婚約破棄された悪役令嬢ですが、破滅フラグはすべて先回りで潰しました

こだま。

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無かった場所

 エドガーという存在は、不思議と記憶に残らない。
 学園の名簿には名前がある。在籍証明も、履修記録も揃っている。
 それなのに――語られない。

「あの人、いつからいた?」 「……前からじゃない?」 「そうだっけ?」

 誰に聞いても、答えは曖昧だ。レティシアは、それを横目に見ながら歩いていた。

(……典型的なやつね)

 原作にいない人物。元の物語に無い存在。だから、世界が積極的に認識しない。

「考え事ですか」

 また、背後から当の本人の声。

「ええ」 

「僕のことですね」 

「……否定しないわ」

 エドガーは、少しだけ笑った。

「最近、分かりやすいですよ」

「そう?」 

「ええ。あなた、僕が“普通じゃない”と確信してる」

――足を止める。人気のない回廊の空気が張り詰める。

「……あなたは、シナリオに本来はいない」

 「はい」 

「予言の書にも、出てこない」 

「確認しました」

 あまりにも冷静な返事であった。

「怖くないの?」 

「怖いですよ」

 簡単に返答しているようだが、逃げる気配はない。

「でも、それ以上に――」 

「以上に?」 

「あなたが、僕を“同類”だと判断したことの方が、現実的だ」

 思わず、顔をじっと見る。

(……気づいてた)

 己の意思で選択し、未来を変える存在。その隣に立てるのは、存在を同じく“固定されない者”だけ。

「エドガー」 

「はい」 

「……私は、あなたを守らない」 

「知ってます」 

「支えもしない」 

「それも」

 それは、拒絶の言葉のはずだった。

「その代わり――」

 エドガーの言葉が、少し詰まる。

「同じ場所に立つ」 

「……そうね」

 彼は、迷わなかった。それが、彼の選択した未来。16時の時報の鐘がかすかに聞こえる。

「ねえ、レティシア」 

「なに?」 

「もし、世界があなたを切り捨てるなら」

「……」 

「その時、僕は“世界側”に立たない」

 それは宣言ではない。選択の表明だ。

(恋――ではない)

 けれど。誰よりも先に、世界よりも先に、自分は選ばれた。それだけで、関係性は十分すぎた。

「ふっ……後悔するわよ」 

「もうしてます」 

「なによ、早いわね」 

「シナリオにいないので」

 軽口なのに、笑えなかった。
 予言の書が沈黙し、聖女が揺らぎ、周囲が不穏になる中で。二人は、完全に同じ場所に立っている。
 ――逃げ場のない、物語の外側に。
 レティシアは、歩き出す。

(ここまで来たら)

 中途半端は許されない。未来への足音が、隣で重なる。それが、この物語における最大の例外だった。
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