を見つけた。
「これは?これだけ異様に綺麗にされている…」
「あぁ、それは私の伯母さんの遺品だよ」
「あ、悪い…」
エドはすぐに謝ったが、ベラは気にした素振りを見せなかった。
「私は会った事が無いから気にしないで?でも、お父さんには言わない方が良いかも…」
「わかったよ」
「うん。だって私に伯母さんの名前を付けるくらいだしね。相当好きだったみたいだよ」
ベラは笑って言った。
「そうなんだ…」
そう言いながら、エドは箱の中身を覗いた。中には一冊の本が入っていた。
(日記か?こ、これは…)
日記と書かれた本。そこに書いてある文字を見て、エドは驚愕した。
「ベラ、君の伯母さんの名前は…?」
「イザベラだよ」
「イザベラ…悪女の?」
エドは恐る恐る尋ねた。これは何かの間違いだ。以前はイザベラという名前は珍しい物では無かった。たまたま同じ名前だっただけだ。そう思いたかった。
「うわぁ…エドもそういう事言うんだ…」
(まさか、本当に…?ベラの伯母さんがあの悪女のイザベラなのか?)
エドは衝撃の事実を受け入れられなかった。
「イザベラ伯母さんは悪女じゃないよ?」
エドはベラが信じられなかった。
(イザベラは国民達を苦しめた悪女だ。母上も傷付け、父上も苦しめた。何故そんな事が言えるんだ!)
「あ、エド!」
エドは走り去っていった。どこに向かうでもなく、ただひたすらに走っていた。
(何故だ!イザベラの所為で皆が、俺が苦しんで来たのに…)
立ち止まったエドは、自分がイザベラの日記を持ったままだったことに気が付いた。
「こんな物!」
日記を投げ捨てようと思ったエドだったが、悪女とはいえ、世話になったマーカスとベラの身内の遺品だ。捨てられなかった。
(悪女は一体何を日記に書いたんだ?人に対する不満か?それとも自分の自慢話か?)
エドはイザベラの日記を読み始めた。
(そんな…)
エドはページを捲って読み進めた。
(そんな事がある訳がない…)
最後まで読み終えたエドは、混乱していた。
(一体どういう事なんだ?)
エドは慌てて家に戻った。
「マーカス!」
エドは家に入るなり、マーカスを呼んだ。
「エド、待っていたよ…日記を見つけたそうだね」
落ち着いて喋るマーカスに、エドは苛立った。
「何故黙っていたんだ!俺を騙していたのか?」
「いや」
「これは…ここに書かれている事は嘘だろう?」
「いや、本当の事だよ」
エドは項垂れた。
「それなら、世に広まっている話はなんだよ!嘘ばかりじゃないか!」
「そうだよ」
マーカスはどこまでも冷静だった。
「何か知っているのか?俺に教えて欲しい!」
マーカスは深いため息を吐いた。
「君には二つの道がある。一つは何も聞かずにエドとして結婚して幸せな家庭を築くというもの。ベラに惚れているんだろう?」
「もう一つは…?」
エドに尋ねられたマーカスの顔はとても苦しそうだった。
「聞けば後には戻れない。待っているのは破滅の道かも知れない」
「破滅の道…」
エドは悩んだ。それでも、マーカスが何かを知っているのなら、真実を知りたかった。
「当時、一体何が起きたのか教えて欲しい。今回だって、俺ではない誰かが不正に国の金を使用したんだ。放っては置けない」
マーカスは再び深いため息を吐いた。
「良いでしょう…この話をするのには、少し前の話をしなければならない」
そしてマーカスは語り始めた。
― 私はある公爵家の婚外子として生まれたんだ。
認知もされなかった私は、継承権などある筈も無く、母と二人で小さな家で暮らしていたよ。屋敷には近付くなと言われてね…でも、私は父親に一目でも良いから会いたかった。会って文句でも言ってやろうと思ってね。
そんな時に会ったのがイザベラだったよ。私の義妹だ。
「悪女がマーカスの義妹だったのか?」
エドの質問に答えず、マーカスは話し続けた。
― イザベラは可哀想な子だった。両親からは道具の様に扱われ、使用人達にも虐められていたよ…それでもいつも笑顔を絶やさなかった。
私のことも「お義兄様」と言って慕ってくれていた。本当に優しい子だったんだ。それなのに…
あの女とあの二人の所為で、イザベラは殺されてしまった。
「あの女…?それに、あの二人…?」
(やはり身内だから悪女を庇っているのか…?)
