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バグ
最初に異変に気づいたのは、占術科の生徒だったらしい。
「……ねえ、文字が」 「昨日と、違わない?」
予言の書は、いつも通り閲覧台の上に置かれていた。特別な封印も、警備もない。研究対象の資料として扱われてきたからだ。
レティシアは、人垣の外からその様子を眺めていた。
(この話題には、触らなくていい)
近づく必要はない。見なくても、何が起きているかはなんとなく分かる。
「……消えてる」 「昨日あった記述が……」
声が、ひとつ、またひとつと重なる。ページは破れていない。インクが滲んだ様子もない。
ただ――書かれていたはずの未来だけが、抜け落ちている。
「誰かの悪戯でしょうか」 「こんなのは初めて見た……」
教師たちが異常事態にざわついている。
不具合、誤差、調整。
どれも、納得できる言葉ではなかった。予言の書の筋書きは、常に正しかったから。
“今までは”。
(この世界の未来が白紙になったからよね)
それだけのことだ。
レティシアは、視線を落とした。世界は、漠然とした、誰かが提示した未来を受け入れることに慣れすぎている。だから、人はこう問う。
――何が悪かったのか。
――誰が間違えたのか。
「レティシア」
静かな聞き慣れた声が響く。振り返ると、エドガーが立っていた。調査員として、この件の報告を受けたのだろう。
「見なくていいんですか?」
「ええ」
「理由は?」
「……文字が消えた本など、ゴミじゃなくて?」
「予言が“更新されない”のは、初めてですね。正確には……続きが、ない」
彼は、騒ぎを見ながら真面目に語る。
「本来なら、外れた場合でも外れたままか、“修正後の未来”が追記されると思うわ」
「でも、今回は空白です」
次の未来を選べるということだ。
「……けれど、普通の人は耐えられないわね」
「ええ」
不安は、台本(レール)の不在から生まれる。人々は、大きな“何か”に人生を委ねてしまっているのだろう。その方が楽だから。誰もが聖女の方を見る。彼女は祈り、きちんと役割を果たしている。ゆえに、責められない。
なら。
(次は、“祈り以外”の原因を求める)
「あなたは、気づいていますね」
エドガーは覚ったように呟く。
「何に?」
「世の中が、“例外”を探し始めていることに」
「……そうね」
避けようのない流れだ。歪みを生んだ特異点を切り分ける。
「あなたは、怖くないんですか」
「今さら?」
「いえ」
彼は、少しだけ微笑った。
「“同じ側”がいると分かったので」
その言葉は、明るい口調なのに何故か重かった。
予言の書の前で、誰かが声を上げる。
「……何も、書かれていない」
静まり返る室内。未来は沈黙した。あなた達が選ぶのだと。
レティシアは、そっと、その場を離れる。
(これで、はっきりした)
予言は、外れたのではない。
世界は、未来は、元来白紙であるのだと。どんな状況下であっても、動く決断をした者は未来を変えられる。レティシアのように。彼女が望まなければ、私はここに存在していないのだから。
エドガーと並んで歩きながら、私は思考する。
(今起きているのは、世界の筋書きの管理か、異物の排除か……)
どちらにせよ――物語は、もう戻らない。空白になった頁が、それを静かに証明していた。
……***……***……***……
恋愛を書くつもりが、普通のファンタジーになってきました。
すみません。
早く終わらせたいと思います。もう少し、お付き合い下さい。
「……ねえ、文字が」 「昨日と、違わない?」
予言の書は、いつも通り閲覧台の上に置かれていた。特別な封印も、警備もない。研究対象の資料として扱われてきたからだ。
レティシアは、人垣の外からその様子を眺めていた。
(この話題には、触らなくていい)
近づく必要はない。見なくても、何が起きているかはなんとなく分かる。
「……消えてる」 「昨日あった記述が……」
声が、ひとつ、またひとつと重なる。ページは破れていない。インクが滲んだ様子もない。
ただ――書かれていたはずの未来だけが、抜け落ちている。
「誰かの悪戯でしょうか」 「こんなのは初めて見た……」
教師たちが異常事態にざわついている。
不具合、誤差、調整。
どれも、納得できる言葉ではなかった。予言の書の筋書きは、常に正しかったから。
“今までは”。
(この世界の未来が白紙になったからよね)
それだけのことだ。
レティシアは、視線を落とした。世界は、漠然とした、誰かが提示した未来を受け入れることに慣れすぎている。だから、人はこう問う。
――何が悪かったのか。
――誰が間違えたのか。
「レティシア」
静かな聞き慣れた声が響く。振り返ると、エドガーが立っていた。調査員として、この件の報告を受けたのだろう。
「見なくていいんですか?」
「ええ」
「理由は?」
「……文字が消えた本など、ゴミじゃなくて?」
「予言が“更新されない”のは、初めてですね。正確には……続きが、ない」
彼は、騒ぎを見ながら真面目に語る。
「本来なら、外れた場合でも外れたままか、“修正後の未来”が追記されると思うわ」
「でも、今回は空白です」
次の未来を選べるということだ。
「……けれど、普通の人は耐えられないわね」
「ええ」
不安は、台本(レール)の不在から生まれる。人々は、大きな“何か”に人生を委ねてしまっているのだろう。その方が楽だから。誰もが聖女の方を見る。彼女は祈り、きちんと役割を果たしている。ゆえに、責められない。
なら。
(次は、“祈り以外”の原因を求める)
「あなたは、気づいていますね」
エドガーは覚ったように呟く。
「何に?」
「世の中が、“例外”を探し始めていることに」
「……そうね」
避けようのない流れだ。歪みを生んだ特異点を切り分ける。
「あなたは、怖くないんですか」
「今さら?」
「いえ」
彼は、少しだけ微笑った。
「“同じ側”がいると分かったので」
その言葉は、明るい口調なのに何故か重かった。
予言の書の前で、誰かが声を上げる。
「……何も、書かれていない」
静まり返る室内。未来は沈黙した。あなた達が選ぶのだと。
レティシアは、そっと、その場を離れる。
(これで、はっきりした)
予言は、外れたのではない。
世界は、未来は、元来白紙であるのだと。どんな状況下であっても、動く決断をした者は未来を変えられる。レティシアのように。彼女が望まなければ、私はここに存在していないのだから。
エドガーと並んで歩きながら、私は思考する。
(今起きているのは、世界の筋書きの管理か、異物の排除か……)
どちらにせよ――物語は、もう戻らない。空白になった頁が、それを静かに証明していた。
……***……***……***……
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すみません。
早く終わらせたいと思います。もう少し、お付き合い下さい。
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