エドは話の意図が掴めなかった。
「リックとデニー。この名前に覚えは?」
「父上を支える宰相と大臣だ」
突然マーカスに尋ねられたエドは、困惑しながら答えた。
「その二人の罪を、イザベラが背負わされたんだよ」
「まさか…」
「そう、そのまさかさ。そして君も嵌められた…」
「そんな…」
ボトッ…
エドの持っていた日記が床に落ちた。
開かれた日記には、綺麗な字でこう書かれていた。
○月✕日
お父様もお母様も、私を政治の道具にしか見てくれない。
屋敷に仕えてくれる使用人達のことだって、人として見ていない。
お父様達が怒鳴るから、使用人達はいつも怯えている。
彼らは私に嫌がらせをする事で、憂さ晴らしをしているのでしょうね…
とても悲しいけれど、娘の私が背負うしかない。
○月✕日
今日は久しぶりにお義兄様に会えた。
お父様の言い付けで会うことは許されていないけれど、こっそりと会いに来てくれたお義兄様とお話ができて嬉しかった。
婚約者のアーロン様のお話も聞いてくれた。
私はもうすぐ嫁いでこの家を出ていくけれど、残される使用人達が心配…
「任せておけ!」
エドは自分の方に駆けて来る兎を仕留めた。
「今日の夜ご飯はお鍋でいい?」
「ベラの作る料理はどれも上手いから、何でも良いよ」
「そんな事言っちゃって~」
あれから一年が経ち、エドには王子の面影も残っていなかった。
(このままここでベラと過ごして行くのも良いかも知れない)
エドはそんな風に思っていた。
ある日、ベラに掃除の手伝いを頼まれたエドは、二人で倉庫の整理をしていた。
「もう!お父さんったら何でもかんでもここに放り投げるんだから」
文句を言いながら箱を退かして掃除を始めたベラ。
エドは埃が積もる中、一つだけ綺麗にされた箱を見つけた。
「これは?これだけ異様に綺麗にされている…」
「あぁ、それは私の伯母さんの遺品だよ」
「あ、悪い…」
エドはすぐに謝ったが、ベラは気にした素振りを見せなかった。
「私は会った事が無いから気にしないで?でも、お父さんには言わない方が良いかも…」
「わかったよ」
「うん。だって私に伯母さんの名前を付けるくらいだしね。相当好きだったみたいだよ」
ベラは笑って言った。
「そうなんだ…」
そう言いながら、エドは箱の中身を覗いた。中には一冊の本が入っていた。
(日記か?こ、これは…)
日記と書かれた本。そこに書いてある文字を見て、エドは驚愕した。
「ベラ、君の伯母さんの名前は…?」
「イザベラだよ」
「イザベラ…悪女の?」
エドは恐る恐る尋ねた。これは何かの間違いだ。以前はイザベラという名前は珍しい物では無かった。たまたま同じ名前だっただけだ。そう思いたかった。
「うわぁ…エドもそういう事言うんだ…」
(まさか、本当に…?ベラの伯母さんがあの悪女のイザベラなのか?)
エドは衝撃の事実を受け入れられなかった。
「イザベラ伯母さんは悪女じゃないよ?」
エドはベラが信じられなかった。
(イザベラは国民達を苦しめた悪女だ。母上も傷付け、父上も苦しめた。何故そんな事が言えるんだ!)
「あ、エド!」
エドは走り去っていった。どこに向かうでもなく、ただひたすらに走っていた。
(何故だ!イザベラの所為で皆が、俺が苦しんで来たのに…)
立ち止まったエドは、自分がイザベラの日記を持ったままだったことに気が付いた。
「こんな物!」
日記を投げ捨てようと思ったエドだったが、悪女とはいえ、世話になったマーカスとベラの身内の遺品だ。捨てられなかった。
(悪女は一体何を日記に書いたんだ?人に対する不満か?それとも自分の自慢話か?)
エドはイザベラの日記を読み始めた。
(そんな…)
エドはページを捲って読み進めた。
(そんな事がある訳がない…)
最後まで読み終えたエドは、混乱していた。
(一体どういう事なんだ?)
エドは慌てて家に戻った。
「マーカス!」
エドは家に入るなり、マーカスを呼んだ。
「エド、待っていたよ…日記を見つけたそうだね」
落ち着いて喋るマーカスに、エドは苛立った。
「何故黙っていたんだ!俺を騙していたのか?」
「いや」
「これは…ここに書かれている事は嘘だろう?」
「いや、本当の事だよ」
エドは項垂れた。
「それなら、世に広まっている話はなんだよ!嘘ばかりじゃないか!」
「そうだよ」
マーカスはどこまでも冷静だった。
「何か知っているのか?俺に教えて欲しい!」
マーカスは深いため息を吐いた。
「君には二つの道がある。一つは何も聞かずにエドとして結婚して幸せな家庭を築くというもの。ベラに惚れているんだろう?」
「もう一つは…?」
エドに尋ねられたマーカスの顔はとても苦しそうだった。
「聞けば後には戻れない。待っているのは破滅の道かも知れない」
「破滅の道…」
エドは悩んだ。それでも、マーカスが何かを知っているのなら、真実を知りたかった。
「当時、一体何が起きたのか教えて欲しい。今回だって、俺ではない誰かが不正に国の金を使用したんだ。放っては置けない」
マーカスは再び深いため息を吐いた。
「良いでしょう…この話をするのには、少し前の話をしなければならない」
そしてマーカスは語り始めた。
― 私はある公爵家の婚外子として生まれたんだ。
認知もされなかった私は、継承権などある筈も無く、母と二人で小さな家で暮らしていたよ。屋敷には近付くなと言われてね…でも、私は父親に一目でも良いから会いたかった。会って文句でも言ってやろうと思ってね。
そんな時に会ったのがイザベラだったよ。私の義妹だ。
「悪女がマーカスの義妹だったのか?」
エドの質問に答えず、マーカスは話し続けた。
― イザベラは可哀想な子だった。両親からは道具の様に扱われ、使用人達にも虐められていたよ…それでもいつも笑顔を絶やさなかった。
私のことも「お義兄様」と言って慕ってくれていた。本当に優しい子だったんだ。それなのに…
あの女とあの二人の所為で、イザベラは殺されてしまった。
「あの女…?それに、あの二人…?」
(やはり身内だから悪女を庇っているのか…?)
エドは話の意図が掴めなかった。
「リックとデニー。この名前に覚えは?」
「父上を支える宰相と大臣だ」
突然マーカスに尋ねられたエドは、困惑しながら答えた。
「その二人の罪を、イザベラが背負わされたんだよ」
「まさか…」
「そう、そのまさかさ。そして君も嵌められた…」
「そんな…」
ボトッ…
エドの持っていた日記が床に落ちた。
開かれた日記には、綺麗な字でこう書かれていた。
○月✕日
お父様もお母様も、私を政治の道具にしか見てくれない。
屋敷に仕えてくれる使用人達のことだって、人として見ていない。
お父様達が怒鳴るから、使用人達はいつも怯えている。
彼らは私に嫌がらせをする事で、憂さ晴らしをしているのでしょうね…
とても悲しいけれど、娘の私が背負うしかない。
○月✕日
今日は久しぶりにお義兄様に会えた。
お父様の言い付けで会うことは許されていないけれど、こっそりと会いに来てくれたお義兄様とお話ができて嬉しかった。
婚約者のアーロン様のお話も聞いてくれた。
私はもうすぐ嫁いでこの家を出ていくけれど、残される使用人達が心配…
